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Insight
経営研レポート

第5回 こどもが安心していきいきと暮らせる地域共生社会づくりに向けて

こども・少子化対策
2024.03.29
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアマネージャー 大野 孝司
シニアコンサルタント 井上 裕章
コンサルタント 三浦 里樹
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1. 要旨(背景)

小中学校の不登校児童生徒数は9年連続で増加しており、令和3年度には約24.5万人と過去最多となっている。平成29年には、義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する基本指針が策定された。この指針では、個々の児童生徒の状況に応じた必要な支援を行うことが強調され、その際、学校への登校という結果のみを目標とするのではなく、児童、生徒が自らの進路を主体的に捉えて社会的自立を目指す方針が掲げられている。

一方、令和5年の総務省調査によれば、学校は不登校児童生徒やその保護者への支援として、相談体制の整備や公的支援情報の提供などを行っているが、児童生徒やその保護者からは「相談しづらい」、「民間施設の支援情報も欲しい」といった意見が出ている 1 。その理由として、児童生徒は「自分の気持ちをどう表現すればよいか分からない」、「言っても分かってもらえない」、「相談内容が漏れないか不安」と感じており、保護者は「学校が信頼できない」、「気持ちの不安定な我が子に理解・知識のある人が対応してほしい」と感じていることなどが挙げられる。このように相談体制を整えるだけでは「相談のしづらさ」などが改善できるとは限らないことが明らかになっている。

学校と家庭が生活の中心となる中でこどもが生きづらさを抱えたり、保護者がそれに気づいた場合、公的な相談機関以外で支援を受けるすべはないだろうか。本レポートでは、その問いに答えるヒントを得るために宮崎県三股町(みまたちょう)社会福祉協議会の松崎氏へ取材を行い、その内容をもとにこどもが安心していきいきと暮らせる地域共生社会づくりの可能性を分析し、まとめる。

2. 三股町における取り組み事例

(1)三股町社会福祉協議会によるさまざまな個別支援

三股町社会福祉協議会(以下、社協)では、生きづらさや困りごとを抱える家庭やこどもを支えるためのさまざまな支援に取り組んでいる。

■「一人ひとりの課題を地域で解決する」取り組み

三股町社協のこども支援の一つとして、「森の子学習塾」というこどもたちの学びを応援する取り組みがある。本取り組みは、地域住民が経済的に厳しい一人の中学生の学習を支援することから始まった。地域に設けられたこの居場所は、同じような状況のこどもが後から参加することができる場となっている。同学習塾では、こどもに勉強を教えたい地域住民がプレイヤーとなって教え、地域のこども食堂も食事の提供などで協力をしている。社協は日頃から築いている地域ネットワークを活用し、地域との協力によって全体で個々の課題に対応する体制を整えている。

その他、社協では給食がない夏休みにはこども向け調理教室、朝のこどもの送迎の手伝いなどを実施している。また、不登校のこどもをJリーグ観戦に誘うなど、地域住民と共にこども一人ひとりの状況に合わせて適切な支援を考え、展開している。

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図1 森の子学習塾のロゴと学習・食事の様子(社協のWebサイトより引用)

■ 一人ひとりのニーズをつかむために - 「 みまたん宅食どうぞ便 」

三股町において多様な個別支援が実現するようになった大きなきっかけは、「みまたん宅食どうぞ便(以下、どうぞ便)」という食材支援事業である。三股町社協は6年程前に同事業を開始し、経済的事情により生活が大変だと感じている18歳以下のこどもがいる家庭に対して、定期的に無料で食材を届けている。

どうぞ便は、ただの食材支援ではない。地域の食品ロスを削減するために町民から集まった地元の食材を届け、支援先とのつながりを築く取り組みである。本取り組みのポイントは、主目的が食材支援ではなく、食材支援という手段を活用したアウトリーチ(支援を必要とする人に対して必要なサービスや情報を届ける活動)であることだ(図2)。

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図2 みまたん宅食どうぞ便の仕組み(社協のWebサイトより引用)

(2)不登校のこどものためのプラットフォームづくり

どうぞ便で各家庭を回り、関係性をつくる中で、社協のメンバーは不登校のこどもが多くいることに気が付いた。そこで同メンバーは、不登校のこどもたちのための日中の居場所が必要だと考え、フリースクールのような居場所づくりを開始した。しかし、こどもたちが思うようにこの居場所に集まらなかったという。

この経験は社協のメンバーにとって、「『不登校』という現象は単に居場所をつくれば解決されるものではない」という大きな気付きとなった。

■「よる学校」の立ち上げ

2023年4月、三股町では不登校のこどもだけでなく、地域の大人や若者など、性別や年代を問わず多様な人が参加できる「よる学校」をスタートさせた。よる学校は、サッカーやゲームなど、人々の関心ごと(ここではこの関心ごとを「タグ」と呼ぶ)を用意することで、それぞれのタグを目的にさまざまな人々が集まる。通常、学校でサッカーをする場合、「サッカーの好きな同年代」という同質的な集まりとなる。だが、よる学校では「仕事をしていないけど楽しそうな大人」など、多様な人に出会い、一緒にサッカーを楽しむことができる。これにより、こどもたちが画一的な価値観に縛られることなく、自分自身のタグを増やすことにつながっている。

よる学校をつくるに至った発想の原点は祭りである。社協のメンバーは、不登校のこどもたちのための日中の居場所づくりが失敗した経験から、どうすればこどもが集まる場をつくることができるかを考える中で、「なぜ祭りには人が集まるのか?」という問いを立てた。祭りに人が集まる要素を分析し、「祭りには、目的が異なる多様な人を寄せ集める多くのタグがある」と気付いた。もし祭りのような多様な人が集まる場があれば、そこに参加する人々の中から支援につながる人を見つけることができると考えたのである。祭りからヒントを得て、多様な人が集まる場として夜の居場所をつくったことで、不登校のこどもも気軽に参加できる場となっている。

よる学校の開始から半年ほどで、毎月延べ500人程度がよる学校に集まり、そこからフリースクールや生活支援につながったりしている。また、社協のメンバーが住民との何気ない会話から参加者との信頼関係を築き、多様な人と関わることで参加者のケアにもつなげている。

サッカーやゲームなどの参加者の関心事となる「タグ」は、住民の「やりたいこと」から生まれている。例えば、UFOの話をしたい大人がいたら、その人を講師として社会の授業が実施される。社協は、今後もさらにタグを増やし、より多くの人に参加してもらえる場とすることを目指している。

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図3 よる学校には多様な人が集まり、参加者が気になる「タグ」を通して出会える場となっている

(社協のWebサイト、よる学校のInstagramより引用)

■ よる学校から「ひる学校」の誕生へ

よる学校は、不登校のこどもの保護者たちが出会う場ともなった。保護者同士の会話の中で「日中にこどもが過ごせる居場所が欲しい」という想いが共有されたことから、よる学校に来ている教師などのメンバーと一緒にフリースクールを立ち上げることとなった。このアイデアは、偶然にも住民から出てきた話を社協がつかみ、居合わせたメンバーと共に計画・実現したものである。場所や財源の調整などは社協が手伝うが、取り組みの主体は住民であり、森の子学習塾で講師を担っていた人も巻き込んだ。

開校した「ひる学校」は、よる学校同様に任意団体として運営されている。2023年4月からよる学校を始め、6月にひる学校を計画し始め、10月にひる学校の運営を開始した。ひる学校の取り組みは迅速なスピードで進められ、同年12月には14~15名のこどもが参加している。

人が集まらなかった当初の居場所とは異なり、よる学校というプラットフォームが不登校のこどもたち同士の新しい関係を築き、一緒にひる学校に参加する流れができたのである。

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図4 ひる学校ではその日することをみんなで決めていくことから1日が始まり、自分の好きなことや

得意なこと、したいことを深めている(社協のWebサイトより引用)

3. 三股町の事例に学ぶ 取り組みのポイント

(1)個別支援活動を生む普遍的な考え方

■ 個別支援活動を継続・拡充するための工夫

活動を継続し広げていくためには、活動を面白いものに見せることで、支援側が「支援してあげる」ではなく「やってみたい」と思えるようにすることが重要である。三股町では、住民が誰かの課題の解決を目的に参加するのではなく、「やりたい」という気持ちから参加し、その結果として困っているこどもたちの課題が解決されている。また活動を面白いものに見せるために、ネーミングやロゴなどのデザインにもこだわっている。既に掲載した森の子学習塾のロゴと同様に、どうぞ便のデザインは「生活に困った人を助ける」という福祉のイメージとは違ったものになっている(図5)。

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図5 みまたん宅食どうぞ便のロゴとWebサイトTOPページ(社協のWebサイトより引用)

■ 個別支援活動を生み出すプロセス

三股町の個別支援のプロセスを紐解くと、図6のように整理できる。重要なポイントは、アウトリーチ活動と同時に地域でのネットワークづくりを行いながら、住民が「困っている」ことだけでなく「やりたい」という想いをストックしていることである。これによって、何かの取り組みやアイデアを具現化する際に、「やりたい」人を発掘することができる。また、アウトリーチをする中で「同じように困っているこどもがいる」という状況をつかんでいることで、目の前の個別課題が地域の課題であるという感覚を持つことができる。

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図6 個別支援活動を生み出すプロセスモデル

(三股町社協松崎氏へのヒアリングをもとに株式会社NTTデータ経営研究所が作成)

【 地域のネットワークをつくる 】

社協のメンバーは、日頃から地域活動の実施やフリーペーパーの発行、支援者への支援等を通じて地域内のネットワークを構築している。このようなネットワークを張り巡らせ、住民それぞれの「やりたいこと」を把握しておくことによって、個別支援に協力できるプレイヤーを発掘することが可能になる。

【 支援が必要な人のニーズをつかむ:① アウトリーチ(つながる)】

行政の相談窓口が受け身の体制だと、当事者は相当な困難に直面してからでないと相談に来ない。深刻な状況になってから相談に来ても対応が難しく、さらに深刻な状況に至ることもある。また、深刻な状況になっても相談に来ない人すらいる。予防的かつ早期の介入のためには、アウトリーチが必要である。三股町のどうぞ便は、本来の目的が食材支援ではなくアウトリーチであるところが特徴的である。困っている人に対して「困りごとを解決しましょう」という言い方をせず、地域の食品ロスを解消するという看板を掲げることで、気軽に登録してもらうことに成功し、困っている人にアプローチしてつながりを築くことができるようになった。

【 支援が必要な人のニーズをつかむ:② 関係性をつくる 】

どうぞ便では、毎度顔を合わせて食材の受け渡しをすることで支援対象者との関係性を構築している。食材を届けることだけが目的であれば玄関先に食材を置くだけで済むが、同取り組みは困っている人とつながることが目的であるため、顔を合わせることを重視している。その中で「多子世帯である」「高校受験を控えたこどもがおり、家族は把握していないが本人は高校に行きたいと思っている」などの状況を把握することができ、個別支援につなげることが可能になった。取り組みの目的意識を「つながること」、「住民の困りごとをキャッチすること」に置いていたことから、意識的に困っている人と関係性を築くことにつながり、その後の個別支援につながるニーズの把握が可能になったのではないだろうか。

【 アイデアや資源を見つける(個別支援活動が生まれる)】

社協は、地域内でのネットワークを活用し、こどもの願いを叶えるための支援や地域資源を考えている。一緒に活動する人が見つかると、まずは一人のためにできることから活動を始めることができる。一人のためにつくった場が他の誰かのためにもなり、小さなコミュニティになり、居場所になる。こどもの困りごとや希望を叶えたいという「もやもや」と、地域住民の「やりたいこと」をつかんでおき、重なるものが見つかった際に取り組みにつなげることができる。住民が「やりたいこと」を実施すると、住民の自発的な活動となり、費用がかからない仕組みが実現できる。

■ 個別支援活動に臨む姿勢

松崎氏は「個別事例は課題の最先端である」こと、また「『この子をどうにかしたい』と感じるこどもはたくさんいるため、支援に終わりはない」と述べている。

個別の課題は短期で解決することは難しいため、もやもやした思いを抱えながらいろいろな人とつながっていくことが必要である。最初につくった不登校のこどものための居場所は、結果としては失敗に終わったが、後による学校をつくることにつながったと考えると、取り組んだこと自体は成功である。もやもやした気持ちを持ちながら活動することで、その時々での失敗や解決できないことがあっても、後になって成功につなげることができる。

(2)個別支援からプラットフォームの構築へ

三股町では、個別支援の経験を積み重ねることで、よる学校というプラットフォームの構築につなげた。そしてプラットフォームから新たな個別支援につながる活動も生まれている。最後に、こうしたプラットフォームが個別支援活動にどのように影響するのかを考えたい。

■ プラットフォームの価値

よる学校というプラットフォームの価値を考察してみる。図7のように、(1) 地域のネットワークからプラットフォームに参加する人がいる一方、(2) プラットフォームによってネットワークが広がっていく。また、(3) 多様なニーズを持つこどもが参加できる場としてプラットフォームがあることで、(4) プラットフォームがこどもたちと関わり続ける機会となり、関係性を構築してニーズを把握することが容易できるようになる。よる学校というプラットフォームは、より広く、効率的に個別支援を展開していく上で重要な役割を果たしているのである。

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図7 プラットフォームの価値

(三股町社協松崎氏へのヒアリングをもとに株式会社NTTデータ経営研究所が作成)

4. 国・都道府県による推進・支援の必要性

生きづらさを抱えたとき、専門的な支援だけではなく、地域に頼れる人や場所が存在することは、こどもたちが安心していきいきと暮らしつづけるためには重要である。このため、三股町のように多様な人々が連携・協働し、地域で個々の課題を解決できる包括的支援体制の構築が全国的に広がっていくことが期待される。

国の制度においても、地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する包括的な支援体制を整備するため、2020年の社会福祉法改正により「重層的支援体制整備事業」(以下、重層事業)が創設された。重層事業では「対象者の属性を問わない相談支援」、「多様な参加支援」および「地域づくりに向けた支援」を併せて一体的に行うことが求められている。しかしながら、このような住民の多様な支援ニーズに対応できる分野横断的な支援体制の構築にあたっては、それに関わる人材の質を高めていくことが肝要となる。

このため、国においても重層事業を実施する市町村職員や市町村から事業を受託した事業所職員などを対象とした人材養成研修を実施している。しかし、市町村の置かれている状況や課題は様々であり、包括的な支援体制についても状況に応じて継続的に見直す必要がある。したがって、国は、一度の研修による支援だけではなく、市町村が置かれている状況に応じて包括的支援体制の構築に向けた検討を行うことができるよう、検討プロセスのモデルを示すことが求められる。

さらに包括的支援体制を構築にするにあたっては、組織の在り方についても検討が必要である。事業担当者だけではなく、事業を所管する部署の管理職を対象に、国が包括的支援体制の必要性などを啓発していくことも必要だろう。

また都道府県においても、市町村の包括的支援体制の構築が推進されるよう、市町村を後方支援していくことが期待されている。しかし現状として、都道府県の具体的な役割が明確になっておらず、全国的に見ても都道府県による後方支援が進んでいるとは言い難い状況である。そのため、包括的支援体制の構築にあたっての都道府県の役割や後方支援の在り方などについて整理し、明確化することも必要である。

包括的支援体制の構築は、多様な関係者との連携・協働が必要となるため、市町村にとっても実施の難易度が高い。このため、国や都道府県による市町村支援を充実していくことが望まれる。

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