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コラム・オピニオン 2013年02月28日

「高齢化、グローバリゼーション、坂の上の雲の先」

取締役会長 兼 金融システム研究所所長
山本 謙三


 十数年前、通勤電車から見慣れた風景がとつぜんかわった。結婚式場がまえぶれなく葬儀場にかわったのである。高齢化社会のはじまりだった。

 昨春、バンコクの空港ターミナルで、中東系の人々が液晶テレビを2、3台かかえながら行き来するのを目撃した。グローバリゼーションはアジア各地で開花していた。

 高齢化・人口減少とグローバリゼーションは、日本経済が直面する最大の環境変化である。

高齢化~2060年の最大勢力は80歳代女性

 将来人口推計によると、2060年に最も人口の多い男女別年齢層は85~89歳女性となる(図表1)。これに次ぐのは80~84 歳女性、75~79歳女性である。年金、医療費などの現行制度が、いつまでももつはずがない。

図表1:人口ピラミッドの変化(出生中位・死亡中位に基づく推計)

図表1:人口ピラミッドの変化(出生中位・死亡中位に基づく推計)

出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計(2012年1月推計)」を基にNTTデータ経営研究所が作成


 生産年齢人口(15~64 歳)は、2060年までの50年間に年率1・2%強のペースで減少する。マクロ経済の視点からみると、仮にこの年齢層だけが生産活動に従事するとすれば、年率1・2%強の速さで生産性(付加価値生産性)が向上しないと、実質GDPを維持できない。ちなみに、2000年から10年間の生産性上昇率は年率0・8%だった。これでも他の主要先進国と遜色がない。実質GDPの維持は、そうたやすいことではない。

 では、国民一人あたりの実質GDPはどうか。2010年現在、生産年齢層2人で1人の高齢者・子供を支えている。これが2060年には1人で1人を支えなければならなくなる。したがって、一人あたり実質GDPを維持するのもたいへんだ。試算すると、年率0・4%台の生産性向上が必要となる。可能な数字だが、安易にうけとめることはできない。

 2060年はずいぶん先のことのようにみえる。しかし、わが国の人口動態はすでにこのピラミッドに向かって突き進んでいる。なすべき方向ははっきりしている。働く人の数を増やすことと、経済の新陳代謝や制度の改革で生産性を引き上げることの2点である。

グローバリゼーション~進展する開発部署の国際分散配置

 世界経済のグローバリゼーションはめざましい。最近の特徴は、多くの企業が、生産拠点だけでなく研究・開発部署の国際的な分散配置を進めていることである。この結果、新興国でも現地や他新興国向けの製品が活発に開発されるようになった。なかにはリバース・イノベーションと呼ばれる現象も生まれている。新たな開発がまず新興国で行われ、富裕国に逆流する現象だ。

 この間、世界全体の実質GDP成長率に占める新興国の寄与は、90年代の3分の1から2000年代には3分の2まで高まった。先進国でも対外直接投資からの配当収入が増えており、グローバリゼーションの恩恵は大きい。

環境変化に対応したビジネスフィールドの開拓を

 こうした環境変化は悲観視すべきものではない。変化と制約あってこその「経済」だ。

 一例として介護をとりあげてみよう。要介護のお年寄りが増え、現場の人手不足は増す一方だ。そこで、もし介護補助のためのより高度な機械が開発できれば、高齢者や女性が介護の現場で働きやすくなる。そうなれば、働く人の数の増加と生産性の向上という、日本経済の課題克服への道筋もみえてこよう。こうしたビジネスフィールドの開拓こそが、日本企業にとってのアドバンテージとなるはずだ。

 第一に、高齢化に伴うニーズにはかぎりない広がりがある。医療・介護のほか、宅配、ペット、旅行、スポーツジムなどの一般消費関連、相続関連など、高齢化に伴うニーズは広範にわたる。

 また、高齢化は都市部に人々を集積する力をもつ。とくに地方大都市の吸引力は大きい。人口移動報告をみると、東京圏、名古屋の大都市は10、20歳代の大幅流入超のあと30歳代以降流出超となるが、そのほかの15大都市はほぼすべての年齢層にわたり流入超がつづく(図表2)。年齢を重ねるにつれて、住居地選びの決め手が、故郷への近さとともに、病院へのかよいやすさや雪かきなどの負担軽減に移ることがわかる。そうであれば、地方大都市を含めた都市中心部の「街づくり」に、あらたな需要が生まれてくるはずだ。

図表2:20大都市の人口転出入超過数(2011年・人)

図表2:20大都市の人口転出入超過数(2011年・人)

※脚注1:東京都特別区部、千葉市、横浜市、川崎市、名古屋市
※脚注2:札幌市、仙台市、さいたま市、相模原市、新潟市、静岡市、浜松市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、岡山市、広島市、北九州市、福岡市

出典:総務省「住民基本台帳人口移動報告」(2012年4月)を基にNTTデータ経営研究所が作成


 第二に、国民一人あたりの利用できる資源の量が増える。総人口の減少は、将来の有効需要の減少を意味する一方で、一人あたりが利用できる資源の量が増えることを意味する。これを有効に活用しない手はない。

 たとえば農地。農業経営統計調査(稲作)では、作付面積が広ければ広いほど、農業経営関与者一人あたりの収益性は高まる結果となっている。土地の形状などに制約はあるにせよ、生産年齢人口の減少に応じて一人あたりの作付面積を増やせれば、生産性向上の可能性が高まる。

 第三に、グローバリゼーションは日本企業に有利に働く。グローバリゼーションの波はすでにわが国経済にも及んでいるが、日本のグローバル化の水準はまだまだ低い。輸出入の海外依存度も対内外直接投資の残高も、世界的にみれば低水準だ。逆にいえば、グローバリゼーションの波をとりこむ余地はそれだけ大きいようにみえる。

 国連の人口推計によると、世界の総人口は今後もインド、中東、アフリカを中心に増加し、2060年には現在の4割増の96億人に達する。一方、中国、韓国をはじめ、東アジア、東南アジアの諸国は、日本を追いかけるかたちで順繰りに高齢化していく(図表3)。日本企業が高齢化社会でのビジネスモデルをいち早くつくりあげることができれば、アジア地域にこれを広げるチャンスが生まれる。

図表3:アジア各国の逆従属人口比率(20/65)の推移

図表3:アジア各国の逆従属人口比率(20/65)の推移

※脚注1:将来推計人口は中位推計による
※脚注2:生産年齢人口は、このグラフでは20歳以上64歳以下の人口としている

出典:国連世界人口推計2010年版を基にNTTデータ経営研究所が作成


金融機関は「顧客をまるごと深くみる力」を

 では、金融機関はどうか。わが国金融機関も環境変化に応じて活動分野を広げている。海外M&A関連融資の伸びはいちじるしい。相続対策を兼ねた老人ホーム建設等の関連融資も活発だ。事業承継やビジネスマッチングへの積極的な取り組みも目立つ。しかし、企業や家計の直面する環境変化が大きいだけに、金融機関にも一層の体制強化が求められる。

 第一に、その際の検討の出発点は、やはり「顧客をまるごと深くみる力」の強化ではないか。バブル期以前、金融機関は顧客との密接な情報交換をもとに、その実態を継続的に把握し、ときに早めに関与して再生の手助けや事業縮小の提案を行っていた。残念ながらその力は、不動産バブルや国際的なバブルの過程で後退したようにみえる。リーマン後多くの金融機関が「顧客取引重視への回帰」を標榜するのも、そうしたことへの危機感のあらわれではないか。

 これは企業取引にかぎったものではない。家計や地方公共団体との取引あるいは有価証券投資であっても、取引先や投資先をまるごと深くみる力が必要だ。「入札して、落札して、あとは知らない」では困る。

 第二に、そのためにはまず人材の育成である。実務に裏打ちされた経験。顧客に一歩先んじる業界・市場知識。個別企業の実情を把握する洞察力。これらを備えた人材が必要だ。

 中小企業取引であれば、現場に足しげくかよい経営トップと面談することが、深い洞察力の拠りどころとなる。海外企業取引であれば、多国籍の職員による異なる見方のせめぎあいが、顧客の「声」に対する感度の引き上げにつながろう。

 第三に、顧客の事業を支援するためのシステムやネットワークの整備である。金融機関として、どのようなサポートを行えば顧客に本業に専念してもらうことができるか。どのようなサービスが顧客の生産性向上につながるか。これらを探求することが大事だ。

 財務や税務にかかる事務のシステムサポート、決済をはじめとするトランザクションバンキングの強化、グローバルネットワーク網の整備など、課題にはこと欠かない。

そして経済の新陳代謝の促進を

 これらを通じて、金融機関には経済の新陳代謝に貢献することも期待されている。今後の環境変化が大がかりなものだけに、経済の新陳代謝なしに国民の生活水準を維持することはできない。金融機関は、事業を見極める力をみがき、再生できるものは企業とともに再生し、縮小すべきものは企業とともに円滑に縮小させることが重要だ。

 信用保証に多くを依存した審査では、この機能がなかなか働かない。ちなみに、昨年度のわが国金融機関の信用コスト率は、不動産バブル後期並みの低水準にあった。世界経済の低迷にもかかわらず、こうした水準が維持されたことは、よろこぶべきというよりは、新陳代謝の遅れを反映したものと慎重にうけとめるべきだろう。


 明治以来歩き続けてようやく坂の上にたどりついたものの、厚い雲におおわれ、その先がよく見えない。それが、高齢化とグローバリゼーションに直面する私たちの実感ではないか。

 しかし、雲が晴れたときには、私たちの次の世代がやはり次の高みをめざして歩みを進めていることだろう。そのためには、新陳代謝を躊躇したり、制度改革に手をこまぬくわけにはいかない。今は過去の成長体験にとらわれず、将来を冷静にみすえて行動をおこす時だ。その鍵は、民間企業と金融機関がにぎっている。


(『情報未来』No.39 2013年2月号より)

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