1. はじめに:米国における製造業について
世界のGDPトップ4の中で、2017年時点で米国におけるGDPに占める製造業の割合は11%で、中国(40%)、ドイツ(24%)、日本(22%)に比べて低い1。また、米国の非農業部門における雇用者の産業別構成比でも製造業は2016年時点で8.6%2と低く、米国は先進国の中でもとりわけ脱工業化が進んだ国と言えよう。しかし、米国の国家や社会にとって製造業の重要性が減少したわけではない。近年、内政面においても外交(安全保障)においても、製造業の重要性はむしろ高まっている。
まず、内政面においては、政権基盤を確保するために中間層の支持が欠かせない。特に2016年の大統領選挙以降、いわゆる「ラストベルト(Rust Belt:アメリカ合衆国の中西部地域と大西洋岸中部地域の一部に渡る、脱工業化が進んでいる地帯)」の労働者の支持をつなぎとめることは重要であり、そのためには製造業を再建する取り組みが必要である。
そもそも、米国は建国以来、安全保障の観点から製造業を重視してきた。ロッキードマーチン社のエンジニアリングおよびプログラムオペレーション担当副社長のジェフ・ウィルコックス氏は、2017年5月23日の全米アカデミーズ主催のワークショップにおける基調講演で、製造業に関するアレクサンダー・ハミルトンのレポート3を取り上げ、『ハミルトンは防衛産業基盤を持たないことがいかに危険であるかを理解していた』こと、ジョージ・ワシントン初代大統領が最初の一般教書演説において、『自由な国民の安全と利益のために基本的物資を他国に依存しない国を作る、そのためには製造業は不可欠であり、これを振興することが必要であることを宣言した』こと、さらに『ハミルトンは実際にニュージャージー州パターソンの滝を動力に利用するための官民連携を形成し、この地に産業クラスターをつくるのに貢献した』ことなどを紹介した4。
この建国の父たちの問題意識は今でも有効であり、高度に産業が発展した現在、この問題はセキュアなサプライチェーンの確保というテーマにつながる。日本においては、例えば東日本大震災の際に物流網が遮断されたり、工場に大きな被害が生じたりした際は、その影響は被害を受けた地域や工場に留まらず、そこから部品などの供給を受けている工場の操業にも影響が発生することはすでに経験済みであり、サプライチェーンの重要性は認識されているところである。また、外交上の圧力としてレアアース等の供給を止められるというようなことも、尖閣諸島で海上保安庁の船に体当たりしてきた中国の漁船の船長を逮捕した際に経験したことである。
グローバリゼーションによってサプライチェーンは国際的に広がっており、かつ、スケールメリットにより様々な製品が少数の製造者によって提供されるようになっている。代表的な例が半導体である。現在、半導体は軍用、民生用を問わず広範な製品に利用され、21世紀における「石油」ともみなされている。なお、その生産能力は台湾が世界の約5分の1を占め、半導体の受託生産に関してはTSMCなどの台湾メーカーが約6割を担っている5。政治的な理由によって、そのような製品の供給が左右されるようであれば、経済全般に大きな影響が発生する。先にも述べたように、従来から外交手段として経済は利用されてきたが、経済と安全保障がより結びつきやすい状況が生まれている。
さらには情報化が、製造業が安全保障に与える影響を大きくしている。米国はファーウェイやZTEなど、中国製のIT製品にはバックドアが設けられており、データを盗む出す恐れがあるとして、国内および同盟国に対し、安全保障にかかわる部局では中国製の端末を使うべきではない、5Gネットワークの構築に中国製品を使うべきではないといった働きかけを行っている6。一方、中国も米国の電気自動車メーカーであるテスラの自動車には自動運転を支える多数のカメラやセンサーが搭載されており、それらによってデータが収集されて米国に送られる懸念があるとして、人民解放軍や機密情報を扱う関係者等にテスラ車の利用を事実上禁じたとの報道がある7。現在、様々なサービスがスマートフォンなどの情報通信機器で提供され、また様々な製品にITが組み込まれ、利用状況などのデータが収集・ネットワークされている。米国が競争相手と名指しする中国には、国民や企業に国家の諜報活動への協力を義務付ける「国家情報法」が2017年より施行されている現在、日々の生活を支える基盤が安全保障にかかわる可能性をもっており、その基盤を誰が製造した製品で構築するか、その基盤を誰が運用するか、ということが問題になるようになった。
冒頭に既述したように、今や製造業は米国経済の1割を担うに過ぎないが、社会の安定や安全保障にとって今でも極めて重要な産業であり、米国はその維持・再建に大きな努力をしている。
2. 中間層を重視するバイデン政権
バイデン大統領は2021年1月20日に行った就任演説において「中間層を立て直す(rebuild the middle class)」と発言し、2月4日に国務省で行った演説では「中間層のための外交政策」という発言を行った。
2016年の大統領選でトランプ氏が勝利する原動力となったのは、ラストベルトの製造業での職を失ったり、不安定な状態に置かれたりした人々だった。ラストベルトにあるウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルベニア州は大統領選挙のたびに接戦となるスイング・ステートの代表的な州で、ここでの勝敗が大統領選に大きな影響を与える。選挙戦でトランプ氏は彼らの生活が苦しいのは間違った通商政策のせいだと訴え、保護主義政策を打ち出した。対抗馬であり、TPPを推進したオバマ政権で国務長官を務めていたヒラリー・クリントン氏もTPPへの反対姿勢を明確にせざるを得なくなった。結局、この3州では全てトランプ氏が勝利している。
2020年の大統領選挙においても、ラストベルトの住民を含む中間層にアピールする政策を打ち出す必要があった。2020年9月にカーネギー国際平和財団は、アメリカ外交について中西部に住む人々がどのような考えを持っているかを2017年から調査した報告書「中間層にとってよりよき外交政策に向けて」を発表した。この調査は「グローバル化と技術革新によって産業構造が変化し、自らが従事する産業が衰退する中で、これらの労働者たちはいよいよ、政策エリートたちによって自分たちの利益が無視されているという憤懣を募らせていった。この怒りのパワーを吸収し、政治的なパワーに変えたのがトランプである」8という反省のもとに行われたもので、この報告書の共同執筆者の一人が国家安全保障担当大統領補佐官に就任したジェイク・サリバンであり、彼が「中間層のための外交」というアイデアを持ち込んだと言われている9。
バイデン大統領の演説の原文を参照すると、「もはや外交政策と国内政策に明確な線引きはない。我々の海外でのあらゆる活動に関してアメリカの労働者家庭のことを留意しなければならない。中間層のための外交政策を進めるには、国内の経済再生に早急に取り組むことが必要だ(There’s no longer a bright line between foreign and domestic policy. Every action we take in our conduct abroad, we must take with American working families in mind. Advancing a foreign policy for the middle class demands urgent focus on our domestic economic renewal)」10とあり、「技術革新やインフラへの投資による雇用創出を、外交と一体で進める方針」11が示されている。ここでも製造業は大きなウェイトを占めると考えられる。
3. 米国にとっての製造業
(1) 前政権の否定が続く米国
筆者は、2016年6月から2018年2月までワシントンDCにあるシンクタンク、CSIS(Center for Strategic and International Studies)に客員研究員として滞在していた。ちょうど、トランプ氏が大統領予備選に勝利し共和党大統領候補になってからトランプ政権の1年目にあたる期間である。その時期から既にトランプ氏のスタンドプレー的な政治が目立ち、多くの閣僚や政権幹部が更迭されたり辞任したりしたことが注目を集め、また省庁のキャリア官僚の退職に関するニュースをしばしば目にした。
場当たり的と言われることのあったトランプ政権であるが、オバマの政策をひっくり返す、オバマのやらなかったことをやるという点では一貫していると冗談交じりで言われていた。
例えば、環太平洋経済連携協定(TPP)に関しては、2017年1月23日に「永久に離脱する」という大統領命令に署名した12。2017年6月1日には、地球温暖化対策の「パリ協定」から離脱する考えを明らかにした。(2019年11月4日に正式に手続きが始められ、翌年20年11月4日に正式に離脱)13。2018年5月8日には、2002年にイランの核開発が発覚して以降紆余曲折を経て2015年にようやく合意できた「イラン核合意」から離脱した14。オバマ前大統領がまとめた代表的な国際合意が次々とひっくり返された。また、2017年4月6日に、化学兵器を使用して多数の死者を出したシリアに対し、アサド政権軍の支配下にある空軍基地を巡行ミサイルで攻撃した。ちなみに、このミサイル攻撃は保守とリベラル双方から高く支持された、トランプ政権では珍しいことだったが、これも、2013年8月にオバマ前大統領がアサド大統領に化学兵器の使用がレッドラインと警告しておきながら、シリアが化学兵器を使用した際に適切な対応をしなかったことに対し、自分はオバマ氏とは違うということを示したかったこともあるだろう15。
そもそも、トランプ氏の2016年の大統領選出馬にはオバマ氏への私怨があると言われている。2011年のホワイトハウス記者会夕食会で、オバマ大統領(当時)は、「オバマはアメリカ生まれではないのではないか」などとメディアで盛んに話していたトランプ氏を、仕返しとばかりにジョークのネタにし、徹底的にからかった。トランプ氏の政治顧問を務めたことのあるロジャー・ストーン氏は、トランプ氏が大統領選への出馬を決意したのはその時だと語ったインタビューが公共放送サービス(PBS)で放映されている16。こういうことを考えると、自分の支持基盤の利害と一致することも確かながら、オバマ政権の成果をつぶしていくのがトランプ政権の政策という評価も一笑に付すことはできない。
その後、2020年大統領選挙でジョー・バイデン氏が勝利し、2021年1月20日の就任演説で、国民の結束を訴える一方、トランプ政権の政策を次々とひっくり返している。
就任初日に、「パリ協定」への復帰、カナダから米中西部まで原油を運ぶパイプラインの建設認可の取り消し、アラスカ州北東部の北極圏国立野生生物保護区での石油・ガス開発に向けたリース活動の停止措置など、トランプ政権の環境対策を後退させるような政策全ての見直しを指示した。同じく就任初日にトランプ政権の移民規制の撤廃に着手し17、2月11日にはトランプ政権の移民流入阻止のシンボル的な政策だったメキシコ国境沿いの壁建設を進めるために出されていた非常事態宣言を解除した18。
このようにまるでオセロゲームのように政策転換が行われてきたのだが、実は目立たずに継続されている政策もある。その一つが製造業の強化である。
(2) 2000年からの製造業における急激な雇用の喪失
米国の製造業は1960年代後半から1700万人以上の雇用を生み出してきた19。しかし、2000年から2010年にかけてその約3分の一もの雇用を急速に失った。この10年間で56,000社もの企業体が操業をやめ、その内37,000社は従業員49人以下の中小企業だった20。製造業における雇用減は2010年には底を打ち、新型コロナパンデミック前で約1,280万人にまで回復している21。2009年はリーマンショックによる大不況に見舞われた年であるが、製造業の雇用減はリーマンショックの10年ほど前から激減しており、景況悪化による一時的なものではないことは明らかである。
この製造業の雇用減の原因に関して、グローバリゼーションや貿易によるものか、それとも技術革新や自動化によるものか、という議論が、筆者がワシントンDCに滞在していた2016年から2018年にかけても盛んに行われていた22。筆者はどちらが正しいのか判断する知見を持ち合わせないが「グローバリゼーション、通商協定、ドル高、自動化、金融化、企業の短期的な成果を重視する姿勢、いわゆる産業公共財(so-called industrial commons)を維持する支援の欠如が関係している」23というように、原因は複合的なのであろう。
グローバリゼーションや通商政策を批判し、このような急激な製造業における雇用喪失のインパクトが大きかったラストベルト地域の労働者の支持を集めたトランプ氏が大統領選に勝利し、高関税の導入などにより保護政策を取ることによって国内製造業を守ろうとした政策が注目を集めた。しかし米国の製造業の再建はトランプ前大統領によって始まったことではなく、オバマ元大統領のときからテーマになっていたことである。
(3) オバマ政権の製造業振興
オバマ元大統領は、リーマンショック(2009年9月)による金融危機、そして大不況のさなかに大統領に選出されたこともあり、金融改革に取り組むともに、実物経済重視の姿勢を打ち出し、2009年1月の就任演説、同年2月の施政演説、2010以降の毎年の一般教書演説で繰り返し、技術革新(特に風力発電や太陽光パネルなどのグリーンエネルギーやバイオ)、社会基盤(道路、橋梁の再建、ブロードバンド回線の敷設、大量輸送機関の拡充など)、教育に力を入れると述べてきた。さらに、2012年1月24日の第3回一般教書24においては、「景気後退の遥か以前に、雇用と製造の海外移転が始まった」と述べた上で、「我々は、アウトソーシングや悪しき負債、偽りの金融利益によって弱体化した経済に戻るつもりはない。今夜私は、前進すべき方法について話し、永続する経済―米国のもの作りや米国のエネルギー、米国人労働者の技術力、米国の価値観の刷新に基づく経済―を建設する青写真を示したい。この青写真は米国の製造業から始まる」と述べた25。そして国内で生産する企業に有利になるような税制改革や、不公正貿易の是正に取り組むとともに、科学や技術分野における成長産業の職に対応できるような職業訓練の充実について述べた。技術革新や職業訓練については、次章で詳しく紹介するManufacturing USAという試みにおいて具体的に展開された。
(4) Manufacturing USA26
1) 概要
Manufacturing USAは、技術開発、サプライチェーンの形成、人材育成において、大規模な官民連携を推進することにより、先端製造業における米国のグローバルリーダーシップを確保しようというネットワークであり、2014年に発足した。
Manufacturing USAは、米国で発明されたものを米国内で熟練労働者によって製造されるようにするための活動であり、以下のような目的が掲げられている。
①生活の向上:Manufacturing USAの各研究機関によって生み出されるイノベーションは労働者をアシストする製品、建築物をより安全で省エネルギーなものにする製品、生命を守る製品を作りだす
②経済の強化:米国の国際競争力を強化するために重要な製造技術のR&Dを推進し、イノベーションの恩恵を最大限に享受する
③安全保障の確保:サイバー・経済・エネルギー・食料・健康セキュリティにとって重要かつ強力な先端製造業セクターを支援する。国内の製造業とテクノロジーに注力したネットワークがアメリカの繁栄を確かなものにする
④次世代のエンパワーメント:教育機関と連携し、ワークショップや授業、インターンシップ、実習によって先端製造テクノロジーの教育を推進する
Manufacturing USAの活動は、国防省、商務省、エネルギー省の3省がスポンサーになり、さらに6つの連邦官庁(教育省、労働省、農務省、保健福祉省、航空宇宙局(NASA)、国立科学財団(NSF))がこの活動を支援している。
Manufacturing USAは、National Institute of Standards and Technology(アメリカ国立標準技術研究所、NIST)内に本部が設置された省庁横断的なAdvanced Manufacturing National Program Officeによって運営されている。Advanced Manufacturing National Program OfficeはPresident’s Council of Advisors on Science and Technologyからの勧告によって2014年に試験的にスタートしたが、ミッションに変更なく今日まで活動している。Advanced Manufacturing National Program Officeのミッションは①製造業におけるイノベーションにフォーカスした産業界主導の官民連携を形成し、大学と連携した活動を行うこと、②連邦政府横断的な先端的製造業のための施策を立案・遂行し、省庁間連携と情報共有を推進すること、③連邦政府のリソースと施策を調整し、米国製造業における技術移転を促進し、企業が新技術や新製品をスケールアップするにあたって直面する技術的な困難を克服する支援を行うことである。
2) 16の研究機関
Manufacturing USAでは16の研究機関(表1)が、民間企業、政府機関、学術機関のハブとなり、科学技術の応用、新製品の開発、コストやリスクの低減、人材育成などを行っている。
表 1 Manufacturing USAの研究機関27
名称 | 所在地 | 専門領域 | 専門技術 | 概要 |
---|---|---|---|---|
AFFOA (Advanced Functional Fabrics of America) | マサチューセッツ州 ケンブリッジ | 先進ファイバー、テクスタイル |
| 伝統的な繊維(ファイバー)、糸(ヤーン)、織物(ファブリック)を高度に洗練・統合・ネッワーク化されたデバイスやシステムに転換することによって製造業革命に取り組んでいる |
AIM Photonics (American Institute for Manufacturing Integrated Photonics) | ニューヨーク州 ロチェスター | 統合フォトニクス |
| 統合フォトニックソリューションを軍用・商用 わたってイノベーションから製品化への転換の促進に取り組んでいる |
America Makes | オハイオ州 ヤングスタウン | 付加製造(Additive Manufacturing) |
| 3Dプリンティングにおける技術開発、イノベーションに取り組んでいる |
ARM (Advanced Robotics for Manufacturing) | ペンシルベニア州 ピッツバーグ | 先進ロボティクス |
| 製造業イノベーションのエコシステムを実現するために分野横断的に産業界の実践と研究機関の知識を統合し、ロボティックス技術の発展と実用化に取り組んでいる |
BioFabUSA | ニューハンプシャー州 マンチェスター | 再生製造 (Regenerative Manufacturing) |
| 革新的な細胞および組織培養とバイオファブリケーション、自動化、ロボット工学等と統合し、創造的な研究開発と実用化に取り組んでいる |
BioMADE (Bioindustrial Manufacturing and Design Ecosystem) | ミネソタ州 セントポール | バイオ製造 (Bioindustrial Manufacturing) |
| 持続可能で、国内で完結したバイオインダストリアルのマニュファクチャリングエコシステムの構築に取り組んでいる |
CESMII (The Smart Manufacturing Institute) | カリフォルニア州 ロスアンジェルス | スマート製造 |
| 先進的製造業の効率性を向上させるスマートセンサーとデジタルプロセッシングの開発に取り組んでいる |
CyManII (The Cybersecturity Manufacturing Innovation Institute) | テキサス州 サンアントニオ | 製造業のおけるサイバーセキュリティ |
| 高度なサイバーセキュリティを確保したエネルギー効率的な製造業とサプライチェーンの導入に取り組んでいる |
IACMI (The Institute for Advanced Composites Manufacturing Innovation) | テネシー州 ノックスヴィル | 先進複合材料 |
| 車両、風力タービン、圧縮ガス貯蔵用の高度なポリマー複合材料の低コストでエネルギー効率的な製造技術の開発と実用の推進に取り組んでいる |
LIFT | ミシガン州 デトロイト | 軽量素材 |
| 軽量化素材の先端的な製造技術の開発と実用化に取り組んでいる |
MxD (Manufacturing times Digital) | イリノイ州 シカゴ | デジタル製造 |
| 米国国内の工場へのデジタル設計・製造技術の普及に取り組んでいる |
NextFlex | カリフォルニア州 サンノゼ | 柔軟なハイブリッドエレクトロニクス |
| 柔軟なハイブリッドエレクトロニクスの開発と実用化に取り組んでいる |
NIIMBL (The National Institute for Innovation in Manufacturing Biopharmaceuticals) | デラウェア州 ニューアーク | バイオ製薬製造 |
| バイオ製薬の効率的かつ柔軟な製造能力の開発およびバイオ製薬人材の育成に取り組んでいる |
Power America | ノースカロライナ州 ローリー | ワイドギャップ半導体 |
| 炭化ケイ素と窒化ガリウムで作られた高度な半導体コンポーネントの利用促進に取り組んでいる |
RAPID (Rapid Advancement in Process Intensification Deployment Institute) | ニューヨーク州 ニューヨーク | モジュラー化学プロセス強化 |
| 分子レベルでのプロセスを最大化し、エネルギー効率的な化学反応を生み出す技術に注力している。 |
REMADE (Reducing Embodied-energy And Decreasing Emissions) | ニューヨーク州 ロチェスター | 持続可能製造 |
| 金属やファイバー、ポリマー、電子廃棄物等のリユース、リサイクル等に必要な技術のコストダウンに取り組んでいる |
3) 活動状況
2019年度、Manufacturing USAには1,920もの団体(その61%が製造業者で、そのうち7割が従業員数500名以下の中小企業)が参加し、561のR&Dプロジェクトを遂行した。先端製造業の人材育成プログラムには39,876名の学生、労働者、および教師が参加。連邦政府、州政府および産業界がこれらの活動に4億8800万ドルを投資した28。
Manufacturing USAの活動費(支出額)はオバマ政権時の2016年度(2015年10月1日~2016年9月30日)が3.34億ドル、トランプ政権以降の2017年度が2.99億ドル、2018年度が5.00億ドルとなっており、参加メンバー(企業、研究教育機関、政府関係機関、NPO)数も2016年度は830、2017年度は1291、2018年度は1937である29。過去を振り返っても、若干の増減はあるものの、オバマ政権、トランプ政権を通じて着実に活動を継続したと言って間違いないだろう。次章でバイデン政権の政策について述べるが、Manufacturing USAの活動はバイデン政権の重点政策と合致しており、ますます活動を充実させていくものと思われる。
4) (参考)Manufacturing USA設立の経緯30
2011年6月、President’s Council of Advisors on Science and Technology(大統領科学技術諮問委員会)の勧告により、Advanced Manufacturing Partnership(先端製造パートナーシップ、AMP)が設立され、ダウケミカルカンパニー社長、会長兼CEOのアンドリュー・リベリスおよびMIT学長のスーザン・ホックフィールドがAMPを主導した。
AMPは、米国の先端製造業を変革し活性化する可能性のある新技術、政策、パートナーシップへの開発と投資を促進する、産官学の協力機会を特定し、 2012年に一連の推奨事項をまとめた「先端製造業における競争優位性の獲得に関する大統領への報告」、2013年1月に「マニュファクチャリング・イノベーションのための全国ネットワーク:暫定設計」を発表した。
2013年9月、製造業の良質な雇用を創出し米国のグローバル競争力を強化する新技術において、「米国のリーダーシップを確保するためには新たな分野横断的な全国的な取り組みが必要である」ことを論じたAMP 2.0最終報告書が発表された。そして産業界、学界、労働分野のリーダーからなるステアリングコミッティは、大統領科学技術諮問委員会のワーキンググループと位置づけられた。
2014年12月、議会は、Revitalize American Manufacturing and Innovation Act(米国製造業及びイノベーション再活性化法、RAMI法)を成立させ、これによりAdvanced Manufacturing National Program Office の設立、商務省による製造業イノベーション機関設立に向けた「オープントピック」コンテストの開催が承認された。2016年2月には2015年度年次報告書と最初の3カ年戦略計画が発表され、その後、2016年度、2017年度、2018年度年次報告書が発表され、2021年1月に新たな戦略計画と2019年度議会報告書が発表されている。
4. バイデン政権の政策
(1) 米国救済計画と米国雇用計画
バイデン大統領はオバマ政権で副大統領を務めていたことから、バイデン政権にはオバマ政権内にいた人材が起用されている。「第3期オバマ政権」31と揶揄されることもあるように、方針として掲げていることはオバマ元大統領が一般教書演説等で語っていた内容と大差ない。しかし、コラムニスト、モーリン・ダウド氏によると、「ジョー・バイデン氏は、オバマ政権の中心メンバーだったことは一度もなかった。…オバマ氏とバレリー・ジャレット元大統領上級顧問ら側近が頭でっかちで、勝つことよりも正しくあろうとするのを、バイデン氏は副大統領として心配していた」32。オバマ元大統領が抑制的、議会と妥協的であったのに対し、バイデン大統領は「思い切って行く(go big)」と大型の施策を打ち出している。
まず、「米国救済計画」として打ち上げられた1.9兆ドル規模の新型コロナ追加経済対策は民主党単独で議会を通過させた(3月6日上院通過、3月10日下院再可決)33。さらに「Build Back Better」34に向けて、数百万の優良な雇用の創出、インフラの再建、そして中国との競争に打ち勝つために「米国雇用計画」を打ち出した35。この計画は、特にインフラとクリーンエネルギーに重点を置いた提案と、ケア・エコノミーに重点を置いた提案の2つの提案に分けて具体化されそうである。前者のインフラストラクチャー・プランについては、今後8年間にインフラの改善および自然エネルギーへの転換に約2兆ドルを支出するというもので、道路や橋梁、鉄道等の輸送部門に6210億ドル、ホームケアサービスに4000億ドル、製造業に3000億ドル(内、半導体に500億ドル、医療関係に300億ドル、その他グリーンエネルギーや地方の中小企業振興、地方のイノベーション・ハブの形成など)、住宅建設に2130億ドル、R&Dに1800億ドル、水道に1110億ドル、学校に1000億ドル、デジタルインフラに1000億ドル、労働力開発に1000億ドルといった内容が盛り込まれている36,37。
このインフラストラクチャー・プランに対して、共和党上院議員が5年間で5680億ドル規模の独自のインフラ提案を明らかにした他、民主党および共和党の議員が共同で対案を検討しているという報道がある38,39。
(2) 技術革新に向けた超党派の法案:Eternal Frontier Act
技術革新については、上院民主党院内総務が共和党のヤング議員他と超党派でEternal Frontier Actを4月20日に提出している。この法案は、国立科学財団に技術およびテクノロジーを所掌する新しい部局の新設、地域におけるテクノロジーハブの形成、経済安全保障、科学、リサーチ、イノベーション、製造業および雇用創造のための戦略およびレポートの策定、重要物資のサプライチェーンの強靭性の確保を目的として、今後5年間に約1120億ドルを投じるというものである。この法案では、以下の10の重点分野が提示されている:
①AI、機械学習、その他のソフトウェアの発展、②ハイパフォーマンスコンピューティング、半導体、先端コンピューターハードウェア、③量子コンピューティングおよび情報システム、④ロボティクス、自動化および先端製造業、⑤自然および人為的災害の防止または緩和、⑥先端コミュニケーションテクノロジー、⑦バイオテクノロジー、医療テクノロジー、ゲノミクスおよび合成バイオロジー、⑧サイバーセキュリティ、データストレージおよびデータマネジメントテクノロジー、⑨先端エネルギー、電池および工業の効率性、⑩先端素材科学、エンジニアリングおよび他のキーテクノロジー重点分野関連の探索40
国立科学財団における技術およびテクノロジーを所掌する新しい部局の新設については、米国が基礎研究については大きな成果を上げていながら、それを必ずしも国内で製品化できていないという問題意識があると思われる。前述の全米アカデミーズ主催のワークショップでヘルパー氏は、イノベーションプロセスにおいて、政府や大学は基礎研究などの初期段階(上流工程)に投資し、民間部門はシステム開発や試験といった後期段階(下流工程)に投資し、技術開発や技術デモといった中間段階への投資が手薄くなっていると指摘。このギャップを埋めるためにはManufacturing USAといった官民連携の研究機関が製造業関連のR&D投資を担うことが重要と説いた41。部局新設は、こうした問題提起に応える施策と考えられる。
(3) 労働力開発
バイデン大統領は2021年4月28日(米国)に行った施政方針演説において、21世紀においては他国と競争するのに12年間の公教育では不十分であるとし、3歳から4歳児向けの就学前教育と2年間のコミュニティカレッジを加えて、公教育を4年間延長すると述べた。就学前教育を加える理由として、質の高い就学前教育を受けた子供たちは高校の卒業率や高校以上学校への進学率が高まるという研究成果があることを挙げている。コミュニティカレッジを追加する理由についてはここでは特に述べてはいないが、筆者がワシントンDCに滞在時に、コミュニティカレッジでは職業訓練が充実しており、また、最近の製造業においては4年制大学の学位までは必要ないが、高校卒の知識では不十分であることからコミュニティカレッジでの学習が米国の労働力強化には必要という論調がよく聞かれた。
これは民主党もしくはリベラルにのみ支持されている施策ではない。2016年に保守系のシンクタンク(OPPORTUNITY AMERICA, AEI, MANHATTAN INSTITUTE等)の主催で、基調講演にポール・ライアン下院議長(当時)を招き、貧困や経済流動性に関する大規模なカンファレンスを開催した。そこにおいても、コミュニティカレッジなどと地元企業の連携による見習い制度(Apprenticeship)や職業訓練の充実について論じられていた42。
(4) サプライチェーン
バイデン大統領は2021年2月24日に、サプライチェーンに関する大統領命令を出している43。経済の繁栄と安全保障を確保するためには強靭で分散した確実なサプライチェーンが必要であり、このようなサプライチェーンは国内製造業を再建・再活性化し、研究開発における米国の競争力を維持し、給料の良い雇用を生み出すと謳い、100日以内に半導体製造と半導体先端パッケージ、高容量バッテリー、レアアースなどの重要鉱石および戦略物資、医薬品および医薬品有効成分のサプライチェーンのレビューを命じた。さらに各省庁に1年以内に所掌分野のサプライチェーンの評価を行うよう命じた。このバイデン大統領の命令は広範な分野にわたる包括的なサプライチェーンのレビューと評価を命じるものであるが、防衛産業におけるサプライチェーンに関しては、トランプ前大統領も2017年7月21日に大統領命令13806号(米国製造業および防衛産業基盤とサプライチェーンの強靭性の評価と強化)を出しており、バイデン大統領の本命令は、その報告書のアップデートを求めている。国防分野に関しては特に民間のサプライチェーンが競争国に依存している部分を特定することを求めているが、バイデン政権になってにわかに登場したテーマというわけではない。重要な鉱物については、2020年9月に「敵国に重要鉱物を依存することから生じる国内サプライチェーンへの脅威の評価と国内鉱業と加工産業への支援」という大統領命令13953号が出されている。
5. まとめ
米国経済の1割を占めるに過ぎない製造業が重要な理由として、製造業は①経済成長を持続させ、②良質な雇用を生み出し、③安全保障における国家的な役割を遂行するという3つの理由が挙げられる44。製造業は民間のR&D支出の68%を占めており、イノベーションを生み出す主要部門である45。このイノベーションが経済成長を生み出し、高性能の武器を作り出すことによって国防に貢献する。また、このイノベーションによって、製造業は単に兵器製造というだけでなく、戦争の在り方も変えてしまう。製造業の賃金は時間単金としては必ずしも他産業と比べて高いわけではないが、年間での労働時間が長く、年収ベースで見れば、製造業のブルーカラーの平均収入64,395ドル(2015年)は、近年製造業より雇用の増えている小売業、ヘルスケア、社会支援(social assistance)、宿泊・食事サービス部門より高い46。
製造業も多様であり、高度なスキルを必要としない部門は低賃金の新興国に流れていき、こうした海外に移転していく部門の労働者はスキルを要しない仕事に移動していくことになる。スキルを要しない仕事の賃金は低く、結果的に高校卒程度の学歴で地元の工場で働いてきたブルーカラーの生活は、グローバリゼーションや自動化などの技術革新によって苦しくなっていき、米国の中間層の衰退という形をとって、社会の分断や不安定を生み出すことになったのである。こうした状況を変えていくためには、保護主義的な政策だけでは不可能であり、技術開発の発展による製造業の高度化とその高度化に対応できる(高度化された製造業で仕事ができる知識とスキルを身につけた)労働力開発が不可欠である。
このような取り組みは、政策が大きく振れているこの約10年間も一貫して続けられてきたことであり、今年1月に発足したバイデン政権においても、ますます強化されていくことと考えられる。