はじめに
生成AIやAIエージェントの技術は、ヒトとデジタルの中間的な存在=「中間的アクター」としての特徴を持っている。その普及に伴い、導入する組織のあり方そのものも変化の潮目を迎えている。
こうした変化により、従来はデジタル技術の活用に主眼を置き、ビジネスモデルの変革を担ってきたDX部門に対しても、これまでにない役割や目的意識が課せられると推測される。AI技術の導入にあたっては、デジタルとしての側面に注目するだけではその能力を最大限に発揮することが難しく、その導入によって組織にもたらされる変化や成果についても、従来の「工数削減」や「業務効率化」といった指標だけでは十分に評価することが難しいためである。
これまで当社では、AIの普及に伴って生じるさまざまな課題として、対象とすべき業務の見極めや、属人化解消の先にあるAIへの従属リスクといった観点を、過去のレポートで取り上げてきた。
本稿では、AI技術の導入という新たな転機を迎えているDX部門が、今後どのようにその役割を捉え、何を目指すべきかについて考察する。
1.デジタル技術はこれまでどのような成果を挙げてきたか
組織におけるデジタル技術の活用は、当初、膨大かつ複雑になった企業活動の事実を記録・管理する「SoR」(Systems of Record/記録系システム)として進展してきた。さらに近年では、ITデバイスやソーシャルメディアなどの普及を背景に「SoE」(Systems of Engagement/協働・対話系システム)、「SoI」(Systems of Insight/分析系システム)へと活用場面が広がっている。そして、それぞれの領域では異なる成果の達成を目指して、システムの導入・活用が進められてきた。
【図表1】デジタル技術の活用領域と主な成果

これまで、組織内のDX部門では、効率化、エンゲージメント向上、意思決定の高度化といった価値創出を目標とした取り組みが進められてきた。他方、特に日本国内においては、実際に得られた成果が効率化や業務改善にとどまるといった傾向も指摘されており、企業価値全体への貢献を十分に実感できていない実態がある。
こうした状況を踏まえると、DX部門には、個別施策の成果や成否を追求するだけでなく、そもそも自部門が組織に対してどのような成果を挙げるべきかをあらためて明確にすることが求められる。
2.AIには何ができるか
今日のAI技術は、情報システムを高度化するだけでなく、組織運営や戦略策定といった、より広い領域での活用も本格的に検証されるフェーズに突入している。
その背景には、AIが従来のデジタル技術が得意としてきた大量処理や反復・再現能力に加え、ヒトが担ってきた解釈・判断・設計・実行の一部を担えることになったことがある。本稿では、こうしたAIをデジタルツールとヒトとの中間に位置する「中間的アクター」と捉える。代表的には、以下のような能力が挙げられる。
【図表2】中間的アクターとしてのAIの能力

こうした能力が、SoR/SoE/SoIの領域と掛け合わせることで、既存システムは高度な実践が可能となるだけでなく、根本的な設計思想自体にも変化がもたらされると考えられる。
たとえば、SoRでは定型業務の自動化だけでなく、従来ヒトが都度判断していた非定型業務についても、AIが状況をみずから解釈しながら処理することが可能になる。
SoEでは、細かなチューニングをその場その場で実行することで、個々の状況や顧客の複雑な意図に応じて、リアルタイムに対話や対応を調整できるようになる。
SoIでは、AIみずからがインサイトの抽出から、その結果を踏まえた戦略・施策の提案、さらには実行支援まで提案するといったように、役割が広がる可能性がある。
近年、「SaaSの死」と表現される議論もみられる。これは、SaaSというサービスや仕組みそのものが消滅するという意味ではなく、本質的には、アプリケーションやワークフローとしてあらかじめ定義された流れに沿ってヒトが業務を行うという従来の考え方が変化する可能性を示すものと捉えられる。
AIを組織的に導入することは、ヒトとAIとの協働を前提とすることでもある。従来ヒトが担ってきた解釈・判断・設計・実行の一部をAIが担うのであれば、ヒトとAIの役割分担や業務プロセス、さらにはそれらを前提とした組織のあり方そのものを問い直す必要が生じる。
【図表3】AI技術以降のシステムの役割イメージ

生成AIを用いてNTTデータ経営研究所が作成
3.AI時代には何を「成果」と捉えるべきか
SoR/SoE/SoIの領域で設定されてきた効率化、エンゲージメント向上、意思決定の高度化といった目標は、いずれも「事業成果」の向上を目指すものである。こうした指標は、AIによる高度化を前提としながら、今後も重要なKPIとして機能すると考えられる。
一方、AIがこれまでヒトの担ってきた役割を部分的に担うようになることで、DX部門には、事業成果だけでなく、業務や役割、意思決定、組織構造そのものがどのように変化したかという「構造変革」の成果も求められるようになる。
AIによって置き換えられるヒトの役割やプロセスが生じれば、従来の「ヒトは人事部門、システムはIT部門」といった区分だけでは対応しにくくなる。ヒトとシステムをまたいだ役割分担を再定義し、配置を総合的に最適化することが求められるためである。
さらに、AI時代の到来は、組織が一度きりの変化に留まらずに進化し続ける能力=「変革能力」を持つことを企業に求める。その理由は「(1)AI自身に、生成・設計・自律実行といったヒトに類する変革の能力が備わっていること」「(2)その進化も非常に速いスピードで進んでおり、ある時点で最適な業務・組織の設計を行っても前提が陳腐化すること」の2点が挙げられる。AI能力の実装が当然になるほど、「構造変革」の成果や「変革能力」の有無が、企業の新たな競争力の源泉となる可能性がある。
一方、こうした「構造変革」や「変革能力」は、「事業成果」のように個別施策の成果として表れやすいものではない。そのため、AIの組織導入を契機とした横断的な取り組みを通して、組織の構造が実際に変化しているか、また組織が自ら変革し続ける能力を獲得しているかを測定するための指標を設定する必要がある。具体的には、以下のような指標が考えられる。
【図表4】AI時代にDX部門が目指すべき成果

おわりに—DX部門は今後、何をすべきか
図表3のような変革成果をDX部門が達成するには、既存業務への理解やシステム導入の知見・経験にとどまらず、人材・組織・経営といった上流の領域へと理解の範囲を拡大していくことが求められる。継続的に組織を変革・進化させるためには、企業活動全体に対する深い理解と、仮説・検証を繰り返す推進力が重要である。
AI時代のDXは、新しい技術を前提に、手あたり次第に試行錯誤を重ねればよいわけではない。むしろ、AI技術が活用可能になったからこそ、既存業務や組織のあり方にとらわれず、あらためて目指す価値や組織運営のあるべき姿といった抽象的な問いを積み重ねる必要がある。そのうえで、良質な方法論を活用しながら、仮説と検証を効率よく繰り返し、「事業成果」「構造変革」「変革能力」の3つの観点から成果を捉えていくことが、今後のDX部門には求められる。
