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コラム・オピニオン 2014年07月01日

「銀行は本当に「リスクのとり方が足りない」のか?
~~超金融緩和下でのリスク・リターンのアンバランス」

取締役会長
山本 謙三



銀行のリスクテイクに関する認識のずれ

 銀行・協同組織金融機関の貸出、有価証券運用をめぐっては、「リスクのとり方が足りない」、「もっとリスクをとって果敢に貸し出すべき」といった論調が少なくない。たしかに自己資本との対比でみる限り、金融機関には全体としてリスクテイク余力が残っているようにみえる。

 一方、金融機関自身からは、「将来を見通しにくいリスクが膨らんでいる」とか、「リスク・リターンのバランスが悪く、安易にリスクテイクを拡大できない」との声が聞かれる。以下、こうした認識のずれの背景を考えてみたい。

国内貸出:利鞘の大幅縮小と信用コストの低水準

 本年4月の本欄に記したとおり、銀行・信用金庫の貸出利鞘は、2000年代に入り急速に縮小した(2014年4月「銀行の基礎収益はなぜ悪化を続けるか」 参照)。現在の水準は、90年代後半のわずか4分の3だ。量的緩和・異次元緩和とゼロ金利制約が利鞘を押しつぶした格好だ。

 足許も、新規の長期貸出約定平均金利(フロー)は残高平均(ストック)を0.1~0.3%下回る。このことは、異次元緩和が続くかぎり、ストックがフローを追いかける形で利鞘がもう一段縮小することを示唆している。

 他方、貸出の「コスト」に当たる信用コスト率(注1)は、極めて低い水準にある。これは、企業倒産の減少とともに償却や引当が減少したことが大きい。実際、2013年中の倒産件数は22年ぶりの低さとなった。倒産件数がこれよりも少なかったのは、70年代半ば以降ではバブル最盛期(88~91年)しかない(参考1)。

(注1)信用コスト率=(貸出引当金純繰入額+貸出金償却+売却損等-償却債権取立益)/ 貸出残高

 

参考1:信用コスト率、企業倒産件数の推移

業態別信用コスト率の推移/全国企業倒産件数の推移

 注意を要するのは、こうした倒産の低水準が異次元緩和の導入前から生じていたことだ。リーマン後の内外経済情勢を踏まえれば、これはよほど特殊なことだ。量的緩和・異次元緩和、高水準の信用保証、中小企業金融円滑化法(2013年3月まで)が、複合的に寄与したものとみられる。すなわち、企業倒産と信用コスト率の低水準は、景気の改善だけでなく、巨額の資金供給と手厚い資金繰り支援策によって実現したとみるのが自然だろう。

 金融機関からみれば、信用コスト率の低下は貸出利鞘の縮小を一部相殺し、収益の下支えに寄与してきた。しかし、中小企業を中心に、信用リスクの実態は見掛けよりも高い可能性がある。倒産もいずれ減少傾向に歯止めがかかろう。個別案件はともかく、貸出業務全体としてみれば、リスク・リターンが悪化していることは否めない。

有価証券運用:運用利回りの低水準と金利リスク

 有価証券の運用利回りも、90年代後半以降著しく低下してきた。運用利回りから預金債券等利回りを差し引いた利鞘も、貸出利鞘以上に縮小している(参考2)。

参考2:業態別有価証券利回りの推移

―― かっこ内は有価証券運用にかかる利鞘(有価証券利回り-預金債券等利回り)

参考2:業態別有価証券利回りの推移

(出典) 全国銀行協会「全国銀行財務諸表分析」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 他方、金利リスクは、ボラティリティの縮小から、これまで低めに見積もられてきた。しかし、今後は、ボラティリティ拡大の可能性に配慮しなければならない。とくに、将来、異次元緩和が解除されると(もしくはそれに近づく時点で)、ボラティリティ拡大の可能性が高まる。

 一つの理由は、これまで日本銀行が国債を大量に購入した結果、国債の市場流動性が大きく低下したことだ。大量の国債が市場から吸い上げられた結果、金利は振れやすい環境にある。

 もう一つは、物価目標に対する日本銀行のコミットメントである。日本銀行は、「2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続する」と約束している。すなわち、物価安定の目標が達成されるまでは、金利は低位に抑えられる可能性が高い。このことは、逆にいえば、平時の金融政策運営に比べ、ゼロ金利脱却のタイミングが後ずれすることを示唆している。そうであれば、いったん異次元緩和が解除されたあとは、物価上昇圧力に対応して金利上昇スピードが速まる可能性がある。

 悩ましいのは、金利の低水準が長く続いてきたために、ヒストリカルデータを基にしたリスク計測を必ずしも当てにできないことだ。過去の実績に基づく計測だけでは、現実に生じうる反動(金利の上昇)を捕捉しきれない可能性がある。このため、金融機関は、より厳しいストレスシナリオを策定し、厳格なストレステストを行う必要がある。しかし、ストレステストは、シナリオの置き方次第で計測結果が大きく変わりうる。金融機関が「将来を見通しにくいリスクが膨らんでいる」とするのは、そうしたことだろう。

金融機関の模索は続く

 以上のように、国内貸出、有価証券運用にかかるリスク・リターンのバランスは悪化している。各金融機関の2013年度決算をみても、総資金利鞘(注2)がすでにマイナスとなった金融機関もみられる。「リスク・リターンのバランスが悪く、安易にリスクテイクを拡大できない」との声が金融機関の間にあるのも、うなずける。

(注2)総資金利鞘=資金運用利回り-資金調達原価(経費を含む)

 こうした状況を踏まえ、地域金融機関のなかには、「異次元緩和が解除されるまでの間は我慢の時と割り切り、自己資本の温存に努めたい」とする先もみられる。過去リスク・リターンのバランスが崩れた際には、多くの金融機関がキャピタルゲイン狙いの投融資を拡大させ、不良債権をつくりだした。その轍を踏まぬよう無理なリスクテイクは行わないというのも、一つの選択肢と言えよう。

 ただ、それでは期間収益面で苦しい状況が続くことに変わりはない。株主還元を強く意識する金融機関では、やはり期間収益の回復を目指さざるをえない。そうした先の多くは、これまで大都市圏での貸出増強に力を入れてきた。しかし、そのことが貸出金利の一層の低下と貸出利鞘のさらなる縮小を招いたことは否めない。

 もちろん、国内貸出・債券運用以外の分野にリターンを求めることも考えられる。外貨資産やREITへの投資がその典型例だろう。メガバンクでいえば、国際部門や投資銀行部門の強化となる。ただ、そのためには別途の厳格なリスク管理体制が求められる。コストをかけて体制を整備するかどうかは、異次元緩和の継続期間の読みにもかかわろう。

 こうしてみると、金融機関の「リスクのとり方が足りない」といった単純な話ではない。金融機関にしてみれば、リターンの乏しい分野で「もっと果敢にリスクをとるべき」と言われることには違和感があろう。その一方で、リスクテイク余力が残る以上、リターンのとれる分野の開拓が求められることも事実だ。超金融緩和の下で、金融機関の模索は続く。

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