コラム・オピニオン 2013年09月02日
「70歳まで働いて帳尻をあわせよう ~~長寿高齢化社会の道理を考える」
山本 謙三
人口減少社会では、国民福祉は、実質GDPよりも、一人あたり実質GDP(またはGNI)の成長率で測るのが一層適切だ。しかし、高齢化の進む日本ではこれを維持することも容易でない。現役世代が生みだす付加価値を、より多くの高齢者と分かたねばならないからだ。
現役人口(15~64歳の生産年齢人口)と老年・年少人口の割合は、2010年に2:1だった。これが2060年には1:1となる。この変化は、一人当たり実質GDP成長率を年率0.4%以上押し下げる要因となる。豊かさを維持するには、生産性の引き上げとともに、就業者数の増加がどうしても必要となる。(2013年2月「高齢化、グローバリゼーション、坂の上の雲の先」参照)
就業者の増加で期待されるのは、高齢者、女性、外国人である。このうち潜在的な数の多さでは圧倒的に高齢者だ。そこで、次のように考えてみよう。現役世代の総人口に対する比率は2010年時点で63.8%だった。これを今後50年にわたり維持できるよう、現役人口の定義を毎年変えてみる。つまり現役人口の上限年齢(現在64歳)を毎年引き上げていくことで、現役人口比率の維持を考えてみる。
国立社会保障・人口問題研究所の人口推計をもとに試算すると、2060年時点の上限年齢は「74歳」とすればよいとの結果となった。すなわち、50年後にみなが今より10年長く働いていれば、他の条件一定でも一人当たり実質GDP成長率を維持できる計算となる。
以上は今後50年間を見据えてのことである。したがって、計算上は5年ごとに1歳ずつ繰り上げていけばよいことになる。しかし、日本の財政はすでに行き詰まっている。これを踏まえれば、とりあえずは「70歳までみなが働く社会づくり」を目指すのが適切だろう。
参考:年齢3区分別人口の推移
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計(2012年1月推計)」を基にNTTデータ経営研究所が作成
(注)点線は、現役人口の総人口に対する比率が2010年時点(63.8%)比不変となるよう、現役・老年人口の年齢定義(=現役人口の上限年齢、老年人口の下限年齢)を変更していく場合の経路。2060年時点の現役人口は15~74歳(人口比率63.8%)、老年人口は75歳以上(同27.1%)となる。
「70歳まで働く」というのは一見過酷にみえるが、二つの意味で自然である。
第1に、長寿化の進展とともに健康寿命が伸びている。わが国の健康寿命(日常生活に制約のない期間の平均)は、男女ともすでに70歳を超えている(厚生労働科学研究「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究(平成23~24年度)」)。
また、働くこと自体が健康を増進する効果もある。たとえば、一人あたり老人医療費が少ない地域を都道府県別にみると、上位は岩手、新潟、長野など、農業のさかんな県が並ぶ。これは、働き続けることが健康増進に寄与することを示唆しているのではないか。ちなみに、農業従事者で最も多い年齢層は70~74歳、次いで75~79歳である。
第2に、現行の年金制度がいつまでももつとは考えにくい。社会保障制度改革国民会議報告書(2013年8月)は、年金支給開始年齢の引き上げを中長期的課題とした。しかし、現役人口比率が年々低下し、50年後に1/2となることを踏まえれば、基礎年金の国庫負担1/2自体が相当な重荷になるはずである。年金制度見直しの議論は避けて通れまい。
大事なことは、高齢者が働きやすい環境を整えることである。たとえば、現状高齢者に対する求人は少ないとされる。一方、介護の現場では大幅な人手不足が続いている。そうであれば、高齢者が介護の現場に入りやすいよう、介護用機械の開発や導入を支援することが重要である。
他方、企業に高齢従業員の雇用をこれ以上義務付けることには慎重でなければならない。バブル崩壊後、民間企業が苦しんできたのは、終身雇用や年功序列型賃金といった慣行の存在だった。これが、多くの企業で正規雇用に対する躊躇を生んだ。高齢者雇用の義務付けは、賃金抑制など若年層へのしわ寄せを生みかねない。重要なのは労働市場の硬直性を取り除くことであり、高齢者に対しては、求人・求職データベースの充実や技能向上・資格取得のサポートで就労を支援することである。
「70歳まで働く」というのは、いうなれば高齢化・長寿化の帳尻合わせにすぎない。言い換えれば長寿高齢社会の道理である。もちろん過渡的には、痛みはゼロとはいかないだろう。しかし、痛みを軽減する知恵をしぼりながら道理にかなった社会にしていくことが、日本経済の課題克服への第一歩となるはずだ。
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