連載開始にあたって ・・・ デジタル化時代のチャイナ・インパクトを
構造的に読み解くために(全体観と分析視点の提示)

グローバル金融ビジネスユニット
シニアスペシャリスト 岡野 寿彦

【目次】

  1. 問題意識、連載の目的
  2. 中国デジタル化の衝撃、チャイナ・インパクトを分析する視点
  3. “中国的経営” ・・・ 中国企業の経営環境(制度と文化)、経営の特徴
  4. 連載(第1回~7回)の構成

1. 問題意識・連載の目的

国際政治、経済における中国の影響力が高まり、ビジネス界においても中国企業の台頭、一帯一路等を活用した“走出去”(海外進出)、中国企業による日本企業への買収等、チャイナ・インパクトの足音が聞こえている。週刊ダイヤモンド2017年7月15日号「中国に勝つ - 超速・変幻自在モデルに乗れ!」特集では、「すさまじいスピ-ドで進化する中国は、走りながら課題の解決を考えている。一方、“成熟”社会の日本は、リスクを取ってやってみるという姿勢から程遠い。ITの重要な分野では日本は中国に追い越されてしまった。」、「中国から目を背けるな!」と論じている。

日本企業は、デジタル化時代の到来と共に、暗黙知を活かした現場力、品質の作り込み等の優位性が低下し、ポジショニングの再定義、その中でも「中国企業との協業と競争」について戦略的に検討すべき時期が来ている。現に、ドイツ企業と中国企業との間で、「自動運転に関する百度とボッシュ」、「IOTに関する華為とDHL」等の提携が相次いでおり、ドイツ政府もドイツ企業が「巨大市場中国で技術を磨く」ことを後押ししている。

筆者は、株式会社NTTデータにおいて、中国政府を顧客とする金融システム開発のプロジェクト・マネジメント、現地法人の経営、事業体制の現地化に取り組み、直近では中国政府系企業との合弁会社(中国側がマジョリティ)に経営層No2として参画し、中国企業や市場がどのような原理で動いているのかを内側から見る機会を持った。時に痛い目に合いながら、その悔しさを原動力に中国企業や市場について多くの中国人の意見を聞き、歴史まで遡って学んできた。本連載は、中国におけるデジタル化の進展とその背景構造を、中国ビジネスに取り組む企業人の視点で分析し、日本企業の戦略策定・実行に多少でも参考材料を提供することを目的とする。中国デジタル化については、既に田中信彦氏「次世代中国 一歩先の大市場を読む」(WISDOM連載)等の優れた分析レポートが発信されているが、本連載は、より「企業経営に近い視点」で市場構造、中国企業の特徴等を分析することで、中国研究の蓄積に些かでも役割を果たしたいと考えており、皆様の忌憚のないご意見をお願いしたい。

2.中国デジタル化の衝撃、チャイナ・インパクトを分析する視点

中国デジタル化の進展について、最近数か月だけでも日本経済新聞に多くの記事が掲載されている。

  • スマホ決済 中国8億人に  脱現金利用者が急増  16年の市場倍増600兆円(2017年3月24日)
  • 中国、ベンチャー大国に  「不都合な真実」直視を(5月1日)
  • アリババ経済圏進化形  ビッグデータ・AIフル活用 顧客囲い込み(5月20日)
  • ビッグデータ1兆元産業  中国20年めど3倍  鴻海やアリババ相次ぎ新規事業  人材の争奪戦激化(5月27日)
  • 中国発シェア自転車が上陸 スマホで解錠・決済(6月17日)
  • 越境EC市場 中国で争奪  5.5兆円規模に拡大  アリババや新興サイト伸長(6月22日)
  • ローソン、日中でポイント  アリペイ経済圏広がる  決済テコに集客(6月23日)
  • 百度、50社と自動運転開発  AI制御の技術公開「アポロ計画」始動  20年実用化へ結集(7月6日)  *米フォード、マイクロソフト、独ダイムラー等が参加
  • シェア自転車 アリババ出資  ネット大手主導権争い  急成長の中国新興サービス照準(7月7日)

規模感に圧倒されながらも“対岸の火事”のようにとらえていた中国インターネットビジネスが、日本に「上陸」を始めている。中国デジタル化、インターネットビジネスの実像を理解するために、どのような分析視点を持つべきか。本連載では、中国人経営者、中国政府系シンクタンク研究者等との意見交換を踏まえて、以下の4つの分析視点を据え、事例分析(第2回~第6回)を通じてメッセージを提示したい。【図表1-1】

【図表1-1】
【図表1-1】

出所:NTTデータ経営研究所作成

【分析視点1】「プラットフォームの急速な影響力拡大」と「製品・サービスの品質課題」とのコントラスト【図表1-2】

「競い合うIT経済圏」(日本経済新聞2017-6-23)は「今や世界を支配するのは個人や企業のデータを吸い上げ、情報の流れを支配するプラットフォーマーだ。」と論じているが、中国においても、「中国経済はプラットフォーム経済」と称されるほどに、アリババ、テンセント等のプラットフォーマーが形成する「生態圏」(エコシステム)の影響力が強くなっている。

中国のインターネットビジネスで成功している企業の多くは、以下の4つの特徴を備えている(筆者の分析)。

  1. 規模の利益を活かした「資源整合」(マッチング)モデル
  2. 政府政策との合致、政府の“お墨付き”を獲得
  3. 金融事業(資金を集めて運用する)として収益モデルが成り立つ
  4. "小步、迭代、试错、快跑" (出典:吴晓波「テンセント伝」)(行動様式として)
    小さな一歩、反復、試行錯誤、スピードを持って事業化

インターネットビジネスの多くの起業事例は、(1)どこにプラットフォームを創り出すチャンスがあるかを見つけ出し(* 筆者の経験では、「レイヤ構造化」や「ネットワーク効果」といったプラットフォームビジネスのポイントについて、天性の動物的な嗅覚を持つ中国人経営者が多い)、(2)政府政策とリンクさせて政府の支援を獲得し、(3)如何にお金を集めて(仮に本業は赤字でも)事業として廻すかプランニングして、先行投資型で事業化している。中国人企業家のチャレンジ精神、「走りながら考える」という行動様式がデジタル技術を活用した事業化に合致しており、失敗やミスに対して寛大(無頓着)な社会が後押ししている。

一方で、「プラットフォーム上等で提供される製品やサービスの品質、消費者満足については、(事業セグメントによっても異なるが)中国企業はまだまだ日本企業に及ばない」との声が一般的である。2年ほど前に中国で、「中国でも生産しているウォシュレットを、何故わざわざ日本で買うのか?」について論争が起きた際に、中国企業経営者等と意見交換したが、

  • 消費者満足を得られる製品の工夫、品質の作り込みのためには、「本質を問う」思考、企業文化に遡る変革や企業の継続性が必要だが、多くの中国企業はこの抜本的な変革に踏み出せていない。
  • 地道に事業を創るよりも、政府との関係づくりや金融理財投資で、短期に効率良く儲けようとする意識がまだまだ強い。(背景として“圏子”に代表される人間関係や資源配分のルールも関係しており、簡単には変われない。)

との問題意識を持つ経営者が少なくなかった。中国政府が2016年に重点政策として掲げた「匠の精神」も、このような危機感に基づいているとされる。例えば、第2回で取り上げる「インターネットを活用した教育プラットフォーム」について、「従来は出会うことが無かったニッチ領域での、『教えたい人』と『学びたい人』のマッチングがプラットフォーム上で行われ、新規事業化雇用創出に繋がる」とのメリットが強調される反面、「肝心な教師のレベル向上は、『ネット上の評価(レーティング機能)による圧力』に頼った改善には限界があり、『教育者の質を上げていく』という教育界の根本問題は引き続き解決されていない。」との問題意識を教育事業者からも聞く。

「プラットフォームの急速な影響力拡大」と、「商品・サービスの品質課題(背景を成す企業文化や企業継続性の課題)」とのコントラストは、小職が“中国的経営”の特徴の一つだと考える「トレーダー的思考(サービス、製品を地道に創るよりも短期・効率的に儲けたい)」(項番3-a.)とも符合し、中国デジタル化の実像を理解するための重要な分析視点になる。また日本企業が中国企業との協業/競争戦略を検討する上で、この2要素を切り分けて分析することが、市場理解の鍵になると考える。

【図表1-2】
【図表1-2】

出所:NTTデータ経営研究所作成

【分析視点2】企業と政府の関係性 ・・・ “国家資本主義”を読み解く

中国の企業経営や産業創出において政府が果たす役割、政府と企業の関係性は、中国市場を理解するための“古くて新しい”テーマである。中国の、「政府が強権を持ち、国有経済が大きなウエイトを占める経済システム」を「国家資本主義」と呼び、二十一世紀の中国の高度成長は国家資本主義のもとで成し遂げられたとの見方もある。

中国インターネット産業における政府と企業の関係について、日本では大別して次の解説がされている。

  1. 「過剰生産を抱える鉄鋼、石炭等伝統産業の“国有ゾンビ企業”」と「インターネットを活用したイノベーション、ニューエコノミーの担い手としての民間企業」を対比して、政府が過度な介入を抑えて民間ダイナミズムを維持できるかが産業構造の転換が進むための鍵だとするもの
  2. 「デジタルと国家資本主義 ・・ 技術革新、新興国が優位に」(日本経済新聞2017-1-23) 「アジアの銀行や決済会社は、利用者にとっての快適さを徹底的に競っている。(中略)シンガポールは国全体が一つの企業に似た国家資本主義だ、政府が監視するのは法令順守だけでなく、企業がサービス競争力を高める努力をしているかどうかにも及ぶ。(中略)中国のネット大手アリババ集団やテンセントが世界的に躍進したのも、この国の政治体制と無縁ではないだろう。ネット空間に万里の長城が築かれ、外資は14億人の消費市場に入れない。その内側で企業は実験と実績を積んできた。顧客目線のサービスが発達したのは、逃げ場の無い劇場で消費者と対峙した結果ではないか。(中略)確立した慣習や産業構造を背負う先進国。陰に陽に政府が企業を消費者の近くまで導く国家資本主義の新興国。どちらがデジタル革命と相性がいいだろう。イノベーションの舞台づくりの巧拙が問われている。」

いずれも貴重な指摘であり、論点に違いはあるものの、中国デジタルの進展において政府の方針・役割が大きなファクターになることでは一致している。私の認識は、

  • 中国政府は、官僚が経済最前線の動向を把握し、産業振興等に資する法制度の整備をスピーディに行っている例が多い。(事実として正当に評価するべき。)
    また、最重要課題である「社会の安定」、このための「雇用確保」の切り札の一つとしてインターネットを位置づけ、実行主体としてインターネット企業を活用している。但し、プラットフォーマーの過度な影響力拡大は制御する。
  • 一方、アリババ、テンセントに代表される中国インターネット企業は、政府との距離を保ちながらも、基本的には「インターネット+」 等の政策を担い、また権力層と利益を一致させることで生存・発展を図っている。
  • 従って、企業と政府とが、時にせめぎ合いながらも、基本的には“二人三脚”でデジタル化時代における企業と国家の競争力を形成している。

津上俊哉氏は最新著書 「『米中経済戦争の内実』を読み解く」(p188)で、「人々が共有する『お上(=中国共産党)はこう考え、こう動くはず』という予想、期待というものは、良し悪しを別にして、中国経済が運行していくうえで欠かせない役割を果たしている」等と論じているが、至言だと思う。

政府と企業の関係性はデリケートなテーマだが、チャイナ・インパクトを分析するために不可欠な要素であり、第2回以降の事例研究において出来る限り実像を描き、「国家資本主義」を読み解く材料としたい。

【分析視点3】イノベーションの担い手 ・・・ 中国インターネット企業の人材・組織マネジメントの特徴

事例研究で取りあげる企業を中心に、デジタル化時代における“イノベーションの担い手”を、次の観点で描きたい。

  1. 経営者の人物像、経営思想と行動の特徴
  2. イノベーションを促進する/阻害する制度や組織文化
  3. 欧米企業との提携、R&D等における欧米リソースの活用

中国企業のイノベーションを考えるうえで、イノベーションを促進/阻害する要因(制度と文化)に基づく分析が必要だと考える。(表は筆者認識)

イノベーションを促進する要因 イノベーションを阻害する要因
  • 経営者のリスクを取る姿勢、圧倒的なスピード感(変わり身の速さ)
  • 政府の「先ずはやらせて、市場形成されてから、必要に応じて規制する」という柔軟な姿勢
  • 規模の経済
  • 欧米と連動した人材ネットワーク
  • 意思決定や実行において、経済合理性以外に、「関係」等の政治的要素に影響される度合いが高い
  • 誰かが成功すると、追随参入者が一気に登場し、先行投資型の過当競争になる。
  • 企業、チームの継続性に課題
  • 皆がプラットフォーマーになりたがる(分析視点1)
  • 「いざとなったら政府がどうにかしてくれる」という“お上頼み”の文化

中国企業のイノベーションは、「爆発力はあるが、継続性・安定性に課題がある」というのが筆者のこれまでの認識だった。デジタル化時代を迎えて、「走りながら考える」という行動様式(鄧小平時代からの中国の競争力を構成する一つの要因とも言われる)がデジタル技術を活用した事業化に合致しており、失敗やミスに対して寛大(無頓着)な社会が後押しし、政府も「大衆創業 万衆創新」(国民による起業・イノベーションの推進)を政策に掲げている。規制や社会風土の縛りが少ないから、型破りのイノベーションが生まれる確率も高いとも言える。また、中国と欧米で人的ネットワークが形成されていることも直視するべきだ。

一方、企業経営・事業運営において、経営経済合理性以外の、「関係」等の政治的要素に影響される度合いが高いこと、本質を追及するよりも短期に効率良く儲けようとする意識がまだまだ強い(良くも悪くも“変わり身が早い”)ことなどから、事業としての継続性・安定性には弱さが見える。

連載の事例研究を通じて、デジタル化時代の中国企業のイノベーションに関わる「強さと弱さ」、これを形成する経営者の行動様式を、社会制度や文化を交えて分析したい。

【分析視点4】"ビッグデータ資本主義" ・・・ データ活用・囲い込みを巡る攻防、国家戦略【図表1-3】

【図表1-3】
【図表1-3】

出所:NTTデータ経営研究所作成

分析視点1~3は企業経営に視点を据えたが、本視点はデータに関する国家戦略と企業戦略を分析対象とする。

日本で改正個人情報保護法が今年5月30日に全面施行された。企業などに安全な情報管理を求めつつ、個人の行動や状況に関するビッグデータの利用を促し、産業創出で国の活力を高める狙いがあるとされる。米国グーグル、ファイスブックなどは、世界中から個人情報を集め、AIを進化させ、さらに情報を集める循環を働かせ、この「データ独占」により投資マネーと人材を引き寄せている。企業のデータを囲い込もうとする動きに対して、欧州連合は、個人情報の域外移転を規制するルール発効に取り組んでいる。日本国、日本企業として、データ活用戦略、技術基盤整備等が急務になっている。

一方、中国では、アリババ、テンセント等企業がプラットフォーム上のデータ囲い込みを進めると同時に、政府が企業と連携して、国民の信用情報を収集、分析して、信用をテコに人々の行動を変えていく、「社会信用体系」(第13次五か年計画の政策の一つ)の構築に取り組んでいる。(本点に関しては、田中信彦氏「『信用』が中国人を変える ー スマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」」(wisdom2017-4-11)等で解説されている) 中国政府は、国際競争力と国家統治の両面の観点で、ビッグデータ活用に国家戦略として取り組んでいる。

本連載では、"ビッグデータ資本主義"と称される時代において、中国企業の「データ戦略、収集・活用・囲い込みの実行策」と、国家ビッグデータ戦略、社会信用体系構築とを、連動する動きとして分析し、日本への示唆を提示したい。

3."中国的経営" ・・・ 中国企業の経営環境(制度と文化)、経営の特徴

「彼を知り己を知る」

本連載で、中国デジタル化の衝撃・インパクトを、事例を通じて分析するにあたり、事業の担い手であるインターネット企業の経営(戦略策定・実行)に近い視座を取りたい。「日本企業がデジタル化の進展、中国企業の台頭の等の事業環境変化の中で、ポジショニングの再定義、『中国企業との協業と競争』について戦略的に検討すべき時期が来ており、『彼を知り己を知る』ことが重要だ」との、本連載の主旨に基づく。

中国企業の経営について、若林直樹 京都大学教授「『中国的経営』に国際的関心」(日本経済新聞2016-8-15「経済教室」)は、「近年の中国経済の急速な成長と中国企業の激増のために、中国的経営に関する研究に関心が高まってきている。」と提起したうえで、ポイントとして「『関係主義』など欧米と異なる理論が進展」、「海外直接投資の進展とともに中国的経営も国際移転が進む」を指摘している。

筆者は、中国企業との合弁経営で直面した日中間の“ずれ”やコンフリクトの実体験及び中国企業経営者との意見交換を通じて、中国企業の経営環境(制度と文化)、経営の特徴として次の点があると考えている。

a. トレーダー的思考(サービス、製品を地道に創るよりも短期・効率的に儲けたい)
b. 企業と政府の"二人三脚"とせめぎ合い
c. 国家・経営者と人民・社員との統治関係
d. 関係主義、資源配分ルール
e. 大義名分と柔軟性の使い分け、力の信奉

この場では詳細を論じることを控え、第2回以降の事例分析の中で「中国企業の経営環境(制度と文化)、経営の特徴」についても分析し、連載のまとめ(第7回)に“中国的経営”に関する見解を提示することとしたい。

なお、一口に中国企業と言っても、業界、地域、時期、企業形態(国有、民間等)によって当然に特徴は異なる。日本における中国企業に関する報道は、「国営ゾンビ企業の過剰生産」と、「DJI(民生用ドローン市場で世界シェア7割)に代表される深圳等の新興企業」の両極端(わかりやすい話)が取り上げられることが多いが、中国経済・産業の主力は「一つの市場に政府系と民間企業が混在」、「一つの企業内に政府系と民間の要素が混在」する“曖昧な市場”だと認識している。このセグメントは日本人にとって“わかりづらい”が、「中国を知る」という本連載の目的から、本連載ではあえてこのセグメントの分析に挑戦したい。【図表1-4】

【図表1-4】
【図表1-4】

出所:NTTデータ経営研究所作成

4.連載(第1回~7回)の構成【図表1-5】

【図表1-5】
【図表1-5】

出所:NTTデータ経営研究所作成

以上の問題意識・目的及び分析視点に基づいて、第2回以降、ケース分析を軸にメッセージの提示を進めたい。

(第2回)【事例1:企業研究】アリ計画(インターネット教育創業支援プラットフォーム)

アリ計画は、中国最大のオンライン教育企業「沪江」(1億4千万人の利用者を抱え、未上場ながら企業価値が10億米ドルを超えるユニコーン企業)創業者の一人である于杰氏により、「インターネットで教育を変える、教育が中国を変える」を理念に創業された、オンライン教育創業支援プラットフォームである。于杰氏は中国共産党青年団の上海No2も務め、アリ計画の事業も中国政府の政策の実行者として政府支援を得る、“官商”的な性格を持つが、アリ計画が創業支援した企業群の中から上海を代表するオンライン教育企業が複数生まれていることも事実である。アリ計画のケース分析を通じて、中国のベンチャー企業創業の特徴を分析したい。

また、「インターネット+」を中心とする、中国政府のインターネットに関わる政策の狙いや背景を分析する。

(第3回)【事例2:企業研究】蘇寧雲商(元蘇寧電器)

蘇寧雲商は店舗数1800(系列店を含めると3000)を有する中国最大手の家電量販店だが、インタ-ネット企業への変革を一気に進めており、2014年にはアリババと相互の強みを活かすための資本提携を結んでいる。蘇寧雲商のインタ-ネット企業への変革に向けた戦略とプロセス、課題を分析する。

あわせて、「一号店」(中国大手EC企業。2015年にウォールマートに、2016年には京東に買収された。)の差別化戦略を分析し、電子商取引における競争ルールの変遷を分析する。

(第4回)【事例3:企業研究】アリババ、テンセント

アリババとテンセントについては、日本でも多くの分析レポートが発信されているが、その最新戦略と課題、中国国家戦略における位置づけを分析する。また、中国におけるプラットフォーム間の競争原理を分析する。

(第5回)【事例4】シェア型経済と社会信用体系

シェア型サービスのビジネスモデル、収益構造と事業成立の条件を企業経営の視座で分析する。更に、シェア型経済進展の背景となる社会の特徴、関連政策(産業政策、国家統治)を分析し、日本への示唆を提示する。

(第6回)【事例5:企業研究】フィンテック(デジタル技術による金融業務の革新)

上海の代表的フィンテック企業のビジネスモデルと関連政策を分析する。

(第7回)【連載まとめ】事例研究からのファインディング

  1. 第2回~6回の事例研究に基づく、「分析視点1~4」の分析結果を整理
    分析視点1 「プラットフォームの急速な影響力拡大」と「製品・サービスの品質課題」とのコントラスト
    分析視点2 政府と企業の関係性 ・・・ "国家資本主義"を読み解く
    分析視点3 "イノベーションの担い手" ・・・ 中国インターネット企業の人材・組織マネジメントの特徴
    分析視点4 "ビッグデータ資本主義" ・・・ データ活用・囲い込みを巡る攻防、国家戦略
  2. "中国的経営"(中国企業経営の環境(制度と文化)、経営の特徴)に関する見解を提示
  3. 日本企業の戦略・実行への提言

なお、筆者は「中国企業との提携、日本企業の中国における経営現地化」に関して、最近以下の講演機会を持った。

  • 日中関係学会 「日中合弁経営に関する論点」(2016-12-6)
  • 上海交通大学 中国経済新常状総裁班 「合弁経営から見る人、組織、意思決定の日中差異と文化的背景」(2017-5-14)
  • 上海日本商工クラブ 「合弁企業の組織経営と経営の現地化に見る日本企業の課題と解決策」(2017-7-4)

図表1-6は、このうち上海日本商工クラブ講演(2017-7-4)資料の抜粋である。

[図表1-6-1]日中企業間提携において「目論んだシナジーが創出できない」要因の分析
[図表1-6-1]日中企業間提携において「目論んだシナジーが創出できない」要因の分析

出所:NTTデータ経営研究所作成

[図表1-6-2]提携構想時と実行時のギャップ要因と対策(まとめ)
[図表1-6-2]提携構想時と実行時のギャップ要因と対策(まとめ)

出所:NTTデータ経営研究所作成

講演は「合弁企業の組織経営と経営の現地化」(中国での実行)が対象だった(※ 「現地化の実行」及び「日中間で発生するコンフリクトのマネジメント」について私見を説明させていただいた)が、講演後のディスカッションを通じて、「実行」のためには、本連載が対象とする「中国市場の事業環境、ルールの変化」を把握・分析し戦略策定、実行と連動させることが重要だと再認識した。具体的には次の諸点である。

  • 環境分析 : デジタル化、中国企業の台頭等による事業環境やルール変化のリアリティについて、海外法人と日本本社が共有すること。このために、中国市場や中国企業について、“見たくない現実”も直視し、構造的に分析すること。(本連載の目的)
  • 戦略 : 日本企業の強みとされる「チーム力・暗黙知、品質・安心、継続性」について、「どこを変革し、どこを維持・強化するか」、“経営のあり方”を定めること。 ⇒ ポジショニングを再定義
  • 実行 : 日本企業が本来の実力を発揮できるために「パワーをマネジメント」することの必要性を認識し、組織スキルとして身に着けること。
  • 「環境分析-戦略-実行」の一貫性を持つこと。

本連載は「中国デジタル化の進展とインパクト、中国企業」の分析を対象とするが、本連載の完了後に連載第二部として、「チャイナ・インパクトへの日本企業の対応(戦略と実行)」(図表1-6-2の上段部分)について、戦略論、組織論・人材論を軸に、本連載と融合させて私見を発信したいと考えている。

以上

参考文献

  • 三潴正道 「一帯一路・技術立国・中国の夢……いま中国の真実は Vol.11」 (2017年、日本僑報社)
  • 田中信彦 「『信用』が中国人を変える ー スマホ時代の中国版信用情報システムの『凄み』」(WISDOM 2017-4-11等、「次世代中国 一歩先の大市場を読む」連載)
  • 孫田夫 「中国発シェアエコノミー 日本への静かな上陸」(東洋経済 2017-5-20等、「中国動態」連載)
  • 津上俊哉 「『米中経済戦争の内実』を読み解く」(2017年、PHP文庫)
  • ドリームインキュベータ「最前線レポート~中国ベンチャー市場の全貌」(JBpress連載)
  • 李智慧 「中国ネット事業者による金融革新 アリババ、テンセントの戦略と日本企業への示唆」(知的資産創造2015-11)
  • 根来龍之 「プラットフォームの教科書」(2017年、日経BP)
  • 近能善範、高井文子 「コア・テキスト イノベーション・マネジメント」(2010年、新世社)
  • 小川紘一 「オープン&クローズ戦略 - 日本企業再興の条件」(2015年、SHOEISHA)
  • 高口康太 「中国現代経営者列伝」(2017年、星海社新書)
  • 梶谷懐「『壁と卵』の現代中国論」(2011年、人文書院)
  • 加藤弘之 「曖昧な制度」としての中国型資本主義(2013年、NTT出版)
  • 加藤弘之、渡邉真理子、大橋英夫「21世紀の中国 経済編 - 国家資本主義の光と影」(2013年、朝日新聞出版)
    [中国語文献]
  • 吴晓波「テンセント伝」(2017年、浙江大学出版社)
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