はじめに
接岸中の船舶は、停泊中も照明や空調などに電力を必要とするため、船内の補助エンジンで発電し続けている。船内で必要な電力を陸から供給される電力で置き換えるのが、陸上電力供給、いわゆる「陸電」である。
技術自体は40年前から存在し、規制の外圧も働き始めている。それでも導入が広がらない理由は、どこか一つの業界を見ても見つからない。陸電は、海運業界にとっても、港湾業界にとっても、電力業界にとっても、本業の周辺にあるテーマである。だからこそ、一者が抱え込むのではなく、それぞれの立場が持つ情報と論点を持ち寄って検討を進めるほうが早い。
2026年の春は、脱炭素の制度が続けて動いた時期だった。4月には改正法の施行により排出量取引が第2フェーズに入り、一定規模以上の事業者に参加が義務づけられた1 。同年5月には、港湾の脱炭素化を支援する補助事業の公募が始まった2。そして3月から4月にかけて、千葉港・木更津港、横浜港、名古屋港、大阪港といった主要港で、港湾脱炭素化推進計画の改定が相次いだ3。
取り組みが期待されるのは、停泊中の船舶に陸から電気を供給する「陸上電力供給」である。
本連載は、陸電の普及に向けた論点を5回に分けて分析していく。結論を先に言えば、陸電が進まないのは、既存制度が設計された時点で、陸電という電力の使い方が十分に想定されていなかったからである。
1 改正GX推進法は2026年4月1日施行。第2フェーズでは直近3か年度平均の直接排出量が年10万トン以上の事業者に参加義務。経済産業省「産業構造審議会 排出量取引制度小委員会 中間整理~排出枠の割当ての実施指針等に関する事項~」(2025年12月19日)
2 環境省「『港湾における脱炭素化促進事業』の公募について」(二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金の一部)。公募は2026年5月21日から10月30日まで。陸電と荷役機械の電動化を同一の事業で支援する。
3 各港の港湾脱炭素化推進計画による。千葉港・木更津港と横浜港は2025年3月策定、名古屋港と大阪港等は2024年3月策定。いずれも2026年に変更または改訂。
1.停泊中の船舶から排出されるCO2が港湾へ与える影響
まず、なぜ陸電が話題になるのかを確認しておきたい。神戸港の港湾脱炭素化推進計画によれば、2021年度のターミナル内および出入船舶・車両からのCO2排出量は約22万6千トンと推計されている。そのうちターミナル内の荷役機械や施設が約3万トン、残る約19万6千トンが出入船舶・車両である4。
つまり排出の大半は、ターミナルの設備ではなく、そこに出入りする船舶と車両から出ている。船舶は接岸しても発電を止められない。照明、空調、冷凍コンテナ、荷役の電源、乗組員の生活などに電力が必要で、そのすべてを船内の補助エンジンが賄っている。荷役が終わるまで数時間から数十時間、ディーゼル発電機は回り続ける。
これは神戸港に限った話ではない。国土交通省港湾局が示した内訳では、港湾区域・臨港地区における温室効果ガス排出量のうち停泊中の船舶が約30%を占め、コンテナ貨物の背後圏輸送20%や荷役機械17%を上回って最大の区分となっている5。港湾全体で見ても、ターミナル単位で見ても、停泊中の船舶からの排出は無視できない位置にある。
陸から電気を供給すれば、停泊中に船内での発電は不要になる。船舶の受電盤に陸側のケーブルをつなぎ、補機を止めるだけである。ただしCO2の削減幅は送られてくる電気の中身に左右されるため、陸電は排出をゼロにする技術ではなく、発電の場所と電源構成を選び直す技術ともいえる。
4 神戸市「神戸港港湾脱炭素化推進計画」(2025年3月、表2)。2021年度はターミナル内29,800トン、出入船舶・車両195,800トン(いずれもt-CO2/年)。
5 国土交通省港湾局海洋・環境課「陸上電力供給設備の導入促進」(「港湾」2022年7月号)。内訳は停泊中船舶30%、背後圏輸送20%、荷役機械17%等。
2.動きだす海運業界と強まる外圧
なかなか導入が広がらなかった陸電ではあるが、海運業界は、近年少しずつ動き始めている。DNV6が2026年に公表した白書「Shore power in shipping」によれば、世界の船隊11万6千隻のうち高圧陸電接続を備える船舶は4%にとどまる。一方、コンテナ船では20%、クルーズ船では29%に達する。さらに新造コンテナ船の装備率は2022年の30%から2025年には63%へ上昇した7。
高圧陸電接続の普及を促しているのは市場ではなく規制である。EUは、FuelEU Maritimeにより、2030年からTEN-T主要港に寄港する総トン数5,000トン(GT)超のコンテナ船・旅客船(クルーズ船やRoPax船8を含む)に陸電の使用を義務づける。2035年には陸電設備を備える全EU域内の港に広がる9 。
米国でも、カリフォルニア州がEUに先行して停泊中の船舶からの排出削減に向けた規制を導入している。同州では、以前から対象となる船舶について、寄港時に陸電の使用などによる排出削減基準の遵守を求めてきた10。
中国では、2025年5月に改正された管理弁法により、技術的に高圧陸電接続が可能な船舶が沿岸港で3時間を超えて停泊する場合、陸電への接続が義務づけられた。高圧陸電接続のための船側設備の設置義務は中国籍船に限られるが、接続の義務は外国籍船にも及ぶ。そのため、日中航路やアジア域内航路に就く船舶はすでにこの義務の対象となっている11。
6 第三者認証機関、オイル&ガスセクターにおけるリスクマネジメント、船級協会、風力/電力送配電分野のエキスパートを主とするサービスプロバイダーとして活動を行う国際機関。Webサイト:https://www.dnv.jp/
7 DNV, Shore Power in Shipping(White Paper, 2026)。Clarksons Researchの2026年4月時点で船隊116,000隻中4,136隻。
8 車両と旅客を同時に輸送できるフェリーの一種
9 Regulation (EU) 2023/1805(FuelEU Maritime)第6条および附属書。港側の整備義務はRegulation (EU) 2023/1804(AFIR)第9条による。
10 California Air Resources Board, 2020 At-Berth Regulation。2023年にコンテナ船等、2025年にRoRo船等へ適用が拡大した。
11 中華人民共和国交通運輸部「港口和船舶岸電管理弁法」2025年5月13日改正。沿岸港で3時間超の停泊が対象。あわせて海洋環境保護法第88条。
3.主要港・重要港で進む港湾脱炭素化推進計画の策定
では日本国内はどうか。重要港湾以上の125港のうち、約75港が港湾脱炭素化推進計画を策定済みである。東京港、横浜港、名古屋港、神戸港、北九州港、博多港といった主要港はいずれも策定している12。
また、2022年12月施行の改正港湾法により、この計画は港湾法第50条の2に基づく法定計画となり、港湾管理者は同法第50条の3の協議会での検討を踏まえて計画を策定することとされた13 。コンテナターミナルの脱炭素化を評価する認証制度も2025年3月に創設され、同年6月から申請の受付が始まり、すでに認証書の交付も行われている14。
このように、港湾の脱炭素化に向けた枠組みは想像以上に整備が進んでおり、陸電もその計画の中に確かに書き込まれている。
一方で、設備の整備は追いついていない。国土交通省港湾局の調査によれば、2021年5月時点で国内における陸上電力供給設備の導入は小型船等が中心であり、大型船への導入実績がない状況であった15。その後、横浜市港湾局が2024年に本牧ふ頭A-4岸壁へ、公共ふ頭向けとしては国内初となる周波数変換装置を備えた陸上電力供給システムを発注している16。
では、本格的に陸電を導入する場合、電力系統の容量は確保できるのか。 契約電力はいくらになるのか。特別高圧の引込みに必要な工事費負担金は誰が負担するのか。電気料金の高さを誰がどう吸収するのか。計画書の多くは、基本方針、目標、排出量の推計に充てられているが、具体的な事業と実施主体の記載は限られており、今後具体化が求められる。
12 国土交通省港湾局「カーボンニュートラルポート(CNP)の形成」の作成状況(2026年8月時点)。母数は重要港湾以上の125港で、策定済み港数は概数。
13 国土交通省「『港湾法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令』等を閣議決定」(2022年12月9日)。2022年12月施行の改正港湾法により、港湾脱炭素化推進計画が港湾法第50条の2に基づく法定計画となった。協議会は同法第50条の3。
14 国土交通省「CNP認証(コンテナターミナル)」。2025年3月創設、同年6月30日に申請受付開始。最新は国土交通省港湾局「港湾のターミナルの脱炭素化の取組に関する認証制度ガイドライン第3版」(2026年4月)。
15 脚注5参照。2021年5月時点で導入は小型船等が中心であり、大型船への実績がないとしている。
16 弘電社・三菱電機・東芝三菱電機産業システムのプレスリリース「日本初、周波数変換装置を備えた公共ふ頭向け陸上電力供給システムを受注」(2024年1月22日)。公共ふ頭向けで周波数変換装置を備えたものとしては国内初とされる。
4.既存制度の想定の外にある陸電
なぜ、港湾脱炭素化推進計画書に具体的な記載が書かれていないのか。それは、陸電が3つの制度にまたがって存在しているからである。
(1)電気の売買
船舶に電気を供給して対価を得る行為は、原則として電気事業法上の小売供給に当たる。一方、一(いち)需要場所内での受電実態があれば規制の対象外とする整理もあり、公共ふ頭で港湾管理者が小型船に給電する例もある17。ターミナル運営者が他社船に高圧で供給する形がどれに当たるかは、事業の形を決める前に確認しておきたい点である。
(2)港湾施設の運用
岸壁に陸上電力供給設備を置き、船舶の着岸に合わせて運用する。同設備は、港湾法第50条の2に基づく港湾脱炭素化推進計画に位置づけられ、補助と税制の特例もこれに結びついている。
(3)船舶の設備
陸上電力供給を受けるには、船舶側に受電盤と保護装置を持ち、国際標準と船級の要件に従う必要がある。また、こうした陸電対応設備を船舶に追加するための改造工事は、ドック入りの周期も踏まえて行う必要がある。
これら3つの制度は、いずれも現在のような陸電という使い方が存在しない時代に設計されている。そのため、陸電の論点は、どの制度の中心にも入らず、その境界に落ちる。どの制度も自らの範囲では整合的に設計されているが、陸電がその範囲の外に置かれているという状況である。
17 経済産業省「電力の小売営業に関する指針」(令和8年3月31日最終改定)2(1)ア・ウ、2(3)ア。受電実態を有する者からの提供は規制の対象外とされる。
5.EUは陸電の義務化では先行しているが、実質的な普及は道半ば
ここで参考になるのが、義務化に先に踏み込んだEUの経験である。EUは2030年からの陸電使用義務と、港側の整備義務を並行して導入した。制度としては最も進んでいるが、進み方は順調ではない。制度を実際に運用するなかで、当初想定されていなかった論点が、一つずつ浮上したからである。
料金の論点
エネルギー課税指令では、停泊中の船内で発電するための燃料が免税とされる一方、陸から送る電力は通常税率で課税される。陸電に適用される電力に対し、通常の税率を課すと、陸電の普及が進まなくなる。これを是正する手段は欧州連合理事会(Council of the European Union)の全会一致による個別の許可しかない。スウェーデンとドイツは2011年に最初の許可を得て以降、期限ごとに申請を繰り返し、いまも2020年代後半までの許可で陸電に係る軽減税率を適用することとしている。許可の条文には、理事会が一般的な規定を採択した時点で適用を停止すると書かれている18。恒久措置を待ちながら、暫定措置を更新し続けている状態である。
系統の論点
港側の設備が間に合わなければ、その寄港する船舶は陸電を使う義務が免除される。一方、設備の整備には年単位の時間がかかる。その後、免除を使える回数に上限が設けられ、2035年以降は寄港回数の10%か10回のいずれか少ない方までとされた19。こちらも、料金と同様に、恒久措置を待ちながら、暫定措置を更新し続けている状態である。
対価の論点
EUは罰金という値札を付けた。ある試算では、陸電を装備しない場合に生じる費用の91%を罰金が占め、排出量取引に伴う費用は3%にすぎない。費用の内訳を見るかぎり、船側の投資を促しているのは炭素価格ではなく罰金である20。
18 Council Directive 2003/96/EC第14条(1)(c)・第19条。スウェーデン2011/384/EU、ドイツ2011/445/EUを起点に更新。改正案はCOM(2021)563。
19 Regulation (EU) 2023/1805(FuelEU Maritime)第6条。2035年以降、免除は寄港回数の10%か10回のいずれか少ない方まで。
20 DNV, Shore Power in Shipping(White Paper, 2026)。15,000TEU船のアジア欧州航路、2026〜2040年累計費用モデル。罰金1.50ユーロ/kWh。
おわりに
陸電の普及が進まないのは、技術や規格が足りないからではない。「電気の売買」「港湾施設の運用」「船の設備」という3つの制度の、いずれの中心にも入らないところに実運用に向けた論点があるからである。
EUで起きたのは、義務化が先行し、詳細設計が後回しになったという順序の問題である。日本はまだ、義務化の前段階にある。これは大きな違いである。先例を踏まえ、詳細設計をしてから義務化に移行できる立場にあるのは、後から動く側の利点だと思われる。
次回(第2回)では、陸電を利用する際に発生する電気料金の構造を見る。契約電力1万kW、年間の販売電力量2,000MWh。この2つを割り算した数字をもとに紐解いていく。
なお、本稿の数値は公開情報および本文・脚注に記した仮定に基づく試算である。制度は改正され得るため、最新の一次情報を確認されたい。

