logo
Insight
経営研レポート

「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート

第4回:中国の経済安全保障の政策体系
~重要政策および中国国内で発行されたレポートからの分析~
2021.09.27
NTTデータ経営研究所
グローバルビジネス推進センター
主任研究員 岡野 寿彦
heading-banner2-image

エグゼクティブ・サマリー

本稿は、中国の経済安全保障の全体像を、政策および中国国内で発行されたレポートの分析に基づいて示すことを目的とする。

中国政府の経済安全保障政策は「科学技術イノベーションの強化、技術の自立」「サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力(双循環1)」「食糧、エネルギー、金融の安全」の3本柱から構成される。また、2015年に制定された「総体国家安全観」が第14次五カ年計画(2021年~2025年)でも言及されている。国家の安全および共産党体制の護持に向けて中国指導部が何を危機として認識しているのかがうかがえ、経済安全に関する政策の思想的な背景として参考とするべきである。

中国を代表する文献検索サイト「中国知網」で「経済安全」をキーワードに検索し、検索数が100件以上のレポートを一覧表化したところ、政策の3本柱(上述)の他に「米国の経済安全保障政策の分析」や「経済・外交政策」に関して多くの論考が行われていた。これにより、米国との新たな関係をいかに定め実行していくかが、中国政府の外交、経済安全保障政策の重要課題であることが確認できる。

国内循環(サプライチェーン)を主体とし、国内と国際の2つの循環を相互に促進させる政策

<筆者所感>

  1. 中国の経済安全保障は、巨大な市場や企業(国営、IT、製造、中小企業)の資源、政府機能をフルに動員した「組織戦・総力戦」である。「科学技術イノベーションの強化、技術の自立」と「サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力(双循環)」の相乗効果を中核とし、食糧、エネルギー、金融の安全が下支えをすることで、長期的に米国からの依存の解消を目指す「体系的なシステム」として、全体観を持って理解することが重要である。
  2. 企業によるイノベーション創出は経済安全保障においても重要な位置付けにあるが、一方で、プラットフォーマー規制や「共同富裕」推進に見られる政策をどう理解するべきか。筆者は、デジタル化の進化と共に政府と企業の役割が「融合」する中で「イノベーション創出と規範化のバランス」「政府と企業の役割分担・権益のバランス」を取り直す動きとして分析をしている。さらに、国内では経済発展に伴う貧富格差拡大(発展の不均衡)、対外的には米中対立など環境が複雑化し「持続可能性」が求められる中で「国家のあり方」を再定義しているともいえる。中国が「安全」を確保しながら持続的に発展していくために企業によるイノベーションは不可欠であり、一定のバランスが保たれると考えるが、分析を続けていきたい。
  3. 中国政府は「双循環」を進めると同時に、対外関係について「ハイレベルの対外開放の実行」「外資の安定」を掲げており、外国企業を排除していない。中国企業人と会話しても、素材や電子部品など中国企業が強みを持たない領域で日本企業との提携を期待する姿勢に、基本的に変化はない。一方で「産業チェーンの脆弱部分に対して、カギ・コアとなる技術の難関攻略プロジェクトをしっかり実施する」としており、時間をかけてでも自国企業で補完できるよう進めていくと考えられる。
  4. 米国との技術覇権競争や新型コロナウイルスの感染拡大(以下、新型コロナ)によって、中国政府の政策において「安全」が占める重要性が高まっている。自らの政治経済体制・制度の特徴と科学技術との相互作用によって、国家の安全と発展を図ろうとする傾向がより強まると想定される。経済安全保障においても「制度の優位性」を裏付けることで共産党体制の「安全」を確保し、さらに、中国の国情も活かした「安全で円滑な経済モデル」として世界に示していくだろう。
  5. 日本の経済安全保障の本質は米中関係であり、米国および中国の国内事情(政策、論考)を客観的に理解することが出発点として重要だと考え、本稿を執筆した。今後の課題として、米国と中国の経済安全保障政策によって相手国(中国/米国)政府と企業はどう動くのかという相互作用、さらには、日本企業はどのように対応するべきなのか、情報収集と分析を重ね、個別の企業が置かれた状況に応じて提言できるよう取り組んでいきたい。また、中国政府の経済安全保障政策のベースにはデジタル技術の活用がある。拙著『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年)ではプラットフォーマーを中心に企業戦略の視点でデジタル中国の全体像を示したが、経済安全保障政策とデジタル化の進展が相互にどのような作用を及ぼすのかについても、分析を深めていきたい。

【目次】

  1. 中国政府政策における経済安全保障
  2. 経済安全保障に関する中国国内の論説
  3. 今後の考察課題


1.中国政府政策における経済安全保障

本章では、2020年中央経済工作会議2(2020年12月16~18日)および第14次五カ年計画(2021年3月全国人民代表大会において承認)に基づいて、中国政府の経済安全保障に関する政策を分析したい。

「経済安全保障」に関する直接的な言及は、第14次五カ年計画第53章「国家経済安全保障の強化」で「食料安全戦略の実施」「エネルギー資源安全戦略の実施」および「金融安全戦略の実施」について言及している。同時に、第14次五カ年計画の中で「安全」という言葉が150回以上登場し「安全」を発展の前提条件として位置付けていると言える。そのため、本稿では、経済安全保障に関する中国政府の問題意識と政策を俯瞰的にとらえたい。

中国共産党中央と政府(国務院)が合同で開催する、経済政策に関する最高レベルの会議。1年間の実績の総括、国内外における経済状況の変化への対応、マクロ経済発展計画の制定、翌年の経済政策の実行の手配などが行われる。

(1)中国政府の問題意識と基本的な考え方

(a) 2020年中央経済工作会議

2020年の中央経済工作会議における5つの「根本」(1年間の経験・教訓が語られる)では「党中央の権威」と共に「制度の優位性」を掲げて、現体制の維持の重要性を強調している。そして「科学技術の自立・自強」を、発展を促進する根本的支えとして位置付けている。「2021年の政策の基本方針」では、安定の中で前進するために「新たな発展の枠組みを構築」しなければならないとし、その柱として「サプライサイドの構造改革を主線とし、改革・イノベーションを根本動力とする」ことを示している。これは、供給される商品やサービスの「質」を高める、そのためにイノベーション創出を進める、という方針を確認しているのである。

さらに、「6つの安定(六穏)3」(雇用、金融、対外貿易、外資、投資、予測を安定させる)と「6つの保障(六保4)」(雇用、基本民生5、市場主体、食糧・エネルギーの安全、産業チェーン・サプライチェーン6の安定、末端の行政等活動)にも取り組むとしている。

そして「2021年の重点任務」では「国家戦略科学技術のパワーを強化する」「産業チェーン・サプライチェーンを自主的にコントロールできる能力を増強する」「内需拡大を戦略の基点として堅持する」「改革開放を全面的に推進する」「種子・耕地の問題を解決する」「反独占と資本の無秩序な拡張の防止を強化する」「大都市住宅の際立った問題を解決する」「2030年に温室効果ガス排出量をピークアウト、2060年カーボンニュートラル(炭素中立)に向けた政策をしっかり行う」の8項目を掲げている。

(b) 第14次五カ年計画

第14次五カ年計画では、中国が直面する環境について「過去100年には無かった大きな変化に直面している」とし、特に対外環境について、新型コロナの影響、世界経済の低迷、経済グローバリゼーションの逆方向化、エネルギーの需給に関する変革などを挙げている。その中の「新たな発展理念」として「創新(イノベーション)」「協調」「緑色(グリーン)」「開放」「共享」を掲げ、「質の高い発展」を主題として「供給サイド改革の深化」「イノベーション」「国内循環(サプライチェーン)を主体とし、国内と国際の2つの循環が相互に促進する双循環戦略」に取り組むとしている。米中貿易摩擦、技術覇権競争の激化といった内外環境の悪化に対応して、対外開放を堅持しながらも、需要と供給の両面において国際循環への依存を減らし、生産・分配・流通・消費からなる国内循環を強化するものである。

(c) 総体国家安全観

「総体国家安全観」は、中国の安全保障に対する観念と基本的方針として習近平国家主席が2014年から提唱している。ここでは人民の安全を主目的とし、政治の安全(共産党体制の護持)を根本に、経済の安全(経済安全保障)を基礎と位置付けている。その上で、具体的な安全保障の対象として、政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態、エネルギー資源、核(原子力)の11領域を挙げている。軍事などの伝統的な安全保障に加え、政治や文化、生態なども安全保障の対象と位置付けていることが特徴である。

総体的国家安全観の背景には、中国のグローバル経済・産業におけるプレゼンスが高まるにつれて、これを抑え込もうとする動きが強まり、この対外的な圧力が中国国内に存在する発展の不均衡などの「矛盾」と結びついて、国家の「安全」が脅かされることを警戒しているとされる。したがって、国内の脆弱な要素を解決し、国内と対外関係とを合わせた一体的な国家安全システムを構築する方針を示していると理解できる。

総体的国家安全観は、国家安全法8として具体化されるとともに、国家情報法、サイバーセキュリティ法などにおいても指導的概念として言及されている。第14次五カ年計画でもその堅持と経済発展の統合などが言及されている。

3 2018年7月中央経済工作会議に提出された。

4 2020年4月中国共産党中央政治局会議に提出された。「6つの保障」はデッドラインであり、これを前提に「6つの安定」を目標として追及するとしている。

5 国民の穏やかな生活確保を目的とし、脱貧困も含まれる

「サプライチェーン」は製品などのもととなる原材料から製造、販売までユーザーに届くまでの一連の流れを指し、「産業チェーン」はビジネス・エコシステム(生態系)」に近い意味で使われている

2015年に打ち出され、第十四次五カ年計画(2021年3月)でも堅持することが確認されている。

8 中国国内の政治・経済的安定および対外的な安全保障に関わる各分野について定めた法律で、2015年7月1日、全国人民代表大会常務委員会第15回会議において可決。第3条で「国家安全工作は総体国家安全観を堅持しなければならない」と規定している。

(2)第14次五カ年計画の主な目標

第14次五カ年計画に当たる期間(2021-2025年)を対象に「経済発展」「イノベーション」「民生・福祉」「生態環境」「安全保障」の五つの分野において目標を定めている。

このうち「安全保障」関係では「食料の総合生産力」と「エネルギー総合生産力」について「拘束性目標」が定められた。食料の生産力については、経済工作会議でも「種子・耕地問題をしっかり解決する」ことを8つの「重要任務」の一つとして掲げており、エネルギー生産力と共に、安全保障における重要な対策領域として位置付けていることがわかる。

図表1 経済安全保障に関わる主な目標

目標

2020年実績

2025年目標

年平均/累計

目標種別

イノベーション駆動

研究開発費投資の伸び率

>7%

予期性9

1万人当たり高付加価値発明特許保有件数

6.3件

12件

予期性

デジタルを中核とする産業の対GDP比

7.8%

10%

予期性

安全保障

食糧の総合生産能力

>6.5億トン

約束性

エネルギーの総合生産能力

>46億トン(標準炭換算)

約束性

出典:第14次五カ年計画(原文)に基づきNTTデータ経営研究所にて作成

予期性:市場メカニズムに沿って達成するために努力する指標、約束性:政府が責任を持って実現を確保すべき指標

(3)科学技術イノベーションの強化:技術の自立自強を国の発展の戦略的支えとする

中央経済工作会議「重点任務」の冒頭で言及し「新しい発展理念」の筆頭に挙げていることからも、中国政府が持続的な成長、国内および対外的な安定・保障のために科学技術開発、イノベーション創出を最重点に位置付けていることがうかがえる。

(a) 科学技術イノベーションの推進体制:国家と企業の役割分担 <中央経済工作会議>

国家が組織者の役割を果たす」一方で「イノベーションの主体はあくまでも企業」であると言及している。

  • 国家は重大科学技術イノベーションの組織者としての役割を十分に発揮し、戦略的な「需要の誘導」を確実に行い、科学技術イノベーションの方向・重点を確定して、国家の発展・安全の妨げとなる重大課題の解決に注力しなければならない。
  • 科学技術イノベーションにおける企業の主体としての役割を発揮させ、リード役の企業がイノベーションのコンソーシアムを形成することを支援し、中小企業のイノベーション創出に向けた取り組みを牽引しなければならない。

(b) 国家の科学技術重点領域と国家実験室:基礎研究を重視

国家安全と発展の基礎となる、人工知能、量子情報、集積回路、生命・健康、脳科学、生物育種、航空・宇宙科学技術、地底・深海などのフロンティア分野において、将来を見据えた重要な科学技術プロジェクトを実施する。

特に、量子情報などの重要なイノベーション領域において国家実験室を組織し、研究機関、企業、大学などの技術革新能力を高め、人材の育成に力を入れ、その能力が発揮できるように、イノベーションの体制を整える。

基礎研究を重視し「基礎研究十年行動計画」を制定し実施する。研究開発投資に占める基礎研究投資の比率を8%以上にする。

(c) 企業の技術イノベーション能力を高める

研究開発費用の控除などハイテク企業の税制優遇制度を強化する。

国有企業の研究開発の評価制度を整え、中央国有工業企業の研究開発投資が全国平均を上回ることを確保する。また、ハイテク型中小企業のイノベーションに関する優遇税制を整える。

(d) 人材

国際科学技術交流・協力を強化すると共に、科学技術人材を育成し「進んでチャレンジする」メカニズムをつくる。

(e) 産業構造の高度化:デジタル産業の発展と他産業のDXを同時に推進

「生産性の低い産業から高い産業へのシフト」を進めることを基本方針とする。

産業構造の高度化のカギとなるデジタル化について、デジタル産業の発展と他の産業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を同時に進める。成長させる分野として、デジタルの基礎技術であるクラウドコンピューティング、ビッグデータ、IoT、産業インターネット、ブロックチェーンと、デジタル技術を応用したスマート交通、スマート・エネルギー、スマート製造を挙げている

(4)サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力を備える(双循環)

中央経済工作会議「重点任務」の2項目目で「サプライチェーンを自主的にコントロールできる能力づくり」を挙げている。米国政府によるデカップリング(米中の経済活動の切り離し)や新型コロナを踏まえて「産業チェーン、サプライチェーンの安定が、新たな発展の枠組みを構築するための基礎である」との基本認識を示している。そして「産業チェーンの脆弱部分に対し、カギ・コアとなる技術の難関攻略プロジェクトをしっかり実施する」として、サプライチェーンの脆弱部分の補強に重点的に取り組む方針を掲げた。この具体策として「内需拡大」による国内循環(サプライチェーン)を基礎として、国内と国際の2つの循環を相互に促進させる『双循環』政策を打ち出している。

(a) 内需拡大による強大な国内市場の形成

「強大な国内市場の形成は新たな発展の枠組み構築における重要な支え」だとの基本認識を示し、消費・貯蓄・投資を促すための制度設計を進めるとしている。米国政府によるデカップリングや、世界経済の不確実性から、内需拡大・強大な国内市場の形成が重要課題であることを再確認した形である。「科学技術イノベーションの強化」の実行を支える基礎として、雇用の促進による消費拡大、投資の持続的な伸びによって、内需拡大を進める。そして「内需拡大戦略」と「供給側構造改革」との相乗効果を発揮させ、イノベーションによる質の高い供給によって、新たな需要を創出するサイクルを回そうとしている。

投資の重点対象として、デジタル経済を発展させる基盤となる「新型インフラ建設」(新基建)、製造業の設備更新と技術革新、都市再開発での老朽化した住宅団地の改造、物流システムへの投資を挙げている。

内需拡大に向けて、中所得層の拡大などを通じて消費を促進し、官民連携(Public Private Partnership, PPP)を生かしながら投資の機会を増やす。消費と投資の拡大とともに、それぞれの構造の高度化を目指す。同時に、生産・分配・流通・消費といった経済活動の円滑な循環の妨げとなる要素を取り除く、としている。

(b) 『双循環』政策と改革開放

内需拡大によって強大な国内市場を整備しながら「国内循環」を起こし、さらに、貿易と投資の拡大を通じて「国内大循環を主体とし、国内・国際2つの循環を相互補完しながら促進」する『双循環』をまわす。この『双循環』政策によって、中国ではサプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力を備えようとしている。

「科学技術イノベーションの強化」「内需拡大」「双循環」の相乗効果で科学技術、サプライチェーンの自主性を確保したうえで、対外関係について「ハイレベルの対外開放を実行し、改革と開放を相互に促進」する基本方針を示している。市場の参入を緩和し、公平な競争を促進し、知的財産権を保護し、統一した大市場を建設し、市場化・法治化・国際化したビジネス環境を作り上げることを、対外的にも宣言している。

また、「国際一般ルールの運用で国家安全を擁護することを重視しなければならない」として、国家安全保障の確保について「中国の特色あるルール」ではなく、国際一般ルールに従うとしている。

(5)食糧、エネルギー、金融の安全

第14次五カ年計画第53章「国家経済安全保障の強化」で、食料、エネルギーおよび金融の「安全戦略の実施」について言及している。中国政府の経済安全保障政策において、特にこの3領域を重視していることがわかる。

中でも、中央経済工作会議の「重点任務」の一項目として「種子・耕地の問題を解決する」(食料の安全戦略の実施)を取り上げていることが特徴的である。食の安全保障のためには、種子供給源の安全保障と、1.2億haの耕地最低ラインを固く守ることを、国の安全保障戦略のレベルに引き上げているのである。

2.経済安全保障に関する中国国内の論説

中国知網(中国を代表する論文検索サイト)で「経済安全」をキーワードに、2020年1月~2021年7月末までのレポート、論文を検索し、検索数100件以上の文献(いずれも公開されている文献)を抽出し「要旨」と「キーワード」に基づき、以下の6領域に分類した。いずれも、中国を代表する大学の教授、研究機関の研究員による著作であり、多く検索されていることから、中国国内で基本的な支持を得ている論考だと言える。

図表2 経済安全保障に関して中国国内で発行された主要レポートの領域別件数

content-image

出典:中国知網の検索結果をもとにNTTデータ経営研究所作成

※()内は論文の件数

以下、各領域の主なレポートのエッセンスを紹介したい。

(1)科学技術イノベーションの強化、技術の自立

中国の政治体制の特徴を活かした「科学技術イノベーションの創出」「技術の自立」について論じられている。

・新型挙国体制

第14次五カ年計画では、「科学技術強国の行動計画を制定し、健全な社会主義市場経済の条件下で『新型挙国体制』において主要なコア技術を巡る厳しい攻防を戦い、イノベーションチェーンの全体的な有効性を改善する。」と言及されている。

清華大学公共管理学院 梁正教授の『国の最先端のコア技術を推進する新しい国家システムの実践と考え方』10では『新型挙国体制』について、「中国の政治制度の優位性と市場メカニズムとを協働させることによる国家ガバナンスの変革であり、先端コア技術の独立(自立)した研究開発とコントロールを可能にする方策であり、国家の産業の安全保障を守ることである」と解釈している。

・ハイテク競争に起因する大国間競争モデルの変化:ハイテク技術の軍事への応用、サプライチェーンの切り離し

中国社会科学院米国研究所 周琪研究員の『ハイテク分野での競争による大国間の戦略的競争の主なモデル変化』11では「第四次産業革命の進行により、米国は『ハイテク技術がカギを握る大国間競争の時代』に入ったと明確に位置付け、中国をハイテク戦争の競争相手と位置付ける傾向が強まっている」「特にトランプ政権においてハイテク競争は“新しい軍拡競争”だとして、中国がハイテク技術領域で研究開発を進め総合的な国力を増強することを阻止することが、米国の急務の課題となった」との認識を示している。そして、人工知能、5G通信、半導体の3領域での米中間のハイテク競争について分析したうえで、次の5見解を提示している。

①米中間のハイテク技術戦争は米国が「中国製造2025」を阻止するために関税措置を講じた2018年から始まった。さらに、中国の5G技術の急速な発展を警戒して、華為技術(ファーウェイ)を封じ込める政策を「ファイブアイズ」12諸国との合意のもとに進めた。米国政府のデカップリング措置は、米国企業に中国から米国に戻ることを要求し、中国との科学技術交流を制限することも含まれる。

②米中間の貿易経済競争は、ハイテク技術競争に帰結する。また、米国と中国の軍事技術のレベルが近づくにつれ、お互いに相手を完全に打ち負かすことが難しくなっているが、ハイテク技術の軍事における応用が軍事の水準の差を生み、軍事による抑止力を確保するカギとなっている。

③新素材技術の開発により現代の工業生産は原材料への依存度が低くなり、原材料生産地域の軍事的占領は割に合わなくなっている。また、ハイテクによってもたらされた長距離部隊の配備と長距離軍事攻撃能力によって、地域を争うことを不要にした。冷戦時にソビエトとアメリカが地域確保を争ったモデルは、現代においてその重要性を失っている。

④米ソ冷戦時代の国家の投資は、防衛分野に大きく投じられ、例えばソビエト連邦の産業部門の70%が直接または間接に軍事産業に関係していた。米中ハイテク戦争下では、2019年の中国の科学技術研究開発への総投資額は2億2,214万元、国防予算は約1億1,890万元と、科学技術に関する投資が国防予算を上回っている。

⑤ハイテク分野の大国間競争は、戦略的に重要なコア技術分野に焦点を合わせるだけでなく、産業チェーンとサプライチェーンを切り離すことについても進んでいる。このようなハイテク競争のポイントは、今後さらに大国間の戦略的競争の主な特徴になる可能性が高い。したがって、主要な技術分野、さらには産業チェーンとサプライチェーンにおける「脆弱な部分」を継続的に特定して管理することは、中国のトップレベルの戦略的計画と設計が直面する緊急かつ長期的な課題である。

10 中国語原文タイトル『新型举国体制驱动国家尖端核心技术的实践与思考』、英語タイトル:The practice and thinking of the new national system driving the country's cutting-edge core technology

11 中国語原文タイトル『高科技领域的竞争正改变大国战略竞争的主要模式』、英語タイトル:Competition in the high-tech field is changing the main mode of strategic competition among major powers

12 米国、英国などアングロサクソン系の英語圏5カ国によるUKUSA協定に基づく機密情報共有の枠組みの呼称。米英が立ち上げ、1950年代までにカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加わった。米国以外は英連邦の構成国である。

(2)デジタル・イノベーション、サイバーセキュリティ

経済新常態13における構造転換のドライバーとして位置付ける「デジタル・イノベーション」に関して、サイバーセキュリティ、データ主権、5G通信などのサプライチェーン確保などの観点から論考が行われている。

データ主権とガバナンス

中国科学院 張娟研究員等の『科学技術強国おける最新のデータ戦略とその実施状況の分析』14では、データが経済的および社会発展のための重要な資源であると共に、大国間の競争の戦略的要素になっているという認識を述べたうえで、米国、欧州連合、英国、日本、ドイツのデータ戦略と実装トレンドを分析した。これら国・地域が、データ主権を維持し、データセキュリティとプライバシー保護をめぐるデータガバナンスに取り組むとともに、効率的な国際データ共有の枠組み作りを通じて、発言権と競争優位の確保に取り組んでいることを示している。

そして、中国の政策決定者に対して「データガバナンスを整えデータの潜在的な価値を掘り起こす」こと「データの流通を促進し、データ共有の体系を作る」こと「国家科学技術データセンターのリソース集約機能と国際的な影響力を高め、科学技術データの共有とセキュリティのバランスを実現する」ことを提言している。

サイバー空間のガバナンス

復旦発展研究院 江天驕研究員による『米中サイバー空間の競争と戦略的安定性』15では、サイバー空間が米国と中国の競争の新たな争点になっているとの認識を示したうえで、サイバー空間の世界的なガバナンスを構築するためには、古典的な戦略的安定理論に基づく米中の戦略的安定の3つの基礎である①非対称の核抑止、②共通の敵と共通の利益の設定、③経済的相互依存を、サーバー空間に応用して、戦略的安定性を確保するべきことを提言している。

13 習近平国家主席が2014年に視察先で「わが国は依然として重要な戦略的チャンス期にあり、自信をもち、現在の経済発展段階の特徴を生かし、新常態に適応し、戦略的平常心を保つ必要がある」と語ったことを契機とする、中国経済が高度成長期を終えて中高速成長期という新たな段階に入っていることを示す経済用語

14 中国語原文タイトル『科技强国最新数据战略及其实施态势分析』、英語タイトル:Study on the Latest Data Strategies and Implementation Trends of Science and Technology Powers

15 中国語原文タイトル『中美网络空间博弈与战略稳定』、英語タイトル:China-US cyberspace game and strategic stability

(3)サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力/双循環

サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力を備えるための『双循環』戦略(国内大循環を主体とし、国内・国際2つの循環が相互促進する新たな発展の枠組み構築)の実行について、論考されている。

大連理工大学 楊中楷教授等による『科学技術イノベーションと双循環の新パターン』16では、外国企業によるコントロールを排除し、サプライチェーンの弾力性を確保するためには、バックアップチェーンの確立、外国のサプライヤーの階層的管理の実施、断裂する可能性のあるポイントの早期復旧が出来る仕組みづくりに取り組むことを提言している。

また、南京農業大学 周曙東教授等による『国内大循環を主体とした国内および国際「双循環」戦略の理論的探求』17では、『双循環』戦略の下で産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)と、産業チェーン・サプライチェーンの安定性と競争力を高める必要があるとして、以下の4点を提言している。

① 自立したイノベーション創出とオープン環境での技術獲得を組み合わせたデジタル技術体系の構築

② 産業領域のデジタルモデルの革新と変革の促進

③ 産業用デジタル化のガバナンスモデルのレベルの向上

④ 産業デジタルインフラの構築を加速

16 中国語原文タイトル『构建科技创新“双循环”新发展格局』、英語タイトル:Constructing a new development pattern of technological innovation and "double cycle"

17 中国語原文タイトル『以国内大循环为主体的国内国际双循环战略的理论探索』、英語タイトル:Theoretical Exploration of the Domestic and International Double Cycle Strategy with the Domestic Big Cycle as the Main Body

(3)-1.米国による中国ハイテク企業封じ込めへの対抗策:ファーウェイの事例分析による論考

科学技術やサプライチェーンに関連して、華為技術(ファーウェイ、Huawei)に対する米国の制裁についても論じられている。

中国人民大学国際関係学院 李巍教授等による『Huaweiに対する米国の「戦争」の分析:国境を越えたサプライチェーンの政治経済学』18では「世界の覇権国である米国が、自由市場の原則に反して市場の狙撃と技術コントロールの2つの方法で新興国の企業に打撃を与え、新興国産業の安全に打撃を与えることは、グローバル市場と国際分業に対する公然たる挑戦であり、経済のグローバル化、国際秩序に対する威嚇である」との基本認識を示している。

ファーウェイの事例研究を通じて、米国による制裁に中国ハイテク企業がどう対応するか論じたレポートも見られる。

中山大学管理学院 宋耘教授等による『逆グローバリゼーションの文脈における企業組織のレジリエンスの形成メカニズム:Huaweiのケーススタディに基づく』19では、中国ハイテク企業が備えるべき「組織の強靭性」を明らかにするために、米国による制裁を受けた逆境下でのファーウェイの対応について事例分析をしている。その結果、組織の強靭性は、リスク初期段階の状況認識力に依存すること、世界レベルの政治リスクが高まる中、「リスクに敏感な組織文化」を育てることでレジリエンスのための選択の精度を上げられるとする。

遼寧対外経貿学院 李雨教授の『ファーウェイを事例とする、中国と西洋の経営の違いと文化的統合の傾向に関する研究』20では、欧米企業と中国企業の企業文化の観点からファーウェイ問題について論じている。「科学技術における競争の激化に伴い、企業文化は企業のコアバリューを融合するための重要なマネジメント対象になった」「特に、中国と西洋の文化を融合させることは、グローバル企業のマネジメントに重要な作用を及ぼし、企業競争力と安全を高める」としたうえで、ファーウェイとマイクロソフトの企業文化を分析し、その融合について提言している。

18 中国語原文タイトル『解析美国对华为的 “战争”:跨国供应链的政治经济学』、英語タイトル:Analyze the "war" of the United States against Huawei —The political economy of transnational supply chains

19 中国語原文タイトル『逆全球化情境下企业的组织韧性形成机制 ——基于华为公司的案例研究』、英語タイトル:The Formation Mechanism of Organizational Resilience of Enterprises in the Context of Anti-globalization ——Based on the case study of Huawei

20 中国語原文タイトル『中西方管理差异及文化融合趋势研究——以华为为例』、英語タイトル:Research on the Differences between Chinese and Western Management and the Trend of Cultural Integration——Taking Huawei as an Example

(4)食糧、エネルギー、金融の安全

経済安全保障に関して中国政府が特に重視する「食糧」「エネルギー」「金融」の安全について、体系的な論考がなされている。

その中でも、金融の安全については、国際経済の不安定さや米国による制裁においても貿易決済に影響が生じないよう「人民元の国際化」を着実に進めるとともに、政府による金融政策を有効に進めるため「デジタル人民元」の導入を着実に進めるとしている。

(5)米国の経済安全保障政策の分析

米国の経済安全保障政策に関して、様々な角度から分析されている。その中で『米中経済・安全保障調査委員会21』(USCC)年次報告や『米国国家安全戦略報告』など、米国で発行された報告書の分析もなされている。

北京市科学技術情報研究所 劉彦君研究員等による『中国の科学技術革新に関する米国の研究と判断の歴史的変化と将来の傾向:「米国中国経済安全審査委員会(USCC)年次報告書」の分析』22では、USCC年次報告に関して「超党派のコンセンサスとしてまとめられており、これまでの年次報告書での提言内容は概ね 1~2 年以内には、規制として具体化されている」と位置付けている。そして、2020年度年次報告について、米国は、ハイテク科学技術を対象に「人材をめぐる戦い」を核に「標準化をめぐる戦い」を重要手段として、中国の発展を「点から面で」制御していくと予測し「持久戦の準備」「科学技術の安全に関する攻撃および防御能力を高める」「技術導入と自立化を同時に進める」「ハイテク技術の人材・組織を強化する」「国際標準制定における発言権を強める」ことを提言している。

さらに、USCC 2020年度年次報告で提言された次の事項を、米国が規制として具体化してくると想定されるため、対応策を策定するよう提起している。

  • 相互主義原則の採用による立法
  • 中国への技術移転目的のプログラム関係のビザ拒否方針の明確化
  • 中国の金融システムの危険性と脆弱性によるリスク分析
  • 重要治療薬や医療機器を国内もしくは同盟国から調達
  • 米国在台湾協会事務所長の大使と同様の手続き導入の検討
  • サプライチェーンの連携と安全保障強化のための民主主義有志国の多国間レベルでの取り組みに、台湾を含めることを推奨。情報通信技術、集積回路、電子部品など、重要な戦略的産業に必要不可欠な材料の確保と、サプライチェーン回復力確保に重点を置く
  • 香港からの亡命受入れ拡大の検討

米国の経済安全保障政策に関する分析レポートでは、このほか、米国政府の中国ハイテク企業制裁や貿易戦争の特徴、インド・太平洋戦略などについて分析がされている。

21 米国連邦議会の諮問委員会 Homepage | U.S.- CHINA | ECONOMIC and SECURITY REVIEW COMMISSION (uscc.gov)

米中経済・安全保障検討委員(USCC)レポートについて、新開伊知郎『米中経済・安全保障検討委員会と最新の年次報告書』(NTTデータ経営研究所『「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート』シリーズ)をご参照ください。

「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート | NTTデータ経営研究所 (nttdata-strategy.com)

22 中国語原文タイトル『美国对中国科技创新研判的历史变迁与未来走向:基于《美国中国经济安全审查委员会(USCC)年报》的分析』、英語タイトル:The Historical Changes and Future Trends of U.S. Research and Judgment on China‘s Scientific and Technological Innovation :Based on the analysis of "USCC Annual Report"

(6)経済、外交政策

新型コロナの感染防止対策や経済再建、米国との貿易・技術覇権競争を踏まえた、中国の経済や外交のあり方について論じている。キーワードは「安全」、「一帯一路」と「グリーン」である。

中国社会科学院 金碚研究員の『安全でスムーズ:中国経済の戦略的方向性』23では、社会主義国家としての中国の政府政策の特徴は「安全第一」であり、新型コロナを通じて中国は世界の中でも国民の安全と円滑な経済を守ることに成功し、産業の国際競争力を高める基礎を作ったとしている。そして、中国の国情を活かして「世界で最も安全で円滑な経済態勢」を中国モデルとしてつくり、世界各国の選択肢として示すことを提言している。

華中師範大学 呉 豔教授等による『保護貿易主義の台頭の背景下における「一帯一路」戦略と欧州の経済安全保障』24では、欧州では「一帯一路」について「中国政府がその経済力を利用して欧州諸国を『分割と征服』する戦略を実施しており、中国の投資が欧州を弱体化させるという懸念が広がっている」、したがって「欧州は中国による投資について安全保障の観点で見直しを行い、主要プロジェクトを直接中断するアプローチを採用している」と分析している。その上で「しかし、中長期的には、欧州諸国は依然として外部投資を呼び込み、中国の経済発展の機会を共有する強いインセンティブを持っている」との分析に基づき、粘り強く持久戦で「一帯一路」を進めることを提言している。

洛陽師範学院 王現偉主任による『グリーン発展を促進し人と自然の調和のとれた共存を促進する』25では、習近平国家主席の第19回共産党大会における報告で「中国社会の主要な矛盾は、国民が『美好』な生活を求めるニーズは日増しに強まっているのに対して、中国経済は不均衡、不十分な発展の段階にある」と述べたことを踏まえて、経済発展の「質」が改善するべき課題だと指摘している。そして、この矛盾を解決して持続的に発展するためには「グリーン発展モデル」を模索し、技術と製造工程を革新することがカギとなることを提言している。

第14次五カ年計画の「新しい発展理念」の3項目目に挙げられた「グリーン」(エコ)が、中国の経済・外交政策において、重要な取り組み対象になっていくと考えられる。

23 中国語原文タイトル『安全畅通: 中国经济的战略取向』、英語タイトル:Safe and smooth: the strategic orientation of China's economy

24 中国語原文タイトル『保护主义兴起的背景下 “一带一路” 战略与欧洲的经济安全』、英語タイトル:The "One Belt, One Road" strategy and European economic security in the context of the rise of protectionism

25 中国語原文タイトル『推动绿色发展 促进人与自然和谐共生』、英語タイトル:Promote green development, promote the harmonious coexistence of man and nature

3.今後の考察課題

冒頭の「筆者所感」で示した5観点について、考察を深めていきたい。

特に、米国と中国の経済安全保障政策によって相手国(中国/米国)政府と企業はどう動き、日本企業はどのように対応するべきなのか、情報収集と分析を重ね、個別の企業が置かれた状況に応じて提言できるように取り組んでいきたい。

最後に

本稿は、NTTデータ経営研究所『「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート』(経営研レポート)の一環として執筆した。本シリーズでは、グローバルビジネス推進センター 新開 伊知郎シニアスペシャリストが米国の経済安全保障に関して次の3レポートを公開しており、あわせてご参照をお願いしたい。

【参考文献】(著者五十音順)

  • 岡野寿彦『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年)
  • 柯隆『「ネオ・チャイナリスク』研究:ヘゲモニーなき世界の支配構造』(慶應義塾大学出版会、2021年)
  • 新華社「中央经济工作会议举行 习近平李克强作重要讲话」(2020年12月18日)
  • 新華社「中华人民共和国国民经济和社会发展第十四个五年规划和2035年远景目标纲要」(2021年3月13日)
  • 関 志雄・独立行政法人経済産業研究所「始動する中国における第14次五ヵ年計画:「質の高い発展」を目指して(2020年12月24日)
  • 田中修・日本貿易振興機構アジア経済研究所「2020年中央経済工作会議のポイント」(2020年12月24日)

連載一覧

TOPInsight経営研レポート「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート