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Insight
経営研レポート

第11回 こどものウェルビーイング・心の健康のために

ニュージーランドとオーストラリアのこども施策の戦略を参考に
2026.09.14
ライフ・バリュークリエイションユニット
ディレクター 大野 孝司
マネージャー 横山 栞奈
シニアコンサルタント 恩田 さなみ
シニアコンサルタント 坂井田 萌
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はじめに

こどもの心の健康を向上するためには、こどもや親(保護者・養育者)に関する個人的要因だけでなく、学校や地域、社会といった、こどもを取り巻く環境的要因を考慮した、エコロジカル・モデルに基づいて取り組むことが重要である。

日本に先立ってこども施策の戦略を策定してきた海外の事例を見ると、こども施策を推進するために、実に多岐にわたる要素を考慮に入れており、多数の関係者がこどものために協働する必要性が認識されていることがわかる。

日本においても、2023年にこども家庭庁が設立され、こども大綱」1や「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」2などこどもの育ちに関する戦略が策定されている。こどもの心の健康に関しても、多数の関係者が同じ目標に向かって総合的に取り組むために、指針となる戦略が不可欠である。

当社では、その第一歩として、調査研究事業(こども家庭庁補助事業)3において、こどもへのヒアリングや有識者との議論を経て、こどもの心の健康のために社会が目指すべき方向性と関連する取り組みを行う場合に留意すべき重要なポイントをとりまとめた。 

1 こども家庭庁「こども大綱」(2023年12月22日)

2 こども家庭庁「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン (はじめの100か月の育ちビジョン)

3 令和5年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業「こどもの心の健康に関する調査研究事業

1.こどものウェルビーイング・心の健康をとりまく現状

近年、こども・若者の自殺者の増加などをきっかけに、こどもの心の健康への関心が高まっている。

少子化が進む中、2025年度における小中高生の自殺者数は538人と過去最多となった4。直近の調査を見ると、いじめの認知件数、不登校の児童生徒数も増加している5

また、ユニセフ(国連児童基金)が2025年5月に発表した「子どものウェルビーイング」に関するレポートでは、日本のこどもの精神的幸福度(生活満足度が高い子どもの割合、自殺率をもとに評価)は36ヵ国中32位と報告されており、国際比較においても相対的に低い状況が示されている6

こどもの心の健康問題は、本人の生活に影響するだけでなく、将来的な経済損失、社会保障の費用の増大といった社会的影響にもつながる。

虐待やネグレクトなどのこども時代の逆境的体験(ACEs:Adverse Childhood Experiences[逆境的小児期体験])が、大人になってからのうつなどの心身の健康リスクを高めることが、研究によって明らかになっている7

WHOでは、世界の10〜19歳のこども・若者の7人に1人以上が心の病気(mental disorder)の診断を受けており、こども・若者の心の病気によって生み出される人的資本の損失は、年間約3,900億米ドルに上ると推定された8

このように、こどもの心の健康を向上することは、社会として取り組む必要がある重要な課題である。

「医学的な診断を受けているかどうか」と「心が健康であるかどうか」は必ずしもイコールではないことに留意が必要である。


4 厚生労働省自殺対策推進室、警察庁生活安全局生活安全企画課「令和7年中における自殺の状況」 (令和8年3月27日、P14)

5 文部科学省初等中等教育局児童生徒課「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」(令和8年1月16日一部修正、P73)

6 ユニセフ「レポートカード19」 先進国の子どものウェルビーイング コロナ禍後、急激に悪化(ユニセフイノチェンティ研究所「レポートカード19:予測できない世界における子どものウェルビーイング(Child Well-being in an Unpredictable World)」 )

7 Felitti VJ, Robert FA, Nordenberg D, et al. Relationship of Childhood Abuse and Household Dysfunction to Many of the Leading Causes of Death in Adults. American Journal of Preventive Medicine 1998; 14:4:245-258.

8 WHO「世界子供白書2021:子どもたちのメンタルヘルス」 

2.海外のこどもの心の健康に関する戦略

海外に目を向けると、こどものウェルビーイングに関して包括的な戦略を策定して取り組んでいる事例が見られる。ここでは、各国でこどもの心の健康やウェルビーイングがどのように捉えられているかを見ていく。

ニュージーランドの事例

ニュージーランドが2019年に策定した「Child and Youth Wellbeing Strategy」9では、こどものウェルビーイング向上のために6つの原則(図表1)を掲げ、それぞれに指標と行動計画を定めている。


  • 愛され、安全であり、育まれること
  • 求めるものを得られること
  • 幸せで、健康であること
  • 学び、成長すること
  • 受け入れられ、尊重され、帰属があること
  • 社会に関与し、エンパワーされること


【図表1】ウェルビーイング戦略の6つの原則(ニュージーランド)

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【出典】

Children and Youth Wellbeing Strategy (2019:ニュージーランドPrime Minister and Cabinet) p.16-17


心の健康は、このうちの「幸せで健康であること」の中に位置づけられており、その定義として次のような内容が挙げられている。


  • 生まれる前から可能な限り健康でいられること
  • 自尊心とレジリエンスを育まれていること
  • 精神的な健康状態が良好で、トラウマから回復していること
  • 遊び、自己表現する場と機会があること
  • 健康で持続可能な環境にいること

オーストラリアの事例

オーストラリアが2021年に策定した「National Children's Mental Health and Wellbeing Strategy」10では、精神疾患を発症している「Unwell」の状態と、ポジティブメンタルヘルスである「Well」の状態を連続体として捉え、心の健康はこの間で移り変わるものだという考え方が示されている(図表2)。


【図表2】連続体としてとらえるウェルビーイング(オーストラリア)

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【出典】

National Mental Health Commission, The National Children’s Mental Health and Wellbeing Strategy, 2021, CC BY 3.0 をもとに当社作成

※原図を日本語訳し、一部表現・レイアウトを調整


心の健康のための取り組みにあたっては、8つの原則(図表3)を掲げたうえで、「家族・地域社会」「サービスシステム」「教育」「エビデンスと評価」の4つの重点分野を定め、さらに重点分野ごとに3~5つに細分化した目標が掲げられている(図表4)。

これらの目標は「wellbeingと回復についての周知」「困難な状況にあるこどもの特定」「サービスと支援の発見」「サービスと支援へのアクセス」「ケアの策定」「エビデンスに基づくケアの提供」「継続的な改善」という一連のプロセスの中に位置づけられている。


  • こども中心
  • ストレングスベースドアプローチ
  • 予防重視
  • 公平性とアクセス
  • ユニバーサルシステム(サービス)
  • エビデンスベースドと継続した品質向上
  • 早期介入
  • 診断主導ではなくニーズ主導


【図表3】心の健康のウェルビーイングのための8つの原則(オーストラリア)

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【出典】

National Mental Health Commission, The National Children’s Mental Health and Wellbeing Strategy, 2021, CC BY 3.0 をもとに当社作成

※原図を日本語訳し、一部表現・レイアウトを調整

【図表4】4つの重点分野と対応する目標(オーストラリア)

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【出典】

National Mental Health Commission, The National Children’s Mental Health and Wellbeing Strategy, 2021, CC BY 3.0 をもとに当社作成

※原図を日本語訳し、一部表現・レイアウトを調整


9 Department of the Prime Minister and Cabinet (DPMC). Child and Youth Wellbeing Strategy. Aug 2019

※なお上記戦略については「2024-27版」が発出されている。

10 National Mental Health Commission. The National Children’s Mental Health and Wellbeing Strategy. 2021, National Mental Health Commission.

3.こどもの心の健康に関する海外事例からの示唆

上記の事例には3点の共通する特徴があり、これらは日本においてもこどもの心の健康に関する施策を進めるうえで考慮すべき点であると考えられる。

(1)心の健康に関する一貫した戦略

1点目は、心の健康やウェルビーイングの捉え方に違いはあるが、いずれも抽象度の高い「前提となる理念」から「達成を目指す状態」「政策として実行すること(アクション)」、さらには具体的な「成果を計測・検証するための指標」までが一貫して設計されていることである(図表5)。


【図表5】心の健康に関する戦略の構造(ニュージーランド、オーストラリア)

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(2)「エコロジカル・モデル」の視点

2点目は、「エコロジカル・モデル」11の視点が持たれていることである。こどもの置かれた環境や社会的背景も含めて支援の戦略を策定する必要がある。

エコロジカル・モデルとは、こどもに関する分野に限らず社会福祉の分野で活用されている考え方であり、「人は本人の行動や家族との関係のみならず、学校や地域のコミュニティ、社会制度、環境といったさまざまな階層から影響を受けており、さらにそれぞれの要素が相互に影響しあっている」と捉える考え方である(図表6)。

したがって、こどもを支援する場合には、本人と環境(さまざまな階層の要素)に働きかけることが重要となる。


【図表6】こどもを取り巻くエコロジカル・モデル

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【出典】

イノチェンティ レポートカード 16 子どもたちに影響する世界 (2020)

(3)当事者であるこどもの意見を政策に反映

3点目に、いずれも当事者としてこどもたちの声が反映されていることも特徴として挙げられる。

ニュージーランドでは、事前にこども・若者を対象とした大規模なアンケート調査を行い、そこで回答された「こどもや若者たちが何を大切にしているのか」の結果に基づいて戦略が策定された。

オーストラリアでは、はじめに有識者などが素案を作り、こどもたちの意見を聴いて修正し、パブリックコメントを受け付けるというプロセスを経て完成されている。


11 ジャーメイン (CarelB.Germain)が提唱。参考:Sallis, J. F., Owen, N., and Fisher, E. B. (2008) Ecological models of health behavior. In: Glanz, K., Rimer, B. K., and Viswanath, K. (Eds.) Health behavior and health education: Theory, research, and practice. Jossey-Bass (4th ed.): San Francisco, pp.465-485.

4.日本におけるこどもの心の健康のための指針

こどもの心の健康を向上するためには、一貫した戦略と、こども(当事者)を含め、さまざまな関係者の協働が重要である。そのためには、こどもの心の健康のために指針となる具体的な考え方(共通理解の土台)を整理する必要がある。

当社では、その第一歩として、調査研究事業(こども家庭庁補助事業)において、こどもへのヒアリングや検討会における有識者との議論を経て、こどもの心の健康のための指針(「社会が目指すべき方向性」と「関連する取り組みを行う場合に留意すべきポイント」)をとりまとめた。

こどもの心の健康に関連する要因の整理

指針作成の前提として、まず文献調査を行い、エコロジカル・モデルの視点から、こどもの心の健康に関連する要因を「本人」「養育環境」「地域」「社会」の4つの階層に整理した(図表7)。


【図表7】こどもの心の健康に関する要因

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【出典】

令和5年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業「こどもの心の健康に関する調査研究事業


ここで整理した要素を踏まえつつ、国内の関連法令の理念や、前章で紹介した諸外国のこどもの心の健康に係る戦略を参考に素案を作成した。そのうえで、こどもへのヒアリング(小学生~大学生の19名)および有識者との検討を経て、こどもの心の健康のための指針を「目的」と「原則」に分けて作成した。

こどもの心の健康のために目指すこと(目的)

「こどもの心の健康のために目指すこと(目的)」は、こどもの心の健康について、施策によって何を実現するのか、最終的に目指す姿をまとめたものである。具体的には、以下の5つでまとめている(図表8)。


  • こどもの権利の保障
  • 安心・安全の保障
  • 心・身体・社会的な側面を含む包括的な健康の保障
  • 学び、遊び、成長できる環境の保障
  • 社会のなかでの自分の居場所の保障


【図表8】こどもの心の健康のために目指すこと(目的)

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【出典】

令和5年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業「こどもの心の健康に関する調査研究事業」

こどもの心の健康のために大切にすべき基本的な考え方(原則)

「こどもの心の健康のために大切にすべき基本的な考え方(原則)」は、上記の目的に向かって施策を検討・実行するプロセスにおいて、大切にすべき観点をまとめたものである。具体的な取り組みを進める場面においても、こどもの権利が守られ、取り残される人が生じないようにするための考え方を示している。

具体的には、以下の7つの要素でまとめている(図表9)。


  • こどもの権利を平等に保障する
  • こどもを心の健康の主体として尊重する
  • 心の健康を、揺らぎ変化することを前提に、肯定的に定義する
  • 心の健康を包括的に捉える
  • ライフコースや発達の視点を大切にする
  • 予防と早期対応の仕組みをつくる
  • 評価と改善を続ける


【図表9】こどもの心の健康のために大切にすべき基本的な考え方(原則)

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【出典】

令和5年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業「こどもの心の健康に関する調査研究事業」


こどもの権利の保障や心の健康を包括的に捉えるという視点は、目的と原則との両方に含めている。この2点は、目指す状態についての共通理解の形成および取り組み方策の検討の双方において、心の健康を考える際の重要な観点になると考えたためである。


※調査研究の限界点

当該調査研究においては、指針検討にあたってこどもの声を聴くプロセスを取り入れたことで、意見表明というこどもの権利の保障と尊厳を確保するプロセスを実践できた。

一方、調査結果としてこどもたちの回答をどのように公開するかについても活発な議論があった。回答には、設問の枠組みにとどまらず、それぞれの経験や思いが自由に表現されたものも含まれていたが 、調査趣旨が当事者であるこどもの意見を聴くことであるため、調査主体である大人の意図を入れるべきではないと判断し、報告書では一部を除きすべての回答を掲載した。

意見を聴けたこどもの人数は19名と少人数に留まったため、今後より多くのこどもの意見を聴取して指針に反映していくことが望まれる。

また、エコロジカル・モデルによるアプローチは、こどもを中心にその周囲の領域を示すことが趣旨であるため、実際の施策立案に活用したり、行政の計画に反映したりするためには、別途、活用方法を説明する資料の提供や研修等の丁寧な支援が必要と考えられる。

おわりに—今後の日本の取り組みに対する期待

日本においては、こども基本法に則って「こども大綱」や、「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」がまとめられるなど、省庁横断的にこどものウェルビーイングを向上するための枠組みが整えられつつある。

こども大綱に則って省庁横断で多様な関係者が協力して進むことが期待されるとともに、今後、当事者であるこどもの声を反映しつつ、こどもの置かれた環境や社会的背景も踏まえてこどもの心の健康についてどのような状態を目指すのかが具体化されることと、こどもの心の健康やウェルビーイングを中心に据えたとき、各施策がどのように寄与するのか関係が整理されることが必要である。


こども大綱の冒頭では、「こどもまんなか社会」、つまりこどもが「ウェルビーイング」な状態で生活することのできる社会を目指すことが理念として掲げられている。

「こどもまんなか社会」とは、全てのこども・若者が、日本国憲法、こども基本法及びこどもの権利条約の精神にのっとり、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、ひとしくその権利の擁護が図られ、身体的・精神的・社会的に将来にわたって幸せな状態(ウェルビーイング)で生活を送ることができる社会である。

-「こども大綱」(令和5年12月22日閣議決定, p.7)

同時に、福祉や健康だけでなく、学校教育、法教育、こどもに関するさまざまな側面の施策について洗い出され、各施策に関連する指標がまとめられている。


一方で、施策の最終的な目的であるウェルビーイングの状態を測るための指標や、こどもの心の健康をどのように捉えるかは継続的に議論されているところである。そのため、整理された多数の施策が心の健康にどのように紐づいているのか、これから関係性が明らかにされていくことであろう。

理念と具体的な施策の対応関係が整理されることで、こどもに関わる者がより一貫性をもって施策に取り組めるようになることが期待される。

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