前編では、若年層(Z世代)の保険検討の特異性やマーケティング高度化の必要性について解説した。後編では、Z世代が主要顧客となる時代に備えて検討すべきデジタルマーケティングの施策、座組について考察する。
1.これからの保険代理店(保険会社)の
デジタルマーケティング
ニーズが顕在化しにくい保険という商品性を鑑みると検索を前提にしたデジタルマーケティングの契約獲得効率は高くないが、一方でニーズが顕在化している消費者を確実に保険契約に結び付けるために必要なチャネルであることは間違いない。
しかしリアルの世界で考えてみると、保険ショップなどは消費者に確実に何らかのニーズが発生して来店しているだろうが、顕在化されたニーズが起点とならない「知人からの紹介」であったり、「丁寧・親身に話を聞いてくれたから」といった理由が保険加入のきっかけとなっていることに着目すると、デジタル上の保険マーケットで潜在ニーズ層にどのようにアプローチしていくか、保険代理店がマーケティング戦略を立てるうえでの参考になるのではないか。(図表1)
図表1のように、顧客にとって相性がよく、自分に良くしてくれた営業社員が介在したことで保険の加入に至るケースが多くなるのは業界関係者の感覚とズレはないが、オンラインではこれが難しい。ここにSNSやコンテンツマーケティングの活用余地があると考えることはできないだろうか。
その活用余地は、会社の社会貢献活動を紹介するといったものだけではない。リアルチャネルで営業職員が顧客に対して提供しているサービスやコミュニケーション方法などを、オンラインチャネルではSNSが担うと考えれば活用方法のイメージが湧きやすい。営業社員の日常的な活動、例えば「顧客にパーソナライズされたコミュニケーションを取る」「定期的にコンタクトして顧客の様子を聞く」「保険に関係なく家族の様子や顧客自身の健康状態などの会話の相手になる」「その顧客が関心を持ちそうなキャンペーンを紹介する」「健康やお金に関する情報提供をする」などだ。これらをオンライン上でSNSが代用してくれることでオンライン上の信頼関係が築けないだろうか。簡単な話ではないが、そうした施策の成否をリアルタイムで確認できるのもデジタルマーケティングの優れた点であり、試行錯誤しながら、計画的に勝ち筋、ときには負け筋を見出すことが、将来戦略策定をする際の貴重なインプットになる。アメリカのInsurance marketing & Communication Association(保険マーケティング&コミュニケーション協会)のブログでも、保険会社はSNSをテストマーケティングとして活用することを勧めている。そして「(コンテンツ、オファー、エクスペリエンスに対するパーソナライズされたアプローチを試すだけでなく)その効果を検出することに一貫して取り組むことができる、マーケティング担当の専任のデータ アナリストが必要」とも主張していることを紹介しておきたい。つまり、やって終わり、ではなく適切にKPIを設定し、意味ある検証から有益な示唆を生み出す体制が重要である。
ここからは保険会社の視点も加えて考えてみよう。今多くの保険関連事業者のデジタルマーケティングのKPIとして設定されているのは、資料請求数や成約(成立)数である。例えば100万円のマーケティング費用をかけて、100件のコンバージョン(資料請求、申し込み)獲得を目指しCPA(目標1件あたりコスト)1万円で運用する、といった具合だ。
筆者の経験上、検索連動広告やリマーケティング広告などの手法は、長らく各社が取り組んでおり、目指すべき運用水準は各社それぞれ目安を持ち合わせており、マーケティング施策の好不調は感覚的に共有されている。
ノウハウが蓄積されているという見方もできるが、一方でSNSやコンテンツマーケティングのような手法にも従来のPC/スマホで培ったマーケティングノウハウは必ずしも適用できない。なぜならば、経産省が指摘するように、特にSNSについては他の業界を見ても商品購入へのトスアップを担う機能に優位性があるからだ。
先に示したようにZ世代の保険加入プロセスは明確に変化している。SNSもオンラインメディアも次々と新しい仕組みやテクノロジーを導入して高度化、複雑化している。
いま改めて保険会社や保険代理店のマーケティング施策を考えるならば、こうした消費者ニーズの変化、テクノロジートレンドの進化にあわせた運用体制やKPI設定が必要になるのは必至だろう。
SNSやコンテンツマーケティングを申し込みに誘うためのトスアップとして活用したいわば『二段構えの申し込みプロセス』を実現するにはデジタルマーケティングのKPI設定、運用体制に次のようなチャレンジが必要ではないだろうか。
①中間KPIを設定し、担当レベルではなく部門の目標としてトレースする
②デジタルマーケティング部門の部門長はじめ関係者全員が
アクセス解析ツールを学び、データに触れる
③マネジメント層向けに大まかな指標を常時確認できるダッシュボードを整備する
まず①については、必要性はわかってもなかなか実現・定着に至らない。これは大手企業である保険会社では特に難しい。直接申し込みに至らない施策に投資する稟議決裁を上げても効果を直接的に見込むことができないためだ。逆に、トップダウンでの指示が通りやすい規模の保険代理店であれば、中間KPIを重視したマーケティング施策は実現しやすい。
保険会社でもこの中間KPIを以て最終成果を見込む考え方はリアルチャネル(営業職員や直販対面チャネル)では当たり前に採用されている。
例えば、営業拠点長、支社長クラスは日常的に中間指標(顧客紹介数、アポ件数、訪問数、商談数、見積(依頼)数など)をチェックして、その月その年の着地見込みを弾いている。また本社の営業企画、営業推進部門も全国課支社の数値を集計し、戦略立案のインプットにしている。
保険業界はそもそもこの中間指標を重要視している業界である。これをオンラインチャネルにも適用し、デジタルマーケティングの中間KPIを担当者だけでなくマネージャー層、本社部門も注目するべきだろう。
ただし、あまりに複雑かつ高度なロジックを理解してもらうのは難易度が高いうえ、そのロジックは日々アップデートされていく。大まかに状況を理解できる範囲で、経営にみてもらう(評価してもらう)べきKPIをいかに設定するかは、経営や部門長レベルの理解度次第でもあり、担当者が予算執行の決定権者と擦り合わせながら行うのがよい。
また世の中に溢れている指標だけでなく、自社の戦略やポジショニングに応じてオリジナルのKPIを設定する企業も存在するため、可能であれば同業・他業の他社にヒアリングなどを行って情報収集することも検討したい。
デジタルマーケティングの担当者レベルでは表示回数やクリック数、クリック率、ページ遷移数といった中間KPIを日常業務として確認するが、意思決定層もこうした中間指標を重要視するようになれば会社のデジタルリテラシーが底上げされ、直接的に保険申し込みには繋がらなくとも「ファンを創る」、「中長期の見込み客を創る」といったトスアップ施策への意思決定がなされやすくなり、デジタルマーケティング担当者から今までにない施策アイディアが生み出され、新たな勝ち筋を見出すことができるようになる。これを実現させるためのチャレンジが「②デジタルマーケティング部門の部門長はじめ関係者全員がアクセス解析ツールを学び、データに触れる」と「③マネジメント層向けに大まかな指標を常時確認できるダッシュボードを整備する」である。
ある海外のダイレクト保険会社では、ディレクター(部長級)は常にGoogle Analyticsのダッシュボードをチェックし、異常や課題を検知次第、即メンバーに対策検討を指示するのだという。ダイレクト保険会社やデジタル代理店でもない限り、国内保険会社でそのようなマネジメントを行っている企業はないのではないだろうか。(図表3)
この体制は、投資の意思決定層がファクトに基づき、即座に指示できる点にメリットがある。日本の保険業界では、保険募集のコンプライアンス順守のために保険業法や関連法規・通達の範囲を超えた表現をしていないか、事前に保険会社によるチェックを入れるのが通例であり、マネージャーが意思決定しても実際にアプリやコンテンツに反映させるには時間を要する。とはいえ、投資の意思決定の時間は短縮でき、総じて競合よりもスピーディに勝ちパターンを見いだすことができる。
また、この実現にはクリエイティブ作成(読み物コンテンツの作成や、バナーなどのデザイン)のケイパビリティを持つ社員が必要になる。コンプライアンスのチェックを最小限で済ませられるように、保険業界に関する知見を有するクリエイターは極めて少数であり、これは中途採用したデザイナーを保険会社や保険代理店のなかで育成するしかないだろう。
ただし業界外からの中途採用も多くなってきた昨今では、そのノウハウをもった保険会社や保険代理店は少なくないはずである。また、昨今はクラウドソーシングの活用も選択肢となる。採用、育成、外注をうまく組み合わせて立ち上げたデジタルマーケティングのチームが、Z世代に刺さるコンテンツやクリエイティブを検証し、それをSNSで発信して反応をみるといった取り組みが必要になるだろう。
iPhoneが登場した約15年前、少なくとも保険会社のデジタルマーケティングのチームではスマホで保険の資料請求をする時代が来ることに半信半疑だった。同様にこの先の15年を今の常識で計るべきではないだろう。