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コラム・オピニオン 2014年08月01日

若者世代の労働参加はなぜ男女で対照的な動きなのか
~~労働力率にみる労働事情

取締役会長
山本 謙三



わが国全体の労働力率は低下中

 労働市場への参加の状況を、労働力率(労働力人口比率)でみてみよう。労働力人口とは、働いている者(就業者)と、無業者のうち、仕事があればすぐ就くことができ、かつ求職活動をしている者(完全失業者)の合計である。15歳以上の全人口に占める労働力人口の割合が労働力率だ。

 近年の最大の特徴は、わが国全体の労働力率が急速に低下していることだ。労働力率は、1990年代前半にピークをつけたあと低下が続き、現在は過去最低圏内で推移している(参考1)。しかし、15~64歳に限れば、労働力率(同年齢層の人口に占める割合)は一貫した上昇傾向にある。つまり、15歳以上の全人口でみた場合と15~64歳の生産年齢層に限った場合とでは、まったくの逆方向にある。

参考1:労働力率の推移

参考1:労働力率の推移

(出典)総務省「労働力調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 これは、いうまでもなく高齢化の影響だ。65歳以上人口のウェイトの高まりと同層の労働力率の低さが、加重平均を押し下げている。高齢層の労働市場からの離脱が、女性の社会進出増による生産年齢層の労働力率押上げ効果を凌ぐと言ってもよい。

 これを踏まえれば、わが国経済の供給力維持には、高齢層の労働参加促進が欠かせない。女性のさらなる社会進出増はもちろん重要だが、それだけでは足りない。一人ひとりが長寿になったにもかかわらず、従来と同じ年齢で労働市場から退出していては、経済全体の供給力低下を免れない。(2014年3月「長生きになって、むしろ働かなくなった高齢層」参照)

若者世代の労働力率は男女で対照的な動き

 近年のもう一つの特徴は、25~34歳の若者世代の労働力率が、男女で対照的な動きを示していることだ。労働力率の水準にはもともと男女で大きな差があることに注意が必要だが、最近は若者世代・女性の労働力率がピークを更新し続ける一方、同・男性はボトム圏内で推移している。

 他の年齢層との比較でも、若者世代・女性の労働力率は、全女性のなかでも群を抜く速さで上昇する一方、若者世代・男性の労働力率は、彼らよりも年長の生産年齢層に比べ低下スピードが速い。これも男女で対照的だ(参考2)。

参考2:労働力率の推移(年齢層別、男女別)

参考2:労働力率の推移(年齢層別、男女別)

(出典)総務省「労働力調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 また、気になるのは、若者世代・男性では労働力率と失業率との関係が薄れていることだ。従来、労働力率は、失業率が高まると低下し、失業率が低まると上昇する傾向があった。就業機会が減ると求職活動自体をやめてしまう者が増え、就業機会が増えると求職活動を再開する者が増えたからだ(労働力からの離脱と復帰)。

 しかし、2010年以降は失業率が急速な改善をみたにもかかわらず、若者世代・男性の労働力率は回復が捗々しくない。他の年齢層・男性に比べても回復スピードが遅い。いったん労働市場から離脱した若者が、なかなか求職活動を再開していないようにみえる。

福祉分野の労働のミスマッチ緩和を

 以下、これらの動きの背景を考えてみたい。第1に、若者世代・女性の労働力率の上昇は、晩婚化・晩産化の影響に加えて、結婚・出産後も就業を継続する者が増えたことが寄与していよう。

 第2に、若者世代の労働力率が男女で対照的な動きを示すのは、産業構造の変化が大きい。労働市場では、この10数年間、製造業、建設業で雇用が減る一方、医療・福祉関係の雇用が増加した。前者は男性の雇用が多く、後者は女性の雇用が多い職種だ。これが男女の就業見通しと求職活動に変化をもたらしている。

ただ、忘れてはならないのは、介護や保育の分野(医療・福祉)は今なお深刻な人手不足にあることだ。マクロ的に言えば、若者世代・男性の労働力率の低迷は、労働市場のミスマッチを示すものにほかならない。期待されるだけの福祉サービスの提供が行われず、かつ雇用機会も制約されるのは、大きな損失だ。ミスマッチ解消のための職業訓練を強化するとともに、介護・保育などの福祉にかかる制度を極力市場メカニズムにのっとったものとすることが重要である。

労働市場の硬直性の緩和を

 第3に、若者世代・男性の労働力率の低迷は、非正規雇用との関係が深いとみられる。若者世代・男性の非正規職員比率は、同35~44歳層、45~54歳層の2倍近い。上昇テンポも速い(参考3)。すなわち、現在の労働環境はとりわけ若者世代に厳しいものとなっている。こうした労働事情が、若者世代・男性の就職に対する諦めを生み、求職活動の再開を躊躇させているのではないか。

参考3:非正規職員比率の推移

参考3:非正規職員・従業員比率の推移

(注)非正規職員比率とは、正規職員・従業員と非正規職員・従業員(パート、アルバイト、 派遣等)の合計値に対する
非正規職員・従業員の割合

(出典) 総務省「労働力調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 わが国全体として非正規職員比率が上昇した背景には、正規雇用に伴う人件費固定化への企業側の懸念があった。実際、現金給与総額(一人当たり)は、バブルの崩壊にもかかわらず、97年まで上昇が続いた。正規雇用にかかる定昇やベアの慣行が、実体経済の悪化にもかかわらず、賃金を押し上げたとみられる。

 その後、現金給与総額は2000年代を通じて調整が進捗したが、これはむしろ非正規雇用の拡大により実現したものだ。最近でこそ団塊世代が退職期を迎え、企業側にも若干のゆとりが生まれているが、多くの企業は正規雇用の拡大になお慎重な姿勢を崩していない。

 企業にとって非正規雇用の拡大は、根強い労働慣行のもとで、やむをえない選択だったと言えよう。しかし、これが若者世代と女性にとくに厳しい労働事情をもたらしてきたのは、日本経済にとって不幸なことだ。生産年齢人口が今後も減り続けることを踏まえれば、若者や女性の労働意欲を削ぐことはなんとしてでも避けなければならない。そのためには、正規、非正規の労働条件の格差を是正することがなによりも大切だ。わが国経済の健全な発展には、労働市場の硬直性の緩和が欠かせない。

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