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経営研レポート

「行動変容デザイナー」に求められる応用的思考 第2回

~コンテクストに応じて、言葉の定義を拡張する知性と感性~
行動デザインサービス(ナッジ)
2024.08.01
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
マネージャー  西口 周
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はじめに

予防・健康づくり分野を中心に「行動変容」を促す施策やソリューションには、官公庁、自治体、職能団体、民間企業などの多方面からの期待が大きい。第1回レポートでは、官公庁、自治体、職能団体、民間企業などのデータドリブンに行動変容を促す側(行動変容デザイナー)への総論的な課題提起と、物事を異なる観点で考察し新たな発想を得る「ラテラルシンキング」がヒントとなる可能性について触れた。

第2回レポートでは、行動変容施策・サービスを検討する中で各論としてよく挙げられる、いくつかのキーワードをピックアップし、それらを学術的・ビジネス的な従来論から発想を転換して考察し、コンテクストに応じて関係者間で言語を定義して合意形成するための考え方について事例を交え解説する。

具体的には、以下のテーマについて、コンテクストに応じて発想転換するイメージを述べる。

  • 「無関心層」という言葉の曖昧さ
  • 「検証デザイン(研究デザイン)」「エビデンスレベル」の多様性
  • 「データサイエンス」の守備範囲の拡張
  • 「効果があること(有効性)」を示す手段と目的のパラドックス

「無関心層」という言葉の曖昧さ

予防・健康づくりに限らずヘルスケア分野では、「無関心層の存在」という課題をよく耳にする。「無関心層を動かすにはどうすればよいか」という問いである。

この背景には、行動変容ステージモデルの普及があると考えられる。人が行動を変える際には、「無関心期」→「関心期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」の5つのステージを通る、という考え方であり、行動変容のステージをひとつでも先に進むには、その人が今どのステージにいるかを把握し、それぞれのステージに合わせて働きかける、というアプローチ方法である 1

過去のレポートでも触れたが、人の行動は能動的に起こるものだと仮定すると、本当に「無関心層(無関心期)」は存在するのか、という問いが生まれる。だがこれは、前述のレポートでも触れたように、無関心なのではなく行動として表出しない小さな“パルス”が生じているだけではないだろうか。もしくは、ただ単に知らない(認知していない)だけか、無関心なのではなく拒否しているだけ、とも考えられる。

2023年に実施された全国18歳以上の男女(性・年代均等割付)2,520名を対象とした大規模全国ネット調査では、健康に対する「低関心」はわずか5.4%であるという結果が出ている 2。また、考察では「健康無関心層の中には、“(健康のために)運動したくてもできない”というジレンマを抱えた潜在的関心層も一定数存在する可能性」や「健康であること(being healthy)と健康になること(becoming healthy)は本質的に異なり、おそらく前者を望まぬ人はいないが、後者は必ずしも万人が望むとは限らない」と述べられている。

これらを踏まえ発想の転換をすると、まずは無関心と呼称している層を含めて、5つの行動変容ステージをより細分化するという営みが一案である。横軸に「行動変容の5つのステージ(トランスセオレティカル・モデル)」を、縦軸に「過去に取り組んだ経験の有無」を設定し、各ステージには本当はどのような層が存在するのかを深掘している(図表1)。

この軸設定には、マーケティング分野において「AIDMA(注意、関心、欲求、記憶、行動)」や「AISAS(注意、関心、検索、購買、情報共有)」といった消費者購買行動モデルの最大の課題が、2回目以降の購入を加味していない点であるということ 3 を参考にしている。ポイントは「一度取り組んだことがあるがドロップアウトした人」を果たして「無関心」と呼んで良いのか、という問いを起点として関心期や実行期に留まっている人の心情を言語化した点である。

この縦横軸はあくまでも試行的に実施した一例ではあるが、ひと言に「無関心層」や「関心層」と曖昧に呼称すると、曖昧なアプローチにしかならない可能性もあるため、コンテクストに応じて、「無関心」「関心」などの言葉を再定義することが求められる。

1 厚生労働省e-ヘルスネット「行動変容ステージモデル

2 公益財団法人 笹川スポーツ財団「2023年度 健康関心度とスポーツライフに関する調査

3 参考:日経クロストレンド「AIDMA、AISASの限界 LTV経営を阻害する「パレートの法則」のワナ」(2024年7月22日)

 

図表1 健康無関心層に係る発想の転換イメージ(仮説)

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「検証デザイン(研究デザイン)」「エビデンスレベル」の多様性

有識者会議やヒアリング、新規施策・サービス検討の中では、「エビデンスが有る/無い」という言葉が付き物である。そして、エビデンスの定義についての議論になった際、研究デザインに係るエビデンスピラミッド 4 に着目・重視して、エビデンスの有無を評価することが少なくない。

しかし、この議論プロセスは果たして合理的といえるのだろうか。

様々な示し方はあるものの1990年代より、図表2で示すエビデンスピラミッドが広く普及してきた。しかし、この図は単純すぎるとの指摘も多く、時には異なる方法論についての議論や反論の余地を残すことの重要性が強調されてきた。

4 エビデンスピラミッドとは、エビデンスの強弱によるレベルを表した図を表す(厚生労働省e健康づくりネット「エビデンスに基づく健康づくり編」より)

 

図表2 従来のエビデンスピラミッドのイメージ図

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出所:MH Murad, et al. 2016

このエビデンスピラミッドは、「効果(=有効性)」が高い研究デザインから並んでいるわけではなく、「再現性(≒普遍性)」の高い順で並んでいるともいわれており、筆者自身も施策やサービスの検討過程でエビデンスリサーチを行い、各ステークホルダーと議論する中で、「求められるエビデンス」について非常に主観的な推奨をされることが多く、以下のような疑問や印象を持つことが多かった。

  • RCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)とコホート研究では、どちらのほうが政策的意思決定に適しているのか

⇒ 必ずしもRCTでなくても、コホート研究結果をもって政策的な意思決定がなされていることも多い印象である

  • 超小規模のRCTと大規模なケースコントロール研究では、どちらの結果を採用すればよいのか

⇒ 大規模なケースコントロール研究を引用し、「エビデンスがある」と言われる場面が多い印象である

  • インパクトファクターの低い雑誌のメタアナリシスやRCTと超有名雑誌に掲載されているコホート研究では、どちらのエビデンスを採用すればいいのか

⇒ 超有名雑誌に掲載されているコホート研究を引用し、「エビデンスがある」と言われる場面が多い印象である

  • 日本語論文のRCTと海外論文のnon-RCTでは、どちらの結果を優先するのか

⇒ 海外の論文(国際誌)を優先することが多い印象である

※なお、自分自身の研究について言及する際には、研究の質を問わず「エビデンスがある」と紹介されることが多い印象である

2016年には、研究デザインのみでエビデンスの高低を評価するのではなく、各研究のその他の要素(エビデンスの質)も考慮したうえで評価することの重要性が提言された(図表3)5。これは、従来RCTなどの介入研究の方がコホート研究などの観察研究よりもエビデンスが強いとされていたものに対して、各研究の枠組みや質にはばらつきがあることを前提にその優越の境界線を曖昧にし、さらにシステマティック・レビューやメタアナリシスはエビデンスの上位概念ではなく、それぞれの研究成果を評価し信頼性を高めるツールとして活用するという考え方である。

加えて、ポスト・エビデンスピラミッドに向けては様々な考え方が提唱されつつあり、「研究デザインとエビデンスの確実性」を安易に直結させる語り口は、年々抑制される傾向があるといわれている 6

5 MH Murad, et al. New evidence pyramid. Evid Based Med. 2016.

6 林岳彦ら「“ポスト・エビデンスピラミッド”の歩き方 -「5評価軸×3段階の評価枠組み」と「GRADEシステム」を例に」(日本評論社 経済セミナー)(2024年)

 

図表3 新しいエビデンスピラミッドのイメージ図

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出所:MH Murad, et al. 2016

これは発想の転換をすると、特に行政や民間サービス担当者にとっては朗報である。エビデンスの有無とは画一的な見解によって決められる訳ではなく、コンテクストに応じて求められるレベルが異なるため、関係するステークホルダーの合意形成により決めていくことの重要性が提言されているのではないだろうか。

実際に、COVID-19における2021年の緊急事態宣言時(2度目)では、「飲食店」にフォーカスを当てた対策(時短営業要請)は、疫学データの後ろ向き観察研究結果を基に政策的意思決定がなされており(図表4)7、コンテクストによっては「EBPM 8=RCTが必要」という発想からは脱却することができる。一方で、薬事承認や医療機器認証など、コンテクストによってはより厳格なエビデンスが求められることは自明である。

7 内閣官房「第19回新型コロナウイルス感染症対策分科会」資料2-2、牧原出、坂上博「きしむ政策と科学 ~コロナ禍、尾身茂氏との対話~」より

8 EBPM(Evidence Based Policy Making):証拠に基づく政策立案

 

図表4 「緊急事態宣言(2度目)における飲食店時短営業要請」の意思決定に係る観察データ

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出所:新型コロナウイルス感染症対策分科会

さらに別の観点では、「因果関係」というフレーズもバックグラウンドが異なる人同士で話す際には異なる見解を持っていることも多いと感じている(本稿では詳細は割愛)。加えて「因果推論」という手法も普及・実装しつつあり、改めてエビデンスというフレーズの多様性を理解したうえで、実社会(政策・ビジネスなど)におけるコンテクスト(求められる結果の厳密性)に応じて、各ステークホルダーが納得感をもって適切なデザインを選定・合意形成することが肝要である。

「データサイエンス」の守備範囲の拡張

データサイエンティストの役割が「データ分析・統計解析」であることはよく知られている。そしてデータ分析の工程には、データクレンジングやデータテーブルの加工なども含まれることも通例である。しかし近年では、大学などの高等教育機関でデータサイエンス学部が多く新設され、生成AIなどの普及による技術進歩もあり、データサイエンスの定義やデータサイエンティストの求められる役割が拡張されつつある。

一般社団法人データサイエンティスト協会では、「データサイエンティストのためのスキルチェックリスト/タスクリスト概説」を公開しており、3つのスキルセット(ビジネス力、データサイエンス力、データエンジニアリング力)が重要なスキルセットであり、どれか一つが欠けてもデータサイエンティストとして十分な力を発揮できない、と説明している(図表5)9

9 一般社団法人データサイエンティスト協会「データサイエンティストのためのスキルチェックリスト/タスクリスト概説」第二版(2023年)

図表5 データサイエンティストに求められる3つのスキル

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出所:一般社団法人データサイエンティスト協会

つまり、これからの時代に求められる「データ分析」スキルはかなり幅が広く、「仮説検証⇒修正」のサイクルを回し次の工程に進む意思決定をするためには、発想を転換・拡張させる必要がある。目的・テーマ設定や最後の解決などのフェーズで関係者を説得・調整・説明したりするようなビジネス力や定義された課題に対してどのようなアプローチで立ち向かうのかを計画するデータサイエンス力、実際の分析を進めるためのデータエンジニアリング力が要求されることをデータサイエンティストも理解し、周囲の関係者もそれらを支援するチームを構築することが求められる。

「効果があること(有効性)」を示す手段と目的のパラドックス

コンサルティングサービスを提供する中で、よく「行動変容効果を示したい」「商品の有効性を示したい」をいうクライアントニーズを耳にする。そのたびに、「果たして一つひとつの施策やサービス・商品の効果を毎回示す必要があるのだろうか」「学識者などが専門的な知見をもって示した研究成果を整理することで、効果があるとみなすような代替はできないのだろうか」という問いを抱いている。

これこそまさにコンテクストに依存するものだろう。「施策やサービス・商品に活用されている要素・コンセプト自体は効果が示されるので十分」なのか、「施策やサービス・商品自体の効果を示さなければいけない」のかである。

具体的には、創薬や医療機器開発、食品臨床試験などの治験の文脈では、上記をより詳細化した厳密な認定・認証プロセスがあるため、一つひとつのサービス・商品の効果を毎回示す必要がある。一方で、そのようなプロセスを要さない新規サービス・商品をローンチさせるというコンテクストでは、事業責任者をはじめとするステークホルダーが納得・合意できる範囲において「有効性」が示されるのであれば、既存の研究成果を整理するのみでも構わず、必ずしも効果検証を行う必要はないという考えも一理あると考えている。

近年のトレンドでいうと、予防・健康づくりの文脈におけるPHR(Personal Health Record)サービスに求められる「有効性」が前述のどちらに該当するのか、もしくはコンテクストに依存しながら厳密なプロセスを経ずに産業化していくのかは、経済産業省が中心となって議論がなされている。

実装科学の視点での「地下鉄モデル」も、コンテクストに応じて意思決定をする際に参考となるフレームの一つである(図表6)10。有効性には「Efficacy」と「Effectiveness」の2段階があるという考え方であり、前者は研究や実験室レベルでの有効性、後者は実際の社会・治療の現場レベルでの有効性である。つまり、学術研究レベルで有効性(Efficacy)が示されたとしても、実社会では介入研究での理想的な環境とは異なるため、改めて有効性(Effectiveness)を現実的な条件で示す必要があり、それらの有効性をもって施策・サービスとして実装していく、という考え方である。

10 MB Lane-Fall. et al. Scoping implementation science for the beginner: locating yourself on the "subway line" of translational research. BMC Med Res Methodol. 2019

図表6 実装科学フローに係る地下鉄モデル図

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出所:MB Lane-Fall. et al. 2019

また別の観点では、有効性は社会実装のための一要素でしかない、ということも肝要である。ビジネスや行政施策を考えるうえでは、専門的な知見や十分なリソースが無くとも推進することができるか、効率的な動き出し・保守運用ができるのかといった観点での「実効性・効率性(Efficiency)」、どれだけ社会的ニーズと合致しているか、費用対効果は考慮できているのかといった「実装性・市場性(Marketing)」などの要素もバランスよく考慮する必要がある(図表7)。

図表7 「有効性」以外の、施策・サービスの社会実装に肝要な要素(仮説)

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心の健康領域に限定したサービス導入者視点での調査結果ではあるが、「期待される効果とエビデンス」の情報開示ニーズは高いものの、エビデンスとして開示を求めるものとしては「導入した企業の施策担当者やエンドユーザーの声」が約7割と最も多い。一方、「学術研究機関などによる科学的な効果検証結果」や「サービスに採用されている理論の有効性」は 3割前後に留まっていた(図表8)11

コンテクストに依存するものの、高度なレベルでの「有効性」は、施策・サービスの社会実装における打率を上げるための重要なファクターではあるが、必要条件でも十分条件でもない、ということが調査結果から読み取れる。

11 職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会「職域の心の健康関連サービスの創出と活用に向けて -民間サービスの情報開示のあり方-」(2024年3月)

図表8 「有効性」の根拠について、サービス導入者目線で開示を求める粒度感

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出所:職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会

つまり、有効性を突き詰めるだけでは施策・サービスを広く展開することはできないため、発想の転換として、コンテクストに応じて各要素に濃淡を付けて検証することになる。「有効性だけでは人は動かせない(行動変容は促せない)」ことから、アカデミア、民間サービス事業者、行政などがコンテクストを理解して、求める要素の重み付けをしていくことが肝要であるといえる。

何のために有効性を示すのか、有効性を示すことが目的になっていないか、あくまでもコンテクストを達成するための手段であることを念頭に置くことが必要であり、そのような問いを念頭に置くことができるステークホルダーと優先的に協業することも重要ではないだろうか。

最後に

第2回では、行動変容施策・サービスを検討するプロセスの各論として、学術的・ビジネス的な従来論からラテラルシンキング的に発想を転換して、コンテクストに応じて関係者間での言語を定義・合意形成するヒントとなる考え方について、事例を交えて解説した。

本レポートでは、行動変容のコンテクストで耳にすることが多い4つのフレーズについて発想転換イメージを例示したが、このような発想を身に付けることがMustかというと答えはNoであり、検討プロセスにおける各工程のスペシャリストがほんの一握りでも自身の役割の範囲内で発想の転換を心掛けるだけでもよいのかもしれない。

近年では、これからの時代で求められる人材イメージとして「H型人材」12 が一例として出されることがあるが、これと近しいイメージである。ただし、複数の専門性を有するというよりも、それぞれの専門的な分野に必ずしも精通しておらずとも角度の異なる視点で提案・示唆出しができるトランスレーター的な人材のイメージが、未来の行動デザイナーの理想像なのかもしれないと考えている。

最終回となる第3回レポートでは、検討プロセスの最終工程として、施策・サービスの実装を検討する工程で「じゃない方」を発想する考え方を例示しながら、5年10年先を見据えた行動変容施策やソリューションを高度化させる未来の行動変容デザイナーの人材イメージ(仮称:ω型人材)について考察する。

12 H型人材とは、I形やT型人材のように専門性を1つ持ちながらも、さらに他の専門性を有する人材とつながることのできる人材タイプを指す

お問い合わせ先

ライフ・バリュー・クリエイションユニット/行動デザインチーム

マネージャー・博士(人間健康科学) 西口 周

E-mail:nishiguchis@nttdata-strategy.com

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