1.はじめに
コロナ禍における 「外出自粛」というメッセージは高齢者の外出頻度を大きく抑制させている。外出自粛の結果、運動不足になり、基礎疾患の悪化やフレイル※進行などの心身への悪影響につながること(健康二次被害)への警鐘が専門家から鳴らされている。
本レポートでは、「コロナ禍における健康二次被害対策」の情報発信が重要であるとの認識のもと、高齢者に向けた情報提供をより効果的なものにするため、情報提供のあり方・工夫点について、行動デザインの観点から考察する。コロナ禍において、日常生活の中で家族以外とのコミュニケーション機会が減り、高齢者に情報が届きにくい状況になっていることに加えて、当社の調査・研究などから高齢者に生じやすい心理特性などがあることが明らかになっており、従来と異なる情報提供方法を検討する必要があると考える。
2.コロナ禍における「健康二次被害」と、その情報提供の重要性
2020年に新型コロナウイルスが全国的に蔓延して以来、国民に向けて継続的に発せられているメッセージの一つが「不要不急の外出自粛」である。この「外出自粛」が効果的な感染症対策の一つであることは、政府の「新型インフルエンザ等対策有識者会議」などが提示するデータを見れば、疑う余地はない。
中長期にわたり感染症対策と向き合う中で、外出自粛というメッセージは感染後の重症化リスクが高いとされる高齢者に向けても強く発信され、その結果として高齢者の外出頻度を大きく抑制させている。実際に、筑波大学の調査(2020年11月時点)では、「60歳以上で外出機会が週1回以下」の割合が増えており、60代は17.2%、90代になると47.5%にのぼることが判明した(図 1)。
現役世代にも同様のことが言えるが、外出頻度が減ることで健康維持のために必要な運動や社会参加の機会が損なわれ、特に高齢者の場合、フレイルや要介護リスクが高まる可能性があるとされている。このように、ウイルス感染という「一次被害」を防ごうとして運動不足になり、基礎疾患の悪化やフレイル進行などの心身への悪影響につながることを「健康二次被害」と称し、スポーツ庁では健康二次被害の拡大を防ぐために運動・スポーツの実施を啓発するリーフレットやガイドラインを作成している(図 2)1 。
高齢者の健康二次被害に対して、老年医学や健康科学の専門家は警鐘を鳴らしており、筑波大学の久野譜也教授をはじめとする研究者らは、感染症対策のみでなく健康にも目を向けることを提唱すべく、「健康二次被害防止コンソーシアム」を立ち上げている2。また、久野教授らは、政府に対して健康二次被害対策に関する提言書を提出し、自粛に伴う運動不足と社会参加の制限がもたらす健康二次被害のエビデンスと、感染症対策のみでなく健康二次被害対策も併せて情報発信すべきである旨を提言している(図 3)3 。
そのため、外出自粛傾向にある高齢者に対して健康二次被害の存在を伝えるとともに、感染リスクを押さえながら健康二次被害を回避するための適切な行動を後押しする必要があると考える。
しかし、コロナ禍で対人での情報収集機会が少なくなっていることに加え、特に高齢者は感染リスクや重症化への不安に直面しており、情報収集の際に様々な心理的なバイアスが生じていると想定され、健康二次被害といった緊急性の低い(と感じられている)情報が高齢者本人に届きにくい状況であると想定される。
3.高齢者に生じやすい心理特性の特徴
前述の通り、高齢者に適切な情報を届け、理解・行動を促すことは大きな社会課題となっているが、それを解決するためには高齢者の行動の背景にある心理特性を踏まえた分析をする必要があると考えられる。
ここでは、他の年代と比較して高齢者に生じやすい認知バイアスなどの心理特性の特徴を紹介する。なお、これらの結果は、当社のプロジェクト内でパイロット的に実施した調査・研究から引用するものであり、網羅的ではない点に留意いただきたい。
(1)高齢者では、楽観主義傾向と時間割引(現在バイアス)傾向が強く表れる
当社が自社調査として実施した4,548名(うち、65歳以上高齢者1,531名)に対してのWebアンケート調査の結果、高齢者では「楽観主義傾向」と「時間割引傾向(現在バイアス)」に関する認知バイアスが大きいとの結果が明らかになった(図 4)。これは、他の年代(65歳未満)と比較した時に、統計学的に有意なものであった。
「楽観主義傾向」とは、悪い出来事が発生する確率を低く見積もり、被害者にはならないと考えてしまう、物事を自分事として捉えず軽視する傾向の心理特性である。具体的には、災害時などで他人は避難していたとしても、「自分は危険な目には遭遇しない」と楽観視し、避難しないといった行動をとる傾向を指す。
「時間割引傾向」とは、目先の利益や損失に目が行き、将来の利益や損失のことを考えることが後回しになる心理特性である。具体的には、今日しなければいけない仕事があっても、友人との会食などを優先して、結果として仕事を先延ばしにしてしまうといった行動をとる傾向を指す。
(2)高齢者では、ポジティビティ・バイアス(ポジティビティ効果)が強く表れる
過去の学術研究の結果、若年者と比較して、高齢者では「ポジティビティ・バイアス」が強く表れるとの結果が明らかになっている4 5 。
ポジティビティ・バイアスとは、情報を収集する際に、ネガティブな内容よりもポジティブな内容に対して注意を向け、収集する傾向の心理特性である。
先行研究では、高齢者は「歩くことは心血管の健康維持に重要である」などのポジティブな情報を提供された時のほうが、「歩かないと、心血管に悪影響を及ぼす」などのネガティブな情報を提供された時よりも、歩行量が増加するといった報告がある(図 5)3。また、ネガティブな情報を提供された時よりも、健康に関するポジティブな情報を提供された時のほうがその内容を記憶していることも明らかになっている4。
4.コロナ禍の高齢者で強まる情報忌避性
人間は、情報が得られる状況を物理的に避けたり、興味がない情報や知りたくない情報を収集することを無意識に避けてしまう情報忌避性※を有しているとされている。
過去の研究などにより、情報忌避性の要因の例として、「リスク・ロス・失望の嫌悪」「焦り・不安」「楽観的調整」「認知的不協和」などが挙げられることがわかっている。
- 収集した情報に対してリスクを感じたり、失望してしまう状況(リスク・ロス・失望の嫌悪)
- 不安、焦りの感情が通常よりも強く出ている状況(焦り・不安)
- 収集した情報の出来事が起こる確率が低いと考えている状況(楽観的調整)
- 自分が認識している情報と異なる情報を受け入れがたい状況(認知的不協和)
上記の情報忌避性の要因は、コロナ禍の高齢者が情報を認知・理解する状況下で当てはまるものが多い。
例えば、繰り返される緊急事態宣言や宣言延長、ワクチン接種の遅延などの想定できない状況が度重なることで、収集した情報に対して失望し、情報への信頼性が失われ、情報の認知・理解を避けてしまう場面は少なくない。また、コロナ禍の高齢者は重症化リスクなどの不安やワクチン接種への焦りなどの感情が高まっており、情報を正確に認知・理解することが難しくなっている可能性も考えられる。
加えて、長期化する外出自粛により、情報忌避性を軽減するとされている周囲の人とのコミュニケーション(後述)が特に高齢者において少なくなり、情報忌避性が高まっているのではないかと考える。そして、情報忌避性が高まることで、健康二次被害対策などの情報が届きにくくなっており、本来望ましい行動がされにくくなることが想定される。
5.高齢者への情報提供のあり方に関する行動デザインの観点からの考察
これまで述べた高齢者に表れやすい心理特性を踏まえ、情報忌避性を自然と軽減させるために情報を提供する側が工夫できる点について、行動を促す手法の一つである「ナッジ※」を活用した伝えるメッセージ内容や行動促進の仕掛け、その情報提供方法に焦点を絞った行動デザイン手法について考えてみよう。
(1)情報提供するメッセージの内容やその他の仕掛けに関する工夫
高齢者に強く表れる心理特性の一部として、「楽観主義傾向」「時間割引傾向(現在バイアス)」「ポジティビティ・バイアス(ポジティビティ効果)」に対するナッジ要素を活用した、情報提供する際のメッセージ内容やその他の仕掛けに関する工夫点を挙げてみよう(図6)。
例えば、楽観主義や現在バイアスに対しては、メッセージのターゲットをできるだけ具体化するような「スポットライト効果」「ターゲッティング」といったナッジ要素を活用したメッセージが効果的である。高齢者に対しての情報提供場面では、「65歳以上のあなたへ」「75歳以上のあなたへ」などで、メッセージの読み手が注目しやすいよう具体性をもたせるのが望ましいと考える。
また、ポジティビティ効果を活かして、健康二次被害のリスク(ネガティブな情報)ではなく、ポジティブな情報を伝える利得フレーミングが効果的である。具体的には、「身体を動かさないと、健康二次被害の危険性が高まります」よりも、「身体を動かすことで、免疫力が向上し認知機能も保たれ、コロナ禍でも若々しい元気な姿でいられます(健康二次被害を予防できます)」など、ポジティブな内容を強調して情報提供するのが望ましいと考えられる。
その他の行動変容の仕掛けとして、運動スタンプカードなどを作成する際には、初めから1~2つスタンプが押された状態で配布することで「既に始めている」「目標が近づいている」と感じさせる(目標勾配効果)、設定した目標を自ら記入し、接点がある医療・介護関係者などや物理的に離れている家族などの身近な人と共有することで、運動の実行・継続を後押しする(コミットメント、ソーシャルサポート)、などのモチベーションを維持する仕掛けなどが効果的であると考える。
(2)メッセージを伝える方法に関する工夫
高齢者の情報忌避性を軽減させるためには、情報発信するメディアなどの媒体による工夫と、身近な関係者から信頼できる情報を提供することが有効であると考えられる(図7)。
総務省の調査では、高齢者の情報を収集する主な手段として最も活用されているのがテレビであり、新聞、インターネットがそれに次いで挙げられる6。健康二次被害に関する情報を発信する際には、まずはテレビなどのメディアがナッジなどを活用した行動変容につながるメッセージを、高齢者というターゲットを明確にして発信することが有効であると考える。
ただし、コロナ禍で情報忌避性が高まっている状況では、テレビなどのメディアから発信されるメッセージが十分に届いていない可能性が高い。
過去の研究では、健康について相談できる対人ネットワークと情報忌避の抑制との相関関係や、社会的孤立感を感じていると健康に関する情報を忌避する傾向が高まる可能性が示されている7 8。したがって、家族や友人、かかりつけ医などの身近な関係者がメディアなどを通じて得た情報について相談に乗り、適切な健康情報を直接提供することで情報忌避性を軽減できると考える。
このように、健康二次被害に関する情報を幅広く発信するメディア側がナッジなどを活用してメッセージを工夫して行動のきっかけを提供することに加え、信頼できる家族や友人、かかりつけ医などが健康二次被害に関する適切な情報を提供することが、高齢者の健康二次被害対策の推進に効果的であると考えられる。
6.最後に
新型コロナウイルスへのワクチン接種後も長期化すると予想されているコロナ禍において、今回例に挙げた健康二次被害対策に限らず、高齢者への情報提供に関する効果的な方策は、迅速に検討されるべきトピックスである。
本レポートでは、高齢者の健康二次被害対策を例に挙げ、身近で高齢者に様々な情報提供していく立場にあると考えられる行政、介護・医療など専門職、サービス事業者など、または幅広く情報発信する立場にあるメディア関係者にご参考いただきたいことを行動デザインの観点から考察した。
今回紹介した内容は、当社のプロジェクト内でパイロット的に実施した調査・研究などの知見を統合的に整理したものであるものの、高齢者への情報提供のあり方というテーマで詳細な調査や実証などを実施し、効果自体を検証したものではない点には留意いただきたい。
当社では、様々な調査研究を通じて、脳科学、心理学、行動科学などの知見を有しており、必ずしも合理的ではない人間を適切な行動へ後押しするためのナッジなどの調査研究、効果検証を行う行動デザインチームを立ち上げており、高齢者への情報提供のあり方についても、行動デザインの観点での助言や効果検証ができるノウハウを提供していきたいと考えている。
広く社会実装するためにも、高齢者への情報提供をしている自治体、医療・介護などの事業者、およびメディア関係者各位との連携が重要と認識しており、連携いただけるパートナーを募集している。