第2回では海外の小型保険やビジネスモデルについて解説した。最終回となる今回は、少額短期保険会社の課題を紐解き、デジタル活用による今後の展望を考察する。
1.運用現場の課題と今後の展望
少額短期保険は、制度上充実した補償(保障)の提供には限度があり、結果として保険会社のような大きな保険料収入にはなりにくい特性がある。これは集客施策の選択肢も少なくなることを意味する。
一般の消費者からすれば、保険会社と少額短期保険会社の差はわかりにくく、同じ土壌で競争が起こる可能性を秘めている。当然、マーケティングの競争にもなるが、広告代理店・電通が発表した「2022年 日本の広告費」(https://www.dentsu.co.jp/news/release/2023/0224-010586.html)によると、金融・保険業界の広告費は21業種中6番目に位置する規模である。少額短期保険会社がこの規模でマーケティングを行うことはコストの観点で難しく、個社として顧客認知を高めることのハードルは高い。そうなるといわば「人の太刀で功名する」のビジネスモデルで、例えば、第2回「1.海外の少額短期保険類似保険とビジネスモデル」 で紹介したデジタルB to B to Cモデルや、保険業界の従来からのチャネルである代理店モデルをいかに展開するかが鍵になる。
すでに日本でも定着した、複数の保険会社の商品を比べて加入できるショップ型保険代理店をはじめとする乗合代理店は、多くの生損保会社の商品を扱っているが、少額短期保険を販売しようとすると別に資格が必要となり、募集人(セールス)の教育もこれまで以上に負荷が高まるため、まだ多くの代理店は少額短期保険の取り扱いに踏み込めていないものと推測される。一方、先述のとおり大手の乗合保険代理店では少額短期保険を取り扱いはじめている。(図表1)
少額短期保険会社のトップライン向上には、取扱代理店を増やす『面の戦略』が、ショップ型乗合代理店の急増期に保険会社がそうしてきたのと同様に、重要な施策になるだろう。ただし、同時に『質の戦略』も検討する必要がある。すでに多くの保険会社の商品を扱っている乗合代理店に対し、募集人が提案しやすい保険商品を開発することも必要であるし、何よりも工数の負荷を最小限にするような事務設計が重要になる。例えば申込手続きを簡素にすることで募集人の手間を取らせないだけでなく、提案中の見込客が申込を躊躇・中断するようなことをなくせば、一件当たりの手数料やインセンティブは少額でも確実にクロージングに持ち込むことができ、商談を無駄にすることも減る。こうした代理店の目線に立った商品開発、事務設計は保険会社以上にケアすべき点である。
また、多くの保険会社が行っているように、自社の商品の長所や販売方法をレクチャーするために代理店(ショップ)に足しげく訪問し、関係性も構築していくような人海戦術は、ほとんどの少額短期保険会社が単独で実施することは困難である。販売チャネルに自社商品を理解してもらうためのオンライン・オンデマンドな代理店とのタッチポイントも必要になるだろう。
トップライン向上の壁は、オペレーション構築にも影響を及ぼしかねない。例えば、少額短期保険は資金が潤沢でないことが多く、人員確保に苦戦しているケースが考えられる。このケースでは人手で品質担保することが難しく、事務ミスのリスクが高まる。このリスク解決のために、少ないリソースで効率よく業務ができるようなシステムの導入・事務設計が必要だが、フロントに比べて効果が見えにくいバックオフィスのデジタル化や自動化への投資が重荷に感じる少額短期保険会社も多いだろう。テクノロジーの進化により保険会社の業務を支援・高度化するソリューションを営業面・事務面で例に挙げると図表2のようなものがある。
今後、金融・保険業界以外でもこうしたテクノロジーが広く浸透すれば、導入コストは押し下げられ、テクノロジーそのものが進化していけば精度も向上するに違いない(例えば、AI-OCRの識字率が向上する、など)。こうなれば低いコスト負担、少ないリソースで業務品質が担保できるようになり、事業費は抑制され、ボトムライン(最終収益)も改善されていくものと想定される。こうしたテクノロジーの進化を考慮したビジネスモデル、オペレーティングモデルの設計には、テクノロジーの目利き力が大事になる。既存の少額短期保険会社だけでなく、少額短期保険への参入に躊躇している企業にこそ、外部の力を頼ってでもテクノロジーの目利き力を備え、コストを抑えた少額短期保険ビジネスを検討するべきである。
実際に、少額短期保険会社の財務状況はどのような傾向があるだろうか。保険会社(損保)の保険引き受け利益が赤字化していないかをみる指標として「コンバインド・レシオ(正味損害率と正味事業費率を合算した指標)」がある。このコンバインド・レシオが100%を下回れば黒字、上回れば赤字を意味する注1。公表ベースで、国内の大手損害保険会社3社のコンバインド・レシオを見てみると図表4のようになる。
少額短期保険会社と大手損害保険会社3社をこのコンバインド・レシオの構成要素である正味事業費率で事業の効率性を比較しようとすると、少額短期保険会社の正味事業費率の分母にあたる正味収入保険料に含まれる再保険の出再保険料、および手数料の影響で単純比較が困難であるため、本稿では便宜上、再保険を加味しない独自の指標「純粋事業比率(『営業費及び一般管理費』÷『元受収入保険料』)」で比較したい。
少額短期保険と大手損害保険会社3社の純粋事業比率を公表値ベースで確認したところ、図表5のとおり純粋事業比率の算出に必要な費目を公表している少額短期保険会社全91社が国内の大手損害保険会社3社の純粋事業比率を上回っており、業界全体の傾向として事業コストが高い傾向にあることがわかった。
この背景として、そもそも大手損害保険会社3社が膨大な事業費がかかっていたとしてもそれを凌駕する収入保険料があるのはもちろん、少額短期保険会社は立ち上がって間もない企業が多いため、インフラをはじめとする初期投資が重くのしかかっている可能性などが考えられるが、大手損害保険会社3社のフロント(営業部支店や代理店とのコミュニケーション)やバック(事務領域、本社機能)に対するデジタル化や業務効率化への取り組みも奏功しているはずである。
まとめ
少しずつ日本の生活者に浸透し始めたミニ保険・少額短期保険は、従来の保険会社が提供しなかったニッチな商品を手掛け、しかもそれは保険会社でない企業が立ち上げた少額短期保険会社によっても提供される、まさに百花繚乱のマーケットである。
従前は保険会社が他の業界企業に働きかけ、財・サービスの付加価値向上に向けて提案・サポートしてきたが、少額短期保険の制度が導入されてからは保険業界以外の企業が自ら主体となって自社の財・サービスに保険という安心によって付加価値の向上に繋げ、競争優位性を生み出せるようになった。
保険会社の目線では、今までタッチできなかったマーケット、顧客層との接点を創る手段として少額短期保険会社が立ち上がっている。iptiQの例をみても適切なマーケットに適切な商品を当てられれば数百万単位で新規契約を獲得できる可能性を秘めた世界である。
保険業界の企業である/ないに関わらず、既存顧客・見込顧客の「安心・安全」ニーズを汲み、顧客の真の課題にミートした新たなCXを描くイネーブラーとして、この少額短期保険は活用余地がある。少額短期保険を活用したビジネスモデルを興す企業がこれからも少しずつ増えていき、日本の生活者の安心・安全がより身近なものになっていくことを期待したい。
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