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コラム・オピニオン 2014年05月01日

「異次元緩和が終われば、民間預金は減少する?
~~『出口』戦略の高い、高いハードル」

取締役会長
山本 謙三



民間預金は実体経済に比べ2割多い

 量的緩和に関連してしばしば指摘されるのが、信用乗数の低下だ(注1)。日本銀行による巨額の資金(マネタリーベース)の供給にもかかわらず、預金(マネーストック)の増加はわずかにとどまったという話である。それは、事実だ。

(注1)信用乗数=マネーストック ÷ マネタリーベース      
     マネタリーベース=日本銀行券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金
     マネーストック(M2)=現金通貨+国内銀行(除くゆうちょ銀行)等に預けられた預金
     マネーストック(M3)=現金通貨+全預金取扱機関に預けられた預金

 しかし、それでもマネーストックは増加した。日本銀行が国債を大量に購入するのと同時に、財政を通じて支払われた資金が預金に滞留した。その伸びは、実体経済の伸びを凌駕している。

 その規模を確認してみよう。マネーストックの対名目GDP比は、2008年以降上昇傾向が強まり、過去のトレンドから大きくかい離した。試算すると、現在は、1980年から2000年(量的緩和の開始直前)までのトレンドを2割方上回るとの結果となった(参考1)。すなわち、現在の預金総量は、実体経済活動が必要とする金額よりも2割程度多い可能性がある。

参考1:マネーストックと名目GDP

マネーストックと名目GDP


異次元緩和が終われば、民間預金は減少する?

 では、異次元緩和が終わり、金融政策が「出口」に向かえば、民間預金は減少するのだろうか。

 素直に考えれば、そのとおりだ。なぜなら、異次元緩和の「出口」とは、マネタリーベースを減少させることにほかならない。信用乗数は大幅に低下したとはいえ、正の値だ。マネタリーベースが減れば、マネーストックも減るとみるのが自然である。

 ただし、マネーストックと名目GDPのかい離は、名目GDPが伸びることで収れんする可能性もある。仮に異次元緩和の「出口」が長い年月をかけて行われるようであれば、名目GDPがキャッチアップし、預金の減少も避けられるかもしれない。しかし、それには少なくとも数年が必要になろう。経済環境がそれを許すかどうかは、分からない。

 はっきりしていることは、異次元緩和が「出口」に向かえば、民間預金は減少するか、ほとんど伸びないということだ。金融機関が経営の将来を考える際には、人口動態の変化に加え、こうした量的緩和解除の影響にも配慮する必要がある。

前回の量的緩和解除時は、海外部門が日銀による国債売却の受け皿に

 同時に、上記が示唆する、もう一つの論点は、量的緩和の「出口」では、民間銀行は日本銀行による国債圧縮の受け皿とはなりにくいということだ(注2)。預金が伸びないため、新たな国債購入余力は生まれない。既往の貸出もほとんどが長期であるため、ポートフォリオの大幅組み替えも難しい(2014年4月「銀行の基礎収益はなぜ悪化を続けるのか」 参照)。

(注2)「出口」では、日本銀行は、保有国債を市場で売却するか、満期まで保有して償還を受けることになる。仮に満期まで保有する場合であっても、借換債を誰かが引き受ける必要があり、国債市場には圧力がかかる。これは、長期国債、短期国債を問わない。

 では、前回量的緩和の解除があった2006~2007 年は、どのようなプロセスで「出口」が進んだか。

 まず、日本銀行は、負債である日銀当座預金を約34兆円から約8兆円まで圧縮した。この間、資産面では保有国債をほぼ同額減らし、「出口」を完了させている。

 以下、資金循環統計を用いて、日本銀行が圧縮した国債をどのセクターが吸収したかをみてみよう。

 銀行等(除く郵便貯金)は、同期間中、むしろ国債を大幅に減少させた。その背景には、やはり預金の伸びの鈍化がある。マネーストック統計でみると、M2平残は2000年代で最も低い伸び率(前年比1.0%強)まで低下した。M3平残は微減である。量的緩和の解除が預金の伸びを鈍化させ、国債購入余力を大きく低下させたことが分かる。

 こうしたもとで国債の圧倒的な購入主体となったのは、海外部門である。同部門の保有国債は2年間で約30兆円増加した。この結果、海外部門の国債保有比率は一挙に高まった。これに次ぐのは民間の保険セクターであるが、その規模は約11兆円と、海外部門の3分の1にとどまる(参考2)。

参考2:国債・財融債、国庫短期証券の保有増減額(部門別、2006~07年中)

参考2:部門別の国債・財融債、国庫短期証券保有増減額(2006~07年中)

出典:日本銀行「資金循環統計(四半期フロー)」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 こうした海外部門の国債投資増には、欧米がバブル期にあったこととも関連があろう。それと同時に見逃せないのは、この間にわが国の財政収支が大幅に改善したことだ。国の財政赤字は、2005年度から2007年度にかけて7兆円縮小した(▲19.7兆円→▲12.5兆円)。2003年度(▲31.2兆円)、2004年度(▲24.8兆円)との比較では、実に10~20兆円改善している(平成25年第5回経済財政諮問会議・参考資料による)。

 もちろん、改善したとはいえ、財政赤字は財政赤字だ。国債発行残高の増加は続き、国債市場への圧力となったことに変わりがない。しかし、財政収支の大幅改善が財政に対する市場の信認を高めたことは間違いない。これが外国人投資家に安心感をもたらし、海外部門の巨額の国債投資を後押ししたことも疑いなかろう。

「出口」戦略のハードルは高い

 では、今回の異次元緩和の「出口」はどうなるか。

 まず、日本銀行が減らすべき当座預金と保有国債の金額が、桁違いだ。異次元緩和が見込む2014年末の当座預金残高は175兆円とされている。したがって、「出口」では、165兆円以上のバランスシート圧縮が必要となる。

 その受け皿となるのは誰か。上述のとおり、民間銀行に期待することは難しい。したがって、今回もやはり海外部門中心に期待せざるをえないだろう。

 それにしても、前回とは規模が違う。これを、市場金利の大幅上昇、円相場の大幅下落なしに、実現しなければならない。そのためには、よほど目の覚めるような財政健全化を実現させ、外国人投資家を中心とする投資家の財政への信認を確保することが不可欠となる。

 現在政府が掲げる財政目標は、「2020年度までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化」することである。しかし、これは、国債費(利払い等)を含まない数字だ。物価上昇率2%が実現すれば、長短金利は上昇し、利払い負担は今より増える。

 2020年度の基礎的収支の黒字がわずかにとどまるようであれば、利払い負担を考慮すれば、全体の財政収支は10数兆円程度の赤字が残る可能性が高い(注3)。実はこれは、2007年度に達成した水準(▲12.5兆円)よりも大きな財政赤字だ(国の債務残高は足元でもすでに当時に比べ200兆円増加)。

 これで外国人投資家の信認を当てにしてよいだろうか。万一上記の財政目標すら達成されない場合には、どうなるだろうか。「出口」戦略のハードルは、やはり相当に高いようにみえる。

(注3)平成26年1月20日の内閣府・経済財政諮問会議提出資料「中長期の経済財政に関する試算」<経済再生ケース>では、2020年度の国の基礎的財政収支と財政収支の差額を16.8 兆円と試算している(基礎的財政収支▲15.6兆円、財政収支▲32.4兆円)。すなわち、今後の政策努力で基礎的財政収支をゼロまで圧縮させたとしても、同差額程度の財政赤字は残る可能性が高い。

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