はじめに
日銀は今年3月、長く続いたマイナス金利を解除し、7月には政策金利を0.25%に引き上げた。そして、今後も「経済と物価の見通しが想定通りに推移するならば、政策金利を徐々に引き上げていく」旨の方針を示している。
長らくデフレに悩まされてきた日本だが、日銀の目標である「前年比+2%」を超える物価上昇率が2年半以上続いている。さて、「物価が上がり、金利ある世界」で、個人はどのような資金運用をするのが良いだろう?本稿では、そのひとつの手法を提案したい。
インフレと預金価値
日銀は今後も政策金利を引き上げていく方針にあるが、当面の目標は中立金利 * の下限である1%だと考えられる。
仮に政策金利が1%まで上昇した場合、預金金利はどの程度になるだろうか?過去の利上げ局面において、政策金利の上昇に対する預金金利の追随率は4割程度であった。これを前提とすれば、政策金利が1%まで引き上げられたとしても、短期(普通預金や短い定期預金)の預金金利は、せいぜい0.5%までしか上がらないと考えられる。
物価上昇率2%、預金金利0.5%の状況では、1年後の預金価値は1.5%目減りする。例えば、現在の預金1万円では1万円の物が買える。これに対し、1年後の預金1万円は0.5%の付利後で10,050円(税引き前)と少し増えるが、1年前に1万円だった物は10,200円に値上がりしている。従って、1年後の1万円は150円(1.5%)目減りしているのだ(図1)。
インフレに負けない資金運用
では、インフレに負けないように資金を運用するにはどうしたら良いか?
私は、余裕資金を「安定的な配当収入確保を目的とする長期株式投資」に振り向けることを推奨する。
東証プライム市場に上場する企業株式の平均配当利回りは2%強である。個別にみると、配当利回りが3%超の企業は、東証プライム上場企業だけで45%(742社)もあるのだ(図2)。
つまり、2%のインフレ率を超える配当利回りを得られる株式は決して珍しいものではない。そして、将来値上がりする企業を選ぶのは至難の業だが、「配当利回りの高い企業」は上記のようにデータで把握できる。
もちろん、株式である以上、購入後に値下がりするリスクはある。しかし、配当収入を目的として長期保有すれば、配当収入の累積と企業の成長による株価上昇で、損をする確率は低くなるという経験則がある。
株式投資のタイプ ~農耕民族型と狩猟民族型~
株式投資の狙いには、大きく分けると、配当収入目的で長期保有するものと、値上がり益を得るために中短期で売却するものがある。私は、前者を「農耕民族型」投資、後者を「狩猟民族型」投資と呼ぶ。
なぜならば、農耕民族型投資では、一旦木を植えれば毎年果実(配当)が得られるのに対し、狩猟民族型投資では、値上がり益を得るためには売却しなければならないので、次の獲物(株式)を探さなければならないからだ。
そして、農耕民族型投資が対象とする株式は、いわゆるバリュー株であり、狩猟民族型投資の対象株式は、いわゆるグロース株であることが多い(図3)。なお、両者は択一ではなく、併用することもできる。
配当利回りが上がるには?
配当利回りは、「一株あたりの配当額」を購入時の「株価」で割ったものである。従って、配当利回りの上昇は、①「企業が配当額を増やす」(増配)ことで実現するが、②分母の「株価が下がる」ことでも実現する(図4)。
株価が下がっても楽しい
値上がり目的だけでグロース株に投資をする場合、株価の値下がりは悲しいことである。保有すれば含み損が拡大(売却すれば損失が実現)する一方、グロース株は無配か低配当なので、保有を続けても配当収入は少ない。
これに対し、安定的な配当収入を目的として好配当株に長期投資を行う場合、①企業業績が良くなれば株価が上がり配当も増える可能性がある一方、②株価が下がれば配当利回りが上昇するので、投資対象銘柄が増えるというメリットもある。つまり、配当収入目的の長期株式投資には、株価が下がっても楽しみがあるのだ。
農耕でたとえて言うと、企業の増配は一つのりんごの木からなる実の数が増えることである。株価の値下がりは、りんごの苗の価格が下がることを意味し、実の数は同じでも新たに苗を買って植えることができるようになる(図5)。
毎月配当株式ポートフォリオ
かつて、「毎月分配型投信」が流行したが、これは元本も配当に回す「タコが足を食う」状況だったため、金融庁の指導等により、この投信は主流ではなくなった。
しかし、日本では、給与や年金を補うように毎月配当収入を得たいというニーズは根強い。実は、株式投資でも毎月配当を得ることができる。しかも、配当原資は、原則として企業が新たに稼いだ利益から分配される。
図6は、企業の決算期と配当を受け取る時期の関係を示したものである。日本には3月決算の企業が多く、かつ年二回(半年に一度)配当を支払う企業が多いが、異なる決算月の企業の株式を買えば、様々な月に配当をもらえることになる。
銘柄の選定基準 ~配当利回りが高いだけではダメ~
配当収入目的の長期保有投資を行うためには、銘柄選びが重要である。配当利回りが高い(例えば3%以上)ものを選ぶとしても、それだけでは失敗する。長期に安定した配当を継続的に得るためには、経営の安定性が極めて重要である。私は、原則として、配当利回りの高さに加えて、自己資本比率が40%程度以上の企業を選ぶことにしている。また、極力安く買う方が配当利回りは高くなるので、PERという指標が15倍前後かそれ以下の企業を選ぶようにしている。
できれば、「配当性向30%以上が目標」とか、「純資産配当比率(DOE)3%以上が目標」といったように、持続的・定量的な配当方針を公表している企業を選ぶのがよい。ただし、「配当性向が100%以上」の企業は、毎年度の利益を超える配当を行っていることになり、配当の持続性に問題があるので、避けた方がよいと思う。
さらに、複数銘柄に投資する場合は、同じような業種やビジネスの企業に偏らないように、業種(や地域)を分散することが望ましい。それによって、株式投資のリスクを分散(低減)することができる。
3か月に一度配当を得る株式ポートフォリオ
毎月配当の前に、入門編として「3か月に一度配当を得る」方法を考えてみよう。それは非常に簡単で、3月決算企業と12月決算企業の株式を1銘柄ずつ買えばよい。図7に示す通り、日本には3月決算と12月決算企業が多いので、よく知られた企業だけでも好配当銘柄の選択肢は非常に多い。
毎月配当株式ポートフォリオ
次に、毎月配当が得られる株式ポートフォリオを考える。年二回配当企業を対象とすれば、3月、12月決算企業に加え、1月(または7月)、2月(8月)、4月(10月)、5月(11月)決算の企業の株式を買えばよい。2月決算企業には小売りなどの業種が多いが、1・7月、4・10月、5・11月決算で好配当の企業は少ないので、選択肢は限られる。例えば、図8の6銘柄を買えば毎月配当が得られる。いずれも東証プライム市場上場企業で、既に述べた私の選定基準を満たしているが、よく知らない企業を選びたくない方々は、無理にその決算月の株式を買うことはないと思う。
ちなみに、上記6銘柄を最低投資単位の100株ずつ買った場合、投資額は約164万円、年間配当受領額(税引前)は70,100円、全体の配当利回りは4.3%である。新NISAを使う場合は、年間成長投資枠(240万円)の枠内で投資できる。また、各月の配当額は図9のようになる。配当額のバラツキの原因には、配当利回りの差もあるが、銘柄ごとの株価が異なるため投資額が異なることも影響している。
毎月配当株式ポートフォリオとガーデニング
私はガーデニングを趣味としている。毎月のように配当をもらう長期株式投資は、ガーデニングに似ていると思う。季節ごとに花が咲き、実がなる庭を造るためには、異なる植物を植えなければならない。しかも、長年にわたって花や実を鑑賞するためには、一年草を毎年買って植えるのではなく、木や多年草(宿根草)を定植する方が楽である。
ガーデニングでは、同じ大きさの植物を植えるのではなく、主となる木(メインツリー)を中心に据え、それを様々な低木や多年草で囲むようなアレンジが多い。株式投資でも、決算月の異なる銘柄を同じ金額だけ買ってもよいが、好配当銘柄を選びやすい3月と12月決算銘柄を多めに保有し、配当利回りが低めの他の決算月の銘柄を少なめに保有することで、全体の配当利回りを改善することができる。私の庭のメインツリーは、ジューンベリーとキンモクセイ。私の株式ポートフォリオのメインツリーは、三井住友FGとJTである。
おわりに
以上、配当収入目的の長期株式投資(農耕型株式投資)について述べてきた。最後に、留意点を述べておく。
第一に、株式投資で重要なことは、あくまでも余裕資金の一部で投資することである。株式投資である以上、値下がりすることもある。余裕資金の範囲内で投資していれば、値下がり時にあわててその株式を売却する必要はない。
第二に、株式投資は単なる資金運用にとどまらず、対象企業の株主となることである。投資した企業のことを良く知るためにも、送付される株主通信や株主総会資料は目を通し、議決権を行使することが望ましい。
日本では、新NISAの導入を契機に、近年ようやく「貯蓄から投資」が定着しつつある。ただ、まだ株式投資のリスクを過度に警戒している人々が多いほか、新NISAを経由する投資は米国株や海外投信に向かうものも多い。私は、「農耕民族型株式投資論」と題する講演を各地で実施してきた。今後も、その活動などを通じて、少しでも多くの方々に日本株投資の長所を伝え、インフレに負けない家計の資産形成に役立ちたいと思っている。