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  • QRコード、仮想通貨・トークンなどのキャッシュレス決済の普及は銀行収益にどのような影響を与えるのか?
  • QRコード、仮想通貨・トークンなどのキャッシュレス決済の普及は銀行収益にどのような影響を与えるのか?

    情報未来イノベーションセンター
    エクゼクティブコンサルタント 山下 長幸

    日本におけるキャッシュレス決済に関する政策推進

     2018年4月に経済産業省から公表された報告書である「キャッシュレス・ビジョン」によると、キャッシュレス決済比率に関して、日本は主要諸外国と比べると大きく立ち遅れている。2015年の統計で韓国:89.1%、中国:60.0%、カナダ:55.4%、イギリス:54.9%、オーストラリア:51.0%と続くなか、日本はわずか18.4%となっている。まだまだ日本では現金が決済手段として愛用されているようである。

     このような状況下で経済産業省では「キャッシュレス・ビジョン」にて、内閣官房日本経済再生総合事務局から2017年6月に公表された「未来投資戦略2017」で設定された10年後の2027年におけるキャッシュレス決済比率40%の目標を、2025年開催招致活動中の大阪・関西万博に向けて前倒しし、より高い決済比率の実現を推進するとした。さらにはそれを受けて業界横断組織として「一般社団法人 キャッシュレス推進協議会」が2018年7月に設立され、日本国内におけるキャッシュレス決済を具体的に推進することとなった。同協議会では「キャッシュレス・ビジョン」で提言された世界最高水準となるキャッシュレス決済比率80%を実現することを目標とするとしている。

     日本国内において、現金決済が好まれ、キャッシュレス決済が進展していない理由と、今後キャッシュレス決済推進に向けて考えられる政策手段については「キャッシュレス・ビジョン」に記載されているので、そちらを参照されたい。本稿では、キャッシュレス決済が普及した場合、銀行収益にどのような影響を与え、それに対して銀行はどのような事業戦略オプションを検討すべきかを考察する。

    本稿での検討対象決済方式

     クレジットカード決済やSuica、PASMOなどの非接触型ICカード型電子マネーは、既にそれ相応に普及し、銀行業界の方々にとって、それらが決済手数料収益にどのような影響を与えてきたかは周知のことと考える。本稿で考察対象とする決済方式は、今後進展が予想されている「QRコードスマートフォン決済」、さらにはその先の「仮想通貨・トークンエコノミー」にフォーカスする。

    キャッシュレス決済(1)QRコードスマートフォン決済

     QRはQuick Responseに由来し、関連データの高速読み取りができるよう、1994年にデンソーの開発部門によって開発されたマトリックス型二次元コードである。バーコードは横方向にしか情報を持たないのに対し、QRコードは縦横に情報を持つため、格納できる情報量が多く、数字だけでなく英字や漢字など多言語のデータも格納できる。カメラ付き携帯電話端末の多くがQRコード対応になっており、内蔵カメラでコードを撮影し、QRコードの情報内容を認識させることができる。(出典:wikipedia)

     QRコードスマートフォン決済は、中国で「Alipay」「WeChat Pay」が2013年から2014年にかけて開始され、中国においてキャッシュレス決済が急速に普及したことが、日本に大きな影響を与えている。

     生活者にとっては、QRコード決済の各種のスマートフォンアプリをダウンロードするだけで、何種類もカードを持ち歩かなくても良い所やより高い購買ポイント獲得ができる場合があることなどがメリットとして挙げられる。

     小売業等の決済加盟店にとっては、訪日中国人客の支払い対応、ポイント発行と連動させた決済サービスが組み込みやすいこと、タブレット・スマートフォン、POSへのアプリ追加など決済用の機器導入コストや決済手数料率がクレジットカードや非接触型IC利用型電子マネーに比べて安価であることなどがメリットであるため、日本でもQRコードスマートフォン決済が急速に進展することが予想されている。

     QRコードスマートフォン決済は、資金決済を、銀行口座、クレジットカード、電子マネーと連動させて行うスキームとなっている。銀行としては自行QRコードスマートフォン決済アプリを顧客にダウンロードしていただき、自行加盟店で利用して頂けるとなると、口座振替手数料のみならず、加盟店での売上をベースとした加盟店手数料収入を新たな収益源として獲得することができる。

     ただし、QRコードスマートフォン決済は、楽天、LINE、携帯電話会社など様々な有力企業が参入を開始しており、どのようにすれば銀行によるQRコードスマートフォン決済アプリが顧客に使って頂ける第1決済アプリとなるかの戦略検討は非常に重要課題である。加盟店開拓の加速化、バンキングアプリとの連動、ポイントスキームの導入、そのポイントを使ったATM時間外手数料や振込手数料の低減など、様々な戦略オプションを検討し、ユーザーにとっての魅力度向上や競合他社に対する競争上の優位性確保が必須であろう。

     仮に銀行によるQRコードスマートフォン決済スキームが優位とならず、銀行以外の異業種企業のQRコードスマートフォン決済が主流となった場合、銀行としては新たな収益機会の拡大ができなかったという状況であり、既存の振込手数料収入が急速に大きく減少するということは想定されない。

     他方、QRコードスマートフォン決済のみならず、クレジットカード、非接触型IC利用型電子マネーなども加えたキャッシュレス決済の進展が、ATMの稼働量や営業店窓口での預金為替処理件数が減少する影響は大きい。本来、預金者の利便性向上・預金者の囲い込みにより預金量を確保したい銀行にとって、営業店やATM関連のコストを負担しても、そのコストに見合った各種の金融関連収入でカバーできていれば、営業店やATMの経済性は見合ったものとなるが、銀行顧客にとってそれらがそれほど必要とされないとなると、多額のコストをかけて多くの営業店網やATM網を維持する所以がなくなるからである。現在でも、銀行業界において営業店やATMの減少が進みつつあるが、クレジットカード、非接触型IC利用型電子マネー、QRコードスマートフォン決済などのキャッシュレス決済が進展した場合、銀行にとってさらなる営業店網やATM網の削減が経営課題となることが想定される。キャッシュレス決済の進展はコンビニ店舗のATMの採算性の悪化にもつながるため、コンビニ業界でも既にATM設置の是非が経営課題として検討されている。そうなってくると決済手段としての現金のサプライヤーサイド(銀行・コンビニ店舗)からの事情で生活者への現金供給手段が減少し、一方で、小売店舗でのQRコードスマートフォン決済などのキャッシュレス方式での決済手段が普及すれば、急速にキャッシュレス決済へ移行する可能性があると考える。

    キャッシュレス決済(2)仮想通貨決済

    仮想通貨の定義であるが、日本銀行のWebページでは以下のように説明されている。
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    「仮想通貨」とは、インターネット上でやりとりできる財産的価値であり、「資金決済に関する法律」において、次の性質をもつものと定義されています。

    • (1)不特定の者に対して、代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨(日本円や米国ドル等)と相互に交換できる
    • (2)電子的に記録され、移転できる
    • (3)法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない

    代表的な仮想通貨には、ビットコインやイーサリウムなどがあります。
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     現在、各種仮想通貨の中でビットコインの流通量が最大となっている。ビットコインは汎用決済系の用途で開発されたものの、値動きが大きく決済用途としては使いづらいものとなっている。これに対して、大手銀行等で法定通貨との交換価値が大きく変動しないか、もしくは交換価値が固定した形で保障されるようなステーブルコインの開発が進められている。いわば法定通貨にペグされた形の仮想通貨である。

     仮想通貨に関して、生活者にとってのメリットは、各種の仮想通貨のスマートフォンアプリをダウンロードするだけで、何種類もカードを持ち歩かなくても良い所やより高い購買ポイント獲得ができる場合があることなどが挙げられる。

     加盟店にとってもタブレット・スマートフォン、POSへのアプリ追加など決済用の機器導入コストや決済手数料率が安価であることなどから、決済手段として導入する障壁は高くないと考えられる。

     決済用の仮想通貨が普及すれば、銀行としては仮想通貨決済手数料や仮想通貨交換での手数料など新たな手数料収入源を得ることができるであろう。ただし、大手のICT企業や大手流通業なども決済用仮想通貨に参入することは容易に想定され、仮想通貨を発行する銀行が大きな流通量を確保できるかは今後の事業戦略展開次第であろう。全国レベルで共通決済用仮想通貨となると、大手銀行や大手ネット銀行が優位となり、地域金融機関としては不利な状況であることは否めないが、後述のトークンエコノミーで巻き返す可能性があると考えている。

     銀行にとって、このような新たな収入源が期待できる一方、伝統的な法定通貨での給与振込や企業間の取引代金振り込みの手数料収入は大きな打撃を受ける可能性がある。

     銀行にとって振込み手数料収入が安定的で大きい労働者の給与に関しては、現在、労働基準法第24条第1項に、使用者は労働者に対して原則として通貨で賃金を支払わなければならないと規定されている。第24条第1項但し書には労働協約に別段の定めがあれば、通貨以外の手段での賃金支払いは可能となっている。現時点では、給与は法定通貨での銀行振り込みがほとんどで、銀行としても相当な金額の振込み手数料収入があるものと想定されるが、決済用の仮想通貨が普及して、仮想通貨での賃金支払いがなされるという時代もありえる。仮想通貨は銀行口座を経由する必要が必ずしもないので、仮想通貨による賃金支払いが普及するとなると、銀行における法定通貨での給与振込手数料収入は大きな打撃を受けることになるであろう。

     銀行にとって振込み手数料収入が安定的で大きい企業間の国内取引決済に関しても、仮想通貨が普及すれば、仮想通貨で企業間取引代金の支払いがなされるという時代もありえる。そうなると給与振込と同様に、銀行における法定通貨での企業間取引代金の支払い振込手数料収入は大きな打撃を受けることになるであろう。

    キャッシュレス決済(3)トークンエコノミー

     将来的に各種のトークンエコノミーのような経済圏が活発化した場合には、法定通貨による銀行の決済手数料収入や決済用仮想通貨による手数料収入に打撃を与える可能性があると考える。

     トークンとはビットコインやイーサリアムなど既存の仮想通貨のブロックチェーン上で発行される付加価値のある独自データである。「貨幣の代わりになる価値のあるもの、代替貨幣」とも言われている。付加価値の内容はトークンによって異なるが、収益を獲得する権利やサービスを利用する権利などがある。

     トークンエコノミーとは、トークンが多くの生活者や企業により取引される経済のことである。ビットコインなどに代表される仮想通貨は汎用的な決済に用いられることを想定して設計されているのに対し、トークンは企業の資金調達のためやヘビーユーザーの事業貢献に対する報酬の還元など特定の条件付けができるところが、汎用決済系の仮想通貨との大きな違いである。

     例えば、2018年6月にLINEがブロックチェーン技術を使ったトークンエコノミー構想「LINEトークンエコノミー」について発表した。もし仮に「LINEトークン」が多くの利用ユーザーやLINEとの取引企業の間で利用されたとすると、「LINEトークンエコノミー」の中で様々な経済活動やユーザーの貢献が、法定通貨でなく、「LINEトークン」が基軸通貨となって利用完結する状況が想定される。そうなってくると、「LINEトークン」は銀行を通さない決済であるため、銀行の決済手数料減少へのインパクトが大きくなることが考えられる。今後、アマゾンなど様々な有力ネット企業がそれぞれ特色のあるトークンエコノミーを設計し、運用することが予想される。

     銀行にとって振込手数料収入が安定的で大きい労働者の給与に関しては、トークンエコノミーが進展してその経済圏のなかで経済が回るとなれば、トークンでの賃金支払いがなされるという時代もありえる。トークンは銀行口座を経由する必要が必ずしもないため、トークンによる賃金支払いが普及すれば、銀行における給与振込手数料収入は大きな打撃を受けることになるであろう。給与振込に関して、決済用の仮想通貨優位となるか、トークンが優位となるかは想定が難しいが、トークンにおける付加価値の内容次第では、トークンでの給与振込が好まれるということがあるかもしれない。

     銀行にとって振込手数料収入が安定的で大きい企業間の国内取引決済に関しても、トークンエコノミーが進展してその経済圏のなかで経済が回るとなれば、トークンで企業間取引代金の支払いがなされるという時代もありえる。そうなると給与振込と同様に、トークンによる企業間取引代金の支払いが普及し、銀行における企業間取引代金の支払い振込手数料収入は大きな打撃を受ける可能性が高い。企業間取引代金の支払に関して、決済用の仮想通貨優位となるか、トークンが優位となるかは想定が難しいが、トークンにおける付加価値の内容次第では、トークンでの企業間取引代金の支払が好まれるということがあるかもしれない。

     今後、どのようなトークンエコノミーが出現し、巨大化するかは予想することは難しいが、銀行としても現時点から対応策を検討する必要があろう。

     筆者は地域金融機関ほど特色ある施策が打てる可能性があるのではないかと考えている。前述の通り、トークンは様々な条件付けが可能であるため、地産地消など地域内での利用の場合に何らかのメリットを付与することなどの地域向けのトークン設計が考えられる。地域ごとの強みを反映させてトークンにどのような利用条件付けをするかが知恵の出しどころである。読者の皆様は、トークンが今までの地域通貨の取組みと何が違うのか、地域通貨はほとんど成功しているところはないのではないかと思われるかもしれない。しかし、決定的に異なるのはITの技術進化に伴う利便性の飛躍的向上である。消費者、販売店、さらには関係する自治体や商店会、金融機関等の費用負担、人的負担が過去の地域通貨とは全く異なり、大幅に減少している。唯一、従来から変わっていない課題は利用できる販売店等のチャネル拡大である。やはり消費者は使えるところが限定されるものはどんなに簡便なツールになっても利便性がいいとは言えず、敬遠する傾向にある。それゆえ、地域トークンエコノミーを地域金融機関が主導する形で地域のキープレーヤーと連携し構築することができれば、地域企業による地域の再生、発展を実現することが期待できる。さらに、地域金融機関にとっては、ICOプラットフォーム運営や仮想通貨取引所での手数料収入などこれまでにない収益源を確保できる可能性が考えられる。

    最後に

     Google、Amazon、Appleなど米国の巨大ICT企業による金融ビジネスへの参入、日本においても楽天、Yahoo Japan、携帯電話会社などでも同様の動きがあり、異業種によるデジタルイノベーションの動きが銀行業界にとっての収益圧迫要因として論評されている。これらの動きに対して、銀行主催のオープンイノベーションでベンチャー企業との協業を模索したり、FinTechベンチャー企業への出資など銀行業界でも様々な対応策を取る動きが活発化している。しかし、なかなか有効な決定打を見出すのが難しいのが現実ではないだろうか。

     筆者は様々なFinTechの動きのなかで、ブロックチェーン技術を使ったトークンエコノミーが銀行業界にとってインパクトが大きく、特に地域金融機関にとっては地域トークンエコノミーと言う切り口で盛り返す千載一遇の事業機会ではないかと感じている。地域金融機関の皆様とともにこの分野で知恵出しができれば幸いである。

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