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コラム・オピニオン 2014年12月01日

若者たちの財布の中身は本当に減っているのか?

取締役会長
山本 謙三



ATMの利用と手持ち現金

 あらかじめお断りすれば、本稿は若者世代の収入動向に関するものではない。実際の財布の中身、つまり手持ち現金の話である。

 「今どきの若者は財布の中にあまり現金を持たない」――最近、よく耳にする話だ。周囲の若者たちに尋ねても、たしかに手持ち現金はずいぶん少ないように感じる。

 しかし、手持ち現金に関するデータはなかなか見当たらない。そこで、ここでは、ATM1回当たりの引き出し額をヒントとしたい。人々の手持ち現金の平均残高は、およそATM1回当たり引出し額の2分の1強とみられる。人々は、ATMから現金を引き出し、必要の都度支払いに充て、財布の中がゼロに近づいた時点で改めてATMから引出し、補てんするからだ。

手持ち現金は、2000年代半ば以降2割減った

 「CDオンライン提携取引に基づくATM利用状況」(注)によれば、ATM1回当たりの引出し額(支払金額)は、2000年代前半の約5.7万円から約4.6万円まで低下した。2割の減少だ(参考1)。とくに2004~05年頃には、はっきりとした下方屈折がみられる。利用者の年齢別データは存在しないが、おそらく若者たちの手持ち現金も大幅に減少したことだろう。

(注)「CDオンライン提携取引」とは、他行のCD/ATMを利用して、預金口座への預け入れや引出しを行う取引。自行CD/ATMやコンビニATMの利用は含まない。このため、本データから全国のCD/ATM利用状況を推し測ることはできないが、ATM1回当たりの利用金額は、自行CD/ATMやコンビニATMの利用の場合と大差ないとみられる。

(参考1)CDオンライン提携取引(業態内、業態間計) ATM利用状況

(参考1)CDオンライン提携取引(業態内、業態間計) ATM利用状況

(注)支払件数・金額は、2000年以降大きく減少している。これは、コンビニATMの普及により、従来他行CD/ATMを利用していた預金取引が、近隣にあるコンビニATMの利用にシフトした影響とみられる。

出典:全国銀行協会「決済統計年報」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 ATM1回当たり引出し額減少の一つの理由は、クレジットカードの普及だろう。クレジットカードは、従来、平均単価1万円程度の財・サービスの購入に充てられていたが、最近は6千円程度まで利用範囲が広がっている。

 もう一つの大きな理由は、コンビニATMの普及だ。コンビニATMは、2000年以降設置台数が急速に増えた。預金者にとっては、従来銀行支店まで足を運んでいたものが、近くのコンビニで用を足せるようになり、一挙に身近な存在となった。

 さらに、利用手数料の低額化・無料化がコンビニATMの利用を加速した。銀行は、2000年代半ば頃から、自行ATM台数の削減(業務の効率化)を狙って、提携先コンビニATM利用の手数料を引き下げ、コンビニATMへの誘導を図った。

 これらの結果、自宅、職場、駅の近辺など、様々な場所で、夜間、休日を問わず、手数料もほとんどかからず、預金を引き出せるようになった。つれて人々の行動が劇的に変わった。

 人々は、いざという時に備えて多めに保有していた手持ち現金を、思い切って圧縮するようになった。多くの者(とくに若者たち)が、ATM1回当たりの引出し額を減らし、必要となる都度コンビニATMに足しげく通うようになった。2000年代半ばにATM1回当たり引出し額が下方屈折したのは、これらの要因が重なりあった結果とみられる。

銀行は戦略見直しを迫られた

 しかし、こうした人々の行動変化は、銀行にとっては目論見違いでもあった。

 第1に、銀行の狙いであった自行ATM台数の削減は、これまでほとんど実現していない。

 人々がATM1回当たり引出し額を少額化し、ATMに足しげく通うようになった行動変化は、コンビニATMだけでなく自行ATMにも及んだ。この結果、銀行が自行ATMを減らすことは容易でなくなった。銀行の自行ATM台数は2000年代半ばにいったん減少したものの、その後はおおむね横ばいにとどまっている(参考2)。

(参考2)CD/ATM台数推移

(参考2)CD/ATM台数推移

(注)銀行等は、全国銀行(都銀、地銀、第二地銀、信託、長信銀、商中)、信用金庫、信用組合、農協、漁協、労働金庫、ゆうちょ銀行/郵便局。コンビニ系3社は、セブン銀行、ローソンATMネットワーク、イーネット。

出典:金融情報システムセンター「金融情報システム白書」、セブン銀行IR資料、ニッキン資料年報を基にNTTデータ経営研究所が作成

 第2に、コンビニATMの利用頻度上昇は、銀行がコンビニATMに支払う手数料を増加させた。

 コンビニATM利用手数料の低額化・無料化の背後では、銀行が預金者に代わってコンビニATMに対し手数料を支払っている。手数料は利用頻度に応じて支払われるため、提携先コンビニATMの利用回数が増えるほど、銀行の負担は増加した。昨年以降、多くの銀行が利用手数料の見直しに踏み切ったのも、こうした事情を背景としている。

小口決済手段は競争する

 小口決済をめぐっては、現在、現金(ATM、収納代行、代引き)、クレジットカード、デビットカード、電子マネー、プリペイドカードなど、多くの決済手段がしのぎを削っている。小口決済は少額を扱うものであるだけに、人々は手数料の動向に敏感に反応する。上記のコンビニATM手数料見直しの動きも、今後人々の行動に新たな変化をもたらすかもしれない。

 新たな小口決済手段の出現を含め、小口決済分野からは今後とも目を離せない動きが続く。

以 上

【関連コラム】
銀行はなぜビジネスモデルの見直しを迫られるのか ~~変貌する小口決済市場(2015.08.03) 電子マネーで財布は軽くなったか?~~正しい(?)電子マネーの使い方とは(2015.12.01)

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