はじめに:導入拡大と成果創出のギャップ
生成AIの導入は、国内企業においても急速に拡大している。JUAS(一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会)の「企業IT動向調査2025」1によれば、言語系生成AIを何らかの形で導入・試行している企業の割合はここ2年で大幅に増加しており、「導入するかどうか」を議論するフェーズは終わりつつある。
一方で、組織として明確な成果を出せている企業は依然として限られている。多くの企業は「一部の社員が便利に使っている」「特定業務のPoCは完了した」という段階にとどまり、全社的なAI活用を通じた業務変革や競争優位の獲得には至っていない。
この成果創出のギャップを生む根本的な原因は、「AIを導入すること」自体が目的化し、全社展開や成果創出までを一貫して設計できていない点にある。AIを組織的な成果につなげるためには、個別のツールや業務から検討を始めるのではなく、まず自社の業務全体を俯瞰し、「どの業務をAIによって変えるべきか」を見極める必要がある。
本稿では、こうした問題意識を踏まえ、全社の業務を構造的に棚卸しし、AI活用による期待効果と実現容易性から優先順位をつける方法を整理する。そのうえで、AI活用を企業の戦略と整合させ、組織的な成果につなげるための考え方について考察する。
1 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査2025 ユーザー企業のIT投資・活用の最新動向」(2025年3月31日)
1. AI導入が成果につながらない3つの問題
前述した全社展開や成果創出までを見据えた設計不足は、現場では次の3つのかたちで現れることが多い。
第一に、AI活用が「個人利用の最適化」にとどまっている問題である。全社的なAIアシスタントの導入や議事録生成AIの導入など、ツールレベルの整備は進んでいるものの、「便利なツールを個人が使う」段階を超え、組織として活用する設計に移行できていない企業が多い。
第二に、業務プロセスの再設計が伴っていない問題である。既存の業務フローをなるべく変えずにAIを組み込もうとする結果、業務フローそのものや役割分担の見直しが行われないまま導入が進んでしまう。
第三に、全社展開を前提とした設計がないままPoCが進んでいる問題である。場当たり的にPoCを開始した結果、PoC自体は成功しても全社展開の段階で設計の見直しが必要になるほか、KPIが不明確なまま対象業務だけでは費用対効果が得られず、その後の展開を断念するケースも少なくない。
2. AI導入の成否は「森の視点」から始まる
こうした失敗パターンは、いずれも全社の業務をどう変えるかを描かないまま、個別の施策が先行している点で共通している。ツールを全社に配布することと、全社の業務を変えることは同義ではない。前者だけが進めば第一の問題となり、後者を特定業務からの積み上げで進めようとすれば第二・第三の問題となる。本稿で特に注意を促したいのは後者、すなわち「最初から特定の業務・部門に絞り込んでAIを導入しようとする」という発想である。
一見すると合理的に見えるこのアプローチが機能しにくい理由は、大きく2つある。
一つ目は、全社基盤を見据えた設計ができず、後工程で大きな手戻りが生じるからである。特定業務のPoCから始めると、その業務に最適化された形で技術選定やインフラ設計が行われてしまう。後から全社展開を検討した際に、最終的にカバーすべき業務のスコープや必要な仕様が変わり、PoC段階の設計を大幅に見直さざるを得ないケースが多い。あらかじめ全業務を俯瞰し「最終形態のスコープ」を定義しておくことで、PoCが無駄な投資に終わる事態を避けられる。
二つ目は、特定業務だけ見ていると、企業全体として最もインパクトの大きい領域を見落とすからである。全業務を一度抽象化して俯瞰すると、部門をまたいで重複して発生している業務や、一部の領域に業務量が偏在している状況が浮かび上がる。そうした領域にこそ、導入効果が高く横展開もしやすいAI活用の機会が潜んでいる。
したがって、特定業務へのAI導入を検討し始めるよりも前に、まず自社の全業務を構造的に棚卸しし、俯瞰することが必要である。個別の業務(木)から入るのではなく、業務全体(森)から入る。この「森の視点」こそが、AI導入を検討する出発点である。
3. 全業務棚卸しと優先順位づけの進め方
では、具体的にどのようなステップで実施するのか。大きく3つのステップにわけて考える。なお、この一連のステップは、後述する自社の戦略目標との照合とセットで進めることが前提となる(第4章参照)。
Step 1 全業務を「評価できる粒度」まで分解する
業務棚卸しにおいて最初に問われるのは、どの粒度まで業務を分解するかである。粒度が粗すぎると評価が曖昧になり、細かすぎると作業工数が膨大になる。AI活用の文脈では、「AIに任せる機能・タスクが判断できる」粒度が適切である。
実際に業務を整理・分解する際には、業務プロセスを体系的に整理するフレームワークとして知られる機能階層(ファンクションレイヤー)の概念を参照する(図表1)。
まず、部門ごとの業務をFL3「業務機能」のレベルで整理する。FL3は、業務領域の中で一定の目的を持って遂行される一連の業務の単位であり、企業全体の業務構造を俯瞰し、業務の抜け漏れを防ぐうえで有効な粒度である。
一方、AI活用の期待効果や実現容易性を評価する単位としては、FL3ではまだ粒度が粗い。同じFL3の中にも、情報収集や文書作成のようにAIが支援・代替しやすい業務と、高度な判断や承認を伴うため人が主体となるべき業務が混在しているためである。
そこで、各FL3を構成する業務を、FL4「詳細業務機能」まで分解する。FL4は、業務の目的や入出力、判断内容、関係者などを具体的に捉えられる実行可能な業務単位であり、「AIにどの機能・タスクを担わせられるか」「どの程度の効果が見込めるか」を比較・評価する粒度として適している。
【図表1】 業務の機能階層(ファンクションレイヤー)の概念

Step 2 4つの観点で期待効果を評価する
業務を適切な粒度まで分解したら、次に各業務についてAI活用によって期待される効果を評価する。期待効果は、大きく4つの観点で捉えると整理しやすい。
- 付加価値・創造性の観点
アイデア創出や企画支援、示唆の提示など、思考や壁打ちを支援するAI機能を活用でききる業務か評価する
- 専門性活用の観点
社内ノウハウや専門知識をRAGなどの仕組みを通じて活用できる業務か評価する
- 協働性の観点
業務プロセスにおける分担・支援を通じて、チームでの作業効率を高められるかを評価する
- 効率化の観点
定型作業の代替やタスク実行、エージェント機能によってどの程度の工数削減が見込めるかを評価する
Step 3 実現容易性を加えて優先順位を確定する
期待効果の評価だけでは、「効果は期待できるものの、実現が難しい業務」に手を出してしまうリスクがある。Step 3では、実現容易性の軸を加えて絞り込みを行う。
実現容易性の評価には、主に4つの観点を用いる。
- 業務の分岐数
判断パターンの多さや例外処理の有無を評価する
- 専門知識・経験への依存度
業務の遂行に、業界固有の専門知識や、明文化されていない経験・ノウハウがどの程度必要かを評価する
- 品質影響度
ミスが生じた場合の業務停滞、顧客への影響、売上への波及の大きさを評価する
- リカバリー困難性
ヒトの手による修正・復旧の難しさを評価する
期待効果と実現容易性の2軸でマトリクスを構成すると(図表2参照)、最初に着手すべき「優先度高」の業務領域が明確になる。期待効果が高く実現も容易な業務から着手することで、短期間で成果を可視化しながら、組織全体のAI活用に対する信頼と習熟を段階的に積み上げていくことができる。
【図表2】 期待効果と実現容易性による優先順位づけマトリクス

NTTデータ経営研究所が作成
4. 業務の最適化より先に、戦略との整合を
ここまで業務の棚卸しと優先順位づけの方法論を論じてきたが、一点、重要な前提を強調しておきたい。
業務の効率化や最適化をどれだけ精緻に設計しても、それが企業の目指す方向と整合していなければ、成果は限定的なものにとどまる。AIの導入自体が目的になっている企業の多くは、「何のためにAIを使うのか」が明確にならないまま、手段の検討が先行してしまっている。
企業がこれから先、何を競争優位として大切にしていくのか。どこを目指し、何のために業務を変えるのか。AI活用は、企業の戦略と整合していなければ、業務の部分最適に終わるリスクがある。全業務を棚卸しし、効果と実現容易性から優先順位をつけるプロセスそのものを、自社の戦略目標と照合しながら進めることが、中長期的な成果創出の前提となる。
おわりに
本稿では、AI導入を組織的な成果につなげるためには、個別の業務やツールから検討を始めるのではなく、まず自社の全業務を俯瞰する「森の視点」が重要であることを論じてきた。
全業務を構造的に棚卸しすることで、全社展開を見据えたスコープを定義するとともに、企業全体として期待効果が高く、横展開しやすい領域を見極めることができる。
そのためには、業務をAIの機能・タスクが見える粒度まで分解し、期待効果と実現容易性の2軸で優先順位をつけるプロセスが欠かせない。そしてその全プロセスを、自社の戦略目標と整合させながら進めることが不可欠である。業務の効率化や最適化は、あくまで企業が目指す方向への手段であり、目的ではない。
そして、優先的に取り組む業務を選定することは、AI変革のゴールではなく出発点である。選定した業務について、AIに委ねる領域、人が判断し価値を発揮する領域、組織として統制する領域を定め、業務プロセスや役割・責任、組織・人材、運用・ガバナンス、データ・テクノロジーを一体として再設計することで、初めてAI活用を組織的な成果へとつなげることができる。
今後、AI活用を個別の業務効率化にとどめず、企業全体の変革へとつなげていくうえでは、こうした論点を一体的に捉え、自社の戦略や業務特性に応じて検討していくことが重要となる。
