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情報未来

学びのDXは進むか

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット アソシエイトパートナー 河本 敏夫
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KAWAMOTO TOSHIO
河本 敏夫
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット
アソシエイトパートナー

総務省を経て、NTTデータ経営研究所に参画。新規事業開発、中長期の成長戦略立案、事業構造改革を得意とする。通信・コンテンツ・メディア・教育・不動産・スポーツ・観光・など幅広い領域が守備範囲。業界を問わず、世の中にない新しいテーマの発掘・解決に挑戦し、規制産業におけるイノベーション創出、産官学連携スキームの立上げ、大手企業のDX戦略策定を多く手掛ける。近年は、デジタルガバメント、街づくり、ソーシャルデザインに軸足を置く。著書に『マイナンバー 税・社会保障番号制度-課題と展望』『ソーシャルメディア時代の企業戦略と実践』(ともに、金融財政事情研究会)など。

1 我が国の教育におけるデジタル化の遅れ

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、デジタル技術を活用しながら、ユーザに寄り添い、課題を解決していくための抜本的な改革を意味する。Amazonが利用者中心の視点でサプライチェーンそのものを変革し、便利なサービスを世に生み出してきた例がイメージしやすいだろう。教育には、公教育と私教育があるが、いずれも公共サービスの側面が強い。公共サービスとして考えた場合、学びのDXとはどのようなものであろうか。

筆者は、令和元年度に経済産業省からの委託で「諸外国デジタルガバメント先進事例の実態調査」を実施し、各国の状況をつぶさにみてきたが、『デジタルガバメント』は、まさに公共サービスのDXのことを指している。単に行政手続を電子化・オンライン化するのではなく、真に国民が必要とするサービスを国民が利用しやすい形で提供し(=利用者視点)、デジタル時代の産業の成長エンジンとなる社会インフラを再構築する(=アーキテクチャー視点)こそが大事だ。

他方で我が国の教育のデジタル活用状況はどうであろうか。2018年のOECD/PISA※1の調査では、日本の学校の授業(国語、数学、理科)におけるデジタル機器の利用時間は短く、OECD加盟国中最下位である。教室へのPC導入に関しては、1台あたりの生徒数が2005年時点で8・1人、2019年時点でも5・4人となかなか増えず、「デジタルトランスフォーメーション」どころか「デジタルシフト」さえままならない状況であった。

教育のデジタル化は、業界構造を変革し、真に子供たちに寄り添ったサービスを提供していくための処方箋になるのか。本稿では、現在政府で検討されているデジタル化推進の議論、海外の先進事例を踏まえて、今後の「学びのDX」の可能性と課題について考察したい。(図1)

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※1 OECD(経済協力開発機構)が進めているPISA(Programme for International Student Assessment)という、国際的な学習到達度に関する調査

2 コロナ禍で進むオンライン・デジタル教育と政府が目指す教育データ利活用

コロナ禍をきっかけとして、オンライン教育の必要性・有用性が再認識され、学校現場での試行・導入が進んでいる。デジタル教科書も、授業時間数の2分の1未満までという使用制限が撤廃される見込みだ。また、2019年に始まった「GIGAスクール構想」では2025年までに1人1台PC環境を実現することへ道筋が示され、急速にデジタル学習の環境整備が進んでいる。

また、2020年12月16日に開催された政府の「教育再生実行会議デジタル化タスクフォース」において、教育データの利活用に関する検討論点が示されて話題になった。タスクフォースの資料では、学習履歴(スタディ・ログ)だけでなく、ライフ・ログ(生活・健康情報)、 アシスト・ログ(指導記録データ)の取得や効果的な活用を促進すること、また、学校健康診断情報を活用したPHR(Personal Health Record)の実現とマイナポータルなどを用いた記録の確認、マイナンバー制度、ユニバーサルIDや認証基盤の検討について触れられている。(図2)

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長らく日本の教育行政や教育現場では、このような動きは見られなかったが、今が教育デジタル化を推進していく最大の好機であると考えるべきだろう。また、コロナが終息したあとに、「揺り戻し(やっぱり対面教育が一番だ)」や「PCは導入したが使い道なく、人知れず廃棄」ということにならぬよう、今のうちにしっかりと道筋を作っていくことが肝要だ。

3 海外事例からの示唆

教育ICT先進国として知られ、デジタルガバメントの評価も高いデンマークの例を参考にしてみたい。デンマークは、先のPISAの調査でデジタル機器活用がOECD加盟国中2位(2018年)であり、国連の電子政府ランキングでは1位(2020年)である。

■ 児童・教員が使いやすいUI/UX※2

デンマークでは、政府内にST ILというシステム開発部隊があり、現在、約80の子供と教育セクター向けのITソリューションを開発している。STILでは、長年、UXを重要視した開発に積極的に取り組んでおり、アジャイルの原則に従うように作業方法を変更している。ハードウェアやインフラを導入して終わり、ではなく、現場での「使いやすさ」と「継続してサービスを改善していく営み」が肝要だ。

■ 国と地方、民間を跨る教育プラットフォーム

デンマークでは、児童教育省(Mini-stry of Education and Child-ren)配下に UNICというICT 環境整備・活用の推進を担う機関がある。学習支援・校務支援のためのシステムを、このUNICが国の予算で整備し、地方自治体・各学校がそれを利用している。一方で、どのような教育を行うかについては地方自治体や学校の裁量が大きく、国は年次ごとに到達してほしい最終教育目標を定めるのみとなっている。教育の多様性・独自性を前提としたうえで、ICT環境は標準的なものを国が用意している点は、我が国にとっても参考になるのではないか。

■ 教育データの利活用

デンマークでは日本のマイナンバーにあたる社会保障番号(CPR番号)が約50年前から使われており、学習履歴(スタディ・ログ)をCPR番号に紐づけて、目標達成レベルに合わせた学習管理・フィードバックに利用されている。システム上でのアクセス権限については、教師は自分の担当生徒のデータに限り、また、生徒は自分のデータのみにアクセスできるようになっている。国が提供するシステムを利用してはいるが、国が各生徒の学習履歴を集中管理したり、他の目的に転用したりできないような仕組みになっている。

※2 UI(User Interface)はユーザーインターフェイスの略であり、PCやスマホの画面上で見られる情報(フォントやデザインなど)すべてがUIである。UX(User Experience)とはユーザーエクスペリエンスの略であり、人がモノやサービスに触れて得られる体験や経験のこと。例えば、とあるWEBサイトを見て「見やすい」「わかりやすい」といったことがUXとなる。

4 教育×デジタルの新たな可能性、ビジネス機会

教育×デジタルの組み合わせによって、「新たな教育的価値」を生み出せる可能性もある。筆者は、教育×デジタルによる新たな教育的価値の創造に関する実証的な取り組みを進めており、以下にそのうちのいくつかをご紹介したい。

(1)生徒が自分自身で考える学習機会の提供(浦和南高校での実証)

2019年から弊社では、さいたま市立浦和南高校にご協力いただき、「部活動を通じた生きる力の向上に関する実証事業」を行っている。

問題意識は、「正解がある問題を解く」のではなく、現実の問題を解決に導く力や今までにないものを創造する力を育む教育が重要視されているなかで、部活動(=スポーツ)は、「自分で考えて、課題をみつけ、解決策をさぐる」という過程をより実践的に学べる場になるのではないか、というものだ。

本実証では、SPLYZATeamsという動画ツールを用いて、生徒同士が対話しながら課題発見や解決策を考える機会を提供するとともに、生徒のコンピテンシーがどれほど伸びたかを計測するため、IGS(Institute Global Society)社のAI評価ツールを使った。その結果、動画ツールの利用の有無と、創造力や思考力、個人的実行力といった認知系コンピテンシーの上昇に相関がみられた。今年度は、データ分析に基づき、生徒の行動変容を促すための効果的な指導(介入)方法についても検討している。(図3)

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(2)苦手な子供も得意な子供もそれぞれが得意分野を発揮し、協力して課題解決に取り組める機会の提供(学芸大学付属世田谷小学校での実証)

2019年の夏には、学校の体育の授業でARスポーツ「HADO®」を実施するプロジェクトに取り組んだ。「HADO」は、ARゴーグルとアームセンサーを着用して、実空間にバーチャルなエナジーボールやシールドを発動させて対戦する競技で、新たなエンターテイメントとして世界各地で体験施設の開設や大会開催が進んでいる。

これを学校の教育現場で活用しようと、世田谷小学校の4年生と6年生の体育の授業で子供たちにやってもらった。3対3のチーム戦で戦うのだが、エナジーボールの強度やスピードなどのパラメータ配分、メンバーの役割分担のため、事前の「作戦会議」の役割が重要になる。運動がそれほど好きでない子供が、作戦会議では中心的役割を果たしたり、運動が得意な子供が攻撃的なポジションを買って出たりと、それぞれが得意分野を生かして協力しあう姿がみられた。

これらの取り組みは、これまで公教育に関わってこなかった民間企業が、デジタル×教育により新たな価値創出を実現しようとする取り組みだ。逆にいえば、民間企業にとって教育市場という新たなビジネス機会が生まれる可能性を示唆している。

5 学びのDXを実現するために、産官学連携が必要

教育×デジタルで新たな価値を生み出していく取り組みは、全国でみるとまだ少ない。制度的・財政的・技術的な支援が乏しいなか、属人的にがんばってチャレンジしている教職員の方もいる。そういった方々の取り組みは「光」だ。

しかし、点の取り組みだけでは、あまりにも時間がかかる。線・面にしていかなくてはならない。何十年も変化がなかった業界に、今最大のチャンスが来ている。そのため異分子を取り込み、化学変化を起こしていくことが大事だろう。教育業界に長年携わっていた大手企業だけでなく、EdTechと呼ばれるスタートアップや、教育にこれまで関わってこなかったが技術力やコンテンツを有する他業界の企業が参画していくような、多様性のある産官学連携の仕組みが必要ではないだろうか。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

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E-mail:kawamotot@nttdata-strategy.com

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