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Insight
経営研レポート

自動車業界のビジネス転換から占う不動産テックの未来 (上)

~押し寄せるテクノロジーとバリューシフトの波~
2019.05.24
情報戦略本部
ビジネストランスフォーメーションユニット
シニアマネージャー 川戸 温志
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次世代モビリティe-Palette Conceptの衝撃

1月に米ラスベガスで開幕した世界最大の家電見本市CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)2019では、これまでの自動車と異なる新しいモビリティの発表の場となった。注目を集めた新モビリティが『空飛ぶクルマ』である。空飛ぶクルマとは、電動の垂直離着陸機が一般的で、従来のヘリコプターのように空中を移動し、自動車のように地上を走行することもできる。空飛ぶクルマという映画のような話が、まさに現実になろうとしているのだから驚きだ。

驚きと言えば、昨年のCES2018ではトヨタ自動車が世界を驚かせた。トヨタの豊田章男社長は、「クルマをつくる会社からモビリティサービスを提供する会社へと変革する」ことを宣言した。つまり、製造業からサービス業へのビジネスの転換を宣言したのである。

そこで語られたビジネスの転換となるのが次世代EV(Electric Vehicle:狭義では電気自動車)の『e-Palette(イーパレット)』である。e-Palettは個人向けのEVではなく、法人のB2B向けのEVである。e-Paletteは、バスのように箱型の形状をしており移動、物流、物販など様々な目的に合わせて姿を変える自動運転車である。あるときは、机と椅子が置かれた空間で仕事をしながら移動ができる移動型オフィスとなったり、あるときは、ECと組み合わせた移動型の靴屋となったり、あるときは移動型のカジノとなることもできる。つまり、オフィスや店舗といった従来は建物が担っていた役割をe-Paletteという次世代のクルマが担うようになる。このようにe-Paletteの概念は、非常に画期的、かつ本質的だ。

時代は『ハードからソフト・サービスへ』

トヨタがe-Paletteによって、モビリティサービスを提供する会社へとビジネスの転換を宣言した意味合いは大きい。トヨタは売上高が29兆円を超え、営業利益・純利益も2兆円を超える超巨大企業である。そのような企業が現在のビジネスモデルに危機感を感じ、ビジネスの転換を図ろうとしている。裏を返すと、トヨタはe-Paletteで語られている世界観の到来と実現にかなりの確信があるとも言えるだろう。

「クルマをつくる会社からモビリティサービスを提供する会社へ」。このようにハードからソフト・サービスへ、もしくはモノからコトへと変化するバリューシフトは、自動車業界に限ったことではない。

音楽業界・映像業界では、昔はCDやビデオ・DVDだったものが、今ではストリーミングに置き換わった。IT業界では昔は企業が自社でサーバを所有していたが、今ではクラウドに置き換わった。

通信業界では、昔のガラケー時代は薄さ・小型・長時間といったスペック勝負であったが、スマホの登場によってアプリケーションやオンデマンドサービスの利用体験の勝負となった。

ファッション業界では、昔は洋服やバックなどは購入して所有するものだったが、今ではairCloset(エアークローゼット)やLaxus(ラクサス)といったオンデマンドサービスを利用してレンタルする人が増えている。

このように様々な業界でIT化の潮流が加速し、ハードからソフト・サービスへとバリューシフトの波がこれまでは穏やかな業界にも、今後は大きな波となって押し寄せるような兆候が見られる。

不動産業界にも押し寄せるバリューシフトの波

不動産業界にもこの『ハードからソフト・サービスへ』のバリューシフトの波が押し寄せている。

例えば、コワーキングスペースを開発・運営するWeWork(ウィワーク)は、働く場所を提供している企業ではなく、コミュニティを醸成・提供している企業だと謳っている。つまりWeWorkの価値は、メンバーと呼ばれる利用企業同士がリアルに繋がることが可能となるオフィス内イベントや、WeWork Commonsと呼ばれる専用のSNSによって全世界のWeWorkメンバーとWeb上で繋がることが可能な点にある。

ホットな話題としては、“旅するように暮らす”がコンセプトの賃貸サービスが登場した。ソフトバンクビジョンファンドが投資するインド発のホテルベンチャーOYO(オヨ)だ。OYOは2019年2月に日本へ進出している。日本では、敷金・礼金・仲介手数料なし、入居前手続きが最短30分で完了する賃貸サービスOYO LIFE(オヨ ライフ)をスタート(図表1参照)。OYO LIFEは家具や家電、Wi-Fiサービスなどが備え付けられており、水道光熱費も賃料に含まれている。ここまでは日本のマンスリーマンションやウィークリーマンションと大きく変わらないが、一番大きな違いは入居時や退去時の契約をスマートフォンで簡単に手続きできる点にある。従って、91日以内のショートステイの場合、書面での手続きが不要※1で業者に頼むような引越しも不要で、旅する感覚で部屋を借りることができるのだ。

※1 91日以上居住の場合は書面が必要。

OYOで最も注目すべきは『OYO PASSPORT』だ。OYO PASSPORTとは、OYO LIFEの入居者に対して提携パートナーの家事代行サービスやカーシェアリング等のサブスクリプションサービスを、入居後1ヶ月間無料で利用できたり、割引利用できたりする仕組みである。利用できるサービスとしては、家具・インテリアなどのレンタルサービス『CLAS』や、個人間のカーシェアリングサービス『Anyca』、家事代行サービスの『ベアーズ』、家電・日用グッズのレンタルサービス『Alice.style』など多彩だ。こうしたレンタルサービスやシェアサービスは、旅をする感覚で部屋を借りるOYOのターゲットユーザーとの親和性が高い。

図表1 都内某所のOYO LIFEの広告

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出所:NTTデータ経営研究所で撮影

日本勢も負けていない。スマートロックのNinjalock(ニンジャロック)を提供するライナフは『サービスが入ってくる家』の浸透を目指している。『サービスが入ってくる家』は、スマートロックを活用することで住人が不在時に家事代行等のサービスを受けられるものである。

例えば、滞在中のホテルから観光や買い物へ出かけ、部屋に戻ってきたらベッドメイキングがされている、というような不在時サービスを受けることができるのだ。他にも、クリーニングや洋服のレンタル、食材の買い物など、生活に密着したサービスを受けることができるようになる。

住人にとっては便利になるのは勿論、不動産オーナーにとっては従来のような家賃収入のみの不動産経営から、サービス利用への対価としての収入が加わり、新たな不動産経営が可能となるだろう。

自動車業界に起きている異次元の競争

e-Paletteは、ややもすれば絵に描いた餅になりがちだが、トヨタは本気だ。それはパートナー企業にも現れている。Amazon、Uber、滴滴出行(中国で大手のライドシェアであるDidi Chuxing)、Pizza Hut、マツダといった錚々たる顔ぶれがパートナー企業には並ぶ。国内では、e-Paletteを実現するためにヤマトホールディングスやセブン-イレブン・ジャパンと共同開発への協議を開始したことが伝えられた。

そして、何と言っても見逃せないのが、昨年10月に発表されたソフトバンクとトヨタの提携である。両社は次世代のモビリティサービス構築に向けた共同出資会社MONET Technologies(モネ テクノロジーズ)の設立を発表した。

世界のトヨタがここまで本気なのは、自動車業界における革新的な変化が背景にある。自動車業界は今100年に一度の転換期にある。鍵はCASEだ。CASEとは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリング・サービス)、Electric(電気自動車)の頭文字を取った造語である。このCASE時代の到来を見据え、トヨタグループをはじめ他の自動車メーカーはしのぎを削って、異業種との連携を加速化させている※2

不動産業界のアナロジーとなる自動車業界

不動産業界のプレーヤーは自動車業界の劇的な変化を対岸の火事を思ってはならない。不動産と自動車は、商品特性や事業特性が類似していると共に、何より置かれている外部環境が非常に近いのだ(図表2参照)。

図表2 不動産と自動車の特性比較

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出所:NTTデータ経営研究所で作成

まず、商品特性が自動車と不動産は類似している。商品自体が数百万円・数千万円と高額であり、人生において購入頻度が少ない。

自動車も不動産も一般的な消費者は購入経験が乏しいため、過去の経験による比較判断をすることが難しい。さらに高額商品がゆえに、自動車の購入時には自動車ローンや割賦販売、自動車保険があり、住宅購入時には住宅ローン、火災保険、地震保険などがあるなど金融商品との関わりが密接な点も似ている。

業界構造では、自動車はメーカーを頂点としたピラミッド構造であり、不動産はデベロッパーを頂点としたピラミッド構造となっている点が類似している。

自動車業界では、トヨタ系列や日産系列など系列グループごとに部品メーカーがTier1(ティアワン)、Tier2(ティアツー)、Tier3(ティアスリー)と多重構造となっている。Tier1は自動車メーカーに直接納入し、Tier2はTier1へ部品などを納入する。不動産業界では、ビルやマンションなどの企画・開発・建設・販売・管理が全てのバリューチェーンにおいて、デベロッパーが金流や商流を握っている。デベロッパーは、建設会社・設計事務所・販売会社・管理会社などに業務を委託。そこから、委託された建設会社であればゼネコンやサブコンといった形で1次請け、2次請け、3次請けと多重下請けのピラミッド構造となっている。

類似点の多い自動車業界と不動産業界だが、特筆すべきは外部環境の変化である。自動車業界は所有からレンタル・シェアへ価値観の変化が見て取れ、前述のCASEに代表されるテクノロジーの波が押し寄せている。

不動産業界も所有から賃貸へ、そしてシェアの広がりが進む。例えば、シェアハウス、シェアオフィス、民泊などがその代表例だ。テクノロジーの面では、AIやIoT、ブロックチェーン、 3Dプリンタ、ロボットといったテクノロジーの波が押し寄せ、不動産テック(PropTech/Real Estate Tech)といったビジネストレンドが生まれている点も自動車業界と酷似している。

唯一、不動産業界と自動車業界が異なる点

唯一、不動産と自動車が異なる点が、商品としての“個別性”である。不動産には一つとして同じものが存在しない。同じエリアでも、土地の形、面積、方位、接する道路の状況などによって不動産価格は大きく変わる。また、同じ建物だとしても、階数、間取り、部屋の向き、管理状況によって価格は異なる。こうした状況が、“消費者が専門家に頼らず不動産を扱うこと”を難しくし、不動産業者の必要性を高めている。

例えば、「特定のエリアについて不動産価格の相場を知っている」「このエリアで以前に売れたあの家の売値を知っている」などの情報を不動産業者が持っているとする。値付けをしたり価格交渉をしたりする不動産業者にとっては、この情報はトップシークレットの貴重な情報だ。この情報は、消費者が不動産業者の手を借りず、正確な価格を知ることは難しく、同業他社であっても知ることは困難であった。こうした消費者と業者の間にある情報格差のことを俗に、『情報の非対称性』といい、不動産業界はこの情報の非対称を利用したビジネスモデルが主流となっていた。

個別性という特徴がある故に、物件の動向や詳細を把握している業者は、結局はそのエリアごとに存在している不動産事業者であるという状況を生み出している。これが日本独自の商習慣や文化と相まって、これまでグローバル化の波の防波堤となっていた。

米国ではMLSによって住宅の物件情報やエリア情報は勿論、成約価格や過去の売却履歴、過去の所有履歴、固定資産税などの税金、ローン借入額などのあらゆるデータが入手可能だ。そのため、業者間の情報の非対称性が少なく、MLSとのAPI連携によってデータを表示・加工する様々な情報ポータルサイトによって、消費者もこうした情報を知ることが出来るオープンな環境にある。日本では、こうした不動産データ情報基盤の環境整備の遅れに加えて、仲介シーンでは、両手狙いによる物件の囲い込みなども未だに行われており、情報へのクローズドな企業体質は根深い。

更に日本では“まちの不動産屋さん”が多く、これを代表する業界団体が複数存在しており、その影響力が強いのも特徴だ。また、住宅だけでなく、オフィスビルや商業不動産なども同様だ。物件情報や価格情報などのデータを各社が持っているため、なかなかオープンとなることは無くデータが一元化されていない。

国内の情報基盤が整っていない環境が、既存企業のテック化や新興プレーヤーの成長の妨げとなっていると共に、皮肉にも海外企業の日本進出、“黒船襲来”のような出来事の防波堤となっている。実際、とある米国の不動産テックの有望ベンチャーの元バイスプレジデントへインタビューした際、「我々は過去に日本進出を検討したことがあったが、日本独自の商習慣や不動産の評価観点、環境が異なるため断念した」とコメントしている。ただ、この防波堤もバリューシフトの変化によって崩れつつある。

おわりに

本稿では、自動車をはじめ、音楽・映像、通信、ファッションなど様々な業界において、AIやIoT、ブロックチェーン、 3Dプリンタ、ロボットといったテクノロジーの波が押し寄せ、『ハードからソフト・サービス』へのバリューシフトが起きている旨を論じた。そのうえで、不動産業界と類似性の高い自動車業界をアナロジーとして、業界構造の変化や異業種間連携などを考察した。

次回の自動車業界のビジネス転換から占う不動産テックの未来(下) ~バリューシフトがもたらす業界構造の変化~では、今後の不動産業界の業界構造の変化や展望を考察する。

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