「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート

第2回:「第三のオフセット戦略」における技術イノベーション

~米軍の新たな軍事イノベーション構想「第三のオフセット戦略」の概要と重視されている最新テクノロジー~

NTTデータ経営研究所
社会システムデザインユニット・グローバルビジネス推進センター
シニアスペシャリスト 新開 伊知郎

エグゼクティブ・サマリー

米国は、大規模な戦闘部隊および兵站基盤をグローバルに展開し、前線に集中投下した戦力を統合的に活用してハイテンポで戦闘を展開するという戦い方を強みとしている。この戦い方は、衛星、航空母艦、前方航空基地、兵站/作戦部隊コントロールノードといった少数の重要資産に依存しており、敵国はこれらを攻撃することによって、自国の領域や影響力を行使したい領域への米軍の展開を妨げることに努力している(米国はこれをA2/AD(Anti-Access/Area Denial)と呼んでいる)。米国は、軍事イノベーションによって敵のA2/AD能力を相殺(オフセット)することを構想している。これがいわゆる「第三のオフセット戦略」である。この構想において重視されている技術イノベーションは、AI、自動化、ステルス機能、サイバー、指向性エネルギー1などである。

1 レーザーなど指向性のあるエネルギーで、これを目標に照射することにより目標物を破壊したり機能停止させる兵器の開発が進められている。

1. はじめに

米国は技術力およびイノベーションを生み出す力が自国の強みであると認識し、安全保障上の優位性を確立・維持していくために、積極的にイノベーションを軍に取り込もうとしている。ここでのイノベーションとは多重的なものであり、強力な兵器を生み出す技術イノベーション、時代によって変化する戦争の様相に対応する戦闘の在り方のイノベーション、イノベーションを生み出し活用する組織の形成および組織を運用する方法の革新(マネジメントのイノベーション)などを含意するものである。

2014年にチャック・ヘーゲル国防長官(当時)は、「国防イノベーションイニシアチブ(Defense Innovation Initiative)」に取り組み、「第三のオフセット戦略(Third Offset Strategy)」を生み出すという方針を発表した2。森法政大学教授は、オフセット戦略を「兵器、システム、作戦概念を新たな形で組み合わせることで敵国の軍事的優位を相殺して余りある軍事的能力を確保し、もって抑止力を生み出す戦略」3と説明している。

オバマ政権の間に「第三のオフセット戦略」というタイトルを持つ公式文書は発表されず、「そもそも『第三のオフセット戦略』とは、米国の優位性を揺るがす競争相手の動きや状況変化にどう対応するかを考えるためのフレームワーク、解というより問いである」といった発言を2016年10月にアシュトン・カーター国防長官(当時)やポール・セルバ統合参謀本部副議長(当時)が行っている4

トランプ政権ではオフセット戦略という用語は使われなかったようだが、イノベーション構想は国防省の最重要課題の一つとして位置付けられた5

したがって「第三のオフセット戦略」とはバズワードのようなものであり、公的に確立したものがあるわけではないが、安全保障コミュニティにおいてある程度の共通理解は存在する。本レポートでは、米軍の問題意識を探り、特にどのような技術に関心が向けられているかをサーベイする。

2 Reagan National Defense Forum Keynote, Nov. 15, 2014,

https://www.defense.gov/Newsroom/Speeches/Speech/Article/606635/

3 森聡「第5章 米国の「オフセット戦略」と「国防革新イニシアティヴ」」、『米国の対外政策に影響を与える国内的諸要因』日本国際問題研究所、2016、p53、

http://www2.jiia.or.jp/pdf/research/H27_US/

4 2016年10月28日にワシントンにあるシンクタンク、CSIS(Center for Strategic and International Studies)が主催した「第三のオフセット戦略」をテーマとするカンファレンス「Assessing the Third Offset Strategy」での発言

5 防衛省「令和2年度版防衛白書 第Ⅰ部第2章第1節米国①安全保障・国防政策」

https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2020/html/n12101000.html

2. 「第三のオフセット戦略」に先行するオフセット戦略 6

(1) 第一のオフセット戦略「ニュールック戦略」

第一のオフセット戦略とみなされているのは、1950年代のアイゼンハワー政権の「ニュールック戦略」である。この戦略のポイントは、核兵力、長距離で活動できる空軍力および弾道ミサイルにおける米国のリードを梃子に、戦争状態になった場合は重大な報復を行うというものである。

この戦略は、ワルシャワ機構軍の通常兵力がNATOのそれを量的に圧倒しており、またソ連は自分たちに好都合な場所やタイミングで局地戦を行うことによって米国を疲弊させようとしているという状況分析の下、「共産勢力の侵攻を抑止できるに足る強力な軍事力を備えること」かつ「そのような軍事力を経済を疲弊させることなく維持すること」という2つの原則に基づいて立案された。単純化すれば、敵国の通常兵器の優位性を、核兵器の優位性で相殺するというものであった。

この戦略は、ソ連が核兵器を増強し、またその運搬能力を向上させたことによって、転換を迫られることになる。

6 この章については、Robert Martinage, Toward a New Offset Strategy, Exploiting U.S. Long-term Advantages to Restore U.S. Global Power Projection Capability, Center for Strategic and Budgetary Assessments, 2014

(2) 第二のオフセット戦略「オフセット戦略」(The Offset Strategy)

第二のオフセット戦略は、1970年代後半、米国がまだベトナム戦争の疲弊から立ち直れず経済も不振な中、ソ連の核増強に対応しつつ、ヨーロッパでは数で勝るワルシャワ機構軍の通常兵力の増強と近代化にも対処しなければならないという状況のもとで、当時のハロルド・ブラウン国防長官とウィリアム・ペリー国防次官のイニシアチブで策定された「オフセット戦略」である。

これはテクノロジーを敵の数量的優勢を相殺するのに利用可能なリソースとして活用するもので、「オフセット戦略」では特に、①最新のインテリジェンス・監視・偵察(ISR)プラットフォームと戦闘管理能力の開発、②先進的精密攻撃兵器の配備、③航空機へのステルス技術の適用、④ISRや通信、精密誘導などでの宇宙空間の戦術的活用にフォーカスしている。

「オフセット戦略」の有効性は冷戦時代には試されることはなかったが、1991年の「砂漠の嵐作戦」で、偵察、通信、コントロール、通常兵器の集中投入および電子戦(electronic war)の統合が実践され、テクノロジーが兵力の効果を倍加させることが証明された。

以降、米軍はグローバルに空母打撃軍、有人戦闘機部隊、海兵遠征軍、陸軍旅団戦闘団などの大規模な戦闘部隊および兵站基盤を安全に前線に集中し、兵力を統合的に活用してハイテンポで戦闘を展開するという戦い方を行ってきた。

当然、敵国や競争相手はこれに対抗する手段を講じるため、米国のこの「勝利の方程式」が通用しなくなり、その遂行が困難になるという問題意識がある。これが「第三のオフセット戦略」が求められる背景である。

3. 「第三のオフセット戦略」の構想

(1) 「第三のオフセット戦略」の相殺対象、A2/AD

1995年、当時のクリントン政権が李登輝総統(当時)に訪米ビザを発給したことに対抗して、また1996年の台湾初の直接投票による総統選挙に圧力をかけるため、中国は台湾方面にミサイル発射実験や軍事演習を実施した。これに対して米国は、空母戦闘群を台湾海峡に派遣し睨みを効かせた。当時、中国は米軍の空母戦闘群に対抗する手段を持たず、この第三次台湾海峡危機は沈静化した。以降、中国は自国の影響力を及ぼしたい領域に、米軍がその軍事力を展開するのを阻止する努力を開始し、米国はそれをA2/AD(Anti-Access/Area Denial、接近阻止/領域拒否)と呼んでいる。

2016年10月に行われたカンファレンスにおいて、フランク・ケンドール国防次官(調達・テクノロジー・兵站担当)(当時)は、「米軍は衛星、航空母艦、前方航空基地、兵站/作戦部隊コントロールノードといった少数の重要資産に依存しており、敵国はこれらを狙って米軍の優位性を無効にするようデザインされたシステムを開発している」と述べた7

中国は海軍を増強し、短距離・中距離ミサイル(空母キラーと呼ばれる対艦弾道ミサイルやグアムキラーと呼ばれる中距離弾道ミサイル)の開発を進め、また、指揮・統制・通信・コンピューター、インテリジェンス、監視、偵察(C4ISR)を無力化するためのサイバー攻撃や衛星攻撃の能力を開発、向上させている。

米国の軍事予算はまだ中国の3倍以上あるが、グローバルに展開する米軍に対し、中国は自国周辺の安全保障に集中しており、台湾周辺などに限定すれば米国の優位性は必ずしも盤石ではない。第三のオフセット戦略は、米国の強みを相殺する中国のA2/ADをさらに相殺するものである。

7 脚注4と同じく、2016年10月28日にワシントンにあるシンクタンク、CSIS(Center for Strategic and International Studies)が主催した「第三のオフセット戦略」をテーマとするカンファレンス「Assessing the Third Offset Strategy」での発言

(2) 「第三のオフセット戦略」の重点技術領域

A2/ADによって、米国にとって以下のような作戦遂行上の課題が生じてきた8

①敵地・紛争地に近接した地域拠点(港湾や飛行場、地上設備など)が攻撃に対し脆弱になっている。

②海洋上の水上艦船や航空母艦に対する敵国沿岸からの発見、追跡、攻撃が容易になってきた。

③ステルス性のない航空機は近代的な統合防空システムによって撃墜されるリスクが高まっている。

④宇宙空間はもはや攻撃を免れた聖域ではない。

つまり、前述の米軍が依存する少数の重要資産の脆弱性が高まっており、ケンドール氏は、「第三のオフセット戦略では、これらの重要資産の一つの喪失が壊滅的な打撃にならないように、人工知能や自動化を活用して、狙われにくく分散された能力を保有し、より遠距離から作戦を行えるようにすることを重視する」と述べている9

より具体的には、同じカンファレンスで、ロバート・ワーク国防副長官(当時)が、第三のオフセット戦略のキーエリアとして、①自律的学習システム、②ヒューマンマシン協調意思決定、③機械援助型ヒューマンオペレーション、④先進的有人・無人システムオペレーション、⑤ネットワーク対応型の自律型兵器と高速発射体の5つを挙げた。ただし、このカンファレンスにおいて、カーター国防長官(当時)は、「これらの技術領域にフォーカスするとはいえ、それは決定的なものではなく、何がうまくいくか走りながら考えていく性格のもの」と述べている。繰り返しになるが、第三のオフセット戦略というのは、これまで述べてきたような問題意識や検討の方向性については安全保障コミュニティにおいて一定のコンセンサスがあるが、検討フレームワーク的な性格を持った発展途上のものなのである。

ワシントンDCのシンクタンクである戦略・予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments, CSBA)の報告書は、確実な撃退と非対称的な報復によって抑止力を発揮する「グローバルな偵察と攻撃(Global Surveillance and Strike(GSS))というコンセプトを提言している。GSSは同時にA2/ADを退けたり、米軍の伝統的な戦力投射作戦を実施する条件を整備したりするのに有効で、①多様な脅威に対応するローエンド(低烈度)プラットフォームとハイエンド(高烈度)プラットフォームのバランスのとれた構成、②地理的な分散、敵地・紛争地に近い基地への最小限の依存度、敵の防空能力からの感知されにくさ、また宇宙ベースのシステムの破壊に対する耐性、③短時間で信頼性の高い偵察・攻撃能力を配備できる即応性、④世界の複数地点に同時に影響力を行使できる拡張性を備えた、装備品や情報システムのネットワークである。本報告書は①無人システムと自動化、②長距離の隠密航空作戦、③水中戦、④複雑なシステムエンジニアとインテグレーションという米国のコアコンピテンスを活用することによって敵のA2/ADを相殺でき、さらにGSSを構築しうると論じている10

2019年3月には、グリフィン国防次官(研究・工学担当)(当時)が議会に対して「中露の技術進歩の速度に警戒感を表明しつつ、極超音速、指向性エネルギー、宇宙技術、自律型無人システム、サイバー、量子科学、マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジー、人工知能、機械学習およびネットワーク化された指揮統制・通信システムへの投資を通じて技術的優位性を再度確立し、維持するとの方針を示した」11

また、ハドソン研究所のアーサー・ハーマン氏は、2014年の武器輸出三原則の見直しに関する報告書「The Awakening Giant: Risks and Opportunities for Japan’s New Export Policy」で第三のオフセット戦略に言及し、日本はレーザー技術、先端的センサー、複合材料、ロボティックスなどに強みがあると評価している12

8 Robert Martinage, TOWARD A NEW OFFSET STRATEGY, CSBA, 2014, p23

9 Assessing the Third Offset Strategy, Oct. 28, 2016, CSIS

10 Robert Martinage, TOWARD A NEW OFFSET STRATEGY, CSBA, 2014, p19およびp49

11 防衛省「令和2年度版防衛白書 第Ⅰ部第2章第1節米国①安全保障・国防政策」

https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2020/html/n12101000.html

12 Arthur Herman, The Awakening Giant: Risks and Opportunities for Japan’s New Export Policy, Hudson Institute, December 2016.

4. 終わりに

CSIS(ワシントンDCにあるシンクタンク)は2021年秋に「国家安全保障における経済学:強制と勧誘のためのツール」という教育プログラムを計画している。このプログラムでは、パワーツールとしての経済制裁、重要資産を保護する技術管理、世界の安定と繁栄への投資である開発援助、市場開放とルール設定の通商政策、半導体のグローバルサプライチェーンといったテーマが取り上げられている13。「経済安全保障」という言葉は最近よく使われるようになったものだが、これらのテーマを見てわかるように、内容としては従前から行われていた活動であり、目新しいものではない。それにも関わらず、近年、経済安全保障ということが言われるようになったのは、軍事・非軍事に関わらず、サプライチェーンのグローバル化によってサプライチェーンの脆弱性が高まったこと、特に軍事関連では、軍備における民生品・民生技術の占める位置が大きくなってきたことにより、民間の経済活動が軍事領域に与える影響が近年特に増したことが挙げられよう。そのため、経済安全保障という言葉が使われる際には特にサプライチェーンや(管理対象になる技術開発も含めて)技術管理がフォーカスされる。

軍事的コンテキストからは、特にどのような技術が重視されるのかをサーベイしようというのが本レポートの狙いであった。第三のオフセット戦略が目指すイノベーションは、技術だけでなく作戦概念や軍組織のイノベーションも含む。本レポートで参考にしたCSISのカンファレンスでは軍組織の組織カルチャーに関しても議論が行われた。また、A2/ADに対抗する作戦概念の検討も進められている14。しかし、本レポートでは、前述した問題意識から、第三のオフセット戦略の技術イノベーションにフォーカスして取り上げた。

13 CSIS, Economics in National Security: Tools of Coercion and Inducement, CSIS Executive Education,

https://www.csis.org/programs/executive-education/current-programs/economics-national-security-tools-coercion-and,
他に米国のEconomics Statecraft、米国のイノベーション能力といったテーマが予定されている。

14 例えば青柳加奈子『米軍の対A2/AD作戦概念―ASB(Air-Sea Battle)OSC(Offshore Control)およびDBD(Deterrence by Denial)―」「エアー・パワー研究」第3号、航空自衛隊幹部学校航空研究センター、2016年12月

(参考)米国の国家安全保障戦略における中国の位置づけ

A2/ADの事例として中国のみを取り上げた。それは、中国が、現在米国が最も警戒している国であり、A2/ADは米軍の戦力投射能力を阻害しようという取り組みを総括した用語であるが、主に中国の動きを想定して使われることが多いからである。参考として、米国の国家安全保障戦略において中国がどのように位置づけられているかを紹介する。

2021年3月にバイデン政権は暫定国家安全保障戦略ガイドラインを公表した15。これはアメリカが今後世界とどう関わっていくかについてバイデン大統領のビジョンを提示するものであり、政府省庁にこのガイドラインに従って活動することと国家安全保障戦略を取りまとめていくことを指示している。本文書はパンデミックや気候変動、サイバーリスク、国際経済変動、人権侵害など包括的な課題を取り上げたものだが、国防に関しては、中国やロシアといった強国、イランや北朝鮮といった地域的な敵対国、そしてテロリストや過激派を脅威として挙げている。最新の国防戦略(National Defense Strategy)は2018年にトランプ政権の下でマチス国防長官がとりまとめたものであり、そこでは中国とロシアは既存の国際秩序を彼らの権威主義モデルに一致させようとする修正主義国家、イランと北朝鮮を核兵器の保有を追求したりテロリズムを保護したりすることによって地域を不安定化させようとする、ならず者国家(rogue regimes)と位置付けられていた。これらの国々に対処する方法は変わるかもしれないが、アメリカへの脅威として名指しされた国々はトランプ政権時の文書と同じである。

暫定国家安全保障戦略ガイドラインにおいて、特に中国は「経済、外交、軍事そして技術力を総合して、安定した開かれた国際システムに持続的に挑戦することのできる潜在能力を持つ唯一の競争相手」と位置づけられており、本文書で「ロシア」という国名が5回出てくるのに対し、「中国」は15回と3倍である。

ロシアは強力な核兵力と洗練された近代的軍を保有しているとは言え、GDPは1.7兆ドル(2019年)と米国(21.43兆ドル、2019年)と12分の1以下、人口は1.4憶人(2019年)で、米国(3.3憶人、2019年)の半分以下に過ぎない。米国は、国際システムにおける自国の優勢なポジションに総合的かつ長期的に脅威を与えることができるのは中国のみ、と照準を合わせたといっても過言ではないだろう。

15 President Joseph R. Biden, Jr., INTERIM NATIONAL SECURITY STRATEGIC GUIDANCE, March 2021,

https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2021/03/NSC-1v2.pdf
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