はじめに
生成AIやAIエージェントの急速な普及により、AIは企業活動のあらゆる領域に組み込まれつつある。こうした中で、「サステナビリティとAI」も、もはや切り離して語ることができないテーマとなっている。
AIは脱炭素化の促進やリソースの効率化、サプライチェーンの可視化、人的資本マネジメントの高度化など、サステナビリティ課題の解決を加速させる有力な手段として期待されている。一方で、AIの利用拡大に伴い、データセンターの電力消費増加による環境負荷の増大、プライバシーやセキュリティ、ハルシネーションやバイアスといったリスクも顕在化している。
こうした状況において、「サステナビリティとAI」は、個別のテーマではなく、統合的に捉えるべき経営アジェンダとなりつつある。企業には、AIがもたらすビジネス機会を的確に捉えると同時に、そのリスクを適切に管理する観点を両立させる視点が求められる。
本レポートでは、「サステナビリティとAI」の関係を概観し、「攻め」のAI活用と「守り」のAIリスク対応をどのように両立すべきかを考察する。
1.AIによるサステナビリティの実現(攻め)
サステナビリティとAIとの関係を考える上で、まず持つべき視点はAIがサステナビリティ課題の解決に貢献し得るという点である。AIは単なる効率化のツールではなく、従来の人手では不可能であった、大量のデータから有益なインサイトを引き出すといった機能を提供することで、環境・社会課題への対応を高度化し、新たな価値創出を可能にする技術として位置付けられつつある。
国連では、AIのポテンシャルを活用して社会課題解決・持続可能な開発目標(SDGs)達成を目指すプラットフォーム「AI for Good」が2017年に設立された。2024年にITU(国際電気通信連合)から発行された、SDGsの目標ごとのユースケースなどをまとめた「AI for Good Impact Report」1では、AIは気候変動対策、医療アクセスの向上、教育機会の拡大など、多くのSDGs目標の達成に貢献する可能性があると指摘されている(図表1)。
一方で、エネルギー消費の増加によるCO2排出量の増加リスクや、AIの普及が新たなデジタル格差を生み、不平等を拡大させるなどの社会的リスクを高める可能性も同時に示されていることにも留意が必要である。
【図表1】SDGs目標ごとのAIのポテンシャルおよびリスク

【出典】
ITU「AI for Good Impact Report」(2024年10月)を基に当社作成
AIによるサステナビリティの実現に向けて、企業はどのような対応をとっていくべきだろうか。今日、サステナビリティはビジネスにおけるリスクおよび機会と結び付けて捉えられている2。AIによるサステナビリティの実現をビジネスの観点で考える際には、サステナビリティと関わりのある領域、とりわけ自社のビジネスにとって重要なサステナビリティ課題(マテリアリティ)に関わりの深い分野において、AI活用という「攻め」の機会を的確に捉えることで、自社のビジネスの持続的かつ中・長期的な成長に繋げていくことが重要である。
図表2は、サステナビリティに関わりのあるさまざまな分野でのAIに関連した市場規模および市場成長率を表している。分野ごとの具体例を挙げると、企業活動と密接に関わりのあるESG(狭義のサステナビリティ)の領域で見れば、環境領域(Environmental Sustainability)ではエネルギー消費や生産プロセスの最適化による省エネの促進3、社会領域では人事・人的資本マネジメント(Human Resources)4といった領域でAIのユースケースが出現している。
サステナビリティをSDGsのように広義で捉えても、ヘルスケア(Healthcare)や金融(Finance)といった分野では、AI活用による医療従事者の負担軽減や5、AI与信による中小企業の資金調達支援6など、多様なシーンでAI活用が進んでいる。一方で、市場成長率においては、AIの急速な発展に伴い、後述の「守り」の観点である「AIガバナンス」が非常に高い成長率を示している。
【図表2】サステナビリティに関連する分野でのAI市場規模

【出典】
各種市場調査より当社作成
このように、サステナビリティと親和性の高い分野でAIの活用が進んでおり、AIを活用したサービスを提供する側、利用する側の双方にとって、進化の著しいAIがもたらすビジネス機会は大きく、AIを活用したビジネス機会をいち早く捉えることができるかどうかが、短期的な時間軸における企業の生き残りの明暗を分けることとなるであろう。
AIの活用は、企業に新たなビジネスをもたらすと同時に、サステナビリティに関する長期的リスク・機会の特定や、前提となるシナリオ分析といった戦略立案フェーズにおいても急速に進展する可能性がある。AIを活用することで、これまで膨大な人的稼働を費やしてきた、自社の事業に深く関わる社会や経済的な要素(人口動態、技術の発達や地政学的要因など)を組み込んだ高度なシナリオ分析を劇的に短時間で実施することが可能となり、サステナビリティと経営戦略の融合を加速させる一役を担うことが期待される7。
1 ITU「AI for Good Impact Report」(2024年10月)
2 サステナビリティ情報開示の最新動向については当社経営研レポート「サステナビリティ情報開示の最新動向」を参照。
3 こうした省エネ効果がデータセンターなどの電力需要増を上回るとの見方もある。(参考:日経GX「AIによる省エネ、データセンター電力需要の2倍 35年試算」, 2026年1月29日)
4 例えば、AIツールによって従業員の離職率を低減させたといった事例がある。(引用:日本経済新聞電子版「大成建設、若手社員の離職率が半減 AIで定着支援」, 2025年2月3日)
5 厚生労働省 大臣官房厚生科学課 第3回 新AI戦略検討会議資料「新しいAI戦略の策定に向けて」
6 日本経済新聞「みずほ新興UPSIDER買収460億円 フィンテック、メガ傘下入りで基盤拡大」(2025年7月29日)
7 例えば、NTTデータグループおよびNTTデータ経営研究所は、NTTと共同でAIを用いた持続可能な未来シナリオ分析の共同実験を実施している(参考:株式会社NTTデータグループ、日本電信電話株式会社「AIを用いた持続可能な未来シナリオ分析の共同実験を開始」,2025年3月25日)
2.サステナブルなAI活用(守り)の必要性
「攻め」のAI活用の推進と同時に、「守り」の対応の高度化も不可欠となっている。環境負荷の増大、個人情報や機密情報の漏洩、誤情報や倫理的な問題など、企業のレピュテーションを毀損しうるリスクは確実に増えている(図表3)。また、最近はAIによる人員の代替が議論になっているが、雇用の削減などが個々の企業にとどまらず社会レベルでの不安定化を招く恐れもある。
【図表3】AIに関連するリスク

【出典】
総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(別添)概要版 」を基に当社作成
さらにAIは進化が極めて速く、まだ顕在化していない、あるいは未知のリスクも存在し得る。国連に設置されたAIに関するハイレベル諮問機関の報告書では、AIシステムによる意図しない自律的な行動や、AIエージェント同士の共謀や対立といったリスクまで指摘されている8。
AI活用が不可欠な時代において、このようなさまざまなリスクに対して無防備なまま活用を進めることは、企業にとって大きな経営リスクとなり得る。
AIのもたらすリスクへの対応の必要性は国際的に認識されており、国連、OECD、G7、EUなどのさまざまな主体で議論が進展してきた。日本でも法制度やガイドラインなどの整備が進んでいる。総務省と経済産業省は、2024年、AIの安全安心な活用促進に向けてAIガバナンスの統一的な指針を示すべく、「AI事業者ガイドライン」を制定した。また、2025年にはAIのイノベーションを促進しつつ、リスクに対応することを目的として、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)が施行されている。
8 United Nations “Governing AI for Humanity”(2024年9月)
3.鍵となるAIマネジメントシステム
こうした中で、企業がAIを活用したサステナビリティ課題の解決や、企業の持続的な成長を実現しながら、AIに関するリスクに適切に対応していくためには、適切なリスクマネジメントの仕組みが必要である。
そのヒントとなるのが、AIマネジメントシステム(AIMS)に関する国際規格であるISO/IEC 42001である。この規格は、AIシステムを開発、提供または使用する組織を対象とし、組織がAIシステムを適切に利活用(開発・提供・使用)するために必要なマネジメントシステムを構築する際に遵守すべき事項を定めている。
ISO9001品質マネジメントシステム(QMS)規格やISO/IEC27001情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)規格など既存のマネジメントシステム規格と同様のアプローチが採用され、安全・安心なAIシステムの開発・提供・使用が行えるようにPDCAを回していく仕組みが規定されている(図表4)。
【図表4】AIMSの構成(ISO規格の構成に基づく)

【出典】
経済産業省ニュースリリース「AIマネジメントシステムの国際規格が発行されました」(2024年1月15日)
AIMSはAI活用の「ブレーキ」ではなく、「ガードレール」として機能する。AIのリスクが広く社会に認識されている以上、今後、AIと関わりのあるビジネスを展開する企業は、顧客や取引先などからAIガバナンスに関する説明を求められる場面が増える可能性も高い。
AIMSは、リスクを統制しつつ安心してAI活用を拡大するための基盤であり、顧客をはじめとするステークホルダーの信頼を得ることにもつながる。結果としてAI活用のスピードや範囲を広げるためのツールとなり得る。
また、先述のとおり、ビジネス機会の観点では、「AIガバナンス」関連市場は極めて高い成長率で拡大しており、自社のAIガバナンスのノウハウを顧客に対して展開していく形でビジネス機会につなげる模索が始まっている。
おわりに
AIの急速な進化によってビジネスが大きく影響を受けている今、企業がAIを活用しないという選択肢は想定できない。一方、AI活用が加速度的に進む中で、「AIを使っているが管理できていない」状態は、重大な経営リスクとなり得る。そのため、AIの活用自体にとどまらず、安全・安心な形でAI活用が行われているかが、新たな企業のサステナビリティ評価の尺度となっていくことは明らかである。上述したISO42001に基づくAIMSの構築・認証取得などは、AI時代のサステナビリティ経営を支える基盤となるであろう。
企業には、「攻め」と「守り」を両立する「サステナビリティ×AI」の観点を戦略の中核に据え、自社と社会の持続的な成長を両立する経営が求められている。
