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コンサルタントとして「解像度を上げる」ための
思考・行動とは

2024.02.21
(語り手)東京大学 産学協創推進本部 FoundX ディレクター 馬田 隆明
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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今回の「NTTデータ経営研究所 対談シリーズ」第7回目では、著書『解像度を上げる』(英治出版)が注目されている東京大学 FoundX ディレクターの馬田隆明氏に、コンサルタントとして解像度を上げるためのポイントについて伺った。

「解像度」とは何か

山口

今日は、東京大学の馬田隆明先生をお招きして「解像度を上げる」というテーマで話を伺いたいと思います。

私と馬田先生は、2022年1月に開催された「NTT DATA Innovation Conference 2022」で、デジタル技術を社会実装するというテーマで対談しました。ここでは、デジタル技術だけを発展させるのでなく、法律や制度などの仕組みなどもあわせて刷新することで、社会にデジタル技術を実装し、効果を出すことができるという話をしました。また、生活者起点で生活者が直面している課題をどう解決するかという観点が重要であるという話もしました。

私は、NTTデータ経営研究所とクニエというNTTデータグループの二つのコンサルティング会社の社長をしています。現在、コンサルタントは、さまざまな情報が簡単に取れるようになっています。しかし、情報だけを簡単に繋いだようなコンサルティングに陥るのではなく、さらに深く考えていくことが求められると思います。

その点で、馬田先生が書かれた『解像度を上げる』という本を興味深く読ませていただきました。本書では、具体的にどうすれば解像度が上げられるかという話をされています。

印象に残った言葉がありました。「解像度を上げる試みは、普段いるコンフォートゾーンから抜け出して、世界の複雑さの前に絶望せず進んでいき、常に自分の見ている世界に疑問を持ち続けることでもあります」というものです。まさに私たちコンサルタントは、常に問題意識を持ち、なぜこうなっているのかと、「なぜなぜ」を深く考えていくべきだと思います。

この本はコンサルタントというよりも、どちらかというとビジネスを創出する人を対象に書かれていると思います。今日の対談はコンサルタント向けではありますが、馬田先生のお話は、ビジネスパーソンにもコンサルタントにも大いに役立つと思っていますので、よろしくお願いいたします。

馬田

こちらこそ、よろしくお願いします。

山口

馬田先生は前著書『未来を実装する―テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(英治出版:2021年)で、社会変革に向けたテクノロジーの社会実装の必要性を説かれました。

今回、『解像度を上げる』を執筆された動機はどこにあったのでしょうか。

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馬田 隆明氏 著書『解像度を上げる』(英治出版)

馬田

前作では、社会実装を実現するために必要なテクノロジーを導入する際の制度やガバナンスについて書きました。今作ではもう少しミクロな視点で、実際のビジネスの現場でどのようにアイデアを生み出し、行動していくべきかをまとめたいと思いました。

私は普段、スタートアップの支援をしています。起業家と接する中で、数年前から「解像度」という言葉を聞く機会が増えていました。私自身も「もっと解像度を上げる必要がある」などとアドバイスすることもあるのですが、言われる側としては、「解像度が高い/低い」とはどういう状態なのか、疑問がわくのではないかと思いました。

そこで、「解像度」とは一体何かについて、もう少し整理したほうが皆さんにも伝わりやすいのではないかと思ったのが、今回『解像度を上げる』を書いたきっかけです。

山口

ビジネスで直面する課題を解決するには、具体的な課題を見極めた上で、解決策を議論する必要があると思います。まさにそれが解像度を上げることだと思いますが、馬田先生は、解像度とはどのようなものと定義されているのでしょうか。

馬田

日常で使われている言葉を理解する上では、定義そのものを考えるよりも、その言葉がどう使われているかを見ることが重要だと思っています。解像度という言葉は「このビジネスモデルは解像度が高い」とか「もうちょっと解像度を高くしてほしい」、あるいは「現時点ではまだ解像度が低い」といったふうに使われています。

そうしたときに解像度という言葉が指し示していることは何かと考えてみましょう。解像度が低いと言われる時というのは、たとえば1人の顧客がいたとして、その顧客像がぼんやりしている、課題がちゃんと認識できていないといったように、いろいろなことがあまりよく分かっていないような状況であることが多いように思います。たしかに、そんな薄い理解のときにレポートや資料を作ったとしても、何かをツギハギしたようなもの、あまり洞察の得られないものになってしまいますよね。

一方で、解像度が高い時とは、顧客像がくっきりと見えており、課題も詳細に把握できているような状態です。単に具体や詳細が分かっているだけではなく、どこに本当の問題があるのか、どこがレバレッジポイント(小さな力で成果を生み出す場所)やセンターピン(全体に大きな影響を与える場所)で、ここを押さえれば変わっていく、といった要点までも分かっていてはじめて、「解像度が高い」と言われる状況だと思っています。これが解像度の定義に近いものだと思います。

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解像度という言葉がそれほど明確な定義をされないまま流行しだした理由は、皆さんがスマートフォン(スマホ)やタブレットなどで「ぼんやりしている」画像を見たときに、「解像度が粗いね」「解像度が低い」と言うことが増えて、解像度という言葉を日常的に使うようになり、それが次第に自分たちの理解の度合いにもメタファー(隠喩)として応用され始めたからではないかと思います。

「深さ」「広さ」「構造」「時間」の4つの視点

山口

解像度をどうやって上げるかお伺いしたいところですが、馬田先生はこの本の中で「深さ」「広さ」「構造」「時間」という4つの軸に着目して解像度を説明されていますね。それぞれ、どのような視点なのでしょうか。

馬田

順にご説明すると、まず「深さ」は、原因や要因、方法などを根本的なところまで掘り下げることです。

例えば、コンサルティングのフレームワークに、イシューツリー(課題を木構造で細分化していく手法)や、ロジックツリー(物事や事象を木構造のように分解する手法)などがあります。これらのツリーで「なぜなぜ」と分析をし、より深いところまでたどり着くことが深さのバロメーターとなります。

「広さ」は、ツリーで言えば、どこまで広く要素を分けて、多様で、多面的な見方ができているかです。

「構造」はその切り口です。深さ、広さを見た際に、それらの要素をミーシー(MECE:Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive:漏れやダブりがないこと)に捉えたり、要素間の関係性や相対的な重要性を把握したりすることです。

最後に「時間」は経時変化を捉えることです。ある一時点の分析をしただけでは、断面的な理解になってしまって、本当に適切な課題に取り組めているか分かりません。そこにきちんと時間変化を加味したり、将来を予測しておかないと、打ち手を講じた時には課題が変わってしまっているという状況もあり得えます。

先ほどスマホやタブレットで見る画像が粗いという例え話をしました。画像や動画のメタファーで言えば、「深さ」とは、単純な、赤、青、黄、白、黒という色だけではなく、16ビットの階調で6万5536色という色の深みが出ている状況。「広さ」は縦横のピクセル数(画素数)が十分に多い状況。「構造」は、そのピクセルがきちんと並んできれいな絵を表現できている状況。そして、「時間」は画像一枚一枚が連なって、うまく動画になっている状況、というメタファーとして捉えると、4つの視点と解像度の高低が理解しやすくなるのではないかと思います。

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山口

とても分かりやすいですね。私たちもコンサルタントとして解像度を上げていかなければならないと思うのですが、ともすれば、現状に満足して、解像度が上がらないままになりがちです。ちなみに、解像度が上がらない要因は何だとお考えですか。

馬田

解像度が上がっていない状況とは「深さ」「広さ」「構造」「時間」のどれかがまだ十分ではないことに起因する、と整理すると良いと思います。

スタートアップの例で言えば、「深さ」が足りないことが多いです。スタートアップがやるべきは、誰も見つけていない課題を見つけて、それを解決しにいくことです。誰も見つけていないようなところにたどり着くには深いところまで掘っていかなければなりませんが、そこがなかなか難しいところです。

他のビジネスでは、「広さ」が足りないかもしれませんし、「構造」が足りないかもしれません。時間的な変化を認識できていないかもしれません。それはケースバイケースで、上司や経営者などが見て、「ここが足りない」などと言ってあげるといいと思います。

山口

馬田先生はこの本の中で、「Why so?(なぜそうなのか?)」と繰り返し自問自答することが大切だと書かれていますね。

私たちコンサルタントは、新規ビジネスや事業戦略を考えるわけですが、目の前の事象を見ただけで安易に解決策を出してストーリーができたように思いがちです。そうではなく、課題の真因を探っていくことが大切だと感じました。課題を深く見なければ、解決策も深くなりませんよね。

例えば「顧客満足度を上げましょう」とよく言いますが、どのお客様のどのような課題を解決して満足度を上げるのかというところまでやらなければ、具体性に欠けた一般論になってしまうように思います。

ちなみに、「深さ」「広さ」「構造」「時間」の4つの軸の中で、優先順位はあるのでしょうか。

馬田

個人的には「深さ」が最優先だと思っています。

今、山口さんから顧客満足度という話がありましたが、満足度が低いというのは、病気でたとえれば発熱している、などの症状です。熱が出ていることに対して解熱剤を処方するというのは、非常に簡単なソリューションですが、熱が出ているならば、何かしらの原因、すなわち病因があるはずです。その病因は盲腸なのか食あたりなのか、あるいはインフルエンザなのか。そこをきちんと把握していなければ、本当に効果的な解決策は提案できません。

山口

おっしゃる通りだと思います。解決する課題の「深さ」を間違うと、解決策も「深さ」がないから、いくら「広さ」、「構造」、「時間」があっても、表面的な解決策になってしまうでしょうね。根本的な課題解決のためにも、「深さ」の視点で解像度を上げていくことが大切だと思います。

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内化と外化を繰り返すことで思考を深める

山口

馬田先生はこの本の中で、解像度を上げるためには、内化と外化の精度を上げることが大事だとおっしゃっていますね。内化とは、詳しく情報を知る、そのために情報を集めることです。外化とは、書く・話す・発表するなど、自分の中にあるものを表現することです。馬田先生は、この内化と外化を繰り返して学習すべきだとおっしゃっていますね。

馬田

コンサルタントの皆さんは壁打ち(意見を聞きながら自分の考えをまとめること)を通して、「Why so?」を繰り返し、議論を通して考えを深めていくという経験があると思います。

まずはそうした言語化からやってみるといいでしょう。そこから3割、2割といった低い完成度でもいいので、何かのアウトプットを出してみて、フィードバックを得ながらいいものにしていく。これが基本だと思います。

『解像度を上げる』の中では、高い解像度にたどり着くためのフレームワークとして「情報」と「思考」と「行動」の組み合わせが大事であるという話をしています。この中で特に不足しがちなのが「行動」です。深さのレベルを高めるためには、人にインタビューしたり、現場でものを見たりといったことから得られる情報が大事です。そのためには行動することが必要なのです。

山口

本の中で、アンケートではなくインタビューをすべきと書かれていました。行動し、対面でインタビューしてインタラクティブに議論をすることで気づきがあるということでしょうか。

馬田

「深さ」という点では、行動することが一つの大きなミッシングパーツ(重要な要素)だと思います。

顧客などの声を深く聞くためには、アンケートよりもインタビューがいいでしょう。もちろん、広くいろいろなデータを取りたいという時はアンケートが効果的かもしれませんが、現象の理解を深めたい時には、対面のインタビューが有効だと思います。

アンケートには自由記述欄も用意はできます。でも皆さんもなかなか書かないですよね。一方、インタビューで30分ほど時間取ってもらえば、「実はこう思っていて」とアンケートでは書きづらいことも言ってくれたり、微妙なニュアンスを含む反応を見ることができます。

山口

インタビューする際には仮説を作って行うべきだと指摘されていますね。仮説を持って、内化・外化を繰り返しながらインタビューを行うことで、新しい情報が得られるということでしょうか。

馬田

そうですね。探索的にいろいろなこと聞いていく場面もあると思いますが、多くの場合は仮説を持ってインタビューしたほうがいいと思います。

山口

深さのレベルを高めるために、多くの情報を集めて全体像を知る、つまりサーベイをすべきとも書かれていますね。さらに、そのサーベイについても、自分の事業領域の関連について、成功事例も失敗事例も含めて、最低100個は言えるようにしようと。確かにそうすることで、うまくいっているもの、いかないもの、うまくいっている理由、うまくいかない理由が、頭の中に仮説として描けるようになると思います。

馬田

事例を100個ほど見れば「これは筋がいい」「これはだめそうだ」といったパターン認識ができるようになってきますので、そこはぜひやってほしいですね。

私は多くの起業家に会っていますが、起業したいという強い熱意を持っている人であっても、そこまで調べ切っている人はそんなに多くないのです。逆にそこまでやりきれば差別化できると思います。

まず行動し、時間をかけて粘り強く取り組む

山口

本を読ませていただいて少し意外だったのが、馬田先生が「粘り強く取り組む」ことを重視されていることです。スタートアップというと、優れた企画やアイデアで新しい事業を創発するというイメージがあります。それに対して馬田先生は、時間を十分にかけることが重要だと指摘されていますね。

馬田

良いアイデアはひらめきで簡単に思いつくわけではありません。皆さんが思っているよりも、良いアイデアにたどり着くには時間がかかるのです。

スタートアップの皆さんを見ていても、最終的に良いアイデアにたどり着くために、1年、2年とかかることも珍しくありません。そこを諦めずにずっと堀り続けること、場合によっては市場やマーケット自体を替えて、改めて探り続けることが必要な場合もあります。

ただそれがコンサルタントに求められるスピード感に合っているかどうかは、また別の問題ですが。

山口

確かに。コンサルタントはそこまで時間はかけられません。

当社自身も新規事業をいくつか立ち上げたことがありますが、ご指摘のように、良いアイデアはなかなか見つかりません。新しい事業を始めたものの、うまくいかず、出資していだいた企業の皆さんと一緒に議論をし、ビジネスモデルを修正しながらなんとか軌道に乗せたという経験もあります。

馬田

それはどこも同じだと思います。1回世の中に出してみて、市場からのフィードバックやお客様からのフィードバックを得て、この仮説は合っている、違うという検証を繰り返していきます。前著の『未来を実装する』でも書きましたが、そうした仮説検証は市場や社会との対話だと思っています。人との対話や社会との対話を繰り返していく中で、本当に欲しいもの、社会に求められているものが分かり、ようやく良いアイデアにたどり着けるのではないでしょうか。頭だけで考えて、1回で正解にたどり着ける人はそう多くはありません。

真の課題に対する解像度を上げる

山口

もう一つ別な視点でお伺いしたいのが、デジタル変革についてです。デジタル戦略への関心が高まり、私たちもその支援を行う機会が増えています。

実際に、デジタル変革に取り組む企業も増えていますが、一方で、本当の意味でのデジタル変革を実践できている企業はまだ少ないように思います。というのも、業務を効率化するデジタル変革はさほど問題なく進むのですが、消費者、すなわちお客様のお客様に新たなサービスを提供するようなデジタル変革はなかなか実現していません。お客様から「デジタル変革をスタートさせたがなかなかうまくいっていない、成果が出ていない」と相談されることがよくあります。

そこで大切なのは、そのサービスはターゲットとしているユーザーの課題を本当に解決するものになっているのかという点だと思います。まず、課題をきちんと捉えられているかということと、その解決策がその課題に対して正しいのかということです。その後はさらに、それを提供するためのデジタルを使ったサービス、ソリューションがそれに合っているのか。最後に、それはビジネスモデル的になりたつのか。このそれぞれの段階で、今やっているものを棚卸しして、変えるなら、どの段階を変えるかを考える必要があると思っています。

馬田先生も、課題の解像度を上げるために深さのレベルを意識すべきだと書かれていますね。

馬田

ビジネスで価値を生み出すには「課題」と「解決策」の解像度を上げる必要があります。

そのどちらが重要かと言えば、課題のほうです。スタートアップではプロブレム・ソリューション・フィットとよく言われますが、これは課題と解決策がフィットすることで課題解決が行われる、だからそのフィットを見つけよう、ということです。課題解決が行われれば、価値が生まれ、その価値の一部を報酬として受け取れます。ただ、課題を特定する前に解決策だけに力を注いでも、課題に対してフィットしていなければ、その解決策は何の価値も生み出しません。そこでまずは課題の解像度を上げて、フィットするべき課題を見つけて、それから解決策を考えましょうという話をしています。

ただし、今山口さんが話されたように、やってみたがうまくいかないということは必ず起こることです。それに、先ほどの「深さ」「広さ」「構造」「時間」のうち、「時間」の観点も意識する必要があります。時間が経つと課題も変わっていくからです。デジタル改革などを行う中でも、変革が成功するたびに課題は徐々に変わっていくでしょう。自分たちが仮説を立てて取り組んだ結果、環境が良い方向に変わったとしても、その環境でも常に新たな課題はあります。変革をするとは、時間とともに変わり続ける課題を毎回特定して、そのたびに新しい解決策を提案することなのだろうと思います。

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山口

なるほど。事業をスタートした時は正しく課題を捉えていたとしても、お客様の課題も変化するので、今のビジネスがお客様の新たな課題を解決できているかを定期的に見直していくべきですね。

馬田

そこは本当に終わりのない作業だとは思います。逆に、スタートしたときと同じ課題に取り組み続けているのであれば、むしろそのほうが問題でしょう。

山口

それは、既存のビジネスだけでなく、スタートアップでもそういう視点が求められるということでしょうか。

馬田

そうですね。スタートアップにおいてはそれこそ急成長していく会社が多いので、1年前の課題と1年後の課題が全く違うというのはよくあることです。少なくとも、自社の組織の状況は変わっているので、組織の課題も変わっているはずです。

お客様の課題は、そこまで大きく変わらないかもしれませんが、トータルで見ると必ず時間の影響を受けて変わっているはずなので、常にモニタリングしておく必要があると思います。

ミクロとマクロの両方の視点から市場を見る

山口

スタートアップではある程度の規模に持っていかないと利益も出ないと思います。規模を上げるためのポイントは何でしょうか。

馬田

スタートアップの場合、どの市場を選ぶかである程度決まってしまいますね。

山口

どの市場に参入するか判断するためにも、行動して、解像度を上げて市場を見るということなのでしょうか。

馬田

ミクロとマクロの両方の視点が必要だと思います。ミクロに見て解像度を上げていくことは、お客様からお金をいただくための課題解決では必要です。一方で、市場のレベルはもっと抽象度が高い視点が必要です。例えば、ここで2、3年後に法規制が変わりそうだから、もしかしてこのマーケットが大きくなるかもしれない、あるいは地政学的な影響を受けるかもしれない、あるいは他の業界から新規参入が増えるかもしれないといった、もう少し抽象度の高いレイヤーでの解像度を上げておかないと、ミクロな解像度を上げてお客様の課題を見つけたとしても、その課題がお客様特有のものであれば、それを解決しても大きな市場につながらないかもしれません。

かつてのスタートアップ、特にIT系のスタートアップは、モバイルやWebなど、市場が基本的に大きくなっていっているという状況だったので、深く考えず、とりあえずその領域で起業して、ミクロな課題さえ見つければ市場が拡大するにつれて自分たちも成長できました。課題解決に集中していれば、市場と一緒に自分たちも急成長できたのです。しかし、最近はそのあたりが変わってきており、マクロな流れもきちんと押さえる必要があります。そのため、マクロな視点での解像度、ミクロな視点での解像度の両方を上げていくことが大事だと思います。

山口

マクロの視点で解像度を上げるということは、将来のマーケットを見据えて、例えばデジタル変革が市場をどう変えるか、お客様のニーズがどう変わるか、その上で自社が何を提供できるかを考えることですね。新たな競合が生まれる可能性もあります。

そういう先を見通すことを、当社では「フォーサイト(Foresight:未来像)」と言っています。そのような観点が新規事業でもスタートアップでも重要だということでしょうか。

馬田

そうですね。マクロな視点としてのフォーサイトが大事です。ただ、一方で、遠くばかりを見ているとミクロな視点を忘れて、お客様が現在課題に感じていないものを作ってしまいがちだという問題もあります。ですから両者の視点を行き来することが大事だと思います。

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若手コンサルタントが存在価値を高めるには

山口

新人など若手のコンサルタントは自分の価値をどのように高め存在感を発揮すべきか悩むところだと思います。解像度を上げるためにはどのような点に注力すべきでしょうか。

馬田

これもなかなか難しいテーマだと思います。

そのため、「深さ」「広さ」「構造」「時間」の4つの軸の中で、どこであれば自分たちは差別化できるのかを考えてみると良いでしょう。

一般的に、コンサルタントの皆さんは多くの物事を知っていて、広さがある程度確保できている人が多い。構造化も非常にうまいし、時間的な変化も見てきています。このような人たちがたくさんいる会社の中で、新人の方がどう差別化していくのかと考えると、やはり「深さ」ではないかと思います。

例えばマネージャーの方が疑問を持って、「こういうことを調べてほしい」と言われた時、情報処理能力の高い人はインターネットで手に入る情報を探して整理しようとします。一方で、即座にオフィスから飛び出て、「ビルの目の前にいる人10人を捕まえてインタビューしてきました」という新人がいたら、きっと種類の異なる深い情報を取ってきますよね。こんな風に周りの得意不得意を見てみて、「広さ」「深さ」「構造」「時間」の中で自分はどこで最もバリューが出せるのかと考えるのがいいと思います。

私が事業会社にいた時には、「広さ」、さらには数字を使うところで差別化できると思って、最初はそこで頑張りながら、他の皆さんのやり方を学んで、「深さ」や「構造」の切り口などを学びました。

特に新人コンサルタントの場合は、周りが優秀であるがゆえに、逆に泥臭い行動による「深さ」が最も差別化しやすいのではないかと思います。

山口

それは、足で深さを作り、内化・外化で深めるということなのでしょうね。

私も同じように感じることがあります。私たちがコンサルティングで支援している企業も、数値データはたくさんお持ちです。アンケートもされています。ところが、本当にターゲットにしているような顧客の声を拾えている企業は少ないのです。そういうリアルの情報はインターネットでは取れません。答える時の顔の表情などから分かる本音の声は分かりません。そういうところを磨いて、そこで他社にないものを作っていくことが、ますます重要になりそうです。

馬田

新卒でコンサルタントになるような方は情報処理能力が高く、思考の方に注意してしまいがちですが、徹底的に情報を取りにいくような行動、いわば足で考えることも非常に大事です。

仮説を作る時も、それは同様です。仮説は「エビデンス×推論」で作っていきますが、エビデンスの質と量が圧倒的に良ければ、推論の能力や思考能力が普通でも良い仮説が出せます。思考の方法論は一般化してきているので、エビデンスで勝負するほうがいいのではないかと思います。

必要に応じて、外部から人材を集める

山口

馬田先生は多くのスタートアップの支援をされていますが、その中で解像度が高い起業家や、いい行動をしている例などがあればご紹介ください。

馬田

やはり、ミクロとマクロをすごい勢いで行き来している方や、行動量の多い方は、アイデアや仮説がどんどん良くなっていくと思います。

例えば、お客様がオフィスにいる昼間はひたすら飛び込み営業をしてお客様の話を聞きにいく。夜になったらチームで集まって、これはこういうことなのじゃないか、市場はこうなのじゃないかと議論して、その日のうちにまた新しい仮説を作る。そしてその翌日はまた次の飛び込み営業をして、いろいろなヒアリングをする。こういったことを本当に徹底的に、かつ素早くやっているところは、解像度の上がり方が格段に違うと思います。

山口

お客様のところに行って、情報をどんどん蓄積して、そこで仮説を作ってまた検証するということを繰り返すのが成功のポイントですね。

馬田

もちろんチームによって得意不得意があるかと思いますので、エビデンスがいっぱいあっても、なかなかいい仮説を作れないとう時もあると思います。そういう時は、思考が得意な誰かと一緒に考えればいい。考えることが得意であれば、足で稼ぐ人を連れてきて一緒にやるという方法もあります。完璧な人間はおらず、それぞれ足りないところはあるので、自分たちに欠けている能力に気付いたら、チームを組めばいいと思います。そのために会社や組織があるのですから。

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システム思考で全体のつながりを見ることも必要

山口

「NTT DATA Innovation Conference 2022」で対談をさせていただいたときに感銘を受けたのが、デジタル技術などを社会実装させるためには、全体の因果のつながりで物事を見ていくことが必要だという馬田先生のお考えでした。これは「システム思考」的な考え方だと思います。今回の解像度とシステム思考はどのようにクロスするのでしょうか。

馬田

システム思考は、今回の4つの軸の中では「構造」の部分にあたります。物事を一個一個見ることはできますが、それらは必ず何かしら他との関係性があります。そのため、あちらが変わればこちらも変わる、しかもその変わる原因が複数ある、かつ因果がループしていて、一つの変化の結果が増幅されたりすることもあります。

解像度を上げるとは、まさに全体を見て物事をシステムとして捉え、それぞれの要素の関連を理解して、影響度の大きい要素を特定することだと思っています。人が中心であれば、ステークホルダーマップ(関係者のつながりを示す図)のようなものでもいいと思いますが、社会の課題を解決しようとしていった時には、非常に多くの要素と関係性があるため、システム思考が有効になります。

山口

社会の課題を解決するためには、制度や規制とか、法律なども関係します。いくらいいサービスと技術があっても、実装させるのは簡単ではありません。これらをうまくワークさせるためには、それらを全部含めて、システム思考で考えるべきですね。

馬田

システム・オブ・システムズ(独立したシステムが相互に連携したシステム)と言われることもありますが、製品を一個のシステムとして捉えると良いでしょう。製品は、いろいろな技術や部品が構成要素として含まれていて、それぞれが相互作用しながら機能を実現しています。これはシステムです。さらに、製品を一つの要素として、サポートサービス、ドキュメント、コンサルティングなどを同じく要素として、それぞれが繋がって相互作用したものが、ソリューションや事業というシステムを構成します。さらにその上に社会のシステムがあります。

そのような連関や抽象度の違うシステムがあって、しかも一個一個の要素はまた別の抽象度の低いより具体的なシステムであるといったように整理をしていくと、物事を見やすくなるのではないでしょうか。そうすれば、社会というものは、実はいろいろなものが繋がっていて、しかもそれが技術面だけではなく、ビジネス面、安全保障面など、さまざまな要素が多面的に繋がっていると見えてきて、社会って面白いと感じられるのではないかと思います。

山口

今、当社では「システム思考+データ分析」を掲げています。これまで、ビッグデータが簡単に取れない時代には、少数のデータから全体を推測するしかありませんでした。しかし最近では、多くのデータが比較的に低コストで取れるようになりました。そうなると、データの因果をどうつかむかが重要になります。人間が今まで見てこなかったシステム連関が、ひょっとしたら見られるようになるかもしれません。

そのデータについても、今日の馬田先生のお話がリンクしていると感じました。それは、データの因果を見るためのいろいろな因果推論の方法論があるけれども、本当の因果を見極めるためには経験も必要だということです。これからはそこに価値が出てくる時代になるのではないかと思いました。

馬田

抽象度の高いデータや情報は、インターネットで簡単に手に入るようになりました。それゆえ逆に、具体的なものや色彩の鮮やかな経験のようなものの希少性が高まっています。さらに言えば、抽象的な情報の分析と、具体的な経験のどちらかというのではなく、それらをうまくつないで新しい価値を生むための、抽象と具体の両方を扱える人材の価値が高まっているのだろうと思います。

山口

最後に、この対談を読んでいるコンサルタントやビジネスパーソンに、解像度を上げるために日ごろ何をすればいいのか、アドバイスをお願いします。

馬田

山口さんからもご紹介いただきましたが、「Why so?(なぜそうなのか?)」と繰り返し自問自答することが大事だと思います。「情報」と「思考」と「行動」の関係を密にして、疑問を持ったらすぐ行動する、すぐ考えてみる、ディスカッションをしてみる。それぞれをバラバラで考えるのではなく組み合わせて考えることで具体性を高め、解像度を上げることができると思います。

一方で、抽象度の高い、例えば人類としての課題、社会の課題を解決したいという人もいるでしょう。それが好きならば、逆に物凄くミクロな課題にも着目する…そうするとまた違うコンサルタントになれるのではないかと思います。

山口

今日は馬田先生、貴重なお話本当にどうもありがとうございました。

馬田

こちらこそ、ありがとうございました。

対談動画はこちらからご覧いただけます。

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
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Umada Takaaki
馬田 隆明
東京大学 産学協創推進本部 FoundX ディレクター

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