日本は1994年に高齢化率14%を超え、高齢社会を迎えた。その後も高齢化率は上昇を続け、2020年には28.8%に達し、4人に1人以上が高齢者となった1。急激な高齢化と国民の加齢に伴う意思決定能力の低下に備え、2018年に厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を改訂し、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning、以下ACP)の概念を取り入れた。また2022年より、在宅医療の裾野を広げ、質を高める観点から、在宅療養支援診療所及び在宅療養支援病院の要件にACPに係る指針の作成が追加された。
また、2040年には年間約168万人、1日あたり4,600人の死亡数が見込まれる6多死社会が迫っている。「死」という一時点に関する意思決定だけではなく、死を迎えるときの在り方であるQuality of Death(以下QOD)7をどのように高めるかは、個人のみならず日本全体で今後一層検討すべき課題である。
ここでは、死を語る文化を醸成する取り組みであるデスカフェと、本人の意向を電子的に保存し代理意思決定者や医療者に伝える海外の政策的取り組みであるEPaCCS(Electronic Palliative Care Co-ordination Systems)の内、特にCMC(Coordinate My Care)について紹介する。
英国では希望する死を実現するために、電子緩和ケアコーディネーションシステム(Electronic Palliative Care Co-ordination Systems:以下EPaCCS)を導入した。EPaCCSは人生の終末期にある患者の終末期のケアの希望を電子的に記録し、ケアに関わる関係者間で共有することで、QOD向上させるものである19。かかりつけ医、地区看護師、緩和ケアチーム、ホスピススタッフなどケアに関わっている専門家や組織だけが患者の情報にアクセスできる。政府は EPaCCS の標準形を定め、導入は地域に委ねられている。
ロンドン地域では、終末期ケアだけでなく、救急車サービスや一般診療の時間外サービスも含めた情報連携システムの構築を進めており、Coordinate My Care(CMC)と呼ばれている20。これにより不慮の事故ではじめての病院に運び込まれた際にも、電子的に保存されている本人の意向に沿って医療・ケアを選択できる。
1 内閣府「令和2年版高齢社会白書(全体版)」(2022年12月12日)https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/zenbun/03pdf_index.html 2 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアのプロセスに関するガイドライン解説編」(2022年12月12日)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197722.pdf 3 箕岡真子.「私の四つのお願い」の書き方:医療のための事前指示書、ワールドプランニング、2011 4 Silveria M. et al: Advance Directives and Outcomes of Surrogate Decision Making before Death. N EngI J Med 362.2010.1211-1218 5 厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書」(2022年12月12日)https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_h29.pdf 6 厚生労働省「令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-(本文)」 (2022年12月12日)https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/19/dl/1-01.pdf 7 公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット「私の考える理想的な死」(2022年12月12日)https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/tyojyu-shakai/risoutekina-shi.html 8 森雅紀ら.「Advance Care Planningのエビデンス 何がどこまでわかっているのか?」.医学書院.2021 9 Danis M. et al: A prospective study of advance directives for life-sustaining care. N EngI J Med 324(13).1991.882-8 10 Schneiderman L. et al: Effects of offering advance directive on medical treatments and costs. Annals of internal medicine 117(7).1992.599-606 11 Ruhnke GW et al: Ethical decision making and patient autonomy: a comparison of physicians and patients in Japan and the United States. Chest,118(4).2000.1172-82 12 Voltz R. et al: End-of-life decisions and advance directives in palliative care.a cross-cultural survey of patients and health-care professionals. J Pain Symptom Manage 16(3).1998.153-62 13 Shalowitz D. et al: The accuracy of surrogate decision makers: a systematic review. Arch Intern Med.166(5).2006.493-7 14 DeathCafe(2022年12月12日) https://deathcafe.com/ 15 小谷みどり、「話題のデス・カフェに行ってみた」、第一生命経済研究所、LIFE DESIGN REPORT SUMMER、2018.34-37 16 吉川直人「デスカフェオンラインサミット(DeathCafeWeek2020)の開催報告」、京都女子大学生活福祉学科紀要(16)、2021.71-73 17 死について自由にかたろう 130万人のピリオド、日本経済新聞夕刊、2016(2022年12月11日)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO08447610X11C16A0NZBP00/ 18 吉川直人ら、「国内デスカフェの発展過程とコミュニティとしての可能性」、京都女子大学生活福祉学科紀要(16)、2021.75-81 19 株式会社国際社会経済研究所、「ヘルスケア分野のICT活用が可能にするQOL・QOD向上に関する調査研究報告書:最終報告書」(2022年12月11日)https://www.i-ise.com/jp/report/pdf/rep_it_202003f.pdf 20 株式会社国際社会経済研究所、「QOL向上につながる健康・医療・介護分野のAI・ビッグデータ活用に関する調査研究:最終報告書」(2022年12月11日)https://www.i-ise.com/jp/report/pdf/rep_it_201903f.pdf