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(「月刊金融ジャーナル」2013年6月号より)

米韓FTAの事例からみるTPPの邦銀経営への影響

NTTデータ経営研究所
金融コンサルティング本部
シニアマネージャー 大野 博堂
 

 

2013年4月、日本はTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加の前提となる米国との事前協議で合意に達し、早ければ同年7月の交渉会合から合流する見通しとなった。本邦企業における海外での事業展開が容易になるとすれば、我が国金融機関における新たな投融資機会の創出が期待できよう。とはいえ、金融分野における具体的な協議対象などは明らかになっていない。そこで本稿では、先行している米韓FTAの事例を参照しつつ、TPPが邦銀経営に与える影響に間接的に迫ることとしたい。

業態別規制は非関税障壁か

TPPは、06年5月に4カ国(チリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ)の間で調印され発効した。その時点では金融サービスの全てが協定の適用外とされており、投資と金融サービス分野の交渉が開始されたのは08年3月になってからだ。金融サービス分野が加わったこのタイミングで、米国はTPP協議への参加を表明している。すなわち、少なからず当時の米国の興味は金融サービス分野にあったと言っても良い。

米国に比べれば、我が国の預貯金取扱金融機関は業態も多く、固有の法的規制が存在している。代表的なものが業態により定められる根拠法であり、一部の業態では対象顧客や営業範囲が詳細に規定されている。

また、書類作成や保管を始めとしたバックオフィス業務についても、牽制機能をはじめとした厳しいルールが整備されており、これらの対応に預貯金取扱金融機関は多額のコストを投じている。

半面、厳格な規制に対応するための労力やコストさえいとわなければ、根拠法や各種ルール自体が新規参入業者の脅威から自らを守る刀としても機能する。そのため、諸外国に比して多様な業態が温存される格好ともなっている。換言すれば、特定の業態が過剰な利益を享受するのではなく、少ない利益を皆で分け合うといった棲み分けがなされている。

90年代後半、金融ビッグバンを機に我が国に参入してきた外銀の多くは、我が国金融当局の厳格な行政スタンスや収益率の低さに耐えきれず、撤退を余儀なくされた。TPPでは、このように外国企業が参入しにくい独自ルールを非関税障壁とみなして当該規制の解除を求めるとみられる。従って、米国から一層の規制緩和や業態別規制の撤廃などが求められる可能性も否定出来ない。

米韓FTAと重なるTPP日米事前協議

12年3月に発効された米韓FTAにおいては、我が国外務省により、その概要が公表されている(図表1)。これによれば、韓国における農業協同組合、水産協同組合などの協同組合における保険販売については、民間保険会社と同一ルールに変更された。更に、協同組合における保険分野の支払能力については、韓国の金融監督委員会の監視下に置くことも定められている。



図表1:米韓FTAにおける「金融サービス」の概要
図表1:米韓FTAにおける「金融サービス」の概要
(注:外務省「米韓FTAの概要」(2012年3月)を基にNTTデータ経営研究所が作成)


ここには、地域における共済をターゲットにしたいという米国側の思惑が透けて見えてくる。都市圏はともかくとして、地域住民においては身近な地域金融機関が紹介してくれる安価な保険サービスである共済は利便性の高い金融商品である。一方、共済に比べてサービスレベルは高くとも高額になりがちな一般保険商品は地方においては需要されにくい。

米国は、安価な保険サービスである韓国の共済制度を一般の保険商品と同様の法規制の下に置くことにより、その商品性を劣後させることを狙ったものと思われる。この結果、今後、韓国内では共済の競争力が低下し、米国系保険会社の保険商品との代替市場が生まれる可能性が出てきた。

また、我が国の日本郵政にあたる韓国ポストでは今後、変額生命保険、損害保険、退職保険を含む新商品の販売が禁止されることに加え、協同組合と同様、金融監督委員会の監督の下、財務諸表のチェックを受けることとされている。

13年4月の日米間でのTPP事前協議において、かんぽ生命保険に政府出資が残る間は同社の新商品の取り扱いが凍結されることに加え、ゆうちょ銀行の住宅ローンなど新規事業が凍結されることも併せて公表された。この流れは、前述の米韓FTAの交渉経緯と完全に重なっているように見える。すなわち、米国は今後のTPP交渉を通じて我が国の協同組合組織にも米韓FTAと同様の厳しい要求を突き付けてくるであろうことが容易に想像できる。

韓国を悩ませるISDS条項

米韓FTAにおいて、韓国は更に大きな課題も突きつけられている。ここでポイントとなるのがISDS条項*1だ。「投資家と国家間での紛争解決」を目的とした条項であり、米韓FTAにおいては、韓国内における不公正なルール等を理由に米国企業が損害を被った場合、両国の裁判所ではなく、第三者機関となる世界銀行傘下の投資紛争解決センターなどに裁決を委ねようというものだ(図表2)。

*1 Investor State Dispute Settlement。ISD条項とも呼ばれる。


図表2:ISDS条項で想定される紛争解決の流れ
図表2:ISDS条項で想定される紛争解決の流れ


実は既に韓国政府がISDS条項により提訴されるという事案が発生している*2。米国の公的年金基金である米ローン・スター・ファンドは03年、当時経営が悪化していた韓国外換銀行を買収。その後、徹底的なリストラで収益力を回復させたうえで、改めて06年に同行を売却しようとしたところ、韓国政府より、そもそもが違法な低価格での買収案件だったとみなされ、売却にストップがかけられた。加えて、国税当局から課税処分が課されるなどした結果、同ファンドは、売却手続き完了を12年まで待たざるを得なかったという。

*2 米ローン・スター・ファンドは、ベルギーに設立した子会社を経由して韓国外換銀行を買収したことから、当初はベルギーの子会社が、ベルギーと韓国間での投資協定に基づき韓国政府に対して損害賠償請求を行ったという経緯がある。米韓FTAの発効は2012年3月であることから、発効前に発生した損失が米韓FTAのISDS条項に基づく訴訟対象になるか否かも争点となっている。

これを受け同ファンドは、韓国政府の関与により当初想定していた売却時期を逸した結果、想定外の損失が発生したとして、12年11月に世界銀行傘下の投資紛争解決センターに仲裁を提訴するに至ったとされる。高額な賠償請求額もさることながら、韓国政府の対応負担も大きいとみられ、今後の行方が注目される。

ISDS条項で国債発行環境の悪化も

日銀「民間金融機関の資産・負債」によると、国内銀行の資産は12年時点で、2000年に比べて120兆円増加しているが、貸出金は30兆円強の減少、保有株式も同様に30兆円弱減少していることが分かる。他方、有価証券のうち、国債は100兆円強の増加を示している。つまり、この間の増加資産の多くが貸出ではなく国債投資に向かったことが改めて確認出来る。

残高のみに着目すれば、邦銀が貸出ではなく国債投資で収益確保を企図していることは明らかではあるが、日本政府における財政赤字のファイナンス機能を果たしている点も忘れてはならない。すなわち、安定的な国債の国内消化が実現された結果、長期金利の上昇に歯止めをかけるとともに、マネーの国外流出を抑止する効果をも現出させている。

邦銀がこのような国債シフトを進められるのも、日本銀行による積極的な国債買い切りオペの存在に加え、安定的な預金獲得に成功しているからこそである。現状では、TPPにおいてISDS条項が導入されるかは不透明ではあるものの、仮に導入された場合を想定すると、最悪のシナリオとして、以下のようなケースが生じる可能性も考慮せねばならない。

例えば、新たに参入してきた米銀が、現状の我が国の低い預金金利に着目し、邦銀よりも一際高い預金金利を提示したらどうだろう。恐らく、相応の個人預金が邦銀口座から解約され、米銀へと流出するのではないかと思われる。しかも、獲得した預金の使途が、我が国国内での投資や融資に振り向けられるとは限らず、より高いリターンの望める国外へと資金が流出する点も懸念される。

このように、米銀があたかも黒船のように乗り込んできて個人金融資産の争奪合戦が生じると、場合によって邦銀は低利での預金獲得が困難となり、結果として国債投資へと振り向ける資金が減少する可能性がある。このシナリオはあくまで極端なケースではあるものの、長期金利が上昇に転じるリスクをはらんでいるということだ。

別のシナリオとして、米銀が邦銀と同程度の低金利で預金を獲得し、やはり低利での貸出実績しか積めず、当初想定したような収益を確保出来なかったケースを想定しよう。この場合、米韓FTAにみられるISDS条項を盾に、「業態を超えてほぼ一定の範囲内に預金金利や貸出金利が収斂(れん)しており、日本の行政当局が主導する金利カルテルだ」、すなわち非公正競争環境であるとして投資紛争解決センター等に提訴される可能性も考えられる。

期待される海外での投融資機会

もちろん、TPPへの参加が必ずしも金融機関にとってマイナスのインパクトだけを生じさせる訳ではない。例えば、単にTPP協定参加国間で互いの関税をゼロにするだけでも、双方での貿易が盛んになり、事業機会の創出が見込める。加えて、煩雑になっている各国間での貿易手続きや、人の移動を阻害する入管手続き等が簡略化されることで、企業の海外での活動が容易になるだろう。

内閣府では、関税撤廃により実質GDPを3.2兆円押し上げる効果が発現すると推計している。安価な輸入品の流通による押し下げ効果が2.9兆円(減)と見込まれるものの、消費が3.0兆円増、投資が0.5兆円増、輸出も2.7兆円増加するとされている。この過程において、これまで海外進出を躊躇(ちゅうちょ)していたような中小企業のTPP参加国への進出が進むことが予想される。

併せて、当該法人向けの海外での新たな投融資機会も創出されることが期待されよう。また、TPPにISDS条項が盛り込まれるのであれば、本邦企業がTPP参加国内において行った投資について、投資後に予期せず不公正ルールが導入されるなどして本邦企業が損害を被るなどのリスクからも一定程度は解放される。つまり、この場合においては、ISDS条項が我が国に有意に機能し、間接的に被るはずの邦銀の投融資損失が抑制される効果も期待出来る。

TPPには新興国が多数参加する見込みだ。新興国の成長を長期的に取り込みつつ新たなファイナンス機会を見出すことが、邦銀の事業機会拡大に向けた試金石となろう。

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