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Insight
経営研レポート

予防・健康づくりにおける、行動変容理論のリモデリング
~Behavioral Change Transformation~

2023.08.17
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアコンサルタント/行動デザインチームメンバー
西口 周/佐々木 成聖
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1.はじめに

「行動変容」というフレーズは、官公庁、自治体、職能団体、民間企業などの様々な場面で耳にすることが増え、特にCOVID-19をきっかけに、予防・健康づくり分野における行動変容への期待が大きい。中でも、「健康無関心層」の行動変容を促進させることが最重要課題とされ、予防・健康づくり分野において、あの手この手による工夫を凝らした施策やソリューションが実装されており、より効果的な手法の研究開発やサービス開発が継続的に検討されている[1]

しかし、医療や健康は「正しさ」が前提にあるために、「正しい行動をさせる」が行動変容の暗黙の目的になりがちだが、それは提供者側の一方的な押し付けであり、本人にとっては非常に窮屈なことなのではないだろうか(このような行動変容を、仮に「受動的行動変容(should型)」と名付ける)。そして、「なぜ、これまでの多くの行動変容手法は、提供者・本人両方にとって十分な納得感をもって有効な手法だと断言できていないのか」を丁寧に紐解く必要があるだろう。

そして、多くの成功事例および失敗事例などが散在する中で、一つの仮説として「健康になるために行動を促す」という「受動的行動変容」の考え方から脱却する必要があるのかもしれないと考えた。

例えば、ジム通いや腸活などを例にとると、有疾患者を除く健常者にとっては「異性からモテるカッコいい身体を作りたい」「可愛くキレイなファッションモデルのような体型に憧れる」「朝から白湯を飲み、落ち着いた丁寧な暮らしをしたい」などの“健康”以外の、人それぞれの願望がベースにある。

そしてこの願望を達成するためだからこそ、誰に押し付けられるわけでもなく主体的に取り組みを始めて継続でき、結果的に健康な生活を送れているのではないか(このような行動変容を、仮に「能動的行動変容(want型)」と名付ける)。

本レポートでは、予防・健康づくり分野における「能動的行動変容(want型)」の考え方を示しながら、Google や博報堂が提唱するデジタル時代における消費行動の特徴を参考にすることで、従来のトランスセオレティカル・モデルフレーム[2]などの行動変容理論をリモデリングし、これからの時代の「脱・健康訴求型」行動変容モデルの可能性について考察したい。

2.自らの願望を起点にする
「能動的行動変容(want型)」のイメージ

“受動的”行動変容と“能動的”行動変容の大きな違いは、設定する行動目標の内容だと考える。

本来は行政などの施策提供者が「達成してほしい」ゴール(健診数値の改善や介護予防事業への参加など)でなく、生活者などが「達成したい」ゴールが行動目標であることが重要であるが、得てして施策提供者(行動変容を促す側)と生活者(実際に行動を変える側)の間でそのゴールや動機にズレがある場合が多い。

例えば、施策提供者が生活者に「“健康な”食生活を送ってもらうこと」をゴールとしたとしても、当の生活者が食生活を変えるゴールや動機は、「カッコよく/可愛くなる(なりたい)」や「落ち着いた丁寧な暮らしをする(したい)」などである場合が多く、その場合「健康になる」ことは結果として生じる副次的要素であり「ついでに健康になれるといいな」程度のものなのかもしれない。ただし、有疾患者などの医療的な指導管理下におかれるレベルの方々は別のゴールや動機がはたらくため、一部対象外とする。

このようなギャップがある限りは、生活者が能動的な行動変容に至ることは難しい。生活習慣の改善行動と行動変容ステージの関連性を調べた先行研究においても、一度関心を持てば運動や食習慣改善、禁煙行動の実行に至るが、それはせいぜい5~15%程度であり、60~90%の人は行動改善に至っていないことが数値として示されている(図 1)[3]

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図 1 生活習慣改善の獲得割合3(NTTデータ経営研究所が作成)

施策提供者はこのような行動のゴール・動機のギャップを理解し、政策的な事情から生じた“受動的な”行動変容を生活者に押し付けるのでなく、生活者の願望を行動のゴールや動機とした“能動的な”行動変容を汲み取った上で、政策的なゴールの方向に上手く生活者を誘導していく視点が必要である。

極端な例かもしれないが、過剰な食事制限のダイエットや痩身願望による日本の若い女性の「やせ」に対する施策では、「栄養や食生活の正しい知識を提供する」「適正なエネルギー摂取」などの“取り組みを促す”、“やめさせる”などのキャンペーンを実施するのでなく、「メリハリのある女性らしい魅力的なマシュマロボディが、異性にも同性にも魅力的」などの“健康以外”の価値観をもとに本人の生活を充実させるための訴求することがあげられる(もちろん、本人が望むことが前提である)(図 2)。

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図 2 生活者の願望と政策的なゴールが合致するイメージ

3.「“パルス型”消費行動」から学ぶ、行動変容理論のリモデリング

(1)“ジャーニー”でなく“パルス”?

従来のトランスセオレティカル・モデルフレーム(図 3)では、“能動的な”行動変容を捉えることは難しいと考えている。理由は2つあり、第1には設定される目標である。同フレームでは原則として禁煙や「+10(プラステン)[4]」などの「正しい」目標が設定され、何に取り組むのかを生活者が決める余地はない点で、能動的ではないケースが多い。

第2にモチベーションの推移である。同フレームでは目標を継続(達成)するまで、長期間の準備期間を経て、満を持して行動を開始する流れが想定されている(同フレームでは6か月を基準にステージを分けている)。しかし実際の行動の推移は、「取り組んでは諦め、またチャレンジしては他の行動に目移りをしてまた再開して、気づいたらサボりながらも6ヶ月取り組んでいる」という風になるのではないか。モチベーションが長期にわたって右肩上がりに推移するのは稀なケースであるように思われる。

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図 3 トランスセオレティカル・モデルフレームの図示化イメージ

では、実際にどのように能動的な行動変容を起きすことができるのかを考察したい。

行動変容にマーケティング理論を活用する事例も増えている中で、Googleが2019年に現代の日本人の消費行動データを分析し、提唱した「パルス型消費行動」にヒントがあるように思える[5]

購買意欲が刺激される要因を明らかにするために実施した調査データから、以下に示す3つの傾向が明らかになっている。

  • 今、人々は買う瞬間まで知らなかった名前の商品を買うことに躊躇しなくなってきている
  • 今、人々は何かを買うためにお店やECサイトに行く時点で、具体的にどの商品を買うかまだ決めていないことが多い
  • 今、人々は暇つぶしにスマホを眺めている時に、偶然知った商品をその場で買うことに躊躇しなくなってきている

このような現代の日本人の傾向は、従来のように時間をかけて買いたい気持ちを醸成させる「ジャーニー型消費行動」(トランスセオレティカル・モデルフレームに近い考え方)と区別して、「パルス型消費行動」と呼ばれる。

24時間すべてが買い物のタイミングであり、空き時間にスマホを操作しながら瞬間的に買いたい気持ちになり、買いたいと思う商品を発見し、その瞬間に買い物を終わらせるという消費行動を指す言葉である(図 4)。

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図 4 従来のような「ジャーニー型消費行動」(左図)と「パルス型消費行動」(右図)のイメージ

(Google社)

予防・健康づくり分野においても同様に、「パルス型」行動変容フレームを当てはめることができると考える。我々は何かの生活習慣の改善行動を起こす際に、従来のフレームで想定されるような綿密な準備をしているのではなく、“健康”でない“願望”に基づいた情報収集を何気なく行っていて、そうした日常の中で触れた情報を契機に、刹那的にモチベーションが高まって行動を起こす可能性がある(図 5)。

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図 5 パルスによる行動変容のモチベーション推移のイメージ

(2)パルスを誘発するための情報提供:いかにして多くのパルスを誘発するか

能動的行動変容の考え方は前述の通りであるが、ややもすると施策提供者側はこのパルスを「いかにして具体化し、実行させるか」という発想になりがちである。

もちろん、これまで述べてきた考え方に確固たるエビデンスがあるわけではなく、そのような発想も従来型として十分に機能すると思われるが、パルスに至る過程やパルスの内容は人それぞれの自由であることから、パルスに至るために「いかにして、生活者の願望に寄り添った情報を提供できるか」が重要かもしれないと考えている。

前述の日本の若い女性の「やせ」に対する訴求である「メリハリの効いた女性らしい魅力的なマシュマロボディ」を例にすると、女優や芸能人などのモデルを参考に「ぷっくりしたほっぺたの作り方」「スベスベでモチモチ肌のための全身ケア方法」「引き締まったウエストラインのくびれを作るエクササイズ」など、刹那的に取り組みたくなるパルス(=短期ゴール)のラインナップについてできるだけ多くの情報を提供し、本人の願望に応じて選択・実行することで、長期的な結果として「やせ」が改善されているという状況に至るのではないだろうか。

なお、情報提供に係るパルスのラインナップ作成は知識を有していなければ難しいように感じるが、これはまさに「生成AI」の得意分野であり、生成AIの力を借りることで効果的かつ効率的にリスト化することができるのではないだろうか。

このようなパルスを誘発するためのマーケティング的な発想は、Googleや博報堂などの広告マーケティング事例から参考になると思われる[6],[7],[8]。予防・健康づくり分野にいかにして落とし込み、有効性を検証するかは、これから継続的に検討したい。

4.パルス型の能動的行動変容をいかにして評価するか

(1)願望ベースのパルスの積み重ねによる、結果としての予防・健康づくり

1つのパルスだけでは、長期的にみると単なる中途離脱者である。生活者がありたい姿を達成する(=長期ゴール)には、パルスによる短期的の取り組みの成果(=短期ゴール)を積み上げていく必要がある。言い換えれば、常に長期ゴールを目指して取り組まなくとも、ショートゴールの達成を繰り返すことで、ありたい姿に近づける場合が多い。

例えば「かっこいい身体」を目指すとき、食事制限・歩行・筋力トレーニング・歯のクリーニングなどを初めからすべて行わなくても、思い立ったことから実行していけば、長期的には成果を望めるといった具合である(図 6)。

また短期ゴールを達成することが、自己効力感を高め、次なる取り組みへのモチベーションアップに繋がることも分かっている。いわゆる「成果が見え始めるとやる気が出る」状態である。

ちなみに、立命館大学が実施した研究では、筋力トレーニングが美肌に貢献することを世界で初めて報告しており[9]、いつまでも若々しくありたいという願望から運動に取り組み、結果的に健康づくりにも繋がるといった人も増えると思われる。

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図 6 モチベーションのパルスとその取り組み成果の積み重ねによる長期ゴール達成のイメージ

(2)マンダラチャートを応用したロジックモデルによる評価可能性:マンダラチャート型ロジックモデル(仮称)

上記で例示した“パルス”は、もちろん長期ゴールに関連する要素であることは必要条件ではあるものの、必ずしも順序が決まっている訳ではない、つまり長期ゴールに向けたステップ型でなくてもよいことは推察できよう。

長期ゴールに影響する行動であるが、その行動には特に明確な順序は設けないという点では、メジャーリーガーの大谷翔平選手が花巻東高校時代に作成した「目標設定シート」にも通じるところがある(図 7)。これは「マンダラチャート」と呼ばれ、中心にテーマ(解決したい問題・目標・プロジェクトなど)を入れ、周りの8マスにテーマに対する解決策、行動計画・要因・要点を記載し、目標や要因を整理し、視覚的に明確化する手法である[10]

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図 7 大谷翔平選手が高校時代に書いた「目標設定シート」 (スポーツニッポンより)

近年の行政施策などの評価では、実施事項に対して短期・長期アウトカムやインパクトを順序立てて列挙していく、いわば「ステップ型ロジックモデル」が活用されることが多い[11]。しかし、これまでに述べたように、生活者の願望をきっかけに刹那的に高まった動機から生まれた行動は綿密な準備をされておらず、必ずしも体系的に順序立てて実行されることは少ないため、ステップ型ロジックモデルでは、その過程を適切に評価することが難しいかもしれない。

取り組み内容の順序的な制限が無く、自由に探索しながら結果的に目的に到達できるように環境設計されるという点では、まさにオープンワールドゲームの世界感や少年漫画「ONE PIECE(ワンピース)」のグランドライン編に似ており、そのような長期ゴールに対して一つひとつの五月雨な行動(=短期ゴール)の積み重ねを評価することができるのは「マンダラチャート型ロジックモデル(仮称)」といえるのかもしれない(図 8)。

一方、多くの情報や宣伝に触れる機会が多いインフォデミック現代では、生活者のパルス(願望ベースの行動)が起こる内容は多岐に渡り、時には“ありたい姿”とは見当違いの行動をとることも多いと考える。

そのような中で、行動変容を評価する行政などの施策提供者側からすると、このパルスの積み重ねが本人の願望を満たすだけに留まることなく、「政策的なゴール(裏ゴール)」も達成してもらう必要があるため、五月雨な短期ゴールを設定に目を配りながら、時には軌道修正ができるよう、生活者と適度な距離間を保つ必要があると考える。ただし、具体的にどのようなマンダラチャート型ロジックモデル(仮称)が実装可能なのかはまだ検証が足りておらず、今後も引き続き検討したい。

※オープンワールドゲーム:ゲーム内の仮想世界において、移動的制限の無い、プレイヤーが自由に探索し、目的に到達できるように環境設計されたコンピュータゲーム

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図 8 「マンダラチャート型ロジックモデル(仮称)」のイメージ

5.最後に

本レポートでは、従来型の「受動的行動変容(should型)」から一線を引き、自らの願望を起点にする「能動的行動変容(want型)」の考え方を示した。

そしてGoogle や博報堂が提唱するパルス型・着火型の消費行動フレームを活用して行動変容理論をリモデリングすることで、予防・健康づくり分野における「脱・健康訴求型」行動変容フレームを考察する、というチャレンジを試みた。

予防・健康づくり分野では従来、「不健康な○○をやめる」「このままの生活を続けていると、○○な姿になる」などといったマイナス面の訴求が散見されている。しかし、何かをやめるよりも新しく始めるほうが抵抗感は少ないケースが多く、モチベーションも上がりやすい。

このようなプラス思考の観点で、いかにして自分らしいウェルビーイングを向上させるライフスタイルの実現をベースに行動変容の有り方をフレームへ落とし込こみ、具体的にペルソナ化できるか、そしてより解像度を上げてテーラーメイド化した施策・ソリューションが本人の願望にフィットし、本人の刹那的な「能動的行動変容」を多く誘発できるか、が今後の行動変容の新たな捉え方(=リモデリング)なのかもしれない。

これらの社会実装のために当社が先駆的に価値創出できる領域は先に論じたレポートにもまとめており[12]、このような考え方を少しずつ普及するためにも、自治体、民間ヘルスケアサービサー、アカデミアなどとの協働を“能動的”に取り組みたい。

[1] 西口 周「予防・健康づくりをそっと後押しするためのヘルスコミュニケーションのフォーサイト ~デジタルデータが多様化させる行動変容の「ミライ」~」(経営研レポート;2022年)https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2022/0916/

[2] 厚生労働省e-ヘルスネット「行動変容ステージモデル」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-07-001.html

[3] Mizuno A, et al. Enduring Relevance of the Stages of Change Model for Transforming Lifestyle Behaviors. Circ J. 2023 Jul 25;87(8):1138-1142.

[4] 厚生労働省「アクティブガイド -健康づくりのための身体活動指針-」(2013年)

[5] 小林 伸一郎「データから見えた「パルス型」消費行動——瞬間的な購買行動が増えている:買いたくなるを引き出すために:パルス消費を捉えるヒント(2)」(Think with Google;2019年)

[6] 小林 伸一郎「消費者が「ピンとくる」6つの直感センサー:買いたくなるを引き出すために:パルス消費を捉えるヒント(3)」(Think with Google;2019年)

[7] 株式会社博報堂プレスリリース「“情報をプールする”生活者を捉えるデジタル時代の行動デザインモデル「PIX ループ™」を開発」(博報堂行動デザイン研究所;2019年)

[8] 國田 圭作「行動デザイン塾人を動かすための18の”ツボ”」(Web Designing;2015年)

[9] Nishikori S, et al. Resistance training rejuvenates aging skin by reducing circulating inflammatory factors and enhancing dermal extracellular matrices. Sci Rep. 2023 Jun 23;13(1):10214.

[10] 一般社団法人マンダラチャート協会「マンダラチャートとは」https://mandalachart.jp/mandalachart

[11] 一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ「ロジックモデル解説」https://simi.or.jp/tool/logic_model

[12] 佐々木 成聖「ヘルスコミュニケーションへのデジタル活用の可能性とビジョンの実現に向けた当社の役割」(経営研レポート;2023年)https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2023/0329/

お問い合わせ先

ライフ・バリュー・クリエイションユニット/行動デザインチーム

シニアコンサルタント 西口 周

E-mail:nishiguchis@nttdata-strategy.com

シニアコンサルタント 佐々木 成聖

E-mail:sasakin@nttdata-strategy.com

行動デザインチーム

E-mail:behavior-design@nttdata-strategy.com

報道関係のお問い合わせ先

株式会社NTTデータ経営研究所

コーポレート統括本部 業務基盤部

広報担当

E-mail:webmaster@nttdata-strategy.com

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