はじめに
陸上電力供給(以下、陸電)はCO2を削減することができる。ではその削減のために、誰が対価を払うのか。本稿の試算によれば、国内の排出量取引制度(GX-ETS)による炭素価格から換算したCO2削減の価値は1kWhあたり0.9円1である。これに対してEUの陸電規則の要求を違反した際に船舶管理会社などに科される罰金は1.50ユーロ、日本円に換算すると約280円である。300倍を超える差は、現在EUで船舶側の投資を促しているのが炭素価格だけではないことを示している。今回はその構造を分解する。
1 筆者試算。補機0.64 kg-CO2/kWhと系統平均0.423の差0.22 kg/kWhに、参考上限取引価格4,300円/t-CO2を適用。前提は後掲の脚注に示す。
1.CO2排出の境界の引き方で、主体にとっての重要度が変わる
神戸港の港湾脱炭素化推進計画によれば、2021年度のターミナル内および出入船舶・車両からのCO2排出量は約22万6千トンで、そのうち約19万6千トンが出入船舶・車両である。停泊中の船舶はその主要な発生源とされる2。港湾全体のCO2排出量で見れば、停泊中の船舶は大きな割合を占める排出源である。
ところが同じ排出を1TEU(20フィートコンテナ換算で1個分)の輸送フットプリントで割ると、航海全体の数%にしかならない3。
境界を「港湾」で引いている人にとっては最大の排出源である一方、「貨物の旅程」で引いている人にとっては端数である。港湾管理者にとっては切実な数字が、荷主には誤差にしか見えない。同じ排出であるのに、関心の強さが桁違いである。
2.陸電ではボイラーが満たしている熱需要を代替できない
さらに、見落とされやすい制約がある。DNVの白書によれば、在港中の燃料消費の最大40%はボイラー由来である。ボイラーは、暖房、給湯、タンク洗浄、貨物の加温、貨物ポンプなどの用途で使われる。これらは熱需要であって、陸電では代替できない。また油焚きボイラーは熱効率が高く、電化する合理性も薄い4。
同じ白書の推計では、ボイラーを除いた在港中の燃料が総燃料に占める割合は、クルーズ船で約9%、コンテナ船や貨物船では2〜4%にとどまる。世界の船隊全体で見ても、陸電による燃料削減ポテンシャルは約3.5%である5。1TEUあたりに換算した削減量は、荷主が調達の判断を変えるほどの大きさにならない。
4 DNV, Shore Power in Shipping(White Paper, 2026)。在港燃料消費の最大40%はボイラー由来で、熱需要のため陸電では代替できない。
5 前掲DNV白書。ボイラーを除く在港燃料の割合はクルーズ船約9%、貨物船2〜4%。世界の船隊の燃料削減ポテンシャルは約3.5%。
3.CO2削減の費用を負担している主体
ここまで見てきたように、陸電によるCO2削減の重要度は立場によって異なり、削減できる範囲にも限りがある。では、こうしたCO2削減のために必要となる費用を、実際に誰が負担しているのか。以下では、現在の主に費用を負担している主体と、それぞれが費用を負担する動機を整理する。
国
港湾管理者と地域
CO2削減の費用を負担する動機は、CO2そのものではなく港湾の競争力と、地域自身の削減目標の達成である。臨海部に工業地帯を持つ都市では、港湾の脱炭素が地域の目標達成に直結する。ただしこちらも費用を負担するのは設備までで、電気料金は対象にならない。
船社
陸電を行う理由はCO2ではない。補機の稼働時間が減ることによる整備費と潤滑油の実費削減、年間燃料消費の減少による燃費格付け(CII)の改善8、船舶ファイナンスの条件、そして欧州対応と船舶側の仕様を船隊全体で統一できることである。
クルーズ船社
クルーズ船の乗客が煙突から排出される煙をどう評価するかと、欧州における寄港が大きい。CO2削減より、騒音や大気汚染の規制で港に入れなくなることのほうが重い。ただし隻数は貨物船に比べて少なく、全体に及ぶ影響は限られる。
荷主
CO2削減のための費用を唯一、自発的に負担し得る主体だが、その動機は薄い。脱炭素にかける予算は1円あたり貨物が何kg動くかで配分されるため、停泊中の小さな量より燃料側の対策が選ばれる。
上述の費用負担者に共通するのは、設備費には支払者がいるのに、運転費にはいないという偏りである。港湾における船舶のCO2削減のために用意されている支援は初期投資に対するものであって、負荷率という構造的な高コストを受け止める仕組みは、いまのところ存在しない。
同じことが、系統側の費用にも当てはまる。特別高圧の引込みに伴う工事費負担金は、託送供給等約款上では受電する側が負担する9。決めるべきは、その受電契約の名義を港湾管理者とターミナル事業者のどちらが持つのか、そして負担した費用を港湾料金、施設利用料、電気料金のいずれに転嫁するのかである。なお2026年4月からは、配電系統に連系する高圧設備について、接続検討の申込みの時点で上位系統の増強の受容性と工事費負担金の上限額が示される運用が始まっている10。
6 環境省「『港湾における脱炭素化促進事業』の公募について」(二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金の一部)。陸電設備と荷役機械の電動化を支援。
7 国土交通省「令和7年度税制改正概要」(令和6年12月)。港湾運営会社が補助を受け港湾脱炭素化促進事業により取得した陸電設備は、取得後3年間、課税標準を3分の2に軽減。
8 CIIは燃費実績に基づく船舶の格付けで、IMOの制度としてA〜Eの5段階で評価される。在港中の燃料消費も年間の実績に含まれる。
9 工事費負担金は一般送配電事業者の託送供給等約款に基づき、接続を希望する需要家が負担する。
10 資源エネルギー庁 次世代電力系統ワーキンググループ「系統用蓄電池をはじめとする発電等設備の迅速な系統連系に向けた対応について」(2026年2月9日)。2026年4月からの運用変更で、工事費負担金の上限額等を提示。
4.日本寄港中の船舶から排出されるCO2の削減量には、対価が付いていない
前章では、陸電によるCO2削減費用を負担する主体を整理した。では、なぜ設備費以外の費用を負担する主体が見つかりにくいのか。その背景には、日本寄港中の船舶が停泊中に排出するCO2が、主要な排出量算定・取引制度の対象外となっていることがある。
国別インベントリの外
国際海運の燃料に由来する排出は、各国の排出総量から切り離され、国際線の航空燃料とともに別枠で集計される11。
国内の排出量取引制度の外
2026年4月施行の改正GX推進法により排出量取引への参加が義務化されるが、対象は直接排出量が年10万トン以上の国内事業者である。外国船社が日本で停泊中に排出するCO2は対象に含まれない12。
EU 排出量取引制度(ETS)の外
EU域外の港における停泊中のCO2排出は算定されない。そのため、日本で陸電を利用して停泊中のCO2排出を削減しても、EU ETSにおける費用は減らない。
このように、日本の港に停泊中の船舶が排出するCO2は、主要な排出量算定・取引制度の対象外となっており、その削減に対する経済的な対価も生まれにくい。支払者が見つかっていない範囲と、どの制度の中心にも入らない範囲は、ほぼ重なっている。国別インベントリの外にあるため温暖化対策の主要な計数から外れ、電気事業の制度の中では負荷率の低い需要として扱われ、港湾の計画の中では一行書かれるにとどまるケースが多い。
11 国際海運と国際航空の燃料に由来する排出は、UNFCCCの報告様式では参考項目として別掲され、各国の総排出量には含まれない。
12 改正GX推進法は2026年4月1日施行。第2フェーズでは直近3か年度平均の直接排出量が年10万トン以上の事業者に参加義務。
5.炭素価格では、陸電費用を賄えない
では炭素価格が付けば解決するのか。数字で確認してみたい。国内の排出量取引について示された2026年度の水準は、参考上限取引価格がCO2排出量1トンあたり4,300円、調整基準取引価格が1,700円である13。
第1回で触れたとおり、CO2削減量は陸電使用時の電源構成に依存する。補機の排出係数を約0.64 kg-CO2/kWh、系統の全国平均を0.423 kg-CO2/kWhとすると、CO2削減量は0.22 kg/kWhとなる。補機の燃費の置き方により、この値には前後10%程度の幅がある。参考上限取引価格を当ててもCO2削減の価値は1kWhあたり0.9円にすぎない。ゼロエミッション電力を使えば削減は0.64 kg/kWhになるが、それでも2.7円、EU ETS並みの価格を当てても10円程度である14。
第2回で見た1kWhあたり数十円のコスト差に対して、炭素価格によるCO2削減の価値は小さい。
13 経済産業省「産業構造審議会 排出量取引制度小委員会 中間整理~排出枠の割当ての実施指針等に関する事項~」(2025年12月19日)。2026年度は参考上限取引価格4,300円、調整基準取引価格1,700円/t-CO2。
14 係数の根拠。軽油の排出係数3.206 t-CO2/tはIMOのEEDI計算ガイドライン(MEPC.364(79))による。補機の燃費200 g/kWhは筆者の仮定。
6.EUでは、同じ論点がどうなったか
対照的なのがEUである。FuelEU Maritimeの罰金は非適合エネルギー使用量あたり1.50ユーロ/kWh、日本円で約280円である15。前章で示した国内の排出量取引制度における国内の炭素価格から換算したCO2削減の価値と比べると、300倍を超える。
この差が判断に何をもたらすかは、試算に表れている。図表1は15,000TEU(20フィートコンテナ換算で15,000個分)のコンテナ船をアジア欧州航路に就航させ、2026年から2040年までの累計費用を比べたモデルである16。
【図表1】コンテナ船の累計費用モデルの比較(2026~2040)

ここから二つのことが読める。ひとつは、陸電設備を装備しない場合の費用の91%が罰金であり、排出量取引にかかる費用は3%にすぎないこと。もうひとつは、陸電に切り替えるとエネルギー費用が1.47百万ユーロから4.46百万ユーロへ、約3倍に増えるという事実である。
この試算の上では、陸電は割高である。一方、陸電を利用することで累計費用総額が約8割減少しており、その主な要因は罰金の回避である。
ただし、この比較はEUの制度設計の下での費用の内訳であり、罰金以外の要因が働かないという意味ではない。補助や港湾料金の差別化、荷主からの要請、船隊全体での仕様統一による便益も同時に作用する。ここで言えるのは、費用の規模として罰金が支配的であり、現在の炭素価格から換算したCO2削減の価値は、それと比べものにならないほど小さいということである。
15 Regulation (EU) 2023/1805(FuelEU Maritime)第6条および附属書。罰金は非適合エネルギー使用量あたり1.50ユーロ/kWh。1ユーロ185円で換算。
16 脚注4参照。15,000TEU船がアジア欧州航路に就く前提の2026〜2040年累計費用モデル。単位は百万ユーロ。
7.対価は、いまのところ制度側にある
以上を整理すると、現時点でCO2排出量の削減に対価を付けられる手段として、以下の三つが挙げられる。排出量取引における炭素価格は、前章で見たとおり、陸電のコスト差を埋めるには十分ではないため、以下には含まれない。
第一 … 補助と税制
初期投資への支援。すでに存在するが、運転費には届いていない。
第二 … 港湾料金のインセンティブ
陸電を使う船舶の入港料や岸壁使用料を差別化する仕組み。義務がない状況において、実質的な需要創出の手段になり得る。
第三 … 使用義務
EUのFuelEU Maritimeに相当するもの。
第二については、すでに動いている港湾がある。神戸港は港湾脱炭素化推進計画のなかで、環境配慮型船舶に対するインセンティブの導入を2021年からの事業として位置づけている。国際的な認証プログラムを用いて、環境性能の高い船舶に入港料等の優遇を与える仕組みである17。同計画には、新港第1突堤と新港東ふ頭への陸電設備の導入と、陸電に使用する再生可能エネルギー由来電力の導入も、港湾管理者を実施主体とする事業として記載されている18。設備とインセンティブを同じ計画のなかに位置づけた例である。
この三つはいずれも制度側にあり、しかもそれぞれ別の制度に属している。第一と第二は補助と港湾に関する制度、第三は法令による義務、そして第2回と第3回で見た料金と系統は電気事業の制度と一般送配電事業者の領域にある。一つの主体だけですべてを動かせる構造ではない。
17 脚注2参照(表4)。ESIおよびグリーンアウォードによる環境配慮型船舶へのインセンティブを2021年からの事業とする。
18 脚注17参照。新港第1突堤と新港東ふ頭への陸電導入(2基、2023年〜、削減量200トン/年)を記載。
おわりに
排出量取引における炭素価格は、陸電の費用を埋める水準に届かない。現時点でCO2削減に対価を付けられるのは、「補助と税制」「港湾料金のインセンティブ」「使用義務」という、いずれも制度側にある3つの手段である。
ただし、これは現時点の整理である。低排出の輸送を商品として荷主に販売し、その対価を運賃や物流サービスの価格に織り込む形が広がれば、制度の外にも対価は生まれる。現時点では、そうした市場が十分に形成されていないということである
料金、系統、対価。3つの論点はいずれも複数の制度や主体にまたがるという共通点がある。第5回では、その共通点を整理したうえで、義務化の前に詰めておきたい5つの論点を示したい。
本稿の数値は公開情報および本文・脚注に記した仮定に基づく試算である。制度は改正され得るため、最新の一次情報を確認されたい。

