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経営研レポート

自然資本を取り巻く動向と企業に求められる対応
~第1回~

自然資本の動向が与える企業活動への影響
自然資本・ネイチャーポジティブ
2023.09.06
社会・環境戦略コンサルティングユニット
マネージャー 青木 幸
シニアコンサルタント 片上 衛
(監修 同シニアスペシャリスト 大塚 俊和)
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はじめに

環境問題に関わる最近の動向として、気候変動対策・資源循環に加えて、自然資本の保全の必要性が高まっており、環境に関する重要なイシューの一つとなりつつある。

本レポートは、自然資本およびその構成要素の一つである水について5回の連載を予定している。第1回では自然資本に関する国際的な動向を踏まえた上で、今後の企業活動に与える影響について解説する。

1.自然資本に関する国際的な動向

自然資本とは地球上の再生可能/非再生可能な天然資源を意味し、具体的には森林・土壌・水・大気・生物資源・鉱物資源などが挙げられる。あらゆる社会活動や企業活動は自然資本から得られる生態系サービスを活用して行われており、生態系サービスを提供するストックである自然資本は、社会活動や企業活動を行う上で重要かつ不可欠である。

表1 自然資本、生態系サービスの内容

自然資本

(ストック)

再生可能/非再生可能な天然資源

・森林

・土壌

・水

・大気

・生物資源(生物多様性)

・鉱物資源

生態系サービス

(フロー)

・供給サービス

 :食料、淡水資源、原材料 など

・調整サービス

 :大気質調整、気候調整、水質調整、局所災害の緩和 など

・生息地サービス

 :生息・生育環境の提供 など

・文化的サービス

 :自然景観の保全やレクリエーション等の場と機会 など

出典:環境省HP「事業活動と生物多様性の関わり」を参考にNTTデータ経営研究所作成

しかし、世界的に自然劣化が進んでいるといわれており、世界の森林面積は2020年までの30年間で日本の面積の約5倍に相当する1億7,800万haが減少した[1]とされている。また、世界経済フォーラムが発行する「グローバルリスクレポート2023[2]」では、今後10年間におけるグローバルリスクの重要度の上位に自然資本に関するリスクが挙げられている(4位:生物多様性の損失や生態系の崩壊、6位:天然資源危機)。ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ教授による生物多様性の経済学に関するレビュー「ダスグプタ・レビュー」では、2020年の自然の生態系サービスの供給能力に対する人類の需要は約1.6倍ほどであり、需要が自然の供給能力を大きく上回っていることへの警鐘が鳴らされている。

自然資本の保全に向けた動向として、気候変動と同様に企業などの情報開示に向けた検討が進められている。気候変動および自然資本に関する情報開示の動向について、これまでの動きと今後の見通しを整理した。

図1 気候変動および自然資本に関する情報開示の動向

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出典:TNFD「PROPOSED TECHNICAL SCOPE」などを参考にNTTデータ経営研究所作成

気候変動については、CDP(Carbon Disclosure Project)[3]の質問書への回答を通じた情報開示の取り組みが2000年代初頭より始まったが、その後に質問書の分野に水セキュリティと森林が加わり、気候変動分野の質問書に生物多様性に関する質問が追加されるなど、対象が気候変動に留まらず自然資本に関連する内容に広がっている。また、Natural Capital Coalitionによる自然資本プロトコル[4]の開示、気候変動開示基準委員会(CDSB:Climate Disclosure Standards Board)[5]による水、生物多様性に関する情報開示のフレームワークの開示など、CDP以外にも自然資本に関する情報開示に向けた取り組みが進められてきた。

今後の自然資本に関する情報開示のフレームワークとしてスタンダードになると考えられるのが自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD :Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)である。2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でTNFDが着想され、情報開示の枠組みはタスクフォースを中心に開発が進められており、2023年9月にV1.0として最終枠組みが公表される予定である。

2.今後の企業活動への影響

先にも述べた通り、あらゆる企業活動は自然資本から得られる生態系サービスを活用して行われている。企業活動は自然資本に依存しており、また自然資本に対して影響を与えていることから、必然的に企業は自然資本の情報開示に取り組むことが求められるといえる。自然資本の情報開示についてはTNFDのフレームワークが今後スタンダードになると考えられる。その理由は大きく3つある。

1つ目は、これまでの自然資本に関する情報開示フレームワークを参照している点である。具体的には、上で述べたNatural Capital CoalitionのプロトコルやSBTs for Nature(Science-Based Targets for Nature)[6]の評価手法を参照したフレームワークの草案をすでにまとめている。

2つ目は、CDPの質問書との整合である。CDPの各分野の質問書が統合される予定であるが、その過程でTNFDが提唱している評価手法との整合を図ることとされている。

3つ目は、企業などにおける既存の情報開示の枠組みとの統合である。TNFDはGRIスタンダードやIFRS、有価証券報告書など、多くの企業が準拠している情報開示の枠組みとの統合を目指している。

このように、TNFDとこれまでの自然資本に関する情報開示のプロトコルとの整合、また既存の情報開示の枠組みとの統合が行われることから、自然資本に関する情報開示についてはTNFDがスタンダードになっていく可能性が高いと考えられる。

企業に情報開示が求められる流れとして、気候変動に関する財務情報開示フレームワークである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)においても、金融機関などからの要請や開示基準への組み込みによってTCFDへの賛同企業数が大きく増加したことからも、TNFDにおいても義務的な情報開示への組み込みにより同様の流れになることが予想される。実際に、金融庁は2023年3月期以降の有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示を要求しており、気候変動だけでなく自然資本に関する財務情報開示が求められることも十分に考えられる。2023年3月末時点でのTCFDへの賛同数は世界全体で4,334社、日本においても1,252社が賛同しているが、TNFDはすでに世界で1,000社以上が賛同している。2023年9月のTNFDの情報開示の最終枠組みが発表された後、賛同する企業を中心に財務情報開示に向けた取り組みが加速していくものと思われる。

TNFDの財務情報開示に関するフレームワークは、現在公表されている最新版のv0.4(2023年3月公表)までに、おおよその開示の枠組みが示されている。具体的には、開示が求められる項目として、ガバナンス・戦略・リスクマネジメント・指標と目標の大きく4つが挙げられており、これはTCFDのフレームワークとも共通するものである。最終枠組であるv1.0の公表はまだされていないものの、TCFDのフレームワークとの整合を図っていくことが明示されていることから、これら4つの開示項目は変わらないものと考えられる。

TCFDとの違いとして特徴的なのは、4つの開示項目について検討するための方法論である「LEAPアプローチ」が示されていることである。自然資本が気候変動と大きく異なる点として、影響が及ぶ範囲がローカルであることが挙げられる。気候変動では排出した温室効果ガスの影響は地球温暖化としてグローバルに及ぶが、自然資本では例えば水域が汚染されたとしてもその影響はその水域の周辺に限定される。そのためLEAPアプローチでは、Locateとして自然との接点を特定する段階から開始することとなっている。また、企業活動は自然資本から得られる生態系サービスを享受していることから、Evaluateで影響に加えて依存の観点も含まれていることも特徴の一つといえるだろう。

表2 TNFDフレームワーク LEAPアプローチの概要

ステップ

内容

Locate

自然との接点の特定

Evaluate

依存度と影響の診断

Assess

重要なリスクと機会の評価

Prepare

対応し報告するための準備

自然資本は気候変動対策、資源循環に続く環境の大きなイシューになると考えられている。企業としては、自然資本に関する動向やそれに対応する他企業の情報開示などの取り組み状況を踏まえて、自社がどのような対応をとるべきか意思決定する必要に迫られるだろう。

次回は、自然資本の財務情報開示におけるスタンダードとなるTNFDフレームワークの詳細について解説する。

参考文献

CDP「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)とCDP質問書」(2022年11月)

Science Based Targets Network「自然に関する科学に基づく目標設定(自然SBTs:SBTs for Nature)企業のための初期ガイダンス」(2020年9月)

Natural Capital Coalition「自然資本プロトコル」

経済産業省「第10回非財務情報の開示指針研究会資料 ISSB開示基準の審議状況について」(2022年10月)

金融審議会「「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」(2022年6月)

TNFD「The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Final Draft – Beta v0.4」(2023年3月)

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[1] 林野庁「世界森林資源評価(FRA)2020メインレポート概要」

(https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaigai/attach/pdf/index-5.pdf)

[2] 世界経済フォーラム「グローバルリスクレポート2023」

(https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023_JP.pdf)

[3] 英国の慈善団体が管理する非政府組織(NGO)で、投資家、企業、国家、地域、都市が自らの環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システムを運営する

[4] Natural Capital Coalition(本部:英国)が開発した、企業が自然資本への影響と依存度を評価し経営判断に活かすための標準化されたフレームワーク

[5] 2007年にCDPなどにより設立された機関で、環境情報を財務情報に統合し、環境に係る投資家の意思決定を促すことを主な目的としている

[6] 自然資本に関する科学的な目標設定

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株式会社NTTデータ経営研究所

社会・環境戦略コンサルティングユニット 大塚・青木・片上

Tel:03-5213-4150

E-mail:aokik@nttdata-strategy.com

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