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Insight
経営研レポート

「認知症基本法」施行元年、
就労世代の“新しい認知症観”醸成に向けた試行

ヘルスコミュニケーション
2024.08.20
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
マネージャー       西口 周
シニアコンサルタント   石川 理華
コンサルタント      山下 優花
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はじめに

令和6年1月に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」1 が施行された。

その第一条「目的」には、「認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(=共生社会)の実現を推進する」と記載されている。また、第三条「基本理念」には、「国民が、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めることができるようにする」、「全ての認知症の人が、社会の対等な構成員として、地域において安全にかつ安心して自立した日常生活を営むことができるようにする」、「認知症の人に対する支援のみならず、その家族その他認知症の人と日常生活において密接な関係を有する者(=家族等)に対する支援が適切に行われることにより、認知症の人及び家族等が地域において安心して日常生活を営むことができる」なども記載されている(抜粋)。

また、令和5年に開催された「認知症と向き合う『幸齢社会』実現会議」のとりまとめ 2 の中でも「普及啓発・本人発信支援」として記載されている通り、認知症の本人が基本的人権を有する個人として認知症とともに希望を持って生きるという「新しい認知症観」3 のイメージへと変容していくことが必要である。また、「認知症」の一言にしても個々人で症状や進行スピード、周囲の環境要因が異なるため、画一的なイメージではなく多様性を受け入れる包摂的な文化・社会の醸成が求められている。

当社は、厚生労働省令和5年度老人保健健康増進等事業「認知症の人や家族の心理的・社会的サポートに関する調査研究事業」の一環で、認知症の人と家族(以下、「当事者 4」)の身近な地域の支援者における「認知症」に対するイメージ、接し方の変容のきっかけとなることを目指し、「認知症の人と家族の思いにふれあうハンドブック~聞いてください、認知症とともに今を生きる私たちの声~」(以下、「認知症当事者の声ハンドブック」)を制作した 5

令和6年5月の「認知症施策推進関係者会議(第2回)」6 で厚生労働省研究班が発表した将来推計によると、2040年には認知症高齢者数は584万2000人(およそ7人に1人が認知症)と試算されている。また、認知症の前段階の状態とされる軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)は2040年には612万8000人と推計され、認知症とMCIとを合わせるとおよそ3人に1人が認知機能低下の症状を生じることになる。

このような状況で共生社会の実現を目指すにあたり、現段階では国民の認知症への理解は十分とは言えない 7。誰もが自分事として認知症を考えるための普及啓発方策の一つとして、幅広い世代からなる就労世代における職場での認知症の理解促進は重要な打ち手の一つと考える。

そこで、本レポートでは、当社内従業員が「認知症当事者の声ハンドブック」を読むことで、認知症に対するイメージや接し方の変容のきっかけになり得るのかについて効果検証を実施し、その結果を報告することで今後の認知症施策推進に向けた示唆を提供することを目指す。

1 「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(令和五年法律第六十五号)

2 認知症と向き合う「幸齢社会」実現会議 とりまとめ(令和5年12月25日)

3 例えば、認知症は誰もがなり得る自分ごとであること、認知症になったら何もできなくなるのではなく、できること・やりたいことが多くあること、住み慣れた地域で仲間とつながりながら、役割を果たし、自分らしく暮らしたいという希望があることなど(認知症と向き合う「幸齢社会」実現会議 とりまとめより)

4 同事業では、認知症の人だけでなく家族も当事者として考えている

5 株式会社NTTデータ経営研究所ニュースリリース「認知症を知り、ともに生きる 認知症当事者77人の声を集約したハンドブックをNTTデータ経営研究所が制作しWebで公開」(令和6年4月10日)

6 内閣官房「認知症施策推進関係者会議(第2回)」(令和6年5月8日)

7 認知症のイメージに対して、「認知症になっても、できないことを自ら工夫して補いながら、今まで暮らしてきた地域で、今までどおり自立的に生活できる」と回答した割合は6.9%と低い(内閣府「認知症に関する世論調査」(令和元年12月))

1. 「認知症当事者の声ハンドブック」の概要

「認知症当事者の声ハンドブック」は、総計77人の当事者(本人:26人、家族:51人)の声をヒアリング調査と語りのデータベース 8 から集めた。地域の支援者(行政職員、介護職員、認知症地域支援推進員、民生委員、ボランティア、企業管理職など)を想定読者として、診断前後に当事者と関わる地域や職場などの支援者に、当事者のさまざまな思いを広く知らせることを目的に制作した(図表1)。

支援者が当事者の希望を含めたさまざまな思いを知ることは、診断直後から本人のペースに合わせた伴走支援を行うことや、本人のできることに目を向け、本人と共にチャレンジする関わり方につながると考える。本ハンドブックを通して当事者の多様な思いを広く支援者に知らせ、認知症の人と関わる際の支援者の心構えにつなげることをねらいとしている。

本ハンドブックの詳細は、当該事業報告書 9 に記載しているため割愛するが、認知症の診断を受けた時に「本人の力になりたい」、「認知症になった職場の仲間をサポートしたい」、「本人の夢や希望を応援したい」、「本人とより良い関わり方を知りたい」、そのような願いを持つ地域、職場、行政の支援者に向けて4つのテーマで構成している。

① 認知症の診断を受ける … 診断を受けたときの衝撃、葛藤、受容までの当事者の心模様

② 働きながら認知症の診断を受ける … 当事者が感じる仕事への不安と葛藤、職場の理解、サポート

③ 認知症とともに生きていく … 当事者が行う日常生活の中での工夫やチャレンジ

④ 認知症の人とつながる … ともに助け合うピアサポートの力や支援者へのちょっとしたお願いごと

【図表1】「認知症の人と家族の思いにふれあうハンドブック~聞いてください、

認知症とともに今を生きる私たちの声~」

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2. 効果検証の実施概要

効果検証の実施概要は以下の通りであり、当社従業員を対象に実施した(図表2)。

【図表2】効果検証の実施概要

目的・ねらい

就労世代が「認知症当事者の声ハンドブック」を読むことで、認知症に対するイメージや接し方の変容のきっかけになり得るのかについて効果検証を実施し、誰もが自分事として認知症を考えるための普及啓発の重要性を提言する

対象者

対象者 株式会社NTTデータ経営研究所 従業員 18人

検証方法

「認知症当事者の声ハンドブック」を読む前後でアンケートを実施し、意識・関心や理解の変容効果を検証する(対照群を設定しない、単群前後比較)

検証期間

2024年5月30日 ~ 2024年6月14日

対象者の基礎属性

【年代】 20代:4人、30代:8人、40代:6人

【性別】 男性:10人、女性8人

【管理職比】 管理職:6人、管理職以外:12人

【医療介護福祉系の資格保有状況】 保有者:4人、非保有者:14人

2-1. アンケート集計・分析結果

認知症の声ハンドブックを読んだ後の「認知症に対するイメージの変化」、「認知症を取り巻く政策や社会の動きに対する関心の高まり」、「意識・行動の変化」について集計・分析を実施した。なお、集計・分析対象者はデータ欠損のない18人中15人とした。

【認知症に対するイメージの変化:学習未経験者の80.0%はポジティブに変化】

全体で66.7%の人が「認知症の人に対するイメージがポジティブに変化した」と回答した(「大きくポジティブに変化した」、「ポジティブに変化した」の合計)。また、認知症の人と関わる(関わった)機会が半年~1年以内に1回程度の人では、72.7%が「認知症の人に対するイメージがポジティブに変化した」と回答した。これらの結果から、自身の経験に基づく認知症に対する既存のイメージが変化したといえる(図表3)。

【図表3】認知症に対するイメージの変化

(認知症の人との関わり機会でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

さらに、認知症に関する知識を学んだ経験がない人では、80.0%が「認知症の人に対するイメージがポジティブに変化した」と回答しており、メディアなどの情報に基づく思い込みによる認知症に対するイメージが変化したといえる(図表4)。

【図表4】認知症の人に対するイメージの変化

(認知症に関する学習経験でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

【認知症施策への関心の高まり:73.3%が政策や社会動向に関心が増加】

全体で73.3%の人が「認知症を取り巻く政策や社会の動きに対する関心が高まった」と回答した(「とても高まった」、「まあ高まった」の合計)。また、認知症に関する知識を学んだ経験がない人では、5人中全員が「関心が高まった」と回答した。これらの結果から、認知症施策に対する関心が変化したといえる(図表5)。

【図表5】認知症を取り巻く政策や社会の動きに対する関心の高まり

(認知症に関する学習経験でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

さらに、テレビやインターネットで介護福祉関連のニュースが流れてきた際に目を留めて見ている人のうち、50.0%が「関心がとても高まった」と回答した。これにより、介護福祉領域に元々関心を持っていた人であっても、認知症施策に対する関心がより変化したといえる(図表6)。

【図表6】認知症を取り巻く政策や社会の動きに対する関心の高まり

(介護福祉関連のニュースへの関心でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

【認知症の人との接し方に対する意識変容:90%以上が意識を変容】

「日常生活における認知症の人との接し方を変えようと感じたか」について、全体で9割以上の人に意識の変容が見られた(「とても感じた」、「まあ感じた」の合計で93.4%)。認知症の人と関わる(関わった)機会がない人においても、4人中全員に意識の変容が見られた(図表7)。

さらに回答者全員に対して「日常生活における認知症の人との接し方を変える意識をどのくらい持とうと感じたか」について、「全く変えようと思わなかった場合」を1、「必ず変えようと思った場合」を10として変化の度合いを聴取した結果、平均値5.3(中央値6)で意識の変容が見られた。

【図表7】日常生活における認知症の人との接し方を変えようと感じたか

(認知症の人との関わり機会でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

認知症に関する知識を学んだ経験がある人のうち90.0%が「接し方を変えようと感じた」と回答した(「とても感じた」、「まあ感じた」の合計)。一方、学んだ経験がない人についても5人中全員が「接し方を変えようと感じた」と回答した。これらの結果から、認知症に関する元々の知識に関わらず、意識の変容が見られたといえる(図表8)。

【図表8】日常生活における認知症の人との接し方を変えようと感じたか

(認知症に関する学習経験でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

テレビやインターネットで介護福祉関連のニュースが流れてきた際に目を留めて見ている人のうち、4人中全員が「接し方を変えようと感じた」と回答した(「とても感じた」、「まあ感じた」の合計)。一方、ニュースへの関心が低い人は90.9%が「接し方を変えようと感じた」と回答した。これらの結果から、認知症に対する元々の関心に関わらず、意識の変容が見られたといえる(図表9)。

【図表9】日常生活における認知症の人との接し方を変えようと感じたか

(介護福祉関連のニュースへの関心でのクロス集計)

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

【認知症の人との接し方に関する意識変容:心掛けたいことのトップ3】

「今後、認知症の人と関わる機会があったら、特に心掛けてみたいと感じたこと」について、6割以上の人が以下のように回答した。

(1)「目の前の認知症の人が望む関わり方やサポートを知ろうとする」(73.3%)

(2)「目の前の認知症の人ができること、したいことを知ろうとする」(66.7%)

(3)「認知症であっても普通に接する」(60.0%)

これらの結果から、当事者を尊重しようとする意識変容が見られたといえる(図表10)。

【図表10】今後、認知症の人と関わる機会があったら、特に心掛けてみたいと感じたこと

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

【職場における認知症の人との接し方に関する意識変容:心掛けたいことのトップ3】

「今後、職場の人や同僚が認知症の診断を受けたとき、特に心掛けてみたいこと」について、7割以上の人が以下のように回答した。

(1)「認知症になっても働き続けられる制度構築を進めるよう働きかける」(73.3%)

(2)「日常業務の中で、認知症になった同僚をサポートする」(73.3%)

(3)「日常業務の中で、家族に認知症の人がいる職場の同僚をサポートする」(73.3%)

これらの結果から、診断を受けた当事者を積極的にサポートしたいという意識変容が見られたといえる(図表11)。

【図表11】今後、職場の人や同僚が認知症の診断を受けたとき、特に心掛けてみたいこと

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

最後に

本レポートでは、「認知症当事者の声ハンドブック」による認知症に対するイメージや接し方の変容のきっかけになり得るのかについて効果検証を実施した。少人数の試行ではあるものの、「認知症に対するイメージの変化」、「認知症を取り巻く政策や社会の動きに対する関心の高まり」、「意識・行動の変化」について、多角的な意識・理解・行動意向の変容が見られた。

本検証の参加者の中には、自身や家族が認知症になった際に「身体的・精神的負担や迷惑をかけてしまう」、「ストレスや精神的負担が大きい」、「大切な思い出を忘れてしまう」、「これまでできていたことができなくなってしまう」、などと不安を感じている割合が多かった(図表12、図表13)。これらの結果は、内閣府が令和元年に実施した「認知症世論調査」の結果ともおおむね一致しており 10、世間の大勢が感じていることである。

10 内閣府「認知症に関する世論調査」(令和元年12月)

【図表12】自分が認知症になった場合の不安

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

【図表13】家族が認知症になった場合の不安

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効果検証に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

そのような中、本検証で用いた「認知症当事者の声ハンドブック」を読むことで、それらのイメージに関する変化や認知症の人との関わり方やサポートを知ろうとする、できること、したいことを知ろうとする、普通に接する、といった行動意向の変容が生じたことは、認知症に関する適切な理解の促進や、認知症を自分事として考えるための普及啓発に繋がる可能性を見いだすことができた。

令和6年に入り「認知症施策推進関係者会議」が定期開催され、認知症施策を総合的かつ計画的に推進すべく「認知症施策推進基本計画」の素案が議論されている 11。今後、都道府県や市町村レベルで推進計画が策定されることになるが、机上の空論ではなく認知症当事者にとって「社会が変わってきている」と実感できることが肝要である。

試行的取り組みではあるものの、「認知症当事者の声ハンドブック」が就労世代の認知症観を変化させる可能性を示すことができた。他にも官公庁や自治体、業界団体などにより認知症当事者を取り巻くさまざまな手引きやガイドなどが作成されているが、それらの読者の認知症観が変容に繋がっているのかを一つ一つ検証し、ひいては当事者が感じる生活の変容に至っているのかを明らかにすることで、当事者中心の施策が今後広く普及することを期待したい。

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マネージャー      西口 周

シニアコンサルタント  石川 理華

コンサルタント     山下 優花

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