Sports-Tech & Business Lab主催のオンライン研究会を開催
フィットネス・リハビリテーション業界では、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、事業運営が困難になってきている。弊社と早稲田大学スポーツビジネス研究所が共同で設立・運営している「Sports-Tech & Business Lab(以下、STBL)」では、そのような問題に対して、テクノロジーによる解決策を検討するため、去る2020年7月14日にオンライン研究会を開催した※1。
研究会では、株式会社まぁてぃヘルスケア代表取締役で京都大学大学院の研究員でもある藤本 修平氏、株式会社バックテック代表取締役で京都大学大学院、産業医科大学の研究員でもある福谷 直人氏、株式会社Sportip代表取締役CEOの高久 侑也氏の3名の有識者をお招きし、パネルディスカッションを行い、業界の最新動向や今後の展望に迫る、中身の濃い議論をすることができた。
本稿では、そのパネルディスカッションにおける登壇者の発言をご紹介しつつ、議論のポイントや得られた示唆について筆者の見解を述べたい。
「3密回避」を前提とした、フィットネス・リハビリテーションの体験価値
まず、フィットネス・リハビリテーションの体験価値について、現在のコロナ禍でそれらの価値に変化があるか、リアル(対面)とオンライン(非対面)で体験価値に違いがあるか、について議論を行った。
登壇者の方々の主張を要約すると、次のとおりである。「体験価値は、運動初心者かトレーニングの熟練者かといったペルソナによって変わりうるため、一概に言えない。『安心感』の価値は一見すると対面の方が感じやすいと考えてしまうが、慣れの問題であり、慣れることでオンラインでも抵抗感がなくなる可能性がある。『コミュニティー(つながり)』の価値についても、対面では意外と関係構築しにくいという話も聞いており、オンラインでコミュニケーションの量が増えて関係構築しやすくなる可能性も考えられる」
コロナ禍では、対面でのサービス提供が困難になっている中、対面で出来ないことをオンラインでどう代替、共存できるかを考えることが重要であるとともに、「利便性」や「コスト」といった部分だけでなく、「安心感」「コミュニティー」「モチベーション」「エンタメ要素」といったオンラインならではの価値の可能性についても目を向けていくべきである。
筆者としては、「モチベーション」に近い概念であるが、オンラインを活用し、ゴールまでの過程を見える化・数値化をし、スモールステップの達成感を得て、「自信」を得るという体験価値は、不安や孤独といった社会問題が内在する現在において重要であると考えている。
オンラインの活用によるビジネスメリット、デメリット
次に、オンライン活用によるビジネスメリットとデメリットについて議論した。登壇者の方々の主張は、「オンラインは、単体でみるとリアル(対面)に比べて顧客単価が低い一方で、人件費や賃料といった固定費がかからないというビジネスメリットがある。
ただ本来は、バリューチェーンの中で考えていくことが重要であり、オンラインとリアルを組み合わせて、デジタルがリアルを包括するような複合体で考えることによって、高単価なサービス、継続率の向上、解約率の減少などを実現するができる」といったものであった。
そう考えると、店舗・WEB・ECなど、リアルとオンラインを跨る複数のチャネルを通してユーザの購入プロセスに寄り添うようなサービス設計が重要と考えられる。そして、そのようなサービス設計を構築するためには、複数チャネル間の顧客の状態や運動実施状況に関するデータを統合管理することが不可欠ではないだろうか。
少し飛躍した話かもしれないが、オンラインとオフラインのチャネルをつなぐOMO(Online Merges with Offline)の統合サービスプラットフォームが構築できれば、グローバルで高品質でパーソナライズされたフィットネスサービスを提供でき、今後の業界の発展に寄与する可能性も考えられる。
フィットネス・リハビリテーションの今後の戦い方とは
続いて、with/afterコロナ時代のフィットネス・リハビリテーションの今後の戦い方について議論したところ、「オンラインがリアルを包括し、パーソナライズ化を図るようになる。そしてその中で、同じことを1人に伝えるより、一度に多数の人に伝えることにより、多くの売上や利益を得る1対nモデルが主流になるのではないか。
ユーザが積極的に方針の決定に参加しサービスを受けていくAdherence※2や、Phenotype※3を考慮した最適な価値提供が重要である。意識的に行う運動から無意識でも行える身体活動(掃除などの中で活動を高めるなど)の方が、効果が高いという考え方もある」といった意見が出た。
今後テクノロジーがさらに進化すると、オンラインによる運動効果がますます高くなる可能性がある。学術論文でも、オンラインとリアルの日常生活の活動能力と運動機能の改善効果は変わらないとの報告※4やオンラインによる運動機能改善効果の報告がある※5。
また、IoTなどによりあらゆるリアルの行動がデータ化されるようになってくると、リアルがオンラインの世界に包括される世界観になってくると考える。そうなれば、オンラインのサービスでビジネスを展開しつつ、リアルの資産・顧客接点も持っているプレイヤーが優位性を発揮するだろう。
また、「オンラインとリアルを比較した場合、リアルの方が質は高いのではないかと考える人もいるであろう。しかし、目的に対する質の定義は何かを明らかにし、その質は何にとって重要なのかを示し、進めていくことが重要」との発言もあった。確かに、怪我の原因をさぐるシーンでは、圧痛や筋滑走性確認のためフィジカルな接触は必要であるが、怪我をしにくい体を作るというシーンにおいては、その人の運動の癖を見抜くため、AIによるフォーム解析が目視よりも有効である可能性もある。
「質」とは何かを定義することと、リアルとデジタルの手法がどの程度質を担保できるのかエビデンスを蓄積していくことが重要といえる。
今後のフィットネス・リハビリテーション分野のさらなる可能性
最後に、デジタル化を背景とした今後の可能性についても議論した。
登壇者の方々からは、この点について「個々の患者のケアに関わる意思を決定するために、最新かつ最良の根拠(エビデンス)を、一貫性を持って、明示的な態度で、思慮深く用いることであるEBM※6を意識し、産学官民が連携をし、テクノロジーを活用していくことが、今後の発展のために重要である。結果的に健康になっていたという世界観が重要である」といった意見が出た。
以上を踏まえて、筆者が提案したいのは以下の2点である。
1)健康以外の目標設定の重要性
現状、健康のために健康対策をするという人はごく僅かである。「健康になる」ということの先にある、その人が抱える問題点を明らかにし、その問題解決として目標設定を行うことが重要である。
例えば、ゴルフをしたいので腰痛を改善したい、という例が挙げられる。目標が明確になれば、そのゴールに達するまでの過程を管理することも可能になる。ゴールまでのプロセスを見える化するツールとして、IoTや画像解析などのテクノロジーを活用することが有効だろう。
2)産学官連携
今回のオンライン研究会を通じて分かったことは、学術研究の活動と現実のビジネスの世界に乖離が大きいということである。学術研究として、オンラインやデジタルの価値を認めているにも関わらず、ビジネスの現場での活用が進んでいない。そのギャップを埋めるためには産官学連携を促進すべきである。
そのためには、お互いに補完し合おうという協力姿勢と、それらの関係者をつなぐコーディネーターの役割が必要だろう。コーディネーターには、専門的な知識とビジネスの現場感覚の両方が必要だが、今後はそこにテクノロジーの知識を併せ持つことが不可欠になるだろう。
おわりに
オンラインフィットネス・リハビリテーションの課題の解決や活用を更に推進していくためには、現場における更なる創意工夫が期待される。現場の創意工夫を促すためには、テクノロジーの効果的な活用を行うための「学び」の蓄積が重要である。
また、本来大事なのはテクノロジーだけではない。テクノロジー活用ありきでなく、「あるべきフィットネス、リハビリテーションの姿」を構想し、その実現のためのツールとしてテクノロジーが活用されるべきである。今後、ヘルスケア・フィットネス業界を所管する厚生労働省、スポーツ庁だけでなく、街づくりを担う自治体や学校も加わって、多角的視点からの将来像の議論と、実証研究事業を推進していくことを期待したい。
弊社では、フィットネス・リハビリ分野を含む多様な地域課題解決のコンサルティングや産学官連携の組織プロジェクトの立ち上げ・運営支援、スポーツ、教育、街づくり分野におけるビジネスコンサルティング※7を手掛けている。
また、冒頭に紹介したSTBLを、異分野・異業種の連携、産学官の知見・技術の融合などによる事業創発プラットフォーム※8として運営している。今後、産官学を巻き込んでフィットネス・リハビリテーション業界の課題を解決していくにあたって、ご一緒できる方がいればお声掛けいただきたい。