一人ひとりのwell-beingを実現するデジタル時代のヘルスコミュニケーション
第5回 医療DXとコミュニケーション ~遠隔医療の普及に必要なこと~
1. はじめに
昨今、DX(Digital Transformation;デジタルトランスフォーメーション)があらゆる産業分野において進み、その取り組みの状況は企業全体で55.9%、大手企業では82.1%1 との調査結果がある。
医療の分野においても、令和4年6月に政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」2 において、医療DXの推進を言及し、厚生労働省には、「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム3 が設置された。その一つの取り組みとして全国医療情報プラットフォームの創設が提案され、オンライン資格確認システムのネットワークを拡充し、薬剤情報・特定健診情報に加え、手術などの診療行為情報や予防接種履歴など国民がマイナポータルを通じて閲覧できる環境整備や電子処方箋、電子カルテ等の医療機関などが発生源となる医療等情報(介護情報含む)を医療従事者や介護事業者、自治体などが必要なときに必要な情報を共有・交換できる環境整備の実現に着手されたところである。
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図1 厚生労働省第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について4
本レポートでは、ICTを用いた遠隔医療におけるヘルスコミュニケーションの課題を説明し、デジタル時代に必要な医療従事者間のコミュニケ―ションの在り方について検討したい。
2. 遠隔医療
遠隔医療は、地域医療連携の一端を担い、どの関係者(医療従事者、介護関係者、患者など)との情報の伝達・提供・共有を行うかによって、大きく次の2つに分類・整理される5 。1つは自宅などにいる患者に対して、主治医から医療を提供する遠隔診療(Doctor to Patient)であり、一般にはオンライン診療と呼ばれている。もう1つは医療従事者間で行われる遠隔医療(Doctor to Doctor 以下、D to D)である6 。
2つの分類・整理のうち、本稿では、医師以外のメディカルスタッフを含む医療従事者間で行われるD to Dの遠隔医療とコミュニケーションについて説明する。
図2 遠隔医療の2つのタイプ7
D to Dの遠隔医療は、医療の質の向上、患者の利便性の向上、離島やへき地などにおける医療の地域差の是正など、地域医療の充実の観点から重要とされている。また、昨今の医師の働き方改革により、ICTを活用することでへき地などに医師移動する時間の軽減などの効果もある。
近年、関係学会においても各領域における遠隔医療に関するガイドライン策定が行われ8,9,10 、遠隔医療の基盤が整備されつつある。また、令和2年度診療報酬改定においても、遠隔連携診療料が創設され11 、さらに技術面においても商用5Gの開始などにより遠隔医療における活用が期待されている12 。
現在の取り組み事例では、複数の診療科横断的な、地域全体を巻き込む取り組みは岩手医科大学を中心に岩手県内の県立病院などと連携する「いわて医療情報連携・遠隔医療システム」や、和歌山県立医科大学地域医療支援センターと遠隔地の医療機関を結んだ、和歌山県内の地域医療の支援などがある13,14 。
今後、地域の医療課題や医療ニーズに応じて、全国各地で遠隔医療の取り組みがさらに広がることが見込まれるが、遠隔医療の取り組みを進める上で、医療従事者や地域の関係者間の⼈的ネットワーク構築が課題の一つとして挙げられる15 。つまり、有効に遠隔医療に取り組む上では、医療従事者や地域の関係者間がコミュニケーションを通して人的ネットワークを構築することが必要である。
以降では、遠隔医療における医療従事者や地域の関係者間の⼈的ネットワークとコミュニケーションの課題やその解決策について説明したい。
3. 遠隔医療の普及の課題と必要なコミュニケーション
遠隔医療を実施する各段階でのコミュニケーションに関連する課題と解決の一例を図3に整理した。
遠隔医療開始前には、「①連携相手・人的なネットワークがない」、「②連携する関係者間で医療課題や取り組みの目的が共有できない」ことなどが主に挙げられる。
まず「①連携相手・人的なネットワークがない」という課題には、地域の専門職が集まる勉強会、会合などに積極的に参加し、人的なネットワークを作るなどのコミュニケーションがとれる機会を活用し、地域での人脈を増やすことが一つの解決策として挙げられる。
次に、「②連携する関係者間で医療課題や取り組みの目的が共有できない」という課題には、地域の関係者の人脈を増やしながら、関係者間で地域医療の課題を共有し、理解者を増やすことや、地域の基幹病院や、地域の医療団体などが中心となり地域医療の課題の把握や、課題解決に向けた取り組みの目標・目的について合意形成を図ることが必要になる。そのために、コミュニケーションの場を設定することが一案となる。
さらに、遠隔医療開始後には、「③連携相手の情報が不足している」、「④相談に心理的なハードルがある」という課題が主に挙げられる。
「③連携相手の情報が不足している」という課題には、連携組織間での受け入れ対象患者などの事前取り決めを行う、患者紹介の際の診療情報提供書に対して診療結果の報告書をフィードバックすることで、相手に自分の専門分野を理解してもらう(特に他職種や他分野との連携の事例)などのコミュニケーションにより、自分ができることを相手に伝えることが必要になる。
最後に、「④相談に心理的なハードルがある」という課題には、コミュニケーション機会を定期的に設け、関係性を維持することが解決策になる。例えば、連携する関係者が定期的に事例検討を実施し、相談がしやすい関係性を作り、また、相談先・相談元が参加する形で相談された事例などの対応や処置などの振り返りを実施し勉強会を開催するなどが必要になる。
このように、遠隔医療を実施する各段階においてコミュニケーションの課題が生じやすく、有効かつ円滑な取り組みを行うためにはコミュニケーション上の課題を解決しなければならない。
図3 遠隔医療を実施する各段階でのコミュニケーションの課題と解決の一例
作成)NTTデータ経営研究所
4. おわりに
本稿では、遠隔医療におけるコミュニケーションの重要性について紹介した。医療従事者間のコミュニケーションを通し、関係者間の信頼関係の構築、顔の見える関係性作りを行うことで、有意義な遠隔医療が実現し地域医療の一助となりうる。
今後、遠隔医療は、地域医療を支える有効な手段として広く利用され、さらに取り組みの輪は一部の医師対医師にとどまらず、歯科医師、薬剤師、看護職、リハビリテーション職や、自治体職員、介護職、消防隊員などの地域の医療・介護を支える関係者などに広がっていくことが見込まれる。遠隔医療を推進する上で、ICTによる基盤技術や制度整備に併せ、医療従事者間のコミュニケ―ションの機会や方法についても引き続き検討していく必要がある。
次回は、「生涯を通じて自分らしく生きるためのアドバンス・ケア・プランニング~「もしもの時」に備えて今からできるコミュニケーション~」(執筆者:山下 優花) をお届けします(1月上旬掲載予定)
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ライフ・バリュー・クリエイションユニット/行動デザインチーム シニアコンサルタント 南谷 真理子 Email:
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1 日本能率協会 「日本企業の経営課題2022」 調査結果速報 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000016501.html 2 内閣府 経済財政運営と改革の基本方針2022 について(令和4年6月7日閣議決定) https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf 3 厚生労働省 第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_28128.html 4 厚生労働省 第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 【資料1】医療DXについて https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf 5 総務省 情報流通行政局 遠隔医療モデル参考書-オンライン診療版-令和2年5月- https://www.soumu.go.jp/main_content/000688635.pdf 6 一般社団法人 日本遠隔医療学会, 2017年, 「図説・日本の遠隔医療」 http://jtta.umin.jp/pdf/telemedicine/telemedicine_in_japan_20171201_jp.pdf 7 一般社団法人 日本遠隔医療学会, 2017年, 「図説・日本の遠隔医療」 http://jtta.umin.jp/pdf/telemedicine/telemedicine_in_japan_20171201_jp.pdf 8 日本脳卒中学会 Telestrokeガイドライン作成プロジェクトチーム, 2020年, 脳卒中診療における遠隔医療(Telestroke)ガイドライン https://www.jsts.gr.jp/img/telestroke.pdf 9 ⽇本集中治療医学会 ad hoc 遠隔ICU委員会, 2021年4月, 遠隔ICU設置と運⽤に関する指針 https://www.jsicm.org/pdf/Guidelines%20of%20Tele-ICU.JSICM2021.pdf 10 一般社団法人 日本外科学会 遠隔手術実施推進委員会 編, 2022年6月, 遠隔手術ガイドラインhttps://jp.jssoc.or.jp/modules/info/index.php?content_id=227 11 厚生労働省保険局医療課, 令和2年3月5日版, 令和2年度診療報酬改定の概要 https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000605491.pdf 12 山口県, 2021年, 5Gを活用したへき地医療機関遠隔サポート事業・実証実験の実施について https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/site/ishikakuho/14249.html 13 岩手医科大学 災害時地域医療支援教育センター 遠隔医療ネットワーク システムの構築 http://www.iwate-med.ac.jp/saigai/report/docs/2016poster03.pdf 14 和歌山県地域医療支援センター 遠隔医療支援システム https://www.cmsc.jp/report/system.php 15 株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所, 2022年, 総務省請負事業 医師対医師(DtoD)の遠隔医療の取組状況等にかかる調査研究報告書 概要版https://www.soumu.go.jp/main_content/000812529.pdf