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Insight
トップ・インタビュー

日本企業ならではのイノベーションを起こすためにも
コンサルティングファームに期待

2023.06.06
(語り手)早稲田大学 商学学術院 教授 清水 洋
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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「NTTデータ経営研究所 対談シリーズ」第4回目では、日本人2人目の「シュンペーター賞」も受賞した、イノベーション研究のトップランナーである早稲田大学商学学術院・教授の清水洋氏に、日本経済におけるイノベーションの果たす役割や、イノベーションを実現するためにコンサルタントに求められる取り組みなどを聞いた。

イノベーション研究のトップランナーに聞く

山口

今日は、早稲田大学商学学術院 教授の清水洋先生をお招きし、イノベーションについてお話を伺いたいと思います。

清水先生は一橋大学大学院商学研究科修士課程を修了されたのち、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)を取得されています。その後、一橋大学大学院イノベーション研究センター教授を経て、2019年に早稲田大学商学学術院教授に就任されています。

2021年7月には、清水先生が書かれた『General Purpose Technology, Spin-Out, and Innovation: Technological Development of Laser Diodes in the United States and Japan』が、イノベーション研究で最も権威ある賞の一つである「シュンペーター賞」を受賞しました。「シュンペーター賞」を受賞したのは、日本人では、1998年に受賞したスタンフォード大学名誉教授の青木昌彦さん(故人)以来、2人目です。また、同書日本語版の『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』(有斐閣)も、「日経・経済図書文化賞受賞」および「高宮賞」を受賞しています。

清水先生は、そのほかにも、イノベーションのメカニズムを基礎から学べる『イノベーション』(有斐閣)、古今東西のイノベーションを整理統合するとともに日本の成長戦略を提言する『野生化するイノベーション―日本経済「失われた20年」を超える―』(新潮選書)、ビジネスパーソン向けにイノベーションを易しく解説する『イノベーションの考え方』(日経文庫)などの著作を書かれています。

私たちは、ビジネスパーソンとして、イノベーションが経済成長の源泉であることを理解しています。ただし、ビジネスの側面から見ると、イノベーションは経済的価値が生じてこそイノベーションであって、単なる技術研究開発ではないとも思います。

企業経営者は、事業を伸ばすためにはイノベーションが必要と考えていますし、政府もイノベーションを起すためにさまざまな政策に取り組んでいます。ただし、実際にイノベーションを起こすのは簡単ではありません。イノベーションの成功事例やハウツーを読んでも、なかなか実践できるものではないと思います。

清水先生は、100年前から進められてきたイノベーション研究をまとめてみると、イノベーションには規則性があり、それを深く理解することで深い手が打てるという話をされていますね。ともすれば、イノベーションは偶然的なものや思いつき、今までの成功体験だけで考えていくことに陥りがちですが、そうではないという話もされています。

また、先ほどご紹介したように、イノベーションの考え方をビジネスパーソン向けに分かりやすく解説されています。そういう点で、清水先生に話を聞くことで、私たちがイノベーションを深く理解するきっかけになればと考えています。今日はよろしくお願いします。

清水

よろしくお願いします。

日本企業にイノベーションが起きにくい理由

山口

清水先生は2019年に『野生化するイノベーション―日本経済「失われた20年」を超える―』を発行されました。この中で、日本経済にはこの20年間でイノベーションが不足していたのではないかと指摘されています。

実際にそうだったのか、また、最近は日本経済も変わってきたのか。日本の企業のイノベーションに対する取り組み方についてどうお考えですか。

清水

最初から大きなテーマの質問ですね。一言で答えるのは難しいところです。

日本でイノベーションが少なくなってきていることはよく言われています。実際にマクロ経済で見ると、イノベーションの代理指標である TFP*(Total Factor Productivity:全要素生産性)というものがありますが、日本は次第にTFPが少なくなってきているのが分かっています。それにより、日本でイノベーションが生まれなくなってきているのであれば、それは合っているのだと思います。

ただし、若干補足しておかなければならないのは、先進国はどこでもTFPが下がっているということです。日本でイノベーションが生まれなくなってきているのは事実ですが、それが日本だけの課題なのかと言われるとそうではない。他の国でも課題になっているのです。米国ですらTFPが少しずつ減ってきています。これは先進国、すなわち経済の発展を先に遂げた国で比較的見られている事象だと思います。

*TFPとは、 経済成長を生み出す要因のひとつで、資本や労働といった量的な生産要素増加以外の質的な成長要因のこと。 技術進歩や生産の効率化などがTFPに該当する。

山口

最近の日本企業のイノベーションの取り組みについては、どのように見ていますか。

清水

いくつか問題があると思います。よく言われるのは、日本企業は、現場の改善のようなインクリメンタル(incremental:漸次的)なイノベーションは非常に得意である一方で、今までにないモノを作るようなラディカル(radical:抜本的)なイノベーションは苦手であることです。

これは現在も続いていると思います。続いているのには明確な理由があります。それはラディカルなイノベーションとインクリメンタルなイノベーションを生み出す主体が随分違うからです。

これは100年間以上のイノベーション事例を集めてみると分かることです。日本でラディカルなイノベーションが少ないのは、新規参入企業が少ないからと考えることができます。

山口

新規参入企業が少ないというのは、どういうことですか。また、なぜですか。

清水

それには大きく二つの理由があります。まず、日本企業にとって、第二次世界大戦後から考えると、敗戦を経て、そこから経済が自由化して欧米にキャッチアップするフェーズがありました。そこで日本企業は米国など欧米の市場に新規参入したわけです。

新規参入する際にはラディカルなイノベーションを持って新規参入したのです。新規参入して成功した企業が現在、いわゆる大企業、名門企業となっているわけです。彼らは彼らでいいのですが、彼らはもう「既存企業」になってしまったわけです。今から新しい産業を作るような新しい企業ではないというのが問題です。

もう一つ、新規参入する新しい企業が少ないという話は経営資源の流動性の話につながると思います。流動性が低いので、いいアイデアがあったとしても、なかなか、人、モノやお金がすんなり集まってこない。また、新しいことをやると失敗も多くなります。

ヒト・モノ・カネの流動性が低いと失敗した時の撤退の衝撃が高くなってしまうのです。そのため、新規性の高いことをやりにくいという現状があると思います。

山口

日本でイノベーションが起きないことについて、日本の文化性が関係しているのではないかと言われることもよくあります。清水先生はそうでなく、日本経済が持っている流動性が少ないことが問題ではないかとおっしゃっていますね。

清水

僕はそうだと思っています。と言うのも、例えば創造性が足りないであるとか、よく言われるような、出る杭は打たれるといった文化があり、それが日本人の気質なのであれば、明治維新後これだけの高い経済成長はしなかったはずです。

第二次世界大戦後のいわゆる高度経済成長の時のイノベーションを見ても、創造性の低い人たちが作るようなものではないと思うのです。

なので、日本人ならではの、そんなものがあるのかどうか僕は分からないですけれども、文化みたいなものが起因になってイノベーションを阻害しているわけではないと思います。

山口

一方で清水先生は、『野生化するイノベーション』の中で、日本企業が米国企業よりも早く衰えると指摘されていますね。

清水

東京証券取引所の1部上場企業と、ニューヨーク証券取引所の上場企業のROA(総資産利益率)を比較しました。日本企業も米国企業も、設立から年数がたつとROAが下がっていきます。年齢に例えると、日本企業は13歳くらいでピークを迎え、加齢とともに急激に利益率が下がっていきます。米国企業も加齢とともにROAは下がるのですが、リストラなども含めた新陳代謝もあるために、生き残っている企業は収益性が高いのです。

このほか、新しい技術を生み出す研究開発の領域をどの程度変化させているか比較すると、日本企業は早い段階から領域の硬直化が始まります。30歳の日本企業と90歳の米国企業がほぼ同程度の硬直性です。

儲かっているなら同じことをやっていてもいいのです。しかし、日本企業は儲かっていないのに、同じことをずっと続けています。

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イノベーションを起こすためには、経営資源の流動性が重要

山口

清水先生の本では、ラディカルなイノベーションを起こすためには経営資源の流動性が重要な要素であると書かれていますね。流動性が高くなるように制度を変えていかなければならないということでしょうか。

清水

イノベーションのことだけを考えると多分そうだと思います。ただ、我々はイノベーションだけのために生活しているわけではありませんから、そこは考えなければならないところです。なぜなら、流動性を高めるといった場合に、例えば人の流動性は最も大変なところですが、だからといって整理解雇をもっとやりやすくしたほうがいいというわけでもありません。それだと、どんどん米国型の人事システムになってきます。

そうすると、そこでうまく対応できない人たちとの格差が開くわけです。格差が開くと社会的な不安も大きくなってきます。そういう社会に我々は住みたいのかという問題は一つ考えなければなりません。中にはそういう社会がいいのですという方もいるかもしれませんが、なかなかイノベーションのことだけを考えて制度を動かせるものではないと思います。

山口

イノベーションの話の中で、改善型のイノベーションは既存の大企業の中でもできる、またそれが既存の大企業にとっても自社の今の強みをより強化するという意味で合理的であるということでした。

また、流動性が高い世界ではどんどん新陳代謝していくのがある部分、合理的であるということです。双方、それなりの合理的な原理があって動いているようで、これらのバランスを取っていくのが重要だと思えます。

清水

どこでバランスを取るかが大事だと思います。その点では、ラディカルなイノベーションとインクリメンタルなイノベーションという二項対立は、ややミスリーディングです。なぜなら、ラディカルなものでもインクリメンタルなイノベーションがなければ使い物にならないからです。

例えば蒸気機関ができたと言っても、最初にできた蒸気機関は、生産性は低く、熱効率も悪かったのです。そこをインクリメンタルなイノベーションで使えるようなものにしていったのです。

何が違うかというと、既存のものを前提にするのか、既存のものは前提にしない新しいものを生み出すかという点です。既存企業で生き残っている会社は市場で顧客に選ばれている会社ですから、強みがあるということです。その強みを前提としてそれをより洗練させていくのが合理的だと思います。

その強みから全く離れてやるのは合理的ではない側面があります。それを社内でバランスを取るのか社会でバランスを取るのかにより、大きく話が違っていると思います。

流動性を高めるのは社内のバランスではなく、社会でバランスを取っていくことだと思います。例えば、スタートアップは新しいことをチャレンジし、既存の企業は既存の強みを洗練させていく。それでそこに資するようなスタートアップがあれば、一緒に仕事をしていくという社会的な分業です。

この分業を企業の中でやろうとすると、ポートフォリオを組んで、既存の強みを出す部門はこちら、新しいことをやる人たちはこちら、としっかり線引きをしてやっていくことになるでしょう。

米国のまねをしても日本にイノベーションが起きるわけではない

山口

イノベーションの種類によって求められるマネジメントは違うということですね。一つのマネジメント方針で両方やるのは無理だということでしょうか。

清水

そうだと思います。実際にいかがですか。そのあたりは僕のほうがお聞きしたいところですけれど。

山口

当社の事業は、大きなシステムをきちんと作っていくのが基本です。そうすると、計画重視で、どちらかと言うと組織的にもヒエラルキー(hierarchy:階級)でマネジメントしていくというのが大半のビジネスです。しかし、新しいサービスを考える部隊でそれをやると何も生まれてこない。それで成果が出ないから止めようという具合になってしまいます。

NTTデータには国内最大級のキャッシュレス決済総合プラットフォームの「CAFIS(キャフィス)」などのサービスを提供する部門があります。中でもデジタル事業「Digital CAFIS」を手掛けるチームでは、従来のマネジメントではなく、若手社員からなるチーム編成で、トライアンドエラーをしながら新しいものを作っていいます。また開発も、ウォータフォール型開発ではなく、アジャイル型開発で作りながらどんどん変えていくというのをやっています。

マネジメントスタイルも全く違います。ただ、ここでは、それを理解した上で、それを束ねる事業部長がいます。その事業部長が両方の特性をよく理解しているからこれが廻っているのだと思います。

ところで、清水先生の本の中に富士フイルムとコダックの話がありました。私は、富士フイルムはフィルム技術で培ったことをヘルスケア領域にうまく展開し成功したが、コダックはそれができなかったというあたりまでは理解していました。

ところが、清水先生の本の中では、コダックの研究所があったところではコダックの技術者がスピンアウトしてヘルスケアの新しいビジネスをどんどん立ち上げているということが紹介されていました。さらに、社内だけで考えるのではなく、社外までそのノウハウが展開されているということも初めて知りました。1社だけで考えなくてもいいのですね。

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清水

そうですね。それこそ、先ほど言った、社内でバランスを取るか社会でバランスを取るかの違いだと思います。

山口

確かに、流動性を高めることが、ラディカルの部分をやっていくには必要なのだけれど、それだけでイノベーションが起こせるわけではないのですね。

私は、イノベーションを起こすためには、トライアンドエラーの部分と、長い時間をかけてきちんと作っていった上にさまざまなものを積み重ねていくことが大事だと思います。そこで、米国のイノベーションのパターンを真似たら、日本でイノベーションができるのかという問いもあると思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

清水

米国のやり方を真似れば、短期的なイノベーションは起こるかもしれません。しかし、それは中長期的な日本の成長を犠牲にしたイノベーションになってしまう可能性があります。

米国でイノベーションがたくさん起きていますが、それがどうやって起きてきているのか見てみると、ことごとく、初期の段階で国防総省のお金がしっかり入っているのです。例えば半導体にしてもそうですし、インターネット、GPS(全地球測位システム)にしてもそうです。そこから大きなイノベーションがどんどん生まれている。

日本にはそれがありません。これは歴史的な経緯にもよります。僕はなくていいと思うのですけれども…。そして、ないところでやると何が起こるかというと、いわゆる既存の大企業で培ったノウハウを元にスピンアウトしても、そのノウハウがなくなった時点で日本の長期的な成長がなくなってしまうのです。

これはすごくまずいことだと思います。そのため、やらなければいけないことは二つあります。一つは大きく投資されている領域、「ジェネラル・パーパス・テクノロジー」と書きましたけれど、汎用性の高い技術で投資されている研究者などとのネットワークを日本が作っていくのがすごく重要だと思います。それは米国なのかもしれませんし、これからは中国なのかもしれません。

なんでも日本だけでやろうとすると結構大変ですから。

もう一つは日本の企業の話です。日本は地道に既存の領域で頑張ります。そのために技術力がすごく高くなるのです。高い技術力がなければできないビジネスを構想していくとよいと思います。

米国などでは次々とスピンアウトしていきますから、どうしても既存の企業の技術力は高まりにくいのです。日本企業は高まった技術があるからこそできるような領域に進出すべきです。

それは、最初は小さい市場かもしれません。経済産業省が最近行っている「出向起業制度」などのように、自分の会社にいながら出向して起業できるといった仕組みをたくさん作ってほしいと期待しています。

山口

イノベーションを一般論で議論するのではなく、既存の技術を積み上げていける領域でのイノベーションに日本企業は取り組むべきということでしょうか。

清水

日本の既存企業はそうだと思います。

山口

新しい企業が入ってこないという話も冒頭にありました。そこの流動性をある部分は確保しながら、また既存の企業のものを大切にしながらという両方なのでしょうか。

清水

そうだと思います。

イノベーションによって代替されないスキルを身に付ける

山口

イノベーションは必ずしもプラスばかりではなく、いろいろな課題もあるとのことでした。既存の事業に従事している人たちの仕事もなくなるかもしれません。転換が必要になってくると思います。

清水

イノベーションは「創造的破壊」と言われます。創造の側面と破壊する側面があるのです。

どこを破壊するかというと、生産性が悪いところが破壊されるわけです。そこで破壊される側の人たちをどうするか。あるいは自分のスキルが破壊されてしまうこともあるかもしれません。その人たちのスキルのリスキリング(学び直し)をどうするか。その負担、コストを誰が負担するのかは考えなければならないことだと思います。

山口

特に最近、学び続けるということが求められるようになっています。背景には、技術進歩やイノベーションが激しく、止まることがない、だからずっと学び続ける必要がある。これが20年前、30年前ならあまり学び続けなくても、一度学んだら何年間か何十年間かやれました。今はスピードがすごく速まっているように思います。

清水

そうだと思います。そこで僕が危惧しているのは、日本の社会が少子高齢化していくと社内での平均年齢も少しずつ上がっていくことです。

僕はアントレプレナーシップ(起業家精神)も研究しているのですが、アントレプレナーシップは年齢が上がるとともに下がるのです。年齢が上がっていくと人生設計も出てくるので、大きな変動があるものは避ける傾向にありますから。

社内で重要な意思決定に関わる人の年齢が上がっていくと、どうしてもアントレプレナーシップも下がってきます。アントレプレナーシップが高い・若い社員に重要な意思決定に携わっている経験がなくなってきてしまうのは大きな問題だと思います。

では何をやらなければいけないかというと、若くて、スキルがピカピカな人を持ってきて、新しい領域に配置してやることです。そのことでイノベーションの効果が高まります。

シニアであまり学び続けていない人がいるとしたら、その人たちは今までの経験があるものの、新しいところに行くとその経験が邪魔をしてしまいがちです。ですので、経験がある人たちは既存の領域にしっかり配置する。そこでは経験が生きると思うのです。そのあたりの人材の配置もこれからしっかり考えていかなければならないと思っています。

山口

企業の拡大期、成長期は若い人がチャレンジングなことをできるのですが、企業が確立してしまうとそういう経験ができなくなってしまいます。これは、成熟社会の課題だと思います。

清水先生は著書の中で、イノベーションの創造的な側面において成果を生むには、補完的な制度やスキルも必要だとされています。その一方で、破壊的な側面においては、イノベーションにより代替されないようなスキルを身に付けるべきだと書かれています。具体的に、イノベーションにより代替されないスキルとはどのようなものでしょうか。

清水

それはなかなか難しいですね。端的に言えば、新しい技術を使って新しいビジネスを構想できることだと思います。それがどういうスキルかと言われると、ビジネススクールで教えている人たちにも多分、まだ解がないところだと思います。

山口

おっしゃる通りですね。マニュアルに書けるような定型的なスキルは生成AI(人工知能)の「ChatGPT」などに取って代わられる。…これはまさに代替されるスキルですね。となると、文章化できないようなスキルのほうが代替されにくい。それが何かはまだ分からないのですけれど。

例えば、ジョブがきちんと定義できるものとして、弁護士や会計士などの「士業」の仕事があります。ジョブが明確だとスキルは身に付けやすいのですが、それは代替される技術になってしまう可能性も高いかもしれませんね。

清水

そうかもしれません。どういう技術によって代替されるかはなかなか予見をすることは難しいですが、求められる代替されないスキルは、新しい技術を使ったビジネスづくりですね。

仮説の検証を伴うトライアンドエラーがイノベーションを生む

山口

私たちNTTデータ経営研究所という、社会的な提言をするコンサルティングファームも、重要な役割を担うべきだと思っています。

清水先生の本を読んで、こういうことをやっていかなければと思ったのは、流行りのビジネスコンセプトを深く考えずにお客様に提案するのではなく、いろいろな歴史の中で、また理論的に実証されたことをきちんと理解した上で提案し、提言していく必要があるということです。

ですから、イノベーションについても、単にアジャイル型開発をすればいいですよ、トラディショナルとは別の組織を作ればいいですよ、というのではなく、どのように組み合わせてマネジメントすれば効果を出せるのか提案し、成果が出るまで伴走すべきです。

企業にとっては既存事業の改善のほうが合理的だからそちらにバイアス(偏り)がかかる。清水先生の本を読ませていただいて、そのような論理的な考え方をコンサルタントは学ばなければならないと思いました。

清水先生から見て、私たちNTTデータ経営研究所はどのような役割をもっと強化すべきか、また、コンサルタントはこういう発想をすべき、といったことを何かアドバイスいただけないでしょうか。

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清水

僕がアドバイスできることがあるか分からないですが、社会がコンサルティングファームに求めることはいろいろあると思います。イノベーションの研究をしている者として求めるとすれば、官公庁であれ企業であれ、意思決定の仕方のアップデートをリードしていくような存在にぜひなっていただきたいと思います。

意思決定のアップデートとは何かと言えば、イノベーションにおける新しいことをチャレンジする時の意思決定です。そんなときに何が必要なのか。新しいことをチャレンジすると失敗がたくさん起こります。失敗には二種類あると言われています。一つは普通の失敗で、うまく行かせようと思って失敗してしまうものです。例えば、100メートルを走っていて途中で転んでしまうようなことです。それをちゃんと評価してあげましょうというのはよく言われることですね。しかしもっとやらなければならないのは、なぜ転んでしまったのかという分析をして、次に活かすことです。

よく知られている話として、音楽配信のSpotify(スポティファイ)は、失敗を許容する組織だと言われています。間違ったコーディングをした社員がいれば、それがなぜうまくいかなかったのかを分析して共有するとプラスに評価されるというのです。

もう一つの失敗は、わざと失敗することです。組織の意思決定をアップデートしていくには、わざと失敗することもすごく大切なのです。

簡単な心理実験があります。例えばここに「2、4、6」という番号が並んでいるとします。「どういう順序で並んでいますか」と尋ねると、「これは偶数だな」「2、4、6だから、次は6、8、10かな」と考えるわけです。仮説ですね。「あなたの仮説が合っているかどうか、続きの3つの番号を言ってください」と言うと、多くの人は「6、8、10」と答えます。そして、僕がイエスと言います。「さらに次の3つを言ってください」というと、「10、12、14」と答えます。そこでも僕がイエスと言います。すると、「なるほど、これは偶数が並んでいるに違いない、『20、22、24』はどうですか」となるでしょう。

そこでさらに僕がイエスと言うような問題では駄目なのです。なぜなら一度も失敗していないからです。「2、4、6」と並んでいるから偶数の並びだという仮説が正しいという現象をいくら集めても検証にはなりません。やるのであれば、例えば「1、3、5はどうですか」と聞いてみなければならない。その仮説は間違っているのですけれども、間違っているかどうかを検証しなければいけないのです。何か違うことをする必要があります。

これをビジネスで当てはめると、例えば自社の顧客は品質の向上を望んでいる、過去に製品の品質を向上したらヒット作が出た、次もそうで、また顧客は喜んでくれるだろうというのでは間違いの検証を行っていません。これでは、本当に顧客が品質の向上を望んでいるかどうかは、いつまでたっても分からないのです。品質を向上したら顧客が喜んで高いお金を払って買ってくれる、そういう固定観念になってしまいます。そうならないためにも、常に自分の仮説が間違っているかもしれないと検証しなければならないのです。

コンサルティングファームは「こういうことをしたほうがあなたの会社、あなたの組織にとって良いでしょう」とエビデンスを使って提示する。それはある種の仮説です。その仮説はもしかしたら間違っているかもしれない。「間違っているかもしれないところを検証するために、スモールスケールでもいいので、ここもやっておきましょう、間違っていたらこういうふうに舵を切ります」と言えるようなことが組織に根づいていくと学習する組織ができます。

イノベーションで失敗が多くなってくればくるほど、学習がすごく大切になってきます。学習する組織を作ると日本の意思決定がアップデートされていきます。僕はそういうところにすごく期待をしています。

山口

コンサルタントは、こうしたら成功するという話だけするのではなく、これは失敗するかもしれませんから、こういう仮説でやってみましょうと、反証も入れることが大切だということですね。

清水

学術的には帰無仮説(棄却しうる仮説)というのですけれども、帰無仮説の検証ができるようなものをセットで提案されるといいと思います。

山口

コンサルタントにも、もう少し広い視野を身につける必要がありますね。コンサルタントにとって、今後、このようなことを学んだほうがいいということはありますか。

清水

難しい質問ですね。イノベーションは一夜にしてポンと出てくるものではないのです。ある程度長い時間をかけて出てくる。一夜にしてこんなになってしまったと思う人は、逆にスキルがアップデートされていなかったと思うのです。

その人のスキルが最前線までアップデートされていれば、これから何が起こってくるのか分かるでしょう。最前線まで行っていない人たちが「なんか、ChatGPTが急に来ちゃった」と言うのと同じです。

なので、今のスキルをとことんまずアップデートして、そこのフロントラインまで行くと他で何が起こってくるのかが見えてくるのではないのかと思います。

山口

ある領域で突き抜けろということですね。そうしたら他の部分も見えてくると。

清水

見えてくるし、一夜にして代替されることはないと思うのです。

山口

ありがとうございます。

今日は早稲田大学の清水洋先生にイノベーションについてお話しいただきました。日本の経済におけるイノベーションの果たす役割、今後イノベーションをより活性化していくためにどうすべきか。また、私たちNTTデータ経営研究所に、コンサルティングをつきつめる上での留意事項や、コンサルタントとして身につけておくべきことなど、大変貴重なお話をいただきました。

本当に今日はありがとうございました。

清水

こちらこそ、ありがとうございました。

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長
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Hiroshi Shimizu
清水 洋
早稲田大学 商学学術院 教授

早稲田大学商学学術院教授
1973年神奈川県生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。ノースウエスタン大学歴史学研究科修士課程修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。アイントホーフェン工科大学フェロー、一橋大学大学院イノベーション研究センター教授を経て現職。『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション―半導体レーザーの技術進化の日米比較』で日経・経済図書文化賞と組織学会高宮賞受賞。また、『General Purpose Technology, Spin-Out, and Innovation』がシュンペーター賞を受賞。近著に『野生化するイノベーション』(新潮社)。

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