1.Govtech(ガブテック)とは何か
Govtechは、Government(政府)+Technology(技術)の組み合わせによる造語で、Fintech(金融)、Edtech(教育)、Sports-tech(スポーツ)と並んでテクノロジーによって政府や行政にイノベーションをもたらすこと、あるいはその変革を支える民間のビジネスやサービスを指している。
2019年はわが国における“Govtech元年”と呼ばれ、中央省庁や地方自治体のデジタル化に向けた大きなうねりが起きた。
弊社(NTTデータ経営研究所)では「経済産業省デジタルプラットフォーム構築事業」を平成30年度(2018年度)、令和元年度(2019年度)と2年連続で受託し※1 、我が国におけるGovtechの普及・推進に貢献してきた。2018年9月に「Govtechが拓く生産性革命 -デジタルガバメントmeetupー」を開催したのち、日本最大級のGovtechコミュニティである「Govtechを一緒につくる会」を立ち上げた。また、2019年には経済産業省が主催する日本で最初のGovteechカンファレンスである「Govtechカンファレンスジャパン2019」を1月に開催。2019年9月の「Govtechカンファレンスジャパン#02(第2回)」、2020年1月の「Govtechカンファレンスジャパン#03(第3回)」の開催について運営サポートを行った。
また「デジタルガバメントに関する諸外国における先進事例の実態調査」を通じ、米国、英国、シンガポール、インド、中国、デンマーク、エストニア、韓国の8か国におけるデジタル・ガバメントの状況・実態について各国政府関係者へのヒアリングを含めた調査分析を実施した。
本稿では、前編・後編にわけて、政府・行政のデジタル化とは何を指し、どこを目指すべきかについて、各国の状況と我が国との比較を基に考察するとともに、政府内部のGovtechの機運の盛り上がりや当局の取り組みを見てきた立場から、今後の課題について考察する。
2.デジタル・ガバメントは、「公共」や「行政」の役割を根本から変える概念
冒頭にGovtechという言葉の意味について少し触れたが、日本では「行政が民間企業のテクノロジーを活用して、行政手続の電子化などを進めること」という意味で解釈されることが多い。
しかし、筆者の認識は少し異なる。「民間企業のテクノロジーを活用して」という部分は、必ずしも「民間企業のテクノロジー」である必要はなく、行政自身がテクノロジーの開発・運用主体になってもよい。現にインドや韓国では、官民一体となってデジタル・ガバメント推進に取り組んでいるし、米国やシンガポールでは、民間からIT人材を政府内部に登用してデジタルサービスの開発・運用を行っている。また、ローコーディングといった開発ツールを活用することで、プログラミングなどの技術的な知識がなくても、マニュアルを作成するように業務の流れや利用データをツールに投入し業務を組み立てるだけで、簡易な情報システムを構築することも可能である。
米国陸軍をはじめとして多くの組織で導入されており、IT専門家ではない現場の職員が簡単なトレーニングで情報システムを作れるようになるという。「行政は民間からITシステムを調達するもの」という既成概念から変えていく必要がある。
もう1点「行政手続きの電子化などを進めること」という点にも違和感がある。税務申告や証明書交付申請などの行政サービスをオンラインで提供するような「電子化」だけでは、従来の「電子政府」と変わらない。既存の業務をどのようにITやオンラインで置き換えるかという視点から脱却し、デジタル化時代に即した行政サービスや業務の在り方を根本的に置き換えることについて考えていく必要がある。
ここで「デジタル・ガバメント」の意味について改めて考えたい。デジタル・ガバメントは、政府のデジタライゼーションのことであり、デジタル化時代に即して政府そのものを変革することを意味すると考える。他の業界の例でいえば、Amazon.comは、小売業界のデジタライゼーションの体現者といえるが、実店舗をベースにした小売サービスにおいて、POSレジや在庫管理システムを導入する「電子化」を行うアプローチではなく、Eコマースを前提とした社会における「モノを買う」という体験を根本から見つめなおし「モノを買う」体験を向上させるため、デジタル技術をツール(手段)として活用している。
具体的には、AIによるレコメンデーション、即日配達を可能にする物流システム、動画コンテンツなどの会員向けサービスなどを提供している。
すなわち、デジタライゼーションにおける変革の本質は、「ユーザ視点」ということである。行政・政府の場合には、ユーザは国民である個人や法人にどのような価値を提供するかを考えなければならない。
私がかつて行政側に籍を置いていた頃(10年以上前)は、まだ行政におけるユーザ視点の発想は弱く、誰のためになるか分からない業務を苦労してまわし、誰のためにあるか分からないシステムを高い予算をかけて調達していた(現在も大きく変わっていないと認識している)。
ちょうど、郵政民営化の折で、国民のためのサービスは政府に任せていては非効率なので、民間に委ねようではないか、ということで「官から民へ」の改革が行われていたが、その考え方から一歩進んで、政府自身が国民にとって価値のある行政サービスを提供する努力をしなければならないし、行政にしかできない役割について真剣に考える必要がある。
3.現在の政府内部のデジタル・ガバメントの検討状況
我が国では、2019年6月に改訂された「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画※2 」で以下のように定めている。
「行政のデジタル化の目的は、単に紙をデジタルに置き換えることではなく、BPRを進めつつ、デジタル技術を前提とした政策手法の改革や行政サービスの質の向上を進めることにある。これを実現するためには、政府の情報システムの一層の改革を進め、データの標準化、情報システム間の互換性、スムーズな情報連携、高度な情報セキュリティ対応等の確保を、統一性を確保しつつ効率的に実現していくことが必要となる。
そのため、統一的な政府情報システムの将来的なあり方(グランドデザイン)に基づく横断的かつBPRを意識したサービス視点での政府情報システムの整備・運用を実現する観点から、政府情報システムの統一的管理のための従来の取り組みを抜本的に強化する必要がある。」
また、昨年末策定された「デジタル・ガバメント実行計画※3 」(令和元年12月20日閣議決定改定)においても、グランドデザインを取りまとめることが定められていることから、内閣官房IT総合戦略室にデジタル・ガバメント技術検討会議を設置し検討を重ね、2020年3月に「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン(以下、グランドデザイン)※4 」を策定・公表した。
グランドデザインのポイントを以下にまとめる。
目標は、2030年の人口減少・高齢化社会に対応した『利用者中心』の行政サービスの実現
- 将来推計人口に基づいて、2030年における我が国の人口規模の減少、75歳以上高齢者が19.2%を占める超高齢化社会になること等を指摘し、地域によっては更に高齢化、限界集落化が進んでいく予測をしたうえで、企業・個人の活動のボーダレス化や価値観やライフサイクルの多様化、孤独社会の進展などの定性トレンドを踏まえて、2030年に向けた公共政策上の重要課題を挙げている。
- また、公共・行政サービスの状況として、地方公共団体では、コスト増加やリソース減少のなか、子育て・教育へのニーズの多様化と高度化、医療介護を必要とする高齢者の増加、老朽化したインフラ・公共施設の維持管理、自動運転等のモビリティ手段の変革などの課題があり、現在の一般的な行政サービス、平均的な利用者像を想定した提供者視点のサービスですら継続・維持が困難になることが指摘されている。
- これに対して、サービスの量や質を引き下げて「縮む」のではなく、人口減少や高齢化する社会をデジタル技術でサポートすることで、一人一人に寄り添った、利用者中心の行政サービスを通じて、より豊かな社会の実現に寄与していくことが、今後のデジタル・ガバメントの役割であると明言。
- テクノロジーの役割については、AIやクラウドサービスなどのデジタル技術を活用することで、一人一人に寄り添った、利用者中心の行政サービスが実現可能になること、デジタル分野では、市民自身がテクノロジーを活用して行政サービスの問題や社会課題を解決するいわゆる“Civictech”の活動は、我が国でも定着しつつあり、公共サービスの“担い手”の多様化が重要性を増すこと、について述べている。
デジタル・ガバメントの4つの柱を提案
(1)ユーザ視点の行政サービス
- 想定される利用者像を設定し、ユーザ体験を最適化していく「ペルソナ法」を採用すること、APIを活用することで民間サービスと融合し、利用者が日常的に使用しているスマートフォンやアプリのUI/UXを積極的に活用していくこと、スタイルガイドとコンポーネントによってシステムを構築していく「デザインシステム」を導入し、デザインの専門家がいなくても、統一感のあるUI/UXを担保し易くする仕組みを作ること、マーケティング手法を取り入れた運用開始後の継続的な改善、など。
(2)データファースト
- 提出済みの行政機関に管理された情報がデジタル化・構造化されており、最新状況に情報を保持し、適切な権限設定をした上で他の行政サービス等で参照・表示等の再利用が可能な状態にすること(そのうち、重要性の高い情報について、ベース・レジストリとして整備すること)、AI判断の基となるようなデータの品質管理や品質の高いデータが流通する仕組みを整備すること、そのために表計算ソフトを使う等の数十年前の設計手法から脱却し、データの標準化やルールの整備をはじめとした設計手法の近代化を図っていくこと、行政内でのデータの共有・活用に係るルールの検討すること、など
(3)政府情報システムのクラウド化・共通部品化
- クラウドサービスの活用を本格化させ、クラウドネイティブなサービスを活用できるように業務の見直しを行うとともに、監視機能やクラウド接続ポイントの集約化・効率化などネットワークの在り方を見直すこと、様々な共通機能や個別機能をクラウド環境上で共通部品化し、柔軟に組み合わせ・組み換えを可能にして情報システムの肥大化を防ぐとともに、新たなサービスの創出を可能にすること、個別業務における本人認証のリスク評価の方法を具体化し、情報システム間のリスク評価のレベルの整合性を確保していくこと、共通的な職員認証機能で統合的に管理すること、など。
(4)政府のスマート化
- 情報システムの調達において、定められたプロセスを正しく実施するという手順を重視するのではなく、適切な価格で適切なサービス品質を提供可能な事業者を選定し、発注者が意図した成果を確実に取得するという調達の本来目的に即して、政府調達の手法・開発手法を抜本的に見直すこと、変化に迅速に対応が可能なアジャイル開発、ローコーディングツール、オープンソースといった新しい開発手法やツールの導入を進めていくこと、横断的なデジタル人材の育成・登用、職員の働き方改革、ブロックチェーンなどの先端技術の活用、など
4.今後の課題・重点ポイント
政府そのものの在り方を変革する、とはどういうことだろうか。今後のデジタル・ガバメントの行方を占ううえでの課題・重点ポイントについて、筆者の考えを述べる。
ユーザ視点の改革はもちろんのこと、行政職員の政策立案方法を刷新すること
- 2019年にはデジタル手続法※5 が成立し、以下の3点を中心に行政手続のデジタル化が推進されることになっている。
①「デジタルファースト」
行政手続き業務の処理手法はデジタルを優先していく
②「ワンスオンリー」
必要な情報は一度の入力で済むようにしていく
③「コネクテッド・ワンストップ」
複数行政機関がまたがる手続きなども一度の申請で完了していくようにしていく
- 今般、コロナ禍によりオンラインで完結するサービスの必要性が高まり、今後は、国民が利用する行政サービスの大半がオンラインで行われるようになるのは規定路線であると考えられ、ここで殊更に指摘するつもりはない。問題は行政職員のバックオフィス側の業務が対面前提で行われていることだ※6 。電子申請が行われた場合でも、その申請書をプリントアウトして決裁文書を起案し、庁内で回覧して印鑑を押したあと、スキャンしてPDF化して電子メールで申請者に証明書を交付するようなプロセスが当たり前に行われており、極めて非効率である。自治体ではインターネットと庁内ネットワーク(LGWAN)接続環境の分離(いわゆる「インターネット分離」)によってセキュリティが強化された一方で、利便性が低下し、今回のコロナ禍でもWeb会議システムを利用できずに仕方なく登庁して勤務しているという話も聞いている。中央省庁でも多くの職員が霞が関に出勤し、業務にあたっている。紙でしか存在しない資料の存在、省庁間で異なるWeb会議システムなどが背景にある。国会対応では、国会議員への「問取り」、FAXによる「質問通告」が依然として行われている。
- 行政サービスの担い手である行政職員の働き方改革は、ひいては国民がうける行政サービスの質の向上・コストの削減につながる。行政職員のバックオフィス側の業務について、対面前提の業務は本当に必要なのか、あるいはそれを非対面で行う場合の影響と対面で行う場合の非効率を比べて、本来どうあるべきなのか、について改めて問うなど、従来のやり方をゼロベースで見直すことが必要だ。そのうえで、行政職員の業務は、窓口や書類の作成に多くの人材や費用を割り当てるのではなく、複雑な意思決定が必要となるような知的業務シフトさせる必要があるだろう。また、政策立案に各種データが活用され、客観的判断に基づいて規制・政策が実施されること、行政サービスや規制の立案・改善がリアルタイムに迅速に行われることが重要になるだろう(AIを活用するための準備)。
街づくり、スマートシティと一体的に取り組むこと
- デンマークでは、国家のデジタル戦略において、省庁や企業と同列に市民や社会全体のデジタライゼーションが掲げられており、コペンハーゲン市のスマートシティプロジェクトが行政のデジタル化と一体となって進められている。また、地方自治体のデジタル化戦略が、中央政府のそれと整合性がとれており「首尾一貫」したユーザ体験が重視されている。例えば、学校教育システムについては「親と学校のコミュニケーションイントラ(Foreldreintra)」について、国が定める指針に合うシステムを各自治体が共同調達し、民間企業が受注している。
- 日本でも、安宅和人さんが中心となり、限界集落をフィールドにして市民共創型でゼロベースから社会システムを構築しようとする「風の谷プロジェクト」が行われているほか、福島県の会津若松で住民の購買情報やヘルスケアデータなどを一元管理するなどして、行政サービスの高度化につなげる実証研究をしながらスマートシティの基盤となる「都市OS※7 」の共通機能を開発・強化していく計画が進行中である。
- 今後は、街づくりをデザインすること=デジタル・ガバメントの在り方のデザインを決定づけるとともに、社会基盤(ソーシャルアーキテクチャー)の設計・構築・活用という意味で、ヘルスケア、教育、不動産、観光、スポーツなどビジネスと行政機能とのクロスクリエイション(創造的交配)が重要になるだろう。
行政と民間の役割・境界線があいまいになり、「公共」の担い手が多様化すること
- これまで「公共=行政」という捉え方が一般的であったと思うが、公共的なサービスは行政だけが担うべきものなのだろうか。あるいは、そもそも「公共的」なものとして提供されるべきサービスとはどこまでを指すのだろうか。
- 分かりやすい例では、日本では公的医療保険として提供されているものが、米国では民間で提供されている※8 。また、日本では公園を管理するのは自治体の役割だが、海外では地域コミュニティによるパークマネジメントが行われており、公園を眺めることが出来るビルやオフィスのオーナーからお金を集めて、公園の管理の費用に充てている事例もある。中国では、行政サービスのスマホアプリが、民間事業者(アリババなど)のプラットフォーム上に作られていて、駐車違反の罰金をアリペイで支払えるようになっている。
- このようにみていくと、我々日本人が当たり前のものと思っていた「公共」や「行政」の範囲が普遍的なものではないことに気づくだろう。
- また、その担い手は、官か民かという二元論ではなく、半官半民の市民団体であったり、個々の民間の取組を政府が吸い上げて仕組み化したり、と多様性を持つようになっている。近年は、Civictech(シビックテック)※9 と呼ばれるコミュニティが、公共サービスのつくり手・担い手として活躍するケースが目立つようになっており、最近では、台湾でコロナ対策のために政府が公開したマスク在庫データを活用して、可視化するサービスを迅速に開発した事例、日本でも企業や業界団体による支援情報を一元化・一覧化した「支援情報ナビ」の事例などがある。
- 今後、行政と民間の役割・境界線があいまいになり「公共」の担い手が多様化することが必要になるだろう。行政が民間のお株を奪うような革新的なサービスを手掛けてもよいし、民間が公共性の高い社会インフラを担ってもよい。行政と民間が協調・連携して、Society5.0時代のソーシャルアーキテクチャーを構築していくことが期待される。
5.後編に向けて
これまで、我が国でのデジタル・ガバメントに関する議論は、その道の「有識者」を中心として複雑な制度・組織・経緯を前提とした「難しい」議論に終始してきたため、スピード感のある改革が進みにくかった側面がある。今回のコロナ禍は、足下の社会的・経済的影響もさることながら、今後10年で起こるはずだった変化が数カ月で起きたといわれるように、社会システム自体をデジタルシフトしていくことが現実的な課題として提起された意味も大きい。
台湾におけるマスク在庫データの可視化の成功例からも分かるとおり「台湾やエストニアのような小国での事例は日本とは事情が違うから」と斜に構えばかりもいられない。インドや中国などの大国でもデジタルシフトは急速に進んでいる。次回(後編)では、世界各国の潮流について解説する。