シリーズ連載 エネルギー業界変革時代の到来 ~脱炭素社会とデジタル化から考える新しい姿~
第3回 エネルギーに対する需要家ニーズの変化

社会基盤事業本部 社会・環境戦略コンサルティングユニット
マネージャー 渡邊 太郎
シニアコンサルタント 桑畑 みなみ
コンサルタント 片上 衛
シニアインフォメーションリサーチャー 山川 まりあ

はじめに

シリーズ連載「エネルギー業界変革時代の到来 ~脱炭素社会とデジタル化がもたらす新しい姿~」の第2回では、エネルギー業界を取り巻くマクロトレンドに関する分析結果を紹介した。機関投資家の間では「ESG投資1」への関心がますます高まっており、その中でエネルギー供給を受ける需要家側のニーズも変化しつつある。

そこで今回は、昨今のESG投資に関連する機関投資家の行動変化がもたらすエネルギー業界への影響と、それを受けたエネルギー需要家のニーズ・行動の変化について考察を行いたい。

1 「ESG」とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉。近年、企業の中長期的な成長のためには、ESGが示す3つの観点が必要だという考え方が世界的に広まってきている。投資の意思決定において、ESGを考慮に入れる手法を「ESG投資」と呼ぶ。

ESG投資に関連する機関投資家の行動変化とエネルギー業界への影響

機関投資家の行動変化

2006年に国際連合が金融業界に提唱した「国連責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)」を契機に、機関投資家の間ではESG投資に対する関心が高まっている。現在、PRIに署名する機関は世界全体で3,000社を超え、その運用資産残高は約100兆米ドルに上る。パリ協定を踏まえた気候変動対策の重要性が高まり、持続可能な開発目標(SDGs)も広く普及していることから、ESG投資の潮流は今後も拡大が見込まれる。

日本国内においては、2014年に金融庁が公表した「日本版スチュワードシップ・コード」を契機に、国内機関投資家のESGに対する動きも活発になっている。例えば、年金積立金管理運用独立行政法人では、年金積立金の運用方針の1つとして「ESG指数」を採用している。現在はFTSE Blossom Japan Index、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数、S&P/JPXカーボン・エフィシェント指数、MSCI日本株女性活躍指数の4つの株価指数に基づいて、パッシブ運用(運用目標である株価指数に連動した運用成果を目指す手法)を実施している。

最近ではESGに取り組まない企業から投資資金を引き上げる「ダイベストメント」の動きも欧州を中心に活発になっており(表1参照)、CO2排出量が多い石炭火力発電所を所有・運営するエネルギー企業もその標的に挙がっている。国内においても、2020年6月に株主が脱炭素の行動計画を年次報告書で開示するよう定款変更を求める動きがあった。これらの動きは、投資家にとって、ESGを無視した運用はリスクになり得る時代であることを示唆している。

表1 ダイベストメントに関する近年の事例2
表1 ダイベストメントに関する近年の事例

2 出典:ShareAction2020年1月8日_プレス発表資料、日本経済新聞2020年5月20日_記事、気候ネットワーク2020年6月25日_プレス発表資料をもとにNTTデータ経営研究所作成

ESG投資の運用環境

日本企業の株主に占める海外投資家の割合は増えており、欧州を中心とするESG投資への関心の高まりは、日本企業にも影響を与える状況になっている。また、日本企業は、ESG関連に資金使途を制限した社債(グリーン/サステナビリティボンド)の発行額と発行件数も増加傾向にある。このように、日本におけるESG投資の運用残高は著しく増加してきた(図1参照)。

図1 地域別のESG資産保有残高3
図1 地域別のESG資産保有残高

3 出典:Global Sustainable Investment Alliance

コロナ禍の2020年3月期において、ESGインデックスの一つであるMSCI ACWI ESG Leadersインデックスのパフォーマンスは、ESGに特化しないインデックスであるMSCI ACWIを上回ったが、2020年6月期のESG投資のパフォーマンスは振るわなかった。ESGの定義が広義であるため、一概にESG投資のパフォーマンスが優れていると整理することは難しいが、ESG投資はそもそも長期的なリスクを低下させることでリターンを確保するという特徴がある。そのため、短期的な収益の獲得ではなく、将来的な投資リスクを低減する手法としての活用が期待されている。

コロナ禍で経済界は大きな打撃を受けたものの、日経ESG社が行ったアンケート調査によると、ほぼ全ての資産運用会社が「運用方針や投資判断の基準を変えない」と回答している。コロナショックによる経済状況の悪化は、あくまで短期的な影響と捉えており、引き続きESGを重視するスタンスに変化は見られないとの見方が多い。むしろ、欧州を中心にコロナショック後の経済対策において、景気の回復を再生可能エネルギー(以下、再エネ)や電気自動車の導入促進、水素の積極的活用などといった環境重視で進める「グリーン・リカバリー」の動きも見られており、多くの投資家は新型コロナウイルス感染症の問題をESG投資の一つのフィールドとして捉えている。

ESG投資がエネルギー業界に与える影響のまとめ

前述のとおり、海外の各種ガイドラインの変更を契機に、日本でもESG投資のニーズは高まっている。コロナ禍のますます先行き不透明な投資環境において、ESG投資は、長期的なリスクヘッジの観点から優位性があると考えられる。ただし、ESGの定義の曖昧さによって一概にパフォーマンスが優れているという整理はできないということに留意が必要である。

ESGのうち、特にE(Environment)については構造的に環境負荷が大きいエネルギー業界の対応が求められており、欧米を中心に広まった「ダイベストメント」の流れを受けて、エネルギー業界に対する環境圧力はますます厳しくなっていくことが予想される。その動きに合わせて、ESG投資の手法を活用した再生可能エネルギーの普及がさらに活発化されることを期待したい。

国内外の需要家の行動変化

ESG投資の浸透による機関投資家の行動変化を受け、国内外のエネルギー需要家、具体的にはこれまで電力会社から安価な電力供給を受け事業活動を行ってきた企業はどのように行動を変化させているのだろうか。本レポートでは、国内外の大口需要家の取り組みを例にその行動変化を整理した。

エネルギー需要家に影響を与える国際的イニシアチブの登場

機関投資家が、各企業のESGに関する取り組みを評価する指標としてCDP(Carbon Disclosure Project)が存在するが、同指標に紐づく形でRE100 (Renewable Energy100%:使用する電力の100%を再生可能エネルギーにより発電された電力にする事に取り組んでいる企業が加盟している国際的な企業連合)やSBT(Science Based Targets)、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などといった国際的なイニシアチブが登場している。

例えば、RE100は事業活動によって生じる環境負荷を低減させるために設立された環境イニシアチブのひとつであり、事業運営に必要なエネルギーを100%再エネで賄うことを目標としている。世界的に影響力のある企業であることが加入条件で、全世界で284社が加盟4しており、うち日本企業は46社5である。

表2 RE100加盟のための条件
表2 RE100加盟のための条件

RE100加盟企業がエネルギー業界に与える影響として情報発信や政策提言が挙げられる。2019年6月には、国内のRE100加盟企業20社が日本政府に対して「①再エネの社会的便益の適切な評価とそれに基づく政策立案」「②2030年における日本の電源構成として再エネ50%を掲げる」「③再エネを実現する環境整備」を求めた政策提言を公表した6。このような大口需要家が再エネ100%を達成するために見せている積極的な行動は、エネルギー関連会社の戦略策定や政府の政策決定に影響を及ぼすだろう。

4 2020年12月24日現在
5 2020年12月24日現在
6 出典:RE100メンバー会(2019)_再エネ100%を目指す需要家からの提言

個別企業の行動変化

それでは、RE100に加盟し再エネ導入促進を進める企業はどのような動きをしているのだろうか。本レポートでは、国内と海外の事例をそれぞれ紹介する。

(1)海外事例:Google

Googleは2015年にRE100への参加を公表した。同社は、データセンターの増加に比例して増加した電力コスト削減や気候変動対策の必要性から、発電事業者との直接再エネ電力調達契約などによって再エネ調達量を拡大し、2017年に電力総使用量に占める再エネ比率100%を達成し、2018年も継続している。

同社はさらに、データセンターでの24時間365日再エネ運用に取り組むほか、家庭向けエネルギー関連製品を販売するなど、自社で電力を管理する体制を構築しつつある(図2参照)。電力需給ノウハウは、電力事業の中でも重要な業務に位置づけられており、今後の電力事業参入も視野に入れた動きではないかと推察される。

図2 Googleの電力事業に関連する取組例7
図2 Googleの電力事業に関連する取組例

(2)国内事例:リコー

日本企業については、国内で最初にRE100に加盟した株式会社リコーの取り組みを紹介する。同社は、国内外でRE100の普及・達成に向けた情報発信や顧客訴求を行い、事業活動を通じた「脱炭素社会の実現」に取り組んでいることが特徴である。

リコーがRE100に加盟した理由は4つある。「①脱炭素に向けた企業姿勢を社内外に明確に示すこと」「②新たに立ち上げたエネルギー関連事業の推進」「③ESG投資や評価制度への対応」「④需要家が意思表示」をすることで供給側の変化を促すことである。

同社はRE100参加をきっかけに、徹底的な省エネや、自家発電設備の設置、再エネ比率の高い電力への切り替えなどの取り組みを各地で加速してきた。各拠点で次のような取り組みを進めており、PRにおいても一定の成果を出している(表3参照)。

表3 株式会社リコーにおける各拠点での取り組み8
表3 株式会社リコーにおける各拠点での取り組み

同社の事業運営に使用している電力の再エネ率は、2019年度は12.9%であり、今後2030年までに少なくとも30%、2050年までに100%を目指す取り組みが続いている。

7 Google Environment Report 2019などをもとにNTTデータ経営研究所にて作成
8 株式会社リコーへのヒアリングをもとにNTTデータ経営研究所作成

今後の展望

Bloomberg NEFの「New Energy Outlook 2018」によると、今後2050年までに平均的な太陽光発電所のコストは71%、風力発電は58%下がるとされている。現時点でも、一部の地域では火力発電所よりも太陽光発電や風力発電などの発電コストが安価になっているケースもあり、再エネの導入は一定の経済合理性を持ちつつある。

一部の需要家は、気候変動対策のために大手電力に依存することなく、自社で再エネを調達し、運用するような体制を整えており、自社で電力事業に関するノウハウを蓄積している事例も多い。今後、このような流れは加速すると想定される。

このように、需要家のエネルギーに対するニーズは、大手電力が所有する石炭やLNG火力発電由来の電源ではなく、経済性と環境価値を併せ持った再エネ電源に変わりつつある。したがって、競争力のある再エネ電源をいかに増やすことができるかが、電気事業者の使命となっている。新しい視点での電力サービスが生まれることを期待し、今後の流れを見守りたい。

次回に向けて

第4回の連載では、「脱炭素社会とデジタル化がもたらす既存エネルギー事業の変化」に焦点を当てる。火力発電所に代わる再エネ電源の積極的な導入やAI/IoT等のデジタル技術の進化・浸透による既存業務の省人化や効率化、新サービスの創出等、発電・送配電・小売といった既存の電力バリューチェーンに与える影響を整理する。

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