はじめに
本連載の第1回では、企業における「仕事」と「介護」の両立支援制度(以下、制度)が利用につながるまでの過程に着目し、利用上の課題を「(1)介護の局面に応じた制度を判断しにくい」「(2)介護の状況や必要な配慮を職場に相談しにくい」「(3)適切な相談や支援先が分かりにくい」という3点に整理した。
第2回では、海外の制度や取り組みを単なる国別制度紹介ではなく、制度を利用につなげるための設計要素として読み解く。重要なのは、海外の制度が日本より優れている、あるいは実際に高い利用率を示していると単純に評価することではない。休暇、柔軟な働き方、所得補償、相談支援、職場での申し出・協議・記録などの仕組みが、どのように組み合わされているかを確認することである。
また、各国が法制度として定める事項、企業が整備・運用する事項、地域・公的サービスが提供する事項、本人・家族が調整する事項を区別する。これにより、日本の現行制度を前提として、企業がどの部分を補完し得るのかを検討する。
1. 海外事例を読み解く視点:両立支援制度が利用につながるまでの流れをみる
海外のワーキングケアラー支援制度を紹介する際、休暇日数や給付率だけを比べても、制度の位置付けや対象を十分に捉えにくい場合がある。例えば、英国の介護者休暇は無給であり、日本の介護休業給付と単純に比較できない。またドイツの急な介護対応に関する制度も、日本の介護休暇や介護休業とは対象期間や利用場面が異なる。
本稿では、海外の事例を「(1)介護の局面に応じて休暇・働き方・所得補償を組み合わせる」「(2)申し出から協議・記録・見直しまでを手順を明確にする」「(3)企業外の相談・休息支援などにつなげる」という3つの設計要素から整理する。法定制度、公的サービス、職場内の実装ツールを同列に扱わず、実施主体と制度上の位置付けを明確にする。この整理により、海外事例を単純な優劣比較ではなく、日本企業が両立支援制度の運用を検討する際の参考材料として記載する。
【図表1】 第1回で整理した3つの利用上の課題と、本稿で参照する海外事例

出所:EUR-Lex「Directive」、英国「unpaid carer’s leave」「Flexible working」「Carer's Passport」、ドイツ「Die Familienpflegezeit」、オランダ「Applying for care leave」、フランス「Congé de proche aidant」、カナダ「EI caregiving benefits」、シンガポール「TG-FWAR」、オーストラリア「Carer Gateway」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
2. 介護の局面に応じて、休暇・働き方・所得補償を組み合わせる取り組み
EUのWork-life Balance Directive[Directive (EU) 2019/1158]は、介護者休暇および柔軟な働き方に関する最低基準を定め、介護者を独立した支援対象として位置付けている1。EU指令はEU加盟国に共通する制度的枠組みの一つである。本稿では、EU加盟国の例としてドイツ、オランダ、フランスを取り上げるほか、比較対象として英国とカナダの制度についても確認する。
短期対応と継続的な調整を分ける
英国では、「Carer's Leave Act 2023」(介護者休暇法)および関連規則に基づき、従業員は雇用初日から12ヵ月ごとに最長1週間の無給介護者休暇を取得できる。取得単位は半日または1日単位でも利用でき、対象者は法律上の家族に限らず、従業員にケアを頼る人を含む2。
日本の「介護休暇」は、対象家族1人の場合は年5日、2人以上の場合は年10日まで、1日または時間単位で取得できる3。
両制度は取得日数だけでなく、対象となるケア関係(家族に限定するか否か)や利用場面が異なるため、単純な日数比較は適切ではない。
ドイツでは、急な介護への対応と、長期的な就労継続を組み合わせた制度設計がみられる。一定の要件の下で、近親者に急な介護が必要になった場合、介護体制を整えるために1暦年につき最大10労働日まで仕事を離れ、介護支援手当を受給できる。さらに、介護時間法では最長6ヵ月の完全または部分休業、家族介護時間法では最長24ヵ月の部分休業・労働時間短縮が設けられている4。
日本の「介護休業」は、介護サービスの手配や家族内の役割分担など、仕事と介護を両立できる体制を整える期間として位置付けられている5。ドイツの事例は、急な対応、介護体制の構築、継続的な見守り・通院対応など、介護の局面に応じて制度の役割を分けて説明する際の参考となり得る。
オランダの「zorgverlof」(介護休暇)は、短期介護休暇と長期介護休暇に分かれている。短期介護休暇では賃金の少なくとも70%が支払われる一方、長期介護休暇は原則として無給である6。突発的な対応と長期にわたる対応を異なる制度として扱う例として捉えられる。
所得減少への対応を制度利用と切り離さない
休暇・休業制度が整備されていても、利用による所得減少が大きい場合、制度利用をためらう要因となる可能性がある。日本では、一定の要件を満たす雇用保険の被保険者に、休業開始時賃金日額の67%相当額を基本とする「介護休業給付金」が支給される。一方、介護休暇を有給とするか無給とするかは企業の規程による7 8。
海外では、所得補償を担う主体や方法に複数の類型がある。オランダでは短期介護休暇の賃金補償を企業が担う。フランスでは「近親介護者休暇」は原則として無給であるが、「近親介護者日額手当」(AJPA)が所得喪失の一部を補償する9。カナダの「EI介護関連給付」は、一定の要件の下で所得の55%、2026年時点で週729カナダドルを上限とする10。
これらを比較すると、休暇・休業の権利と所得補償を併せて確認する視点が得られる。企業においても、制度名だけでなく、有給・無給の別、利用時の収入見込み、利用できる公的給付を分かりやすく示しておくことが望ましい。
【図表2】 所得補償の主な設計パターン

出所:厚生労働省「介護休業」「介護休暇」、オランダ「Applying for care leave」、フランス「Congé de proche aidant」、カナダ「EI caregiving benefits」を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:給付・賃金補償の対象、期間、算定方法などは国・制度ごとに異なるため、割合のみの単純比較には留意が必要である。カナダの上限額は2026年時点。
2 GOV.UK「Unpaid carer’s leave」
4 連邦教育・家族・高齢者・女性・青少年省:「家族介護休暇」/連邦保健省:「賃金代替給付としての介護支援手当」Bundesministerium für Bildung, Familie, Senioren, Frauen und Jugend「Die Familienpflegezeit」/Bundesministerium für Gesundheit「Pflegeunterstützungsgeld als Entgeltersatzleistung」
5 厚生労働省「介護休業|介護休業制度特設サイト」
6 Government.nl「Applying for care leave」
7 厚生労働省「介護休暇|介護休業制度特設サイト」
8 厚生労働省「介護休業|介護休業制度特設サイト」
9 Service Public「Congé de proche aidant」
10 Canada.ca「EI caregiving benefits – How much you could get」
3. 申し出から協議・記録・見直しまでを手順化する取り組み
英国の「Flexible Working」は、介護者のみを対象とする制度ではなく、全ての従業員が雇用初日から柔軟な働き方を申請できる一般的な権利である。雇用主は申請を合理的に取り扱い、拒否する前に従業員と協議し、原則として2ヵ月以内に決定することが求められる11。介護者支援の観点から参考となるのは、働き方の申請を個人の交渉だけに委ねず、検討手順を明確にしている点である。
英国政府のCivil Serviceで用いられている「ケアラー・パスポート」は、法定休暇制度ではなく、介護を担う職員と上司が必要な柔軟性や配慮を話し合い、文書化する職場内の実装ツールである。異動や上司の変更のたびに同じ調整を繰り返す負担を減らすことを目的とし、毎年または介護状況の変化に応じて見直す設計となっている12。
日本では、2025年4月から、介護に直面した労働者への個別周知・意向確認、雇用環境の整備、40歳等の労働者への介護休業・介護両立支援制度等に関する情報提供が事業主に義務づけられている13。英国の事例は、日本の制度が不足していることを示すものではないが、相談後に必要となる配慮をどのように記録し、本人、上司、人事の間で共有・引継ぎするかを検討する際の参考となり得る。
シンガポールの「Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests」(柔軟な働き方の申請に関する政労使三者ガイドライン、以下「TG-FWAR」)は、労働者の正式な申請から雇用主による検討、回答までのプロセスを定めている。全ての申請の承認を求める制度ではないが、正式な申請に必要な事項を示し、雇用主が2ヵ月以内に回答するなど、手続を明確にしている14。
日本企業が参考にし得る点として、制度の名称ではなく、(1)申請先と必要事項、(2)検討期限、(3)代替案を含む協議、(4)回答方法、(5)状況変化時の再相談・見直しを、従業員と管理職の双方に分かる形で示すことが挙げられる。
11 GOV.UK「Flexible working」
12 GOV.UK「Carer's Passport」
13 厚生労働省「法改正のポイント|介護休業制度特設サイト」
14 Singapore Ministry of Manpower「Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests (TG-FWAR)」
4. 企業外の相談・休息支援につなげる取り組み
仕事と介護の両立に必要な支援には、職場内の制度だけでは対応しきれないものが含まれる。要介護認定の申請、ケアマネジャーとの面談、介護サービスの手配、通院への付き添い、認知症への対応、施設入所の判断など、企業の人事部門だけでは対応できない専門的な事項が含まれる。日本では、地域包括支援センター、市区町村、ケアマネジャー、介護保険サービスなどが相談・支援の担い手となっている。企業は、社内制度と地域の支援資源をどのようにつなぐかを、自社の相談体制に応じて整理しておくことが望ましい。
オーストラリアの「ケアラー・ゲートウェイ」(Carer Gateway)は、家族や友人などに無報酬で介護・支援を行う人を対象に、カウンセリング、ピアサポート、コーチング、オンライン講座、計画的レスパイト、緊急レスパイト、地域サービスへの案内などを提供する公的な相談・支援窓口である15。ここでいうレスパイトとは、介護者が一時的に介護から離れ、休息を取るための支援を指す。
日本企業では、地域包括支援センターや介護保険サービスを自ら直接担うのではなく、従業員が介護に直面した際に、社内制度の案内に加えて、地域包括支援センター、ケアマネジャー、外部の介護相談サービス、EAP(従業員支援プログラム)、民間サービスなどへつなぐ仕組みを整えておくことが考えられる。
そのため、企業が社内の相談窓口から企業外の支援資源へつなげる場合には、地域包括支援センター、ケアマネジャー、EAP、民間介護相談サービスなどの役割と連絡先をあらかじめ示しておくことが望ましいと考えられる。
15 Australian Government Department of Health, Disability and Ageing「Carer Gateway」
5. 海外事例から日本企業が検討できること
海外事例を踏まえ、日本企業が両立支援制度の補完・検討を行う際には、制度を増やすことだけでなく、既存制度の使い分け、相談後の手順、所得情報、社外接続を一つの流れとして整備することが重要な視点となり得る。
【図表3】海外事例を踏まえた両立支援制度の設計要素と、日本企業の検討の視点

出所:厚生労働省、英国「GOV.UK」、オランダ「Government.nl」、シンガポール「Singapore Ministry of Manpower」、オーストラリアAustralian Governmentなどの資料を基にNTTデータ経営研究所が作成。
注:日本企業が制度補完を検討する上で重要な視点は例示であり、企業規模、職種、業務特性、既存制度などに応じて個別に検討することが望ましい。
おわりに
本稿で取り上げた海外事例は、制度の優劣や利用実績の多さを単純に示すものではない。制度を従業員の利用につなげる仕組みを考えるための材料である。本稿で取り上げた事例からは、「介護の局面に応じて休暇・働き方・所得補償を組み合わせること」「申し出から協議・記録・見直しまでの手順を明確にすること」「企業内制度から社外の相談・支援などにつなぐこと」という3つの視点を読み取ることができる。
次回(第3回)は、これらの設計要素を日本の制度環境に当てはめ、企業が「知る、相談する、調整する、つながる、見直す」という一連の流れをどのように実装するかを整理する。
