(「月刊金融ジャーナル」2012年3月号より)
インターネット専業銀行のビジネスモデル検証
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インターネット専業銀行(以下、ネット銀行)の歴史は浅く、2000年代に入ってから市場が形成された。ネットバブル崩壊後は黒字転換もままならない状況が続いたが、現在、各行の業績は順調に推移しており、昨年は、約3年ぶりの新規参入となる大和ネクスト銀行が創業した。一見、明るい兆しが見えるネット銀行であるが、一方、金融業界全体の取引量を考えた場合、依然として、そのポジションはニッチな存在にとどまっている。インターネットが社会インフラ化し、マーケットにおける競争地位の転換を図る機会が伺える中、より市場のプレゼンスを高めるため、ネット銀行は今後どのような戦略をとるべきか、本稿にて検討してみたい。
ネット銀行の現状と課題
1.ネット銀行の現状
図表1:ネット銀行の口座数・預金残高
(出所:各行の決算資料をもとにNTTデータ経営研究所が作成)
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図表1は、ネット銀行の口座数・預金残高の推移であるが、08年の金融危機によって、他の金融業態が苦戦する中、店舗を持たないローコストオペレーションに裏付けられた金利戦略・手数料戦略によって、ネット銀行は、順調に、その規模を拡大させていることが分かる。
図表2は、ネット銀行各行の直近の預金残高であるが、最も残高が多いのが、住信SBIネット銀行で約1兆9,000億円。創業4年程度であるが、変動金利キャンペーンなど、積極的な住宅ローンの販売施策等により、事業を順調に拡大させている。2番手はソニー銀行で約1兆6,000億円。運用相談など資産形成を重視したサービス提供により、預金量を着実に増加させている。3番手が、大和ネクスト銀行で約9,000億円。先行のネット銀行が6年程度かけて積上げた数字を創業わずか半年で実現、全国120カ所の支店を有する大和証券を代理店としていることや、投信購入・株式売買による手数料収入を見込んだ金利設定が、功を奏した形となった。
図表2:ネット銀行各行の業績 (2011年9月中間期)
(出所:各行の決算資料をもとにNTTデータ経営研究所が作成) |
2.ネット銀行の戦略上の課題
順調に成長を続けるネット銀行ではあるが、一方で、対処すべき課題も多い。まずは、規模の更なる拡大だ。最も残高の多い住信SBIネット銀行でも預金量は2兆円程度であり、業界全体から見るとニッチプレーヤーにとどまっている。より存在感を増すためには、ネット銀行がいまだリーチできていない利用者を開拓しなければならない。
また、ネット銀行がさらに成長するためには、資金運用に軸足を置いた事業モデルを今一度、検討する必要がある。ネット銀行各行の収益(図表2)を見ても、住信SBIネット銀行・ソニー銀行は、資金運用を事業の柱としているのに対し、他のネット銀行は役務取引を中心とした事業構造となっている。事実、決済サービスを重視したビジネスを展開していた楽天銀行は、楽天グループに加入した10年以降、グループ企業の楽天証券や楽天カードとの提携を通し、資金運用のウエートを高めることで収益性の改善に成功している。
それでは、ネット銀行は、更なる利用者の開拓と資金運用の強化を、どのように実現していくべきであろうか。以降より、消費者のインターネットバンキング(以下、IB)の利用状況に着目し、今後のネット銀行がとるべき戦略の方向性を見ていく。
消費者のIB利用状況
1.消費者のIB利用レベル
図表3:消費者のIB利用状況
(出所:2009年度NTTデータ経営研究所実施調査)
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図表3は、消費者のIB利用状況に関するアンケートであるが、IBを利用しない消費者は全体の52%、振り込みなどの決済サービスを中心にIBを利用する消費者は42%、投資信託などの商品をIBで購入する消費者はわずか6%という結果になった。
ネット銀行の利用者開拓には、市場の過半を占めるIBを利用しない消費者層にIBを浸透させるため、まずは、利用促進に向けた策を施す必要がある。
また、ネット銀行が資金運用を強化するには、IBで金融商品を購入する消費者層を拡大していく必要があり、IB上での金融取引促進に向けた課題を解消していく必要がある。
2.IB利用の促進に向けた課題
IBを利用しない消費者に対し、その理由についてインタビュー調査を行ったところ、「セキュリティーへの不安」や「必要性を感じない」という回答が上位を占めた。ただ、その回答内容からは、実際のセキュリティー対策や、IBの利便性が十分に理解されているとも言い難く、IBというサービスそのものが十分に伝わっていないことが大きいと想定された。
つまり、ネット銀行が利用者を開拓していくには、IBを利用しない消費者に対し、自らの認知度を高め、その利便性を訴求する手段を検討する必要がある。
3.IB上での金融取引促進に向けた課題
先程と同様、IB上で商品を購入しない消費者に対し、その理由についてインタビュー調査を行ったところ、「情報提供や提案を受けながら決めたい」、「商品について質問したいことがある」という回答が上位を占める結果となった。一方、IB上で投資信託などの商品を購入している消費者は、独自でサービス内容(金利・手数料)や、手続きのスピード感・手間の大小までを比較検討し、商品を購入していることが分かった。つまり、両者の違いは金融リテラシーの過不足にあり、自身で購入の決断を下せるかどうかに依るところが大きいと想定された。
従って、IB上で消費者の金融商品取引を活発化させ、ネット銀行が資金運用ビジネスを強化するためには、商品の各購買プロセス(情報収集・相談・意思決定)において消費者の金融リテラシーを補完する策を講じる必要があるだろう。
4.取り組みの方向性
以上、消費者のIB利用状況に着目し、今後のネット銀行が取るべき戦略の方向性を抽出した。以降より、消費者の認知度・関心度の向上と、消費者の金融リテラシーの補完に向けて、「インターネット利用動線との連携」と「顧客接点の高度化」という二つの観点からネット銀行の今後の戦略を考えてみたい。
今後のネット銀行の戦略
1.インターネット利用動線との連携
一般的にインターネットを普段よく利用する消費者であっても、IBは「用件がある時しか訪問しない」サイトとなっている。これは、IBが各サイトと独立したシステムとしてサービス提供されており、利用者の動線が考慮されたサービスとなっていないためである。
そこで、広く利用されているECサイトや、近年利用者の増加が著しいソーシャルメディア等と連携し、ネット銀行の情報を消費者の利用動線上に表示させることで、消費者の認知度・関心度を向上させることが可能となろう。また、メリットを認知した消費者に対しては、即時ID等を発行し、「その場で経験させる」仕組みを用意しておくことも重要であろう。
なお、今後のインターネットの主要デバイスになると想定されるスマートフォンやタブレット端末などのモバイル端末においても、同様の環境を整えておくことは、より効果の増大につながるだろう。
2.顧客接点の高度化
一部のネット銀行を除いて、IB上では金融商品の提供自体にとどまっており、商品購入前後のフォローに関するコンテンツは提供されていない。そこで、商品に関する情報や運用シミュレーションが可能な仕掛けの提供や、取引後の資産管理を簡易に行えるツール類の提供など、小技の効いたサービスを用意することで、消費者の資産形成取引の意思決定をサポートし、消費者の購買意欲を高めていくことが可能となろう。
また、顧客の利便性を追求するという観点から、必要に応じて、対面チャネルを組み込むべきであろう。事実、08年の金融危機以降、コスト削減の一環で店舗統廃合を進めている欧州系金融機関の中には、リモートチャネルを介して、いつも利用する店舗の職員から「自宅にいながらアドバイスを受けられる」仕組みを構築し、顧客基盤の維持・拡大を上手く実現している事例も存在する。
なお、対面チャネルを用意する際は、店舗網を有する既存銀行とのアライアンスを利用することも検討すべきだ。ネット銀行は店舗網を構築するための投資を抑制でき、既存銀行はネット銀行の先進的なIBの獲得が可能となるため、まさにWin-Winの関係性構築につながるであろう。
3.最後に
ネット銀行は初期投資を回収できるレベルに至れば、その後の顧客数の拡大と共に急速に利益率が高まっていくと見られており、今後の成長への期待は大きい。また、インターネット取引の拡大やスマートフォンの普及など、IBへのニーズは今後も拡大していくと見られており、ネット銀行にとって“追い風”となるだろう。
既存銀行も、IBを単なる「ローコストチャネル」から「個人リテール取引のプライマリチャネル」へと重視する姿勢を見せているが、店舗等の対面チャネルへの二重投資など、各チャネルの位置づけは不明確なままであり、総花的な戦略から抜け出せていない。
本稿にて紹介したように、未だ捕捉しきれていない消費者ニーズをネット銀行が上手く拾うことで、インターネット上の金融取引をリードする存在へと飛躍することを期待したい。
(文中意見に関するものは、筆者の個人的な意見である)