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Insight
経営研レポート

人生100年時代における、医療専門職のキャリアオーナーシップ発揮に向けて(後編)

ヘルスコミュニケーション
2024.03.14
ライフ・バリュー・クリエイションユニット/ヘルスコミュニケーションチーム
コンサルタント 山下 優花
コンサルタント 中村 やよい
シニアコンサルタント 西口 周
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はじめに

前編では、医療専門職のキャリア形成に関わる政策・制度動向を総論的に示し、その中でもさまざまな職能団体から注目されているタスク・シフト/シェア 1 の現状や課題、期待について、診療放射線技師の例をもとに部分的に紹介・考察した。しかし、複層的な課題を働き方改革やタスク・シフト/シェア、処遇改善などの単一施策・制度で解決するのではなく、教育機関や民間サービスなどのアセットも活用しながら、多様な視点での文化・風土づくりや受け皿の構築が必要であると考える。

後編では、医療専門職が各ライフコースに応じて多様な視点で専門性を発揮し、現場のみではなく政策提言や民間サービス企画などを通じて“医療専門職の資格を医療業界へ還元”し、人生における自己実現を目指せるよう、キャリアオーナーシップ 2 を発揮するための支援方策やキャリアデザインのあるべき姿について考察したい。

なお、本レポートでは、「キャリア形成」を「仕事に関する目標や計画を立て、経験やスキルなどを蓄積することで自己実現を図るプロセス」と定義し、組織内での昇進や特定の職業に関わるスキルの向上に重点を置く考え方とする。一方、「キャリアデザイン」を「将来のなりたい姿やありたい自分を実現するために、職業人生を主体的に設計し、実現していくこと」と定義し、キャリア形成よりも自由度の高いキャリア選択と自己実現に重点を置く考え方とする。

1 タスク・シフティング(タスク・シフト):医師の業務の一部を看護師や薬剤師などの他職種に移管する業務を指す。タスク・シェア(タスク・シェアリング):医師の業務を複数の職種で分け合う業務の共同化を指す。2つの意味を合わせてタスク・シフト/シェアという言葉が用いられることが多い。

2 「個人一人ひとりが『自らのキャリアはどうありたいか、如何に自己実現したいか』を意識し、納得のいくキャリアを築くための行動をとっていくこと,「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」報告書(2018年, 経済産業省)

医療専門職におけるキャリア形成の課題

多くの医療専門職は、高校卒業時の進路選択の段階から特定の医療専門職として働くことを意識し、養成校で教育を受けるのが一般的である。その後、学位取得と同時に国家試験を受験し、卒業後すぐに医療機関などの臨床現場で専門職として働き始める人が大多数である。

しかし、学生時代から臨床現場でのキャリア形成の期間を通じて、個々が思い描いていた専門職像を必ずしも順風満帆に実現できるとは限らない。多くの場合、さまざまな想いや悩みを抱えながら日々職務を遂行することが現実である(具体的な想い・悩み、本人を取り巻く現状、課題を図1に示す)。

高校生から養成校の過程では、数週間から数カ月間の臨床実習を経験するまでに特定の医療専門職としての働き方を理解する機会が限られている。そのため、“患者や利用者に笑顔で真摯に向き合う姿への憧れ”といった抽象的な理想や“資格を有する安定した職業の選択”といった具体的な要因が先行し、結果的にリアリティショック(現実と理想のギャップ)を経験することも珍しくない。

また養成課程修了後、一定年数を臨床現場で勤務した医療専門職の中には、自身が望むライフスタイルとのギャップや、キャリアチェンジを検討するものの基礎的なビジネススキルの不足などに悩む人もいる。しかし、これらの課題に対する解決策やサポート環境が十分に整っていないことから、医療専門職のキャリア形成が妨げられているのが現状である。

図1 医療専門職のキャリア形成に係る想い・悩みや現状・課題(筆者らの仮説)

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医療専門職におけるキャリアデザインの考察

医療専門職の人材不足に関わる世の中の動向を鑑みながらも、各ライフコースにおけるさまざまな課題への解決策の一助となるよう、以下の3点に関する考察を論じる。

  1. 専門性の架け橋としてのH型人材のあり方
  2. キャリアオーナーシップを発揮するための支援・制度のあり方
  3. キャリアデザインのあるべき姿

なお、医療専門職が各ライフコースに応じたキャリアデザインを検討することは、臨床現場での人材不足を助長するものではなく、専門性を発揮した政策提言や民間サービス企画などを通じて“医療専門職の資格を医療業界へ還元”する道程として機能することを期待し論じる。

1.専門性の架け橋としてのH型人材のあり方

医療業界に限らず、時流の変化に伴って求められる人材タイプはI型人材からT型へ、そしてH型へと進化している。それぞれの人材タイプを簡単に解説する。

I型人材」とは1つの分野を掘り下げ、その分野に対する深い専門知識を持つ人材タイプである。例えば医学の専門性を追求していく者を指す。

T型人材」とは1つの専門分野だけでなく、さまざまな分野に対する幅広い知識を持つ人材タイプである。例えば医学の専門性を持ちつつもマネジメント力も強い者を指す。

そして近年では、H型人材に注目が集まっている。

H型人材」とはI形やT型人材のように専門性を1つ持ちながらも、さらに他の専門性を有する人材とつながることのできる人材タイプである。例えば医学の専門性を持ちつつも他分野や他企業・組織との橋渡しをできる者を指す(図2)。医学に関する専門分野だけでなく幅広い知識を持ち、他分野と連携するスキルを備えているH型人材は、イノベーション創出において非常に重要なキーパーソンになるとされており、期待も大きい 3

図2 医療専門職における、医療以外の分野と連携するH型人材のイメージ

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筆者らの経験やさまざまな関係者との意見交換を経て、医療専門職がH型人材になるために重要とされる要素を図3にまとめた。

大きく「スキルセット」と「マインドセット」に区別できる。特にスキルセットである「専門知識」「コミュニケーションスキル」「適応力」と、マインドセットである「学習意欲」「好奇心」「共感性」は重要な要素だと思われる。なぜなら、医療業界は異なる文化やプロセスを持っているため、これらの要素は他分野と連携しスムーズに適応するのに役立つからである。もちろん、医療専門職の文脈を生かすH型人材を目指すのであれば、専門知識は必須である。

しかし、必ずしも全ての要素が求められる訳ではなく、目的に応じてこれらの要素を手段として活用することが肝要である。活躍する分野や勤務先、プロジェクト単位で求められるスキルセットやマインドセットを組み合わせることができる「適応力」や「学習意欲」があれば、木を見つつ森も見ることができるH型人材として活躍しうるのではと考えている。

図3 医療専門職がH型人材になるために重要とされる要素(筆者らの仮説)

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既にH型人材を積極的に育成・活用している民間企業も存在する。

なお以下で紹介する例は、医療専門職のキャリアデザインとは別の文脈でサービス展開しており、筆者の私見で親和性の高さを例示している。

例えば、IQVIAサービシーズジャパンでは、看護師の有資格者かつ臨床経験者を対象とした「企業看護師研修」を展開している。この研修では特に、製薬企業による臨床・患者サポートの新しいアプローチの担い手として、医療専門職や患者さんとのコミュニケーションを通して、製品・サービスによる治療環境の改善を支援する「クリニカル・エデュケーター」というプロフェッショナルな職種の育成に力を入れている 4 。民間企業における医療専門職は、疾患やその治療に関するインサイトを内製化することを可能とし、医療用語を理解した上で現場関係者と円滑なコミュニケーションをとることができるため、より深い信頼関係の構築にも寄与すると考えられている。

また Jeff Elton らのヘルスケア産業のデジタル経営革命 5 では、「価値中心の新しい企業や医療機器メーカーに欠かせない基本特性として患者中心・価値中心の文化がある」と述べている。この文化を築くためには「患者の治療や治療にともなうリスク管理に直接関わった経験があり、それらを実際に理解している人たち」の重要性は大きく、民間企業における医療専門職のH型人材の価値はより一層高まると予想している。

4 IQVIA サービシーズ ジャパン株式会社「看護師の経験を生かして、企業でのキャリアに挑戦 企業看護師を目指す“学びの場”

5 Jeff Elton, Anne O’riordan「ヘルスケア産業のデジタル経営革命 破壊的変化を強みに変える次世代ビジネスモデルと最新戦略」日経BP社

2.キャリアオーナーシップを発揮するための支援・制度のあり方

次に、医療専門職自身がキャリアオーナーシップ を発揮する、つまり医療専門職がH型人材として能力を発揮するために期待される「(1)教育機関における卒前教育 6」「(2)卒後のキャリア形成支援」「(3)政策・制度支援」のあり方を整理した。

※キャリアオーナーシップの考え方は、前編レポートに記載している

6 文部科学省が策定する医学教育モデル・コア・カリキュラム(医学生・歯学生が卒業時までに身に付けておくべき、必須の実践的診療能力[知識・技能・態度]に関する学修目標等を示している)

(1)教育機関による卒前教育

多くの学部では、大学生活や就職活動を経て進路選択をすることが一般的である。しかし、医療系学部では職業意識が未成熟な高校生の段階で職業にほぼ直結した学部への進学を決断しなければならず、通常よりも進路選択のタイミングが早くなってしまう。高校生の段階では医療専門職との接点が少なく、職業への理解や認識が不十分のまま進学することになるため、学習意欲の低下や途中退学につながる可能性がある。

そのため、進路選択の段階で職種・職業に対する最低限の理解をできる限り促し、希望する学部とのミスマッチを防ぐ必要がある。

コロナ禍を経て、医療現場の最前線で活躍する医療専門職への注目が集まり、医療・保健学の新設学部数は継続的に増えている 7 。さらに医療専門職の需要が今後も増えることを踏まえると、中学・高等教育の中で医療系学部の理解・認識を促す機会を整えることは肝要である。最近では、医療施設の職業体験のみでなくVRやクラウドを活用した職業体験学習 8 も始まっており、より多様な手法で職業理解が進んでいる。

また、専門学校や大学進学後は「職業的アイデンティティ」の形成が重要である。職業的アイデンティティ(例えば「私は看護職を選択してよかった」といった感情を持つこと)とは職業と自己一体意識を指す概念であり、形成することで看護の質向上につながるとされている 9,10 。また臨床実習などでのリアリティショックを軽減させるための実習事前指導やロールモデルとなる医療専門職と接点を持つ支援が求められる 11

さらに養成校における臨床で活躍する人材育成とは別で、東京医科歯科大学、東京外国語大学、東京工業大学、一橋大学間の連携である「四大学連合」のように、新しい人材の育成と学際領域、複合領域の研究教育を目指した取り組みも行われている 12 。加えて文部科学省による大学発の医療系スタートアップ支援も追い風となり、今後は臨床以外の場で医療・ヘルスケア業界に貢献する方法を模索する学生が増える可能性もある 13

図4 教育機関による卒前教育時に求められるサポートのイメージ

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7 文部科学省「新設大学等の情報

8 学校法人智睛学園専門学校琉球リハビリテーション学院「医療福祉分野における専門学校と高等学校の先端技術を活用したキャリア教育連携プログラムの開発に関する実証研究事業 事業成果報告書

9 グレッグ美鈴「看護師の職業的アイデンティティに関する中範囲理論の構築」看護研究.2002

10 片岡祥「講義を用いた看護学生の職業的アイデンティティを高める取り組みー臨床場面を想定したロールプレイの効果の検討―」応用心理学研究.2014

11 高瀬園子ら「看護学生における職業的アイデンティティの文献レビュー」保健科学研究.2018

12 四大学連合(Webサイト:https://www.tokyo-4univ.jp

13 文部科学省「第5回医療機器・ヘルスケア開発協議会 文部科学省の取組について

(2)卒後のキャリア形成支援

2023年6月に公益社団法人日本看護協会が看護職の生涯にわたる学習活動を支えるために「看護職の生涯学習ガイドライン 14」を策定した(図5)。本ガイドラインは、今後の社会において活躍する看護職一人ひとりの生涯学習の羅針盤として位置づけられている。

本ガイドラインでは、生涯学習は免許取得後からスタートするのではなく、看護基礎教育の時期からその重要性や意義を理解することが必要であること、看護職一人ひとりが望むキャリアを歩めるように個人の主体性を尊重すること、生涯学習支援やキャリア形成支援などを行う機関は看護職個人と雇用している組織の双方を支援することなどが記載されている。

つまり、個人がキャリアオーナーシップを持ち、組織が個人のキャリアデザインをより一層支援することが求められている。実際に、一部の病院では教育担当部署の看護師がキャリア・コンサルタントの資格を取得し、組織や個人のキャリア形成を支援している。今後、他の職能団体においてもキャリア形成支援の方法が示され、医療専門職のキャリアオーナーシップにつながることを期待したい。

図5 看護職の生涯学習ガイドラインの基本的考え方

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所属する組織におけるキャリア支援と並行して、民間サービスの活用も有効的な手立てである。「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」15 が2016年に出版されて以降、キャリアデザインに関わる民間サービスの創業が目立つようになった。以下に紹介する例は、医療専門職のキャリアデザインとは別の文脈でサービス展開しており、筆者の私見で親和性の高さを例示している。

キャリアに特化したパーソナルトレーニングを提供するポジウィル株式会社 16 や、時間や場所に縛られない自分らしい働き方を実現するためのキャリアスクールコミュニティを提供するSHE株式会社 17 が一例である。これらは、必ずしも転職や昇給を目的とするのではなく、後悔しない人生を生きるために必要な人生の指針や自分らしい生き方・働き方を実現するためのスキル獲得を支援している。

近年、20代の医療専門職がこうしたサービスを利用し、自らのキャリアデザインを模索するケースが増えている。医療専門職に特化したキャリアデザインに関わる民間サービスやコミュニティも増加しており、医療専門職の強みと弱み(例えば、一般的にコミュニケーション能力は高いがPC操作を含めたビジネススキルが弱いなど)を踏まえつつ、資格にとらわれない自由で自分らしいキャリアデザインが今後一層進む可能性がある(図6)。

図 6 卒後のキャリア形成に求められるサポートのイメージ

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14 公益財団法人日本看護協会「看護職の生涯学習ガイドライン

15 リンダ グラットン (著), アンドリュー スコット (著), 池村 千秋 (翻訳)「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略」(東洋経済新報社)

16 ポジウィル株式会社(Webサイト:https://www.posiwill.co.jp

17 SHE株式会社(Webサイト:https://she-inc.co.jp

(3)政策・制度支援

前編レポートの「医療専門職のキャリア形成支援に関わる政策動向」でも触れたが、専門的な知見を生かしH型人材としての「橋渡し」の能力を育成・推進するような多様なキャリア形成に関わる政策的な後押しは、ほとんど行われていない。

そのような中で近年注目されている「リスキリング」や「リカレント教育」は、橋渡しスキルを育成するキャリア形成支援策として有用であると考えられる(本レポートでは詳細は割愛するが、官公庁が実施している関連の事業や検討会の一部を図7に示す)。

図7 キャリア形成支援に関連する政策的推進事業・検討会の例

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また厚生労働省では、「キャリア・コンサルタント養成計画」として、2024年度末までにキャリア・コンサルタントの養成数を10万人にすることを数値目標として挙げている 18

キャリアコンサルティングには、自分の適性や能力、関心などに気づき、自己理解を深めるとともに、社会や企業内の仕事について理解し自身にあった仕事を主体的に選択できるような効果が期待されている 19 。キャリア・コンサルタントが増えることでキャリア形成に関する悩みを気軽に相談できる場が拡充され、自身のキャリアデザインが推進されることを期待したい。

一方、経済産業省では、予測困難な現代社会すなわちVUCA時代の越境学習による人材育成を推進している 20 。越境学習とは、ビジネスパーソンが所属する組織の枠を越えて学ぶことであり、「知の探索」によるイノベーションや自己の価値観や想いを再確認する内省の効果が期待されている。臨床以外のキャリアに関心を持った際には、転職だけではない他分野へのチャレンジを後押しする環境が整うことも期待したい。

3.キャリアデザインのあるべき姿

医療専門職におけるキャリアデザインのあるべき姿は、まず政策・制度支援や卒前・卒後教育 21 、民間サービスなどの充実、キャリアオーナーシップを持った多様な人材やその多様性を認める文化・風土づくりの土台を築くことである。その上で医療専門職がスキルセットとマインドセットを生かし、キャリアオーナーシップを持つことにより、多様なキャリアを認め合いながら自己実現を目指していく姿だと考える(図8)。

一方で医療専門職の人材不足・専門職を志す人材の減少は、現在進行形で進む社会的課題である。この課題解決策としては、短期的視点では前編レポートで触れたタスク・シフト/シェア、中長期的視点では予防・セルフケアの普及による医療機関の逼迫を避けることが考えられる。前者は臨床現場で“キャリア形成”をしてきた人材が、後者は自らの“キャリアデザイン”を経て多様なキャリアを経た人材が力を発揮し、課題解決に寄与できる領域といえるだろう。また、医療専門職が各ライフコースに応じたキャリアデザインを検討することは、臨床現場での人材不足を助長するのではなく人的資源の最適化に資する可能性もある。

例えば、臨床現場に関わる素晴らしさと大変さの両方をよく理解をしている人材が政策立案に関わることにより、医療専門職としての実体験・経験を踏まえた魅力ややりがいを社会全体に普及できることや、実情に応じた処遇改善や働き方の改善を通じて臨床現場における人材確保に寄与できると考える。

さらに職業の魅力ややりがいが発信されることにより、他のキャリアを歩んでいる人が医療専門職を志すようになり、人材の相互循環が生まれると期待する。

図8 医療専門職のキャリアデザインのあるべき姿(筆者らの仮説)

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21 厚生労働省のよって指導監督が行われており、医療安全の確保および医療従事者の基礎教育、研修を目的に実施されている

おわりに

本レポートでは、医療専門職が各ライフコースに応じて多様な視点で専門性を発揮し、現場だけではなく政策提言や民間サービス企画などを通じて“医療専門職の資格を医療業界へ還元”する多様性を容認し、人生における自己実現を築いていくための「キャリアデザインの支援方策」や「あるべき姿」について述べた。

医療専門職は、臨床以外の異なるキャリアを目指すと周囲から「もったいない」と言われることが多い。医療の専門知識を学んだ時間が、社会にとって重要なスキルや経験であると評価されて「もったいない」という発言につながっているのであればありがたい限りである。

しかし、周囲からの「もったいない」という言葉に苦しめられる医療専門職を多く見てきた。医療専門職の資格(=免許)はあくまで専門機関で学んできた事実と一定の質を保証するためのものであるにも関わらず、自らのアイデンティティと免許を結び付けてしまい、専門職としての道以外を選択すること自体に引け目を感じている人は多い。

また、自分らしいキャリアが何か分からないままに臨床現場で悩みながら働く医療職も少なくはない。このような悩みを抱える医療専門職には、ぜひナイチンゲールを思い出していただきたい。

彼女が活躍した当時、まだ看護師の地位は低く、ましてや上流家庭の子女が就く職業とは思われていなかった。そのような環境にも関わらず、名家生まれのナイチンゲールは戦争で負傷した兵士の看護にあたった。おそらく「もったいない」や「なぜ」という言葉をたくさん投げられたのではないだろうか。しかしナイチンゲールは看護師としての実績ばかりではなく、ローズダイアグラム 22 を考案するなどして統計学の母としての功績も残している。ナイチンゲールは看護と統計学の専門性を持つH型人材としてのキャリアの先駆けともいえるだろう。

この一例から読み解けるように、医療専門職が持つ知識・スキル・経験は必ずしも臨床現場でしか発揮できないものではなく、他分野の可能性を大いに広げることができるものだと確信している。

医療専門職が臨床以外でも活躍できるような支援環境を官民の政策・サービスで充実させることで、自分らしいキャリアを歩むための多様性を容認する、包摂的な文化・風土づくりや受け皿が整うことを期待したい。人生100年時代だからこそ人の人生に寄り添う職業である医療専門職が悩みながらも、その時々の状況にあった自分らしいキャリアの選択ができることが本人だけでなく患者や社会全体を含め、多くの幸せにつながると考える。

22 ローズダイアグラム(鶏頭図):後にレーダーチャートと呼ばれる、極座標系の棒グラフ

問い合わせ先

<ライフ・バリュー・クリエイションユニット/ヘルスコミュニケーションチーム>

山下 優花(Yamashita Yuka)

コンサルタント/看護師・修士(医療経営・管理学)

E-mail:yamashitay@nttdata-strategy.com

中村 やよい(Nakamura Yayoi)

コンサルタント/看護師・修士(公衆衛生学)

E-mail:nakamuray@nttdata-strategy.com

西口 周(Nishiguchi Shu)

シニアコンサルタント/理学療法士・博士(人間健康科学)

E-mail:nishiguchis@nttdata-strategy.com 

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