「NTTデータ経営研究所 対談シリーズ」第5回目では、日本企業研究の第一人者である米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院のウリケ・シェーデ教授に聞いた。シェーデ教授は日本経済に大いに期待していると語る。そのために必要な「再興」について、求められる取り組みなどをアドバイスしてもらった。
バブル崩壊が日本の変革のきっかけになった
本日は米カリフォルニア大学サンディエゴ校のウリケ・シェーデ教授をお招きしております。よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
シェーデ教授は日本の企業戦略の研究者であり、著書に『Choose and Focus : Japanese Business Strategies for the 21st Century』(Cornell University Press)、『両利きの組織をつくる: 大企業病を打破する攻めと守りの経営』(共著、英治出版)などがあります。『The Business Reinvention of Japan』(Stanford University Press)という本もお書きになり、この日本語版が『再興 THE KAISHA』(日本経済新聞出版)です。
このように、シェーデ教授は日本の企業についてよくご存知で、日本の経営者の方やコンサルタントにとって大変参考になる著書を出版されています。また、シェーデ教授は日本経済の置かれた状況を歴史的観点、地理的観点を踏まえ、ポジティブに評価されています。
今日はこの『再興 ザ・KAISHA』を元に、グローバル市場において日本企業が目指すべき方向性について、また、私たちNTTデータグループはデジタル変革に取り組んでおりますので、その関連でお話を伺いたいと思います。
今日は、シェーデ教授に特別に日本語でお話しいただくとのことで、本当に楽しみです。よろしくお願いします。
さっそく質問を始めたいと思います。
シェーデ教授は『再興 ザ・KAISHA』の中で「失われた20年は全く失われたものではない。知らぬ間に日本企業は重大なリインベンション(再興)に乗り出し成果が出始めている、日本は確実に今後も世界経済の中枢を占める」と書かれています。日本をめぐってネガティブな論調が多い中、積極的なポジションを日本が取っていけるとのことですが、なぜそのようにお考えになっているのでしょうか。
日本経済は、この30年間、大きく変化してきました。30年前に何があったかと振り返ると、バブルの終焉の後に、橋本龍太郎首相、その後、小泉純一郎首相が改革を行いました。商法や会社法が改定され、スピンアウトやカーブアウトなどの事業の切り出し、買収なども簡単にできる環境を整えました。日本経済にとって大きな戦略的変曲点だったと思います。
日本のリーディングカンパニーである大企業は選択と集中を図り、海外のプライベートエクイティファンドなども数多く日本に上陸しました。
小泉内閣は2001年から2006年までで、「小泉ブーム」も起こりました。私は個人的にも小泉首相のファンなのですけれども、その小泉ブームは、残念ながら世界金融危機のために終わってしまいました。欧米のファンドも国に帰ってしまいました。これは「最初の失われた10年」とも呼ばれます。日本企業にとってはその後の東日本大震災、福島原発事故など、ショックなできごとがあったのですけれども日本のリーディングカンパニーが着実に変化するきっかけであったのは確かです。
変化に対応してきましたね。
日本人から見れば、変化が遅いという気持ちがあるかもしれませんが、外から見ると、大きく日本が変化したと思います。
「集合ニッチ戦略」が日本企業の新たな戦略になる
シェーデ教授は著書の中で、日本企業の強みだと言われてた家電や電子機器などがしだいに中国や韓国に取られ、その代わり、日本は部品や素材で伸びてきたと指摘されています。変化の中で産業の重点が変わってきた、それによって日本はある部分は成長し、それなりにグローバルでのポジションを持っているとおっしゃっていますね。
かつての日本企業の強みは、テレビやオーディオ、カメラなどのマス・プロデュースの消費財でした。しかし、1980年代に韓国や台湾、その後は中国のメーカーが強くなって、コスト面では太刀打ちができなくなりました。それに対応できなかった日本のメーカーは淘汰されることになりました。
しかし、中にはB2Cの利益率が低い製品からB2Bの高付加価値製品にシフトしたところもあります。高い技術が必要な素材や部品を作るわけです。それはいい戦略です。利益率が高いだけでなく、韓国や中国のメーカーはなかなかまねができないからです。
まねができない領域に集中することによって強いポジションを作るわけですね。
バブルのころ、日本の大企業は巨大なコングロマリットで、日立製作所などは、海外に子会社が1000社もありました。
実は私は大相撲が好きなのですが、コングロマリットは当時で言えば、曙(元横綱)や小錦(元大関)のサイズで競争していたわけです。そのときに私がもっとも好きだった力士は舞の海(元小結)でした。舞の海は背も低く、体重も小錦と比べて3分の1しかありませんでしたが、多彩な技で大きな力士に挑み、「技のデパート」とも呼ばれていました。37以上の技を身に付けていたそうです。
私は日本企業のこれからの戦略も「技のデパート」が適していると考えています。
日本の企業がいくらコングロマリットといっても、中国の企業に比べればやはり小さいです。サイズで競争することはできません。その代わりにテクノロジー、技術開発、新しいイノベーション・フロンティアにおける新しい部品や素材などを作るべきです。そうなれば、韓国、台湾、中国の企業もその素材が必要なので、日本に頼らざるを得なくなります。
私はこれを「集合ニッチ戦略(aggregate niche strategy)」と名付けました。
日本人がニッチと聞くと、中小企業などをイメージするかもしれません。確かに、部品や素材のマーケットは、グローバルでも自動車の市場に比べれば小さいですが、グローバル市場で100%、80%といった市場占有率を持てば、他の企業や他の国でそれを必要とするようになり、パワフルな競争ポジションになると思います。
家電などのように、規模の経済を利かせて大量生産で価格を下げて競争してたところから、ニッチな分野であっても、高度な技術を武器にしてグローバルに展開するわけですね。実際に日本企業の中に、グローバル市場で高いシェアを誇る企業も出てきているのでしょうか。
はい。しかも、一つの技だけでなく、複数の技の集合で、ワン・プラス・ワン・プラス・ワンで大きくなっています。
例えばJSRという化学の会社は、元々は合成ゴムの会社です。今は祖業である合成ゴム事業は売却し、フォトレジストをはじめとした半導体材料やディスプレイ材料などを作っています。
これらはいずれも利益率が高いのです。それぞれの素材のグローバルでの市場規模がそこまで大きくなくても、ワン・プラス・ワン・プラス・ワンで、全体としてはとても大きくなるわけです。
日本企業に求められる適合モデルとは
時代に合わせて得意技を複数持つように、事業を変えていくことで成功した企業が日本にもあるのですね。
ただ、「技のデパート戦略」あるいは、「集合ニッチ戦略」の方向が大事であることは分かるのですけれど、それをやってくためには、日本企業のマネジメントや人材も変えていかなければならないようにも思います。
戦略の立案は簡単なのですが、その実践は難しいですね。実践のためには、「両利きの経営」も必要です。
20年前の「選択と集中」に代わって、これからのDXの時代にはコア・コンピテンシーが必要です。今、自社がどのようなコア・コンピテンシーを持っているのか。そして、そのコアをさらにどう展開していくのか。
そのような新しい戦略を作り、自社の適合性を変更し、新しい企業カルチャー、すなわち行動様式を変革しなければなりません。
「両利きの経営」という話もされましたけれども、これまでの日本企業の伝統的なマネジメントではなく、もう少しアジャイル的なマネジメントや、もう少しフラットなマネジメントが必要でしょうね。その場その場で最新のことを考えていくようなマインドも求められるように思います。
伝統的な日本企業が悪いというわけではありません。これまでの日本のコア・コンピテンシーの中にも、これから必要とされる適合モデルの構成要素がすでにあるのです。
適合モデルの前提として、戦略実行に必要な重要タスク、タスクを行う人材、組織、そしてカルチャー(行動様式)が必要です。例えばトヨタ自動車は、いい車を作るのが重要タスクであり、トヨタ生産方式(Toyota Production System、略称TPS)などの継続的なカイゼン(改善)により、高度なものづくりを行ってきました。しかし、TPSを実践ためには優れたエンジニアなどそれをオペレーションする人材が不可欠です。構成要素の行動様式とは社内の行動規範のことです。日本企業には「うちのやり方」という言葉もありますが、決められたことをきちんとやることです。
ですから、「集合ニッチ戦略」といっても、これらのコア・コンピテンシーを捨てるわけではなく、これらの上に、両利きの経営で飛躍的技術やテクノロジー・フロンティアのための新しい新しい価値を作るのです。
確かに、日本企業の持っている高品質なものづくりのマネジメント力や人材は確保しながら変革を進めることが大切ですね。これらをなくしてしまうと全く競争力がなくなってしまいます。
その点では、その上で新たなイノベーティブなものづくりできる人材と、そのマネジメントという、まさに「両利きの経営」で両方のマネジメントをしなければならないのですね。
産業や企業によって異なりますが。例えば、自動車だけではなく、鉄道の車両でもエレベーターでも、日本企業は優れた適合モデルを持っています。
しかし、これからはそれだけがでは競争に勝てません。その上に新しい「技のデパート」のための新しい組織や新しい企業カルチャーが必要です。
顧客の経営に貢献するソリューション提供が必要
シェーデ教授の『再興 ザ・KAISHA』で取り上げられている事例企業を見ると、単なるものづくりだけではなく、取引先の課題を解決するソリューションを提供していますね。
今、自動車に乗りたい消費者はクルマを買うわけですが、将来もそうでしょうか。これからは、所有ではなくレンタカーが当たり前になるかもしれません。さらには、クルマが欲しいのではなく、トランスポーテーション(transportation:輸送)のサービス、すなわちモビリティサービスを提供してほしいのかもしれません。
そうなると、自動車メーカーはもちろん、クルマは作りますが、そのクルマを売るよりも、そのクルマを使ってどのようなサービスを提供するかが大切になります。空飛ぶ車を使ったタクシーなども登場するかもしれませんね。
シェーデ教授の別の著書では、キーエンスも取り上げていますね。同社はまさに取引先の原価を下げたり売り上げを上げたりするためのソリューションを提案するところが強みです。さらに企画から製品化まで一気通貫でできるのも大きな特色です。そうなると顧客企業もキーエンスなしに事業が成り立たなくなってしまいます。そこまで深く入り込むのが、グローバルで成功する「舞の海戦略」だと思いました。
最終的なお客様は誰なのか、そのお客様の課題を解決するために何をすべきかを考えることが必要です。
B2Bであっても、マーケットをマスで捉えるのではなく、一つの取引先で作った成功事例を横展開していくようなビジネスモデルが「舞の海戦略」ですね。
DXにより、さまざまな情報を誰もが入手できるようになるでしょう。バリューチェーン全体で情報を共有することで、お客様が何を欲しているかも分かります。B2BとB2Cの区別はなくなるかもしれません。
シェーデ教授は、「舞の海戦略」の中でのDXが、より戦略を強くするし、日本企業はそのあたりを、ものづくりのDXも含めて行うべきと書かれていますね。
当社はソフトウェア企業ですが、組み込みソフトの場合、ハードウェアの制御もソフトウェアでやっていくようになっています。
あるお客様向けに特化したソリューションをカスタマイズして他のお客様に売っていく。マス・カスタマイゼーションと言うこともありますが、ハードウェアとソフトウェアが一体化になることによって、ハードウェアを変えなくてもソフトウェアでカスタマイゼーションができるようになります。
そうすると、そういうハードとソフトの最適な組み合わせが大切になりますからこれをお客様にセットで提供していくことで「舞の海戦略」をさらに強くするように思うのですがどうでしょうか。
それは私がお答えするよりも、山口さんの専門分野ではないでしょうか(笑)。
私はITの専門ではないのですけれども。確かに、デジタルものづくりは日本企業にとって大きいチャンスだと思います。そして、デジタルものづくりは製造現場でのデジタルの話です。製造現場の技術ではドイツや日本が世界をリードしています。
ロボティクスやセンサーといったものづくりの現場でデジタル化を進めるのは戦略の展開といういう点でも自然なことだと思います。
今後のデジタル化を視野に入れると、高度なハードウェアの技術は残しながら、その上にマス・カスタマイゼーションもできるようにソフトとうまく組み合わせて提供していくことが求められそうです。
そうですね。
日本企業におけるグローバル化の進め方
もう一点お尋ねしたいことがあります。グローバル化が進んだことで、今ではNTTデータグループの売上の6割が海外での売上になっています。しかし、私たち自身でも、なんとなく内向きだと感じています。
日本企業においても、日本人だけで集まったり、クローズドなマネジメントをしてしまったりするような気がします。日本企業のグローバル化において、変えるべき点があるとすればどのような点でしょうか。
それは難しい問題ですね。グローバル化は日本だけではなく、どこでも難しいのです。
「再興」のために企業カルチャーを変えるという意味では、もう少し日本企業もオープンに、また、透明性というか、誰が見ても分かる、または誰が見てもコミュニケーションに溶け込んでいけるような、ダイバーシティかもしれませんけれど、そういうのがもうちょっと要るように思います。NTTデータグループが今ちょうどグローバル化の途上だからかもしれませんけれど。そういうのが一つ課題ではないかと思っています。
かつて、日本企業の主要な戦略は輸出でした。パナソニックは大阪でたくさんのテレビを作って船で外国に運んで売っていました。ところが今はまったく変わっています。同社に限らず、海外売上高が国内とほぼ同じというところも増えています。グローバルな考え方が必要です。
それは英語ができるといった話ではないのです。英語は必要なのですけれども、言葉だけではなく、グローバルでネゴシエーションなどのビジネスができるといった理解が必要です。米国人は、英語はペラペラですが、だからといってそれらのビジネススキルが日本人よりも優れているとは限りません。
米国企業は世界中で米国流のビジネスをやっています。日本企業の国内でのマインドセットとグローバルなマインドセットは異なります。カルチャーが違います。大切なのはそれを分かった上で、戦略的思考(strategic thinking)で考えて、どうやれば勝てるか、あるいはグローバル接点で何をすればwin-winになるかを考えるべきです。簡単ではありませんが。
グローバルと言いながら、グローバル・スタンダードというよりも、それぞれの各地の文化やビジネスのやり方がある。それを認めた上で、自社のビジョンやパーパスがあり、ある部分、やり方は現地に合わせながらということなのでしょうね。
ただ、私は、オープンであることと透明性があることはグローバル共通だと思います。ここが欠けてしまうと、ローカルに閉じたマネジメントになってしまうように思います。
その通りですね。今「オープン・イノベーション」が流行語になっていますが、本当にオープンな日本企業はまだ少ないですね。
日本の企業は遅いと批判されることもあります。確かに速くはないのですが、ゆっくり着実に変化しています。それで問題ないと思います。決して停滞しているわけではありませんから。グローバル化もデジタル化も一朝一夕にはできません。毎月、毎年、少しずつ変えればいいのです。
当社のお客様も速く変わろうとしています。ただし、社内のルールや風土はそんなには速く変わりません。しかし、環境は大きく変わり、競合も速く変わっていいきます。
今日のお話でもありますが、強いところを残しながら「両利きの経営」の新しいところ、イノベーションの部分とどう調和を取っていくかが重要だと思います。
あまりにも雇用が流動化し過ぎると、社会の安定を欠くのでよくありません。ある部分社会は安定しながら、イノベーティブなことにも取り組まなければならないということかと思います。
最後に、日本の経営者の方に教授の方から、日本のいいところ、またはこういうところを変えるべきという点をアドバイスいただければと思います。
日本の経済は悪くないと思います。コアの部分で日本経済は強いと思います。
ただし、「再興」は必要です。VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代であり、DXのためにも再興が必要です。ただし、そのスピードはゆっくりでもいいのです。ビジョンや想像力があれば、前向きに必ず変更することができると思います。
今日は、グローバルの観点から日本企業をどう見ているかというお話をいただき、またはどのように変わっていくべきかというアドバイスもいただきました。本当にどうもありがとうございました。
対談動画はこちらからご覧いただけます。