vol.6(2019年10月発行)

リブラが示唆する金融制度上の課題と銀行業の未来

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2019年春、米フェイスブック社がデジタル通貨「リブラ」の発行計画を公表した。その後、G20財務相・中央銀行総裁会議が「サービスの開始前に、一連の深刻なリスクを吟味し、適切に対処すべき」としたこともあり、当初2020年春を予定していた導入時期は大幅に後ずれしそうな気配にある。

だが、デジタル技術を駆使した「通貨」や「通貨類似」の構想は、リブラに限らず、今後も続くだろう。

リブラやリブラ類似の資産をわが国の法制に当てはめようとすると、様々な課題が浮き彫りになる。それほど、デジタル化の進展を既存の枠組みに押し込めるのは難しい。

デジタル技術の進化を金融市場に取り込み、国民生活の向上につなげるには、金融制度の見直しが必須となる。これは、個人情報の保護強化などにとどまらない。決済の担い手を広く許容するのであれば、銀行の業務範囲の見直しも必要だ。そのうえで、システミック・リスクの顕在化防止の枠組みをどう再構築するかが、最も重要な課題となる。

I.リブラの「通貨性」をどうみるか

リブラの特徴は裏付け資産をもつこと

リブラを概観しておこう。リブラは、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)と同様に、ブロックチェーンを基礎技術としている。

ブロックチェーンは、参加者が同一の台帳を分散保有し、更新し続けることで①改ざんされない②履歴が記録される③中央管理者を必要としない④その結果コストが低減される、といったメリットを生み出すIT技術だ。

しかし、リブラと、ビットコインなどの既存の暗号資産には、決定的な違いがある。

リブラは、発行の裏付けとして信用力の高い資産を保有する。計画(ホワイト・ペーパー)では、中央管理者であるリブラ協会が、リブラ発行の対価である法定通貨(ドルや円など)を各国の短期国債や預金などに運用するとしている。

他方、ビットコインの場合は、ドルや円などが決済システム内部に残ることはない。ビットコインはマイナーへの報奨金として発行され※1、購入者が支払うドルや円は、売り手を経由して究極的にはマイナーに引き渡される。

なぜリブラの価格形成は安定的なのか

では、なぜリブラの価格形成は安定的といえるのか。ここではリブラを、ドルや円などを払い込んで「リブラ」という名の投資信託受益権を受け取る仕組みと考えれば、分かりやすい。

この投信は、裏付け資産の価格を基準に日々、単位当たりの理論価格が計算される。いわゆる「基準価額」である。

この間、利用者は、金融機関や、「認定再販業者(authorized resellers)」と呼ばれる仲介業者を相手に、いつでもリブラを売買できる。認定再販業者は、取引所で(あるいは金融機関等を相手に)リブラを売買してもよいし、リブラ協会にリブラの発行・償還を求めてもよい。認定再販業者が最も有利な価格を求めて取引を行うこと――価格裁定行為――を通じて、市場価格は上記基準価額に収れんする(図1参照)。

達観すれば、リブラは、複数の通貨に一定のウェイトをかけて束ねた「バスケット通貨」建て資産といえる。価格は、裏付け資産をもたないビットコインに比べ、はるかに安定的に形成されるだろう。リブラやリブラ類似が “stablecoins”と呼ばれる由縁である。

図1:リブラの発行、流通の概念図
図1:リブラの発行、流通の概念図

出典:The Libra Association Members “ An Introduction to Libra”(White Paper)を基に筆者作成

リブラの潜在的な「通貨性」

では、現実の決済にリブラはどれほど利用されるだろうか。ここでは、決済手段の代表格である現金や銀行預金との相違を確認しておこう。

リブラは、他の決済手段に比べ、コスト面で優位性がある。ブロックチェーンを用いることで、送金コストや保管コストが低く抑えられる。

他方、価値の安定という面では、現金や銀行預金に比べ劣る。リブラは、――ビットコインに比べれば安定的な価格形成を期待できるとはいえ――為替相場や金融市場の影響を受ける。

これに対し、現金や銀行預金の価値は安定している。単一通貨であるからだけではない。発行体である中央銀行や民間銀行の健全性が、関係者の努力によって確保されているからだ。

そう考えると、リブラが国内決済にただちに広く用いられる可能性は低い。バスケット通貨建てでなく一国の通貨に特化した「シングル・カレンシー型リブラ類似」であれば、為替相場変動の影響は受けずにすむが、それでも普及のハードルは高いだろう。

一方、国際的な決済にあっては、コスト面の優位性が高く、利用の余地は大きい。フェイスブックは全世界に24億人のアクティブ・ユーザーを抱えるといわれており、これを取り込めば一大「国際通貨」となりうる。とくに物価変動の激しい国や資本規制の厳しい国では、資本の逃避手段として利用される可能性もある。

こうしてみると、リブラやリブラ類似は、現時点では一定の「通貨性」をもちうるデジタル資産として捉えておくのが適当だ。

利用が一挙に進むとは考えにくいが、仮に将来人々が広く受け入れるようになり、そののちに大規模な「価格変動」や「盗難」が起これば、人々の生活は混乱に陥りかねない。監督当局や中央銀行が無関心でいられないのは、当然である。

II.リブラの法的位置づけは微妙、①暗号資産の場合

暗号資産の定義に合致するか?

では、リブラやシングル・カレンシー型リブラ類似をわが国の法制に当てはめようとすると、どのような位置づけとなるか。

第1の論点は、「暗号資産」に該当するかどうかだ。資金決済法は、暗号資産を次のように定義する(図2参照)。

図2:「資金決済に関する法律」における暗号資産の定義
図2:「資金決済に関する法律」における暗号資産の定義

出典:e-Gov 法令検索より抜粋。赤字の色塗りは筆者

ポイントは、同法第二条5号の「本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産」に該当するかどうかである。該当すれば暗号資産の定義から外れ、他の法制のもとに置かれる。該当しなければ暗号資産と定義される。ちなみに、ビットコインは「本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産」に該当せず、暗号資産と位置づけられている。

リブラの場合、機能的には「バスケット通貨」建てとほぼ同等だが、各通貨の構成比が事前に公示されるかどうかも定かでなく、法律的に「本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産」とみなしうるかは微妙である。現時点で断言するのは難しいだろう。

暗号資産への規制は総じて緩やか

仮にリブラが「暗号資産」とみなされる場合、資金決済法に基づく規制は、他の決済手段に比べ総じて緩やかにとどまる。たとえば、中央管理者への規制は存在せず、もっぱら交換業者(仲介業者)への規制が中心となる。ブロックチェーンはもともと中央管理者の存在を前提としない技術であるため、法律もその前提で構成されているからだ。

それでも、これまで大きな支障がなかったのは、日々の決済への利用がほとんど想定されなかったからだろう。ビットコインなどの既存の暗号資産は価格変動が大きく、投資家もこれを前提に投機目的で保有してきた。言い換えれば、決済目的でリブラを保有する者はほとんどおらず、銀行預金と同列に論じる必要はなかったようにみえる。

しかし、リブラのように「通貨性」が高く、日々の決済に利用される可能性のある資産が登場すれば、話は別である。利用者をどこまで保護すべきか、盗難・消滅、決済不履行などの混乱がネットワークを通じて増幅するリスクをどこまで抑制すべきかなど、検討すべき論点は多岐にわたる。

III.リブラの法的位置づけは微妙、②暗号資産でない場合

「預金」とみなす場合

一方、リブラやリブラ類似が「暗号資産」に該当しないとする場合、法的な位置づけにはいくつかの可能性がある。一つは「預金」とみなすことである。

2019年7月のG7財務相・中央銀行総裁会議が、「(リブラは)最高水準の規制を満たし、信頼されるものでなければならない」(議長総括)としたのは、銀行預金に相当する規制を念頭に置いているようにもみえる。

しかし、わが国の法制上「預金」とされれば、銀行などの預金取扱金融機関以外が取り扱うことはできない。すなわち、プラットフォーマーや事業会社をメンバーとするリブラ協会は、銀行免許等を取得しない限り、国内でリブラの発行・流通主体となれない。これは、少なくともフェイスブックの意図とは異なるだろう。

「前払式支払手段」あるいは「MRF」とみなす場合

別の可能性は、前払式支払手段(電子マネーの一種)やMRF(Monetary Reserve Fund、投資信託受益権の一種)とみなすことである。これらの特徴は、銀行以外の業態に例外的に発行や流通への参画を認める一方、「例外扱い」が許容されるよう、厳しい条件が付されていることである。

前払式支払手段の場合、同発行業や資金移動業の業者として登録すれば、誰でも発行や流通に参画できる。その一方で、送金1件あたりの金額上限や、供託金などの履行保証義務などが課される。

MRFは、もともと銀行、証券の垣根論争のなかで生まれた投資信託だ。短期国債など、信用力と流動性の高い有価証券に運用し、換金性、流動性の面で普通預金に近い性格をもつ。

発行は投資信託委託会社が行い、販売は証券会社等が行う。リブラ構想にあてはめれば、さしずめリブラ協会が投資信託委託会社となり、認定再販業者等が証券会社等となるイメージか。

決済への利用は、有価証券の購入・売却代金の受け渡しやクレジットカード代金の引き落としに充当することができる。ただし、現状、第三者送金への利用は想定されていない。

「例外的な手段」として取り扱うことの限界

上記のように、これまでの法制は、銀行を決済の原則的な担い手に据えつつ、条件を付したうえで一部例外的に他業態の参画を認める構成をとってきた。しかし、リブラのような「通貨性」の高い資産が出てくれば、いつまでも「例外扱い」だけで押し切るのは難しい。

「通貨」と「決済のネットワーク」は国民生活のライフラインの一つだ。システミック・リスクの顕在化防止とは、「通貨」と「ネットワーク」の安全性を確保することにほかならない。そのために、リブラのような「通貨性」の高い資産を新たに市場に取り込もうとすれば、金融制度の抜本的な見直しがどうしても必要となる理屈にある。

IV.銀行の苦しい立ち位置

デビットカードの立ち遅れ

では、リテール決済分野における銀行の立ち位置はどのようなものか。

日本の銀行は、1970年代前半に早くも全銀システム(内国為替制度)を稼働させるなど、世界でも最先端の決済サービスを提供してきた。しかし、動きは次第に鈍った。とくにキャッシュレス決済の分野では、銀行よりも、IT関連業者や流通業者が開発の主導権を握ってきた。

銀行が立ち遅れた原因の一つは、デビットカードの将来性を読み誤り、普及に熱心に取り組まなかったことだろう。世界のリテール決済の動向をみると、近年急速にシェアを伸ばしているのは、ほかでもない、銀行発行のデビットカードだ。

欧州では、件数・金額ともにデビットカードが他の手段を凌駕している。米国も――金額的には依然クレジットカードの利用が若干多いが――件数ではデビットカードが圧倒している(図3参照)。

デビットカードの普及が進む国では、電子マネーがほとんど利用されていないのも特徴だ。電子マネー(前払式支払手段)とデビットカードは、代替性が高い。デビットカードが1枚あれば、電子マネーにわざわざチャージを繰り返す必要はない。電子マネーが普及しない理由はそこにあるだろう。

他方、日本では、デビットカード立遅れの間隙を縫うかたちで、事業会社が電子マネーを普及させてきた。主要国のなかで、デビットカードよりも電子マネーが利用されている国は、ただ日本だけである。銀行の努力不足が、他業態のリテール決済分野への進出を促したようにみえてならない。

図3:日米英独の決済手段別利用金額の推移(億ドル)
図3:日米英独の決済手段別利用金額の推移(億ドル)

(注)ドイツの電子マネーは少額のため、グラフから割愛。英国は電子マネーのデータなし(僅少)。

出典: Bank for International Settlements ”Use of payment services/instruments: value of cashless payments by instrument types”を基に筆者作成

銀行・非銀行の業務範囲の不均衡も逆風に

さらに最近は、ビッグデータ収集への関心の高まりが、事業会社やIT関連業者の電子マネーへの取り組みを加速させている。

典型は「100億円還元」や「キャッシュレスを利用すれば、購入額の最大2割還元」などのキャンペーンだ。これらは、事業会社が本業で得た利益を決済分野に付け替えて、顧客の囲い込みを図る動きといえる。

こうなると、銀行が改めて自行のキャッシュレス手段を普及させようとしても、追随は容易でない。銀行の本業利益は、超低金利の環境のもとでゼロに近い。他方、銀行には他業禁止の原則があり、他業からの利益を付け替えることはできない。銀行に対する業務範囲規制は、リテール決済分野での立ち遅れをさらに決定的なものにしようとしている。

V. 金融規制の展望と銀行の向かう道

金融規制の展望

以上を前提に、今後どのような金融制度上の見直しが必要になるかを整理してみよう。

第1の論点は、決済の担い手としてどの範囲を認めるかである。これまで述べてきたように、従来決済分野は、銀行などの預金取扱機関を担い手に据えることを原則に据えつつ、一部例外的に他業態の参入を認めてきた。

しかし、最近は事業会社やIT関連業者が、新たなサービスの開発を主導してきた。こうした状況のもとで、銀行に委ねているばかりでタイムリーなサービス提供を期待できるか。あるいは、新たなサービス提供者に銀行免許の取得を求めるか。あるいは、別の体系で広範な業者を取り込むのか。これら論点の整理が必要となる。

第2の論点は、仮に銀行以外の担い手への参入を広く認める場合、従来、銀行に課してきた規制をどう新たな担い手に課すかである。

決済手段(資産)の保護やマネー・ローンダリング、テロ資金供与の防止、個人情報の保護などの規制を業態横断的に課すことは、もはや当然のことといえる。問題は、システミック・リスク顕在化防止のための規制――すなわち信用秩序の維持や決済システムの安全性確保のための規制――を新たな担い手にどこまで求めるかである(図4参照)。

図4:決済手段、決済類似手段をめぐる規制上の論点
図4:決済手段、決済類似手段をめぐる規制上の論点

出典:筆者作成

第3の論点は、銀行と新たな担い手の競争上の均衡をどう確保するかだ。銀行はこれまで、決済サービスの基本的な担い手であるがゆえに、業務範囲を厳しく制限されてきた。たとえば、非金融業は銀行子会社を保有できるのに対し、銀行は非金融業の子会社を保有できない。こうした不均衡をどう是正するかも重要な課題となる。

第4の論点は、前述の論点とも重複するが、システミック・リスク顕在化防止のための枠組みをどう再構築するかだ。

これまで、日本を含む多くの国は、システミック・リスクの顕在化防止のため、①監督当局が、銀行に対し自己資本比率などの健全性確保のための規制を課したうえで検査・監督する、②中央銀行が、万一の場合に備えてLLR(Lender of Last Resort)機能を提供し、その前提として銀行経営の健全性を考査する、③中央銀行が、決済ネットワークの安全性をオーバーサイトする、といった枠組みを構築してきた。

今後、広範な担い手の参入を認めつつ、並行して銀行の業務範囲を緩和するとすれば、こうした枠組みの再構築は避けられない。

銀行の向かう道は?

最後に、こうした状況に銀行はどう対処すべきか。

第1に、最も重要なことは、銀行自身がデジタル技術を駆使して、効率的な決済サービスの開発、提供に努めることである。リブラ構想が強調するように、IT技術を使えば、より低コストで決済サービスを提供できる可能性が高まる。

決済サービスの高度化は、銀行が本来果たすべき役割である。歴史を紐解けば、銀行は、小切手・手形決済に代えてオンライン決済を普及させるなど、決済サービス高度化の推進役を担ってきた。リブラの構想も、もし銀行界自身が打ち上げていれば、話題にすらならなかったかもしれない。

そのうえで、第2に、銀行は、顧客のライフサイクルに沿った「シームレスな金融サービス」の提供に努めることだ。その際には、将来の業務範囲規制の見直しも視野に入れつつ、他業とアライアンスを組むことが欠かせない。

デジタル技術の進化は、バーチャルな資金管理(決済、預金、融資)を生業とする銀行にとって、ビジネスチャンスの拡大を意味するものにほかならない。その際、業務範囲規制がなんらか障害となるのであれば、他業とアライアンスを組んで乗り越えていくことが重要だ。

従来、銀行業は顧客の決済データを大量に保有し、優位性の高い産業と言われてきた。しかし、実際にはデータを有効に活用できてこなかった。その反省のうえに、「原点」に立ち返るということなのだろう。

デジタル技術の進化は、データの管理、解析を容易にし、応用範囲を広げる。他業と組めば、いわば「点」でなく「立体的」なサービス提供が可能となる。そのためには、金融の枠組みにとらわれない発想が、なによりも重要だ。

従来の銀行業の枠組みから一歩外へ踏み出すことだ。そこには、大きなビジネスチャンスが広がっている。

【参考コラム】

オフィス金融経済イニシアティブHPコラム・オピニオン:https://www.kyinitiative.jp

  • 2019年3月「なぜ銀行はキャッシュレスに出遅れたか~電子マネーがデビットカードを凌駕する唯一の国」
  • 2018年10月「ブロックチェーンはなぜ過大評価され、過小評価されるのか」
  • 2018年1月「銀行業はどこへ向かうか~通信業と何が類似し、何が違うか」
  • 2017年1月「銀行はなぜ協業(アライアンス)に向かうのか~フィンテックを有効に活用する非金融業に、銀行はどう対抗するか」
  • マイナー:採掘業者、ブロックチェーンの正当性を証明する数式を最初に解いた者。
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