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コラム・オピニオン 2014年09月01日

なぜ「開業率が廃業率を上回る」(成長戦略)のは難しいのか。

取締役会長
山本 謙三



成長戦略に示された開・廃業率目標

 本年6月の安倍政権の成長戦略・改訂版には、前年に掲げられた開・廃業率目標と実績が示されている(参考1)。実は、民主党政権下の「日本再生戦略」(2012年7月)にも、ほぼ同じ内容の目標が盛り込まれていた。

 この目標の趣旨は新陳代謝の促進とされる。その趣旨に異論はない。開・廃業率の引き上げも望ましい。しかし、メインメッセージである「開業率が廃業率を上回る状態にする」ことは難しいし、積極的な意味を見出しがたい。なぜか。


参考1:「日本再興戦略」改訂2014(平成26年6月)抜粋

(参考1)「日本再興戦略」改訂2014(平成26年6月)

(筆者注)KPI:Key Performance Indicator、成果指標。詳しくは後述。


廃業はなぜ増えたのか

 わが国の廃業率は、90年代後半に大きく上昇し、2000年代以降も6%台と過去ピーク圏を続けている。こうした廃業の増加は、生産年齢人口の減少と密接な関係がある。

 中小企業や個人事業主が現在抱える悩みの一つは、後継者難だ。個々の企業レベルでは、後継人材が家族や社内にいるかや、彼らに株式の継承能力があるかなどが問題となる。しかし、マクロ的にみれば、日本全体で生産年齢人口が減少している以上、後継者の数が不足することは避けられない。廃業率が開業率をはっきりと上回るようになったのが90年代半ばであるのも、生産年齢人口のピークアウトと密接な関係があることを示唆している(参考2)。


参考2:開・廃業率(事業所単位)と生産年齢人口推移

参考2

「開業率が廃業率を上回る状態」を無理にでも実現しようとすれば

 では、こうした状況のもとで、仮に成長戦略が掲げる「開業率が廃業率を上回る状態」を無理にでも実現しようとすれば、どのような条件が満たされる必要があるか。

 「開業率が廃業率を上回る状態」とは、わが国全体として企業数が増えることを意味する。したがって、生産年齢人口減少のもとでこれを実現しようとすれば、算術的にいえば、一企業当たりの就業者数が減ること、また、一経営者あたりの企業数が増えること(一企業当たりの経営者数が減ること)が必要条件となる。

 一企業当たりの就業者数の減少は、たとえば、大企業の数が減り、中小企業の数が増えれば実現可能である。しかし、わが国はもともと中小企業の比率がきわめて高い国だ。これ以上中小企業比率を引き上げることに、積極的な意味があるとは考えにくい。また、一経営者あたりの企業数を増やすことも、たとえば一人のベンチャー経営者が多数の企業を起業すれば可能かもしれない。しかし、そのことに大きな意味はないだろう。

 要は、生産年齢人口減少のもとでは、「開業率が廃業率を上回る状態にする」ことには無理があるし、特段の意味を認めがたい。おそらく、ミクロ(起業の促進)とマクロ(ネット開業率)が混同されて、成長戦略に組み込まれたものではないか。

ふさわしいKPIとは

 ところで、現政権下の成長戦略にはKPI(Key Performance Indicator : 成果指標)が数多く掲げられ、毎年成果がチェックされる仕組みとなっている。上記の開・廃業率も、KPIの一つとして位置づけられている。ところが、前掲参考1にあるように、本件に関する中間成果としては、「日本政策金融公庫の創業融資実績」だけが示され、本来のKPIである開・廃業率には言及がない。

 これは、おそらく開・廃業率のデータとして、総務省の「経済センサス」調査が重視されているからと推察される(注1)。「経済センサス」は、2009年(基礎調査)、2012年(活動調査)に次いで、本年(2014年、基礎調査)実施中であるが、その結果の公表は速報でも「2015年6月末日までに」とされる。まだまだ先だ。

(注1)開・廃業率にかかるデータには、総務省「経済センサス」のほか複数あるが(厚生労働省、法務省、国税庁公表の統計など)、それぞれに一長一短がある。

 つまり、開・廃業率に関する数値目標は事実上2012年7月に掲げられたにもかかわらず、その初めての評価すら3年後の2015年まで待たなければならない。その後も、経済センサスは、2年ないし3年おきにしか実施されない(基礎調査および活動調査を交互に5年ごとに実施)。したがって、「開業率が失業率を上回る」ことの成否を検証する機会は、きわめて少ない。

 KPIは、毎年度の予算を組み、政策の進捗管理を行ううえでの重要な手がかりとなるものだ。だからこそ、成長戦略の大きな柱として据えられている。にもかかわらず、上記のような頻度でしか得られない指標をKPIに採用することは、妥当だろうか。

 成長戦略全般のKPI設定にかかる問題は、他の識者からも指摘がなされている(注2)。成長戦略が前提とするPDCAサイクルにしたがっていえば、実績評価を適切に行えないKPIを基に予算措置を施すことは適当でないということになりかねない。KPI一つひとつの吟味が必要だろう。

(注2)2014年7月8日日本経済新聞・経済教室「成長戦略の総括(上)目標の評価・改善法に課題」(星岳雄スタンフォード大学教授)

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