本当に人を動かすことが出来る施策とは?
行動変容施策立案のためのエビデンス創出オンライン実験を実施

株式会社NTTデータ経営研究所

株式会社NTTデータ経営研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:柳 圭一郎 以下、当社) は、新型コロナウイルス流行の危機に臨んで「本当に人を動かすことができる」行動変容施策を科学的観点から立案することを目的としたオンライン実験を行いました。その結果、以下の点が明らかになりました。

  • 「休業要請に応じない店舗名を公表する」などの懲罰的な情報が、人々の協力的行動の意欲を低下させる
  • トイレットペーパーなどの買い占め抑制に有効なメッセージについて
  • 罰則付きの外出規制は外出意向を減らすことに必ずしも有効でないこと
  • 施策への反応には個人の性格特徴などで差が出ること

など

今後、行動変容施策の立案・意思決定を行う機関を支援するコンサルティングパッケージの提供を通して、エビデンスに基づく有効な施策の実施と危機の克服を目指します。

【背景】

新型コロナウイルス流行の危機に際し、政策決定者および企業経営者は、「感染予防行動の促進」「外出・企業活動自粛の要請・対応」「社会不安に基づく買い占め行動の抑制」など、人々の行動変容を促すために、短期間に多くの意思決定を迫られる事態となりました。

本来、効果的な行動変容施策を実現するためには、学術分野の知見や科学的エビデンスに基づく精度の高い仮説立案と効果検証を短期間で実施し、施策をブラッシュアップしていくことが望まれます。

そこで、当社では、行動変容のための施策仮説立案からオンライン/オフラインでの実験までを統合的に支援する「行動デザインサービス(=効果的な行動変容施策立案を支援するコンサルティングパッケージ)」の提供を開始しました。その提供に先立ち、新型コロナウイルス流行対策に関連するテーマを設定し、当社が保有する大規模調査パネル「人間情報データベース」の登録者を対象として以下のとおりオンライン実験を行いました。

【調査概要】

  • 調査協力:NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社(NTTコム リサーチ)
  • 調査方法:ネットアンケート
  • 調査時期:2020年6月26日(金)-6月30日(火)
  • 調査対象:人間情報データベース登録モニター (https://www.nttdata-strategy.com/dcs/about/index.html
  • 調査回答者:合計5,403人 (男性2,630人、女性2,773人)
  • 回答者年齢:表 1の通り
表 1 調査回答者の年齢構成
年齢区分 実数(人) 割合(%)
全体 5403 100.0
1 15-19歳 147 2.7
2 20-29歳 719 13.3
3 30-39歳 968 17.9
4 40-49歳 1154 21.4
5 50-59歳 1052 19.5
6 60-69歳 875 16.2
7 70歳以上 488 9.0

※回答時間が極端に早い者(回答者のうち5%)は、回答時に設問を読み飛ばしている懸念があるため、解析対象外とした

【オンライン実験のテーマ】

「新型コロナウイルス流行等の社会危機における行動変容施策」の立案に資するエビデンス創出を目的として、以下の4テーマを設定し、オンライン実験を行いました。

  • テーマ① 懲罰的な言動・施策・報道がもたらすリスク
  • テーマ② トイレットペーパー等の買い占め防止施策
  • テーマ③ 外出を控えてもらうためのコミュニケーション方法
  • テーマ④ 外出を控えてもらうための施策

【テーマ① 懲罰的な言動・施策・報道がもたらすリスク】

今般のコロナ禍では、営業自粛要請に協力しない店舗や感染者に対して批判的・懲罰的なネガティブな意見が寄せられる場面があり、そのような情報に多くの人が接することとなりました。

しかし、ネガティブな情報は「情動感染」として多くの人に伝わり※1、そしてネガティブな感情が集団に広がることで集団としての協力レベルが下がってしまうことが先行研究により分かっています。※2

そこで、本実験では、ネガティブで他罰的な感情を煽る懲罰的情報条件(図 1)と、協力的な行動を報じる協力的情報条件(図 2)の2種類の架空のニュース記事の用意し、実験対象者へどちらか一方の記事をランダムに割付け、読んでいただきました(※実際の実験ではイラストではなく写真を利用)。その直後、「新型コロナウイルス流行の影響により休業を余儀なくされた事業者への寄付金」について、寄付意向額(協力・向社会行動の指標)を回答してもらいました。

図 1 懲罰的情報条件

図 2 協力的情報条件

【結果】

営業を自粛しない店舗の公表や感染者への批判などの懲罰的な情報に接した群(懲罰的)と、自粛要請に協力した人への支援やボランティアといった協力的な情報に接した群(協力的)の、平均寄付意向額を比較した結果、懲罰的が2342.6円、協力的が2733.1円と「協力的な情報」に接触した群の方が16.7%も寄付意向額が上がる結果となりました(図 3)。

意思決定科学の先行研究の通り、懲罰的な施策や情報接触は国民全体の協力レベルを下げる可能性があり、国民の協力行動を促進するためには、協力的な施策や情報発信が有効であることが示唆されます。

※寄付意向が有る者(0円以上)を対象。また、超高額の回答(上位1%)者も外れ値として除外

図 3 情報接触の対象による協力行動の変化

【テーマ②適切な購買行動の促進(買い占め行動の抑制)】

SNS等をきっかけとして「トイレットペーパーが品切れになりそうだ」という誤った情報が出回り発生したトイレットペーパーの買い占めは、記憶に新しい現象かと思います。この「トイレットペーパーパニック」に代表されるように、コロナ禍においては、供給状況に問題がないにもかかわらず、個人の非合理的な意思決定・行動により社会問題が発生するという事象がさまざまな場面で見られました。

こうした買い占め行動の背景の一つとして指摘できるのが、「心の理論(Theory of Mind、以下ToM)」です。他者の心の状態や意図等を推察する心の機能として知られるToMは、自分や他人の置かれた社会的状況を理解する上で大きな役割を果たしています。しかし、特殊な状況でこの機能が暴走することによって、非合理的な行動が誘発されることも分かっています。例えばバブル状況の株式市場においては、ToM、つまり他人のココロを読む処理を担う脳のdmPFC(背内側前頭前野)という場所の活動が過剰に働き、「みんなが買っているのだから、自分も買わなければ」という、実態の価値とは離れた投資行動を誘発してしまいます。※3

こうした暴走を抑えるのにはどうすればいいのでしょうか。例えば、「嘘をつかないで」といった行動の抑制を訴えるメッセージよりも「嘘つきにならないで」といった人格に言及した方が、人間は行動を変えることが先行研究により分かっています。※4

本実験では、仮想的なドラッグストアの店頭にトイレットペッパーが残り3個しかないという状況設定の下、人格訴求を含めた5種類の情報提示方法(図4)のうち1種類をランダムに割り当て表示し、実験参加者がトイレットペーパーを何個買うかという購入意向数のデータを収集しました。

図 4 買い占め行動抑制メッセージ

【結果】

上述の通り、買い占めを抑制するため5つの条件で情報提示をし、残り3個しかないトイレットペッパーをいくつ買うかを回答してもらったところ、「必要量の具体指針情報提供」を行うことで、ヒトはより多くのトイレットペーパーの購入を志向する(1.73個)ことが分かりました(供給量の情報1.62個と人格訴求条件1.63個と比較して6.8%増)(図 5)。実験前の段階では、必要量の具体指針提供によって不要な購買行動が抑制できるのではないかと想定していましたが、むしろ他者もトイレットペーパーを求めていることをより具体的に想像してしまい、結果的に自身の購買動機を高めてしまうこととなったのではないかと推察されます。

また、先行研究で示されているように、人格に言及する訴求方法は相対的に有効そうであること、および購入を制限することは購買意向を下げることに必ずしも効果があるわけではないことが判明しました。

以上のように、購入制限が逆に購買者の不安を掻き立て、買い占め行動を促進してしまっている可能性も観察されたことから、現実社会でよく取られる手法が必ずしも行動変容に効果的とは限らないことが推察されます。本格的に取り組みを行う以前に実験を行い、効果を確かめることの重要性が指摘できます。

図 5 情報提供の種類によるトイレットペーパー購入意向数

【テーマ③ 外出を控えてもらうためのメッセージ】

感染の爆発的な増加を抑えるにあたり、ロックダウンや外出自粛といった、接触回数を減らす施策が有効と考えられたことから、世界的にこうした施策が多く試みられました。我が国においては、罰則規定のない「要請」という形態が用いられ、人々の自発的な行動を促す必要性があったことから、政府・自治体などが行動変容のためのメッセージを数多く発信しました。

人間は、同じ内容でも使用される言葉がポジティブかネガティブかといった違いで意思決定の結果が変わることが知られています(フレーミング効果:ポジティブなワードだとリスク回避的に、ネガティブなワードだとリスク志向的となること)。また、災害時の避難促進メッセージにおいては、同様の内容であっても、利己性へ訴えかけるよりも、利他性に訴えかけるメッセージの方が、避難促進効果が高いことが分かっています。※5

そこで、本実験では、外出自粛を促すメッセージを5種類用意し(表 2)、対象者へそのうち1種類をランダムに割り当て表示しました。その後、「外出自粛意向」に関する質問を行い、どのようなメッセージが行動変容に有効かを検討しました。

表 2 外出自粛要請メッセージの種類

【結果】

「命を守る」といったポジティブなフレームか「命を危険にさらす」といったネガティブなフレーム、また、「自分の命」といった利己的な表現か「家族や大切な人の命」という利他的な表現、これらを組み合わせた4通りのメッセージのうち一つを見せた後に、外出自粛の意向を尋ねました(「次の週末、不要不急の外出を避けようと思いますか」という設問に対し、選択肢は「1.思わない~100.思う」のスケールで回答)。

その結果、今回の検証では、どのメッセージを見た群においても、外出自粛意向に有意な差は見られませんでした。そもそも、回答者の外出自粛意向が高いという天井効果(外出自粛意向の回答者平均値:約80)や、実際の行動ではなく意向のみしか測定できないアンケート調査の限界も指摘できますが、外出自粛の促進においては、メッセージの表現のみの工夫では、行動変容効果が弱い可能性も考えられます。

【テーマ④ 外出を控えてもらうための施策】

感染拡大防止にあたって人々が接触する機会を低減することが有効な対策と考えられたことから、大規模な都市封鎖から自粛要請までその程度に違いありましたが、人々の外出を制限する施策が多くの国で実施されました。この外出を抑制する施策自体の有効性についても様々な議論がありますが、本実験では行動変容に効果がある施策を検討するためにテーマの一つとして設定しました。

人間は、損失を想起させる情報よりも、利得を想起させる情報の提供の方が、行動変容の促進に有効と考えられています。例えば、アメリカでは「自閉症の発症リスクがある」といった誤った情報により、はしかワクチンを子供に受けさせない親が増えるという問題が起こりました。こうした親に対し、発症リスクが低いことを科学的に訴求しても、損失が想起されてしまうことから行動は変わりませんでしたが、「ワクチン接種が子供にとって有益である」という利得を強調する情報提供を行ったところ、ワクチンの接種率が向上しました。※6今般のコロナ禍においても、「罰則・罰金」といった損失を想起させる措置よりも、行動変容におけるメリットをポジティブに訴求する方が、行動変容に有効である可能性があります。

こうした意思決定科学の知見を基に、表 3に示した4種の施策を考案しました。そして、各施策が実施された場合に1週間当たり何日外出するかを回答してもらうことで、各施策の外出自粛要意向への効果を検証しました。

表 3 外出抑制施策

【結果】

実験の結果、事業者への休業補償がある外出・営業自粛要請が、最も外出意向日数が少なくなることが分かりました。それに比べ、罰則付きの規制は外出意向日数の低減効果が小さいことが分かりました(自粛要請無しで、デリバリーやクーポンをもらえる条件と差がない)。

今回の実験では、実際の行動ではなく意向のみしか測定できていないという限界はありますが、仮説通り損失を想起させる施策の行動変容効果は限定的である可能性が指摘できます。

図 6 施策ごとの外出意向日数

【人間情報データベースを用いた、心理特性と回答結果の関係性分析】

今回のオンライン実験では、当社が保有する人間情報データベースの登録モニターを対象としてアンケート調査実施したため、性格・価値観・意思決定特性などのさまざまな人間特性と今回のアンケート回答結果を紐づけて分析することができます。

分析の結果分かったことは、テーマ③で取得した外出自粛意向が、多くの心理特性と相関を示したということです。例えば、自己愛傾向・サイコパス傾向等が高い人は外出自粛意向が低い傾向にあった一方、協調性・セルフコントール力が高い人等は外出自粛傾向が高いという結果になりました(図7)。

※外出自粛意向以外の横軸は寄付意思額(円)等

ここで得られる重要な示唆は、普遍的にすべての人に有効な施策というのは難しく、「人間特性ごとに効く施策」を志向すべきということです。例えば、「自己愛傾向」や「サイコパス傾向」の高い人たちが「どのような施策に反応しやすいのか」といった人間特性に基づく有効な行動変容施策を実験的に明らかにすることで、結果的に社会全体に有効な施策を検討することが期待されます。

図 7 外出自粛意向と心理特性の相関

【今後について】

従来の政策・施策では、まずは市民の「知識と態度」を変えることに力点を置き、行動のリスクに関する情報を提供や懲罰的な施策を準備することで、行動を変えようとしてきましたが、そうした「態度ベース」の説得アプローチは必ずしも行動変容に成功しなかったという現実があります。原因は、我々が考えるよりも人間の脳は「習慣的・無意識的・独善的・非合理的」であり、残念ながら「言えばわかる、行動が変わる」とは限らないからです。

今回のような危機を乗り越えていくため、そうした人間の特性を考慮した「本当に人を動かすことのできる施策」を科学的にデザインする力が意思決定者たちには求められています。

そこで、当社ではコロナ禍において行動変容施策を検討する自治体や企業に対し、エビデンスに基づく施策の仮説立案~オン/オフラインでの実験による検証までを統合的に支援する「行動デザインサービス(=効果的な行動変容施策立案を支援するコンサルティングパッケージ)」の提供を開始します。

【参考:人間情報データベースとは】

「人間情報データベース」は、当社が2016年から構築を開始し、約5万人分の個人の性格、文化、認知バイアスなどの人間特性をこれまでに累計3,000項目以上取得しています。本データベースの特徴は以下の通りです。

  1. 構築開始から4年間で同一モニターから継続的にデータを取得
  2. 本データベースは、日本の縮図であり、社会実験やモデリングに最適な環境
  3. 本データベースを活用したソリューション構築・導入の実績を有する

参考URL:https://www.nttdata-strategy.com/dcs/about/index.html

本件に関するお問い合わせ先

■ 報道関係のお問い合わせ先

株式会社NTTデータ経営研究所
コーポレート統括本部 広報担当
Tel:03-5213-4016(代)
E-mail :

■ 内容に関するお問い合わせ先

株式会社NTTデータ経営研究所
社会基盤事業本部
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
小林 健太郎
Tel:03-5213-4110
情報未来イノベーション本部
ニューロイノベーションユニット
茨木 拓也

  • Ferrara, E. & Yang, Z. Measuring emotional contagion in social media. PLoS One (2015) doi:10.1371/journal.pone.0142390.
    東京大学の鳥海准教授の研究も近いことを報告している
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200506/k10012419511000.html
  • Barsade, S. G. The ripple effect: Emotional contagion and its influence on group behavior. Administrative Science Quarterly (2002) doi:10.2307/3094912.
  • DeMartino, B., O’Doherty, J. P., Ray, D., Bossaerts, P. & Camerer, C. In the mind of the market: Theory of mind biases value computation during financial bubbles. Neuron (2013) doi:10.1016/j.neuron.2013.07.003.
  • Bryan, C. J., Walton, G. M., Rogers, T. & Dweck, C. S. Motivating voter turnout by invoking the self. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. (2011) doi:10.1073/pnas.1103343108.
  • http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/renrakukai10/mat02.pdf
  • Horne, Z., Powell, D., Hummel, J. E., & Holyoak, K. J. (2015). Countering antivaccination attitudes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 112(33), 10321–10324.
Page Top