1. はじめに
核家族化や地域のつながりの希薄化などにより、子育てにおける孤立感や負担感が増している。また、児童虐待の相談対応件数は毎年増加を続けており、2022年の相談対応件数は約22万件と、10年前と比べるとおよそ3倍に達している 1。
これらの状況の中で、乳幼児を持つ家庭が必要な保育・教育、子育てサービスなどの社会資源を利用できるように支援することで、安心・安全な成育環境を確保していくことが重要だと考えられる。しかしながら、乳幼児健診未受診者、未就園児、不就学児など(以下、「未就園児等」)は、自治体や地域社会との接点が希薄で、必要なサービスにつながることが難しいことから、地域で孤立している恐れがある。
2022年、当社はこども家庭庁設置準備室(当時)の委託事業 2 を通じて、未就園児等の「地域社会で孤立している恐れのあるこどもやその家庭」の把握や支援のあり方に関する検討を行った。本稿では検討成果を抜粋しながら、地域社会で孤立している恐れのあるこどもやその家庭の背景を踏まえ、今後、自治体や民間団体などが支援の取り組みを進める上での考え方について述べる。
2. 未就園児等の現状と背景にある状況
令和元年度の保育所・幼稚園・認定こども園の年齢別利用状況に基づく推計結果では、2歳児のうち49.7%、3歳児のうち3.5%、4歳児のうち0.2%、5歳児のうち1.9%が「未就園児」の可能性がある(本稿では保育所・幼稚園・認定こども園のいずれも利用していないこどもを指す。ただし、この中には企業主導型保育事業や認可外保育施設を利用しているこどもも含まれている、図表1参照)。特に3~5歳については、幼稚園・保育所・認定こども園などの利用料が無償化されているにもかかわらず、一定数の未就園児が存在している。
未就園やその家庭の背景にみられる状況の例として、自治体担当者や有識者に聞き取りを行ったところ、外国にルーツのある家庭、保護者のメンタルヘルスの課題・被虐待歴、こどもに発達の課題がある家庭、困窮家庭などが挙げられた(図表2参照)。
就園は義務化されておらず、未就園であること自体が問題視されるものではない点には留意が必要である。一方で、地域社会から孤立しているおそれのある家庭の中には、困難を抱えながらも自ら支援を求めたり、助けを求める声を上げたりすることができない状況がある可能性がある。これらの家庭を把握し、適切な支援に繋げることは、虐待の防止だけでなく、こどもの良質な成育環境の保障、保護者の育児の負担や孤立感の解消の観点から重要であると考えられる。
地域社会から孤立傾向にあった子育て家庭が、保育所、幼稚園、子育てサービスなどの社会資源とつながることによって親子ともに良い変化がみられた事例として、以下に示されたものがある。
孤立傾向にあった子育て家庭が支援によって社会資源につながった事例(当事者ヒアリング結果抜粋、一部表現修正)
事例 ①
【背景】
・母親はこどもの妊娠前にうつ病の内服治療を行っていた。第二子の妊娠と実父の他界が重なり、うつ症状が再発。精神的につらい状況であった。
【支援を受けた経緯】
・第二子の4ヵ月の乳幼児健診で「精神的にきつい」と自治体の保健師に相談をした。保健師から「精神科に通院する意向があれば、疾患を理由に保育所に入園することができる」との勧めがあった。その後、自治体の保健師からの助言や後押しを受けながら、夫の理解も得て精神科の通院や就園に至った。
・また保健師から、一時保育、ホームスタート 3 などのサービスを使って「少しでも心を休めた方がいい」と提案を受け、ホームスタートを利用するようになった。
【支援を受けた後の変化】
・保育所を利用しはじめてから、ほっと心が落ち着いている。自分自身が休める時間があることが体調管理の面でありがたい。
・こどもは保育所に通うようになって、体力がついたと感じる。また、保育所で同年齢のこどもとのコミュニティができたことが良かった。
・ホームスタートの利用により、(母親自身に)相談できる人ができて良かった。
事例 ②
【背景】
・こどもが早産で生まれ、その後自閉症と診断された。母親自身も心身の疾患を抱えていた。
・母親は遠方から引っ越してきたばかりで、近くに友人も知り合いもおらず、家に閉じこもることの多い生活をしていた。
【支援を受けた経緯】
・家にこもりがちで孤立した育児をしていたときに、一度だけ訪れたことのあった地域子育て支援拠点のスタッフから手書きの手紙が届いた。その手紙を読んで涙が出るほど嬉しく、その後、地域子育て支援拠点に定期的に通うようになった。
【支援を受けた後の変化】
・手紙を送ったスタッフに伴走してもらいながら、こどもの就園に至った。就園後は、リハビリセンターのスタッフが幼稚園を訪問し、こどもの状況を見てリハビリテーションのサービスを紹介してくれるなどの支援を受けることもできた。
3. 地域社会から孤立している恐れのあるこどもや家庭への今後の支援の方向性
未就園児等の地域社会で孤立している恐れのあるこどもやその家庭に対する支援について、自治体や民間団体における先進的な取り組み事例などから、取り組むべきと考えられることを述べる。
まず、こどもや家庭の背景に関わらず、共通的に取り組むべきこととして図表3の3点が挙げられる。
どの子育て家庭でも孤立や不適切養育に陥るリスクがあることを踏まえ、すべてのこどもや家庭を対象とした取り組み(ポピュレーションアプローチ的な取り組み)として、孤立や不適切養育の予防、支援すべきこどもの把握を行うことが重要である。
一方で、特に支援が必要なこどもや家庭を対象とした取り組み(ハイリスクアプローチ的な取り組み)として、当事者家庭との関係性構築や支援における工夫、再度の孤立を防止するためのフォローなどが重要である。
① 孤立や不適切養育の予防
核家族化や地域のつながりの希薄化などにより、子育てにおける孤立感や負担感が増している中、全ての家庭で孤立や不適切養育に陥るリスクがある。そのため、全子育て家庭を対象とした孤立・不適切養育を未然に予防するための取り組みを、子育て家庭の多様なニーズを考慮して行うことが重要である。
【想定される取り組みの例】
・多様な相談チャネルの提供:
時間・場所の制約のない多様な相談チャネルを提供することで早期かつ継続的な関係性を築くこと(SNSなどを活用した相談窓口の設置、「出産・子育て応援給付金」による経済的支援と組み合わせた伴走型支援事業など)
・転入家庭へのサポート強化:
他の市区町村からの転入家庭は特に孤立しやすいため、転入時に住民課と連携し子育ての窓口・サービスにつなぐなどの配慮をすること
② 支援の対象とすべきこどもの把握
現在、就学前のこどもの状況把握について、安全確認を目的とした取り組みは各市区町村において毎年行われている 4。一方で、未就園児の把握など、より潜在的な孤立リスクの把握を目的とした取り組みは一部の市区町村での実施にとどまっている。そのため、孤立のリスクや養育状況の観点も含めたこどもの状況を把握し、支援の対象とすべきこどもを必要な支援に早期につなぐことが重要だと考えられる。
【想定される取り組みの例】
・未就園児等を対象とした状況把握の強化:
安全確認を目的として厚生労働省が実施している「乳幼児健診未受診者、未就園児、不就学児等の状況確認調査」の実施方法の見直しを行うなど、特に3歳以上の未就園児について、国や自治体がその数や養育状況を適切に把握し、必要時には支援につなぐこと
③ 支援が必要なこどもや家庭との関係性の構築、支援の実施、再度の孤立の防止
支援が必要なこどもや家庭への支援においては、当事者家庭が行政への抵抗感を抱えていることにより支援につながりにくいケースや、子育てひろばや保育所などの拠点型サービスへ出向くことが難しいケースがあることが明らかになっている 5。そのため、食品や学習支援などを入り口とした支援や民間団体との連携など、当事者との関係性の構築や再度の孤立を防止する観点からの工夫が重要である。
【想定される取り組みの例】
・支援につながりにくい家庭に対する申請前・申請段階からの支援:
さまざまな要因により支援につながりにくい家庭(特に3歳以上の未就園児家庭)に対する、アウトリーチ型子育てサービスや申請手続きの伴走支援など
・様々な入り口を契機とした支援:
食品や学習支援を入り口とした支援・民間団体と連携の促進
また上記の共通する課題への対応の観点と併せて、個別の課題への対応の観点から、「こどもに発達の課題がある家庭」、「保護者にメンタルヘルス上の課題がある家庭」、「外国にルーツのある家庭」などの個別の背景に応じて、図表4に挙げるような取り組みを行うことが必要であると考えられる。
4. おわりに
先に述べたように、未就園児等の地域社会で孤立している恐れのあるこどもやその家庭への支援策を考える上では、すべてのこどもや家庭を対象とした孤立の予防、状況の把握などに取り組む(ポピュレーションアプローチ的な取り組み)とともに、支援が必要なこどもや家庭の実態を踏まえた支援の強化(ハイリスクアプローチ的な取り組み)を図ることが重要である。
これらのポピュレーション・ハイリスクの双方の観点において、こども家庭庁の創設以降、さまざまな事業や制度が開始・拡充されている。代表的なものとして、
- 妊娠時・出産時における「出産・子育て応援給付金」による経済的支援と、経済的支援と組み合わせた伴走型支援事業
- 子育てに困難を抱えるこどもや家庭を対象とした宅食などによるアウトリーチ型 6 の支援事業 7
- 全ての妊産婦、子育て世帯、こどもへ一体的に相談支援を行う機関である「こども家庭センター」の設置
- 保育所を、就労要件等を問わず時間単位等で柔軟に利用できる「こども誰でも通園制度」
などが挙げられる。
自治体は、上記のような事業・制度を活用しながら、こどもを「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、関係機関や民間団体などと連携しながら支援の環境整備に一層取り組むことが求められているが、その取り組み状況についてはまだ地域によりばらつきがあると想定される。
今後は、各地域における取り組みを促進するため、地域性などの多様性に留意しながら、こどもや家庭の孤立予防、適切な状況把握、支援に資する取り組みの在り方について、当事者のニーズ、好事例などの把握分析を行いながら整理を進め、ノウハウの整理や普及展開を進めることが重要だと考えられる。