はじめに
本連載の第1回では、企業における「仕事」と「介護」の両立支援制度(以下、制度)が利用につながりにくい課題として、「(1)介護の局面に応じた制度を判断しにくいこと」「(2)介護の状況や必要な配慮を職場に相談しにくいこと」「(3)適切な相談先や支援先が分かりにくいこと」の3点を整理した。第2回では、海外事例から、介護の局面に応じた制度の組み合わせ、申し出・協議・記録の手順、社外支援への接続という設計要素を整理した。
第3回では、これらを踏まえ、日本企業がワーキングケアラー支援の職場での運用を検討するための実装ポイントを、「知る、相談する、調整する、つながる、見直す」という5つの流れで整理する。海外制度をそのまま導入するのではなく、日本の法制度と社内運用をどのように接続し得るかを検討する。
日本では、介護休業、介護休暇、短時間勤務などの措置に加え、2025年4月から介護に直面した労働者への個別周知および意向確認、雇用環境の整備、40歳等の労働者への介護休業・介護両立支援制度等に関する情報提供が義務化され、介護のためのテレワークなどの導入が努力義務とされている1。企業にとっては、既存の制度を従業員に届け、相談や働き方の調整、社外の支援先への接続、運用の見直しまでを一つの流れとして捉えることが、今後の検討課題の一つになり得る。
【図表1】ワーキングケアラー支援の職場運用に向けて検討したい5つの実装ポイント

出所:厚生労働省、GOV.UK、Singapore Ministry of Manpower、Australian Government、NTTデータ経営研究所/NTTドコモビジネスX共同調査「ワーキングケアラー支援の実態とサービスニーズの調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:5つの実装ポイントは、本稿で整理した検討枠組みであり、全ての企業に一律に適用することを意図したものではない。
1 厚生労働省「法改正のポイント|介護休業制度特設サイト」
1. 介護に直面する前から、制度と相談先を知る機会をつくる
2025年4月から、事業主には、労働者が40歳に達する日の属する年度または40歳に達する日の翌日から1年間のいずれかの期間に、介護休業制度などに関する情報提供を行うことが義務付けられている2。この情報提供は、介護に直面する前の早い段階で、介護休業や介護両立支援制度などへの理解と関心を深めることを目的としている。企業独自の情報提供では、制度の名称に加え、介護が始まった際の相談先、介護休業の目的、介護休業給付、地域包括支援センターなどの役割を併せて示すことが考えられる。
制度の利用実績が少ないことだけから、支援ニーズが小さいと直ちに判断することはできない。介護が突然始まる場合や、家庭事情・プライバシーへの配慮から相談に至らない場合も考えられる。企業は、個人を特定することを目的とせず、匿名の従業員調査、情報提供後の理解度確認、研修後アンケートなどを通じて、制度利用件数には表れていない支援ニーズや、制度利用を妨げている可能性のある事情を把握する手がかりを得ることが重要である3。
国内企業の例として、ソフトバンク株式会社は「介護で仕事をあきらめない」を方針に掲げ、法定を上回る介護休業・介護休暇、介護短時間フレックス勤務、在宅勤務、介護セミナーなどの取り組みを導入している4。制度と情報提供を組み合わせ、従業員が選択肢を知る機会を設ける取り組みの一例として参考となり得る。
2 厚生労働省「法改正のポイント|介護休業制度特設サイト」
3 NTTデータ経営研究所/NTTドコモビジネスX「ワーキングケアラー支援の実態とサービスニーズの調査」(2026年2月26日)
4 ソフトバンク株式会社「仕事と育児・介護の両立支援」
2. 安心して相談できる窓口と、情報の取扱いルールを整える
当社とNTTドコモビジネスX株式会社の共同調査(以下、本調査)では、出産・育児支援と比べて、介護支援の必要性を職場に伝えるハードルが高いと感じる人が46.8%に上った5。ただし、本調査は相談をためらう理由を直接特定したものではない。相談をためらう事情としては、上司や同僚への遠慮、評価や配置への不安、家族の病状や家族関係をどこまで共有すべきか分からないことなど、さまざまな事情があると考えられる。
外部の匿名相談窓口を設ける例として、サービス提供事業者である株式会社エス・エム・エスは、同社の介護相談窓口サービス(ケアマネジャーなどへ匿名で相談できるサービス)が三井住友海上火災保険株式会社に導入されたと公表している6。
労働者の相談内容を扱う際は、本人同意、情報の利用目的、共有範囲、管理方法を明確にしておくことが望ましいと考えられる。管理職の役割としては、介護状況を詳しく聞き出すことではなく、本人が希望する勤務上の配慮を確認し、人事、社内制度、社外支援への接続を支える初動対応が考えられる。
5 NTTデータ経営研究所/NTTドコモビジネスX「ワーキングケアラー支援の実態とサービスニーズの調査」(2026年2月26日)
6 株式会社エス・エム・エス「三井住友海上へエス・エム・エスの『介護相談窓口サービス』導入、利用が好調」(2025年4月24日)
3. 働き方の調整内容を記録し、状況変化に応じて見直す
介護の状況は時間の経過とともに変化する場合があり、必要な支援も変わり得る。本調査では、介護経験者のうち介護期間が5年以上に及ぶ人は30.9%であった7。この結果は本調査の回答者に関するものであり、介護経験者全体の分布を直接示すものではないが、介護が長期に及ぶ回答者が一定数確認された。こうした状況を踏まえると、介護休業またはテレワークといった単一の制度だけでなく、休暇、休業、短時間勤務、フレックスタイム、在宅勤務、業務配分、外部相談の組み合わせと見直しを検討することが有効と考えられる。
英国の「ケアラー・パスポート」は、介護を担う職員と上司が必要な柔軟性や配慮を話し合い、文書化し、毎年または介護状況の変化に応じて見直すツールである8。シンガポールの「TG-FWAR」は、柔軟な働き方の正式な申請、検討、回答の手順を定め、雇用主に2ヵ月以内の回答を求めている9。
日本企業が参考にする場合、名称や様式をそのまま導入する必要はない。本人同意を前提に、希望する勤務上の配慮、緊急時の連絡方法、利用予定の制度、業務調整の範囲、共有先、見直し時期を記録する仕組みを設けることが考えられる。加えて、申請先、検討期限、代替案の協議、回答方法、再相談の条件を明確にしておくことも有効と考えられる。
【図表2】介護の局面と、企業が案内・確認したい支援の組み合わせの例

出所:厚生労働省「介護休業制度特設サイト」、GOV.UK「Carer's Passport」、Singapore Ministry of Manpower「TG-FWAR」、NTTデータ経営研究所/NTTドコモビジネスX共同調査「ワーキングケアラー支援の実態とサービスニーズの調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:本表は、企業が支援を検討する際の整理例であり、介護の経過や必要な支援は個人によって異なる。
7 NTTデータ経営研究所/NTTドコモビジネスX「ワーキングケアラー支援の実態とサービスニーズの調査」(2026年2月26日)
8 GOV.UK「Carer's Passport」
9 Singapore Ministry of Manpower「Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests (TG-FWAR)」
4. 社内制度の案内にとどまらず、社外の専門支援につなぐ
仕事と介護の両立を支える際には、休暇や柔軟な働き方などの社内制度の案内だけでは対応しきれない場面がある。要介護認定の申請、ケアマネジャーとの面談、介護サービスの手配、認知症への対応、施設入所の判断、看取り期の対応などでは、社外の専門的な支援が必要となる場合がある。企業が介護保険や地域サービスの専門家になる必要はないが、従業員が必要な相談先を把握できるよう、窓口を示しておくことが有効と考えられる。
オーストラリアの「ケアラー・ゲートウェイ」は、家族や友人に無報酬で介護・支援を行う人(以下、ケアラー)を対象に、電話・オンライン相談、カウンセリング、ピアサポート、コーチング、計画的レスパイト、緊急レスパイト、地域サービスへの案内などを提供する公的な窓口である10。企業内制度とは別に、ケアラー本人が専門支援へつながる窓口を設けている点は、企業外の支援との接続を考える際の参考となり得る。
日本では、地域包括支援センター、市区町村、ケアマネジャー、介護保険サービスなどが重要な役割を担う。企業はこれらを自ら担う必要はないが、社内相談から社外支援へつなぐ導線を明確にすることは、従業員が一人で抱え込むことを避ける一助となり得る。
【図表3】社内の相談から社外の専門支援につなぐ基本導線(例)

出所:厚生労働省「仕事と介護の両立支援―両立に向けての具体的ツール―」、Australian Government「Carer Gateway」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:導線は例示であり、本人同意、情報の利用目的、共有範囲および各窓口の役割を確認した上で運用することが望ましい。
10 Australian Government Department of Health, Disability and Ageing「Carer Gateway」
5. 制度利用件数だけでなく、支援が機能しているかを確認する
制度を整備した後は、利用率に加え、従業員が制度を認知しているか、相談窓口にたどり着けているか、申し出にくさは残っていないか、利用しない理由は何か、制度利用後も就業を継続できているか、管理職の負担が過度に大きくなっていないかといった項目も確認対象とすることが考えられる。
英国政府は2026年6月、Carer's Leave Act 2023の初期影響を把握するため、就労中または最近離職した無償ケアラー50人へのインタビュー調査を公表した11。ここでいう無償ケアラーとは、介護・支援それ自体に報酬を受けない人を指し、就労していない人を指しているものではない。同調査は、制度の理解度や利用経験だけでなく、就業継続上の障壁や制度以外に必要な支援を把握している。ただし、50人を対象とした定性調査であり、結果の解釈に当たっては、無償ケアラー全体の傾向を示すものではない点に留意が必要である。
オーストラリア政府も、2025年3月にケアラー・ゲートウェイのインパクト評価報告書を公表している12。利用者の経験と成果を継続的に確認する評価の実施例として参考となり得る。
厚生労働省は、企業向けに「仕事と介護の両立支援プラン」策定マニュアル、実態把握調査票、周知チェックリスト、社内研修テキスト、相談時の対応ポイント・対話例などを公表している13。企業はこれらを自社の就業規則、相談窓口、外部サービス情報と組み合わせ、認知、相談、申し出、利用、社外接続、就業継続までを確認する際の参考にできる。
【図表4】支援が職場で機能しているかを確認する項目例

出所:厚生労働省「仕事と介護の両立支援―両立に向けての具体的ツール―」、GOV.UK「Qualitative research with unpaid carers」、Australian Government「Impact Evaluation of Carer Gateway: Final Report」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:確認項目は例示であり、各項目と就業継続・離職などとの因果関係を直接示すものではない。
11 GOV.UK, Department for Business and Trade「Qualitative research with unpaid carers」(2026年6月12日公表)
12 Australian Government Department of Health, Disability and Ageing「Impact Evaluation of Carer Gateway: Final Report」(2025年3月17日公表)
13 厚生労働省「仕事と介護の両立支援―両立に向けての具体的ツール―」
おわりに
ワーキングケアラー支援を職場で機能させるためには、制度を増やすことだけでなく、従業員が制度と相談先を知り、安心して相談し、働き方を調整し、社外の専門支援につながり、その運用を見直すまでの流れを一体的に検討することが有効と考えられる。
本稿で取り上げた海外事例からは、制度をそのまま取り入れるのではなく、相談後の配慮を記録・共有する、申請・検討・回答の手順を明確にする、社外支援につなぐ窓口を設ける、利用者の経験を継続的に確認する、という実装上の視点を読み取ることができる。
企業経営の観点では、ワーキングケアラー支援は、人材の就業継続、管理職の負担、職場運営、人的資本経営と関わり得る。政策の観点では、法制度の周知に加え、企業、地域、公的・民間支援がどのように接続しているかを確認する視点も考えられる。本連載で整理した「課題の把握―海外の設計要素―職場での実装」という流れは、自社の制度運用を点検する際の出発点の一つとなり得ると考えられ、ぜひ実務に携わる方々に参考にしていただけると幸いである。
