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経営研レポート

Z世代の主要顧客層化時代に備える
~保険会社・保険代理店のデジタルマーケティング戦略のこれから~

データが示す若年層(Z世代)の保険検討の特異性とSNS
保険×デジタルマーケティング
2023.12.19
ソーシャル・デジタル戦略ユニット
インシュランス リサーチ&コンサルティングチーム
アソシエイトパートナー/チーム長 松田 耕介
シニアコンサルタント 田中 亮平
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1.はじめに

インターネットで保険の比較検討ができる保険比較サイトが消費者に定着して久しい。今や保険関連のキーワードを検索サイトに入力すると、表示される広告やWebサイトは保険会社のそれと同じくらい比較サイトが表示される。

インターネットチャネルは比較検討だけでなく、そのままオンラインで申し込み手続きもできるようになった。自動車保険もダイレクト型商品を展開する保険会社のテレビCM、Web CMを目にしない日はないほどであるし、例えば生命保険業界では全43社中、18社の保険会社がインターネットでの保険申し込みが可能 (当社調べ 2023年9月末時点)であり、実に41.8%の生命保険会社が非対面での加入ニーズに対応している。

インターネット申し込みモデル黎明期には、代理店を介さない保険会社との直接取引のチャネルの登場に対し、代理店モデルを崩壊させかねない、いわゆる“中抜き”として脅威に感じた保険代理店もあっただろう。

2021年、このインターネット申し込みについて保険業界で話題となった調査結果が報告された。公益社団法人生命保険文化センターが昭和40年から3年に1回実施している「令和3年版 生命保険に関する全国実態調査」のなかで、加入意向のあるチャネルを尋ねた設問に対して、実に17.4%の回答者がインターネットを通じて保険加入する意向があると回答したのである。

それまで10%を境として上下していたこの質問項目が急に伸長したことは、多くの保険会社で話題になったに違いない。

しかしこれは既存の対面チャネルにとって脅威となり得るだろうか。

同じ「生命保険に関する全国実態調査」のなかでは、実際に保険にインターネットを通じて加入したという回答は4%に留まった。非対面のニーズの高まりはコロナ禍の影響も大きかったと推察されるため、詳しくは次回の調査結果を待って判断すべきだが、17.4%存在したインターネットでの加入意向がある割合からすれば、現時点では保険会社はこのニーズに応えているとはいえなさそうだ。

なお、同法人が「令和3年版 生命保険に関する全国実態調査」とは別に実施している「2022(令和4)年度 生活保障に関する調査」でも、「インターネットやメール等を用い、営業担当者と直接会わずに加入したい」との回答が20.2%に及んでいたことは付け加えておきたい。いずれにしても、「生命保険に関する全国実態調査」の次回定点調査(おそらく令和6年実施)で比較するべきなのは変わらないが、何らかの地殻変動は起きているように想像できる。

図表1 生命保険 インターネットを通じた加入意向と実際の加入経路

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(公益財団法人 生命保険文化センター 「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査」より抜粋)

これらの調査結果は、生命保険会社各社の戦略に何らかの影響を与えた、もしくは戦略を議論する場で話題になったことは想像に難くない。各社がこのニーズに応えていこうとする動きは今後も出てくるものかもしれないが、現在の消費者の考えはおよそ「簡単なのは良いが、自分だけで最適な商品は選べない」といったところではないだろうか。

消費者に明らかなニーズがある以上、保険代理店にとってもデジタルマーケティングは無視できるテーマではない。保険代理店のマーケティング高度化について、データも交えて保険代理店にとっての論点を整理したい。

2.保険代理店にとってのマーケティング高度化の必要性

保険に限らず日用品や嗜好品のマーケティングの世界では、購買モデルの変遷・進化は諸所で語られている。AIDMA、AISASに始まり、検索の上で比較をし、購買アクションに至るとするAISCEAS(アイシーズ Attention/Interest/Search/Comparison(比較)/Examination(検討)/Action/Share)という購買モデルも提唱された。

保険業界でも比較サイトの登場で、わかりにくい保険商品の比較がワンストップで可能となり、利用者は増えていった。どれほど増えたか、比較サイトの利用者数の推移は統計として存在しないが、これほど多くの比較サイトが登場しているのはそのニーズがあってのことと推測できる。しかし、インターネット上では、こと保険に関していえば比較検索行動は下火になってきている。

 

インターネットを使った購買行動の変化は保険業界でも2010年ごろを境に顕著に変化があった。Googleの検索トレンドを調べてみると、2009年から2010年をピークに、保険を比較する検索行動が減少を見せていることに注目したい。

図表2 Google保険比較関連キーワードの検索トレンド

(生命保険/医療保険/自動車保険/火災保険)

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(Google TrendよりNTTデータ経営研究所作成 2015年1月-2月は異常値が含まれている可能性があるため除外)

これは生損保に限らず、例えば消費者が比較検討しそうな高額商材関連のキーワード「航空券 比較」「ホテル 比較」なども同様の傾向を示している。

先にも紹介したとおり、保険業界ではショップ型代理店という一大チャネルが保険業界を圧巻し、GNP(義理・人情・プレゼント)営業と言われた時代から、自分にあった保険を比較・購入することが定着した。にもかかわらず、オンラインではなぜ比較検索をしなくなったのだろうか。

この理由を探るにあたり、「令和3年版 生命保険に関する全国実態調査」のなかに興味深いデータがある。下記図表3は、生命保険の情報入手経路についての問いに対する答えの結果を年代別にまとめたものである。

図表3 生命保険加入時の情報入手経路(年代別)

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(公益財団法人 生命保険文化センター 「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査」より抜粋)

ここで着目したいのは、29歳以下(本稿ではZ世代と称する)の層だけ「生命保険に関する情報を提供しているホームページ」を参考にして保険に加入した割合が突出して高い点である(全体平均3.8%に対し、13.3%)。同じ質問項目が初めて登場した2009年までさかのぼると、当時この質問項目の回答率は0%である。

つまり、保険の情報をオンラインで入手していること自体は今も変わらず、GoogleやYahoo!で比較情報を入手しようとする行動が減少し、他のコンテンツからの情報を重視しているといえそうだ。ただし、今のところはZ世代に限ったトレンドと見ることができる。Z世代だけが「生命保険に関する情報を提供しているホームページ」の回答が多いという結果は何を示しているのか、2つの仮説を立て検証してみたい。

仮説① 偶然接触

自ら保険の情報を検索して求めたのではなく、日ごろ自分が接しているメディアで偶然紹介された保険関連コンテンツで保険に関心を持ち保険加入に至った

仮説② SNS接触

「生命保険に関する情報を提供しているホームページ」とはいわゆるWebサイトではなくSNSを指しており、SNSで第三者が紹介していた保険に関心を持ち保険加入に至った

仮説①“偶然接触”の検証

まず、先に述べた調査のなかで、Z世代は保険会社や保険代理店(以後、保険関連事業者)のホームページは参考にしていない。したがって、保険会社でも保険代理店でもない第三者が保険を紹介しているコンテンツを参考にして保険に加入したと回答者は認識していたことになる。

ただし、保険商品を紹介するには保険募集文書の審査が必要であり、第三者のコンテンツといっても、実態は保険会社や代理店、または募集人資格を持つフィナンシャル・プランナーが関与している可能性が高い。保険商品の紹介や提案には保険募集人の登録が必要であり、全く保険に関与していない第三者の行為は保険業法第317条の2第4号『無資格募集』(1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金、又はこれを併科)に抵触し刑事罰に問われる可能性すらある。

しかし現にZ世代は保険関連事業者からの情報ではないと認識している。保険の募集人資格を持つ者以外は保険募集行為ができない。かつ、あからさまな保険セールスのコンテンツを見てすぐ保険に関心は持たないだろう。その前提に立つと、Z世代が参考にしたコンテンツは保険に誘導したい保険関連事業者が作成した、若者向けの健康、介護、貯蓄、旅行、自動車といった保険関連テーマのサイトだったのではないだろうか。いわゆる、コンテンツマーケティング注1を駆使し、保険加入にまで誘導できた保険関連事業者があったというのが仮説①の検証結果である。

しかし、コンテンツマーケティングにもノウハウがあり、勝ち筋を見いだすのは容易なことではない。そもそも最初の接点をどこで取るのかは大きなハードルだ。その点、既に多くのユーザーを抱え、多くの流入があるプラットフォーマー型の代理店には優位性がある。保険を想起しやすい関連商材(例えば旅行、自動車関連パーツ、株や投資信託などの金融商品)のページや、ECで購入するプロセスなどに保険関連コンテンツを配置することでニーズを喚起できる可能性がある。

2023年11月世界最大級のプラットフォーマーであるAmazonがあいおいニッセイ同和損害保険の子会社であるリトルファミリー少額短期保険会社のペット保険を募集代理店として取り扱いを始めたのは、こうした商機に目をつけてのことだろう。イギリスでは既にAmazon Insurance Store(画像1)を展開し、彼らが選定した保険会社の商品を陳列しており、そこで得られた知見を日本国内にも持ち込んでいるはずだ。

話はやや逸れるが、Amazon UKはAmazon Insurance Storeに保険商品を卸す保険会社の選定について言及している。本稿執筆時点(2023年11月末)では5社の保険会社が名を連ねているが、保障内容はAmazonが策定した“Amazon Standard of Cover”とよばれる独自の補償基準で、最低限の補償内容が標準化されている。

また、通常のAmazonでの買い物体験と同じように「比較しやすいこと」、「顧客重視であること」、「簡単に購入できること」がAmazon Insurance Storeの特徴であるとしている。Amazonが決めた補償内容で、Amazonが求めるサービス水準を満たした保険会社だけが出店できるようにしたのは、Amazon Marketplaceのように誰でも出店できる場がある一方、複雑な商品性、顧客フォローの重要性といった保険をオンライン完結で販売することの難しさをAmazonも理解しての制度設計だったのではないだろうか。

注1

顧客にとって価値のある情報(記事や動画)を提供することで見込み客を醸成し、 最終的に購買・契約へ導くマーケティング手法

画像1 Amazon Insurance Store

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引用:https://www.amazon.co.uk/insurance(2023年11月20日)

本題に戻ると、こうした「デジタル×保険」の動きがあるなか、明確に思考の違いがあるZ世代向けには保険の売り方もアップデートしていく必要がある。明確に保険加入の意向がある場合は従前のアプローチで良いにしても、Z世代の多くの保険に関心を持たない人たちが「何に興味があるのか」「どういうキーワードに反応するのか」「適切なコンテンツのボリュームはどの程度か」といった検証や研究をし続けることで、10年20年後の主要顧客層に向けたマーケティングの勝ち筋を見いだすことができるようになるだろう。

仮説②“SNS接触”の検証

そもそも若年層(Z世代)は情報収集の手段がその他の世代と異なる傾向があることが、各所で行われているリサーチで明らかにされている。それは、Z世代は調べものがあるときにインターネット検索ではなく、SNSを使って情報収集する傾向がその他の世代より強いというものだ。

長らくインターネット検索といえばGoogle/Yahoo!の検索エンジンを利用することが多くの人たちに定着しており、“ググる”と表現されてきた。しかしZ世代はSNSでの検索、すなわち“タグる”や“タブる”といわれている。

“タグる”とはX(旧ツイッター)やインスタグラムで検索をする際に、ハッシュタグ“#”を付けて検索することで、“タブる”とはインスタグラム上部の虫眼鏡マークをタップしたときに表示される発見タブで表示される情報を閲覧することである。

「令和3年版 生命保険に関する全国実態調査」で生命保険加入にあたっての情報入手経路を「生命保険に関する情報を提供しているホームページ」と答えた層は、何も検索エンジンによるインターネット検索で見つけたコンテンツとは特定していない。Z世代の情報収集動向がSNSにシフトしているという実態と照らせば、SNSで保険に関する情報に触れている可能性があると考えることに違和感はない。

この傾向は今のZ世代だけでなく、その次の世代でもさらに強まるのではないか。

保険業界でみてみると、保険会社各社もSNSを活用した顧客コミュニケーション策を敷いている。その用途は、企業情報の発信や保険周辺(医療、健康、運転など)に関する読み物コンテンツ、キャンペーン情報の発信に使われているケースが多く見られるが、SNSを使って直接保険契約の獲得を企図している会社はそう多くはない。

その理由は様々考えられるが、ベースにあるのはリアルチャネルに比べてインターネットマーケティングで大きな成功を収めていないなか、新しいチャネル(SNS)にチャレンジするにも勝ち筋が見えておらず、結果的に投資の意思決定ができない、といった考えもあるのではないだろうか。

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課「令和4年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」によれば「これからもSNSの利用度は不可逆的に増し」、「EC事業の成果に直結する」と断じている。またそれは「必ずしも単一のサービスに絞る必要はなく」、「各SNSサービスの特徴を複合的に捉えた上で活用方法を検討することが望ましい」ともしている。

一方、ECに対し、SC(Social Commerce)とよばれるSNSから直接保険加入に誘(いざな)うのはファッションや小物雑貨など直感的に購入意欲を刺激できるものとは商材の性質が違いすぎるため、SNSで直接保険に加入してもらうことを考えるのは難しい。

また、SNSをデジタルマーケティングの主軸に据えるのは、従来積み上げてきたデジタルマーケティング(例えば、リスティング広告出稿のポートフォリオや、SEO、ディスプレイ広告での相性のよい出稿先など)の知見の応用が利きにくく、未開の地への投資はギャンブルだ。

しかし同報告書では、D to C(Direct to Consumer)を成功させるための手段としてのSNSの活用必要性を論じており、今までのデジタルマーケティング知見が無駄になるわけではなくあくまでデジタルマーケティングを高度化させるツールとしての活用を提言している。

SNSなんて保険業界には関係ない、着手してみたが思うように成果が出ない、という向きもあるが、「令和3年版 生命保険に関する全国実態調査」の結果や、各所で指摘されているZ世代のSNS利用動向を踏まえると、これも経産省の報告書が指摘するように、ライフスタイルが多様化するなか、現代の価値観で「SNSは保険に合わない」と判断するのは将来の可能性をつぶしてしまうことにも繋がりかねない。

次回は、Z世代が保険代理店の主要顧客層になる将来を見据え、どのようにSNSを考慮したデジタルマーケティングを展開するべきか検討したい。

後編の記事はこちら

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E-mail:insurance@nttdata-strategy.com

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