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コラム・オピニオン 2015年10月01日

乳幼児は地方が好き~~鹿児島、宮崎にみる、地方経済と「実家との距離」

取締役会長
山本 謙三



大都市から非大都市へ移動する0~9歳層

 都市と地方の間の人口移動には、年齢層ごとに特徴がある。

 都市部への人口移動は、10歳代(進学期)、20歳代(就職期)が多い。その規模が圧倒的に大きいため、全年齢層合計の人口流出入も都市部の大幅な流入超となる。

 一方、10歳代、20歳代を除く年齢層の合計は、実は地方部が流入超だ。なかでも50歳代、60歳代の退職期の流入(里帰り)が多いが、それに匹敵する規模として目立つのが、0歳代、とくに0~4歳層の地方への流入だ。

 この傾向は、「市部・郡部別」、「21大都市・非21大都市別」、「3大都市圏・非3大都市圏別」のいずれでも確認できる(参考1)。言うなれば、乳幼児は、大都市での居住を避け、非大都市に向かう傾向がある。

(参考1)年齢別地域別人口転入超数

(参考1)年齢別地域別人口転入超数

(注1)「市部」は全国の市(東京都特別区部を含む)の区域をすべてあわせた地域、「郡部」は全国の町村の区域をすべてあわせた地域。 (注2)21大都市は、東京都特別区部および政令指定都市。 (注3)3大都市圏は、埼玉、千葉、東京、神奈川、岐阜、愛知、三重、京都、大阪、兵庫、奈良の11都府県。3大都市圏、非3大都市圏のデータは、2014年分から移動者に外国人を含む。 (出典)「住民基本移動台帳人口移動報告」(総務省統計局)を基にNTTデータ経営研究所が作成

 乳幼児の人口移動は、もちろん親の住居移転に伴うものだ。そこには、緑豊かな地域で子供を育てたいという気持ちもあろうが、やはり子育ての手伝いをしてくれる実家周辺に住みたいというのが最大の理由だろう。

「実家との距離」が乳幼児期の人口流出入に影響する

 参考2は、都道府県別に0歳代の人口流出入状況をみたものだ。表からは、東京、大阪、愛知などの都心部から、都心周辺の埼玉、奈良、岐阜などに乳幼児が移動し、これがさらに地方に波及していく姿がみてとれる(注1)。

(注1)2011~14年中の0歳代の人口移動でとくに目立つのは、福島県の流出数の多さである。周辺他県の状況から類推すれば、もし原発事故がなかったならば、福島県も0歳代の人口は流入超となっていた可能性が高い。原発事故は、乳幼児を含む若年層の人口動態に著しく深刻な影響を与えている。

(参考2)都道府県別人口転出入状況(0歳代、全年齢層計別)

(参考2)都道府県別人口転出入状況(0歳代、全年齢層計別)

(注) 太字は、総人口対比でみて相対的に大規模な0歳代の人口移動があった都道府県 (出典) 「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)を基にNTTデータ経営研究所が作成

 都心部から都心周辺への移動が多いのは、実家周辺への移転後も、親が従来の職場に通勤できることが大きい。そうしたなかにあって、21大都市から比較的遠い位置にあるにもかかわらず健闘が目立つのが、鹿児島、宮崎の両県である。

 両県の場合、実家との「近居率」がとくに高い。全国順位でみると、両県の「近居率」は、愛媛県に次いで、2位(鹿児島)、3位(宮崎)にある(注2)。親夫婦が乳幼児とともに両県に戻る背景の一つには、こうした近居可能な環境があろう。また、これが両県の出生率の高さにつながっていることも、容易に想像できる(注3)。

(注2)佐々井司「子育て環境と子育て支援」、国立社会保障・人口問題研究所「人口問題研究第69巻第2号」<2013年6月>による。

(注3)近居可能な環境は、乳幼児を抱える親夫婦の移転を促すだけでなく、出産前の夫婦の地元回帰や若者の地元繋留にも寄与しているはずである。「実家との距離」は、人口移動に大きな影響を与える要素の一つと言える。

農業(畜産)が支える鹿児島、宮崎の3世代近居

 では、鹿児島や宮崎に戻った親夫婦はどのような職に就いているのだろうか(実家との同居や近居が可能であるためには、職場に通勤可能でなければならない)。

 ここからは多くの推測が混じるが、両県の場合、やはり農業(畜産を含む)の豊かさが関係しているようにみえる。

 農業で、2世代、3世代が同居ないし近居できるためには、各世代の生活費を賄えるだけの所得が必要となる。実際、全国のなかには、耕地面積が狭いために、親が農業を営んでいれば、子どもは他の職業に就かざるをえない地域が多くみられる。

 これに対して、一農業経営体当たり生産農業所得の高い地域(都道府県)には次のような特徴がある。第1に、北海道の場合、耕地面積が広く、収穫量が大きい。第2に、鹿児島、宮崎、熊本県の場合、畜産(牛、豚、鶏など)による生産額が大きい。第3に、千葉、茨城、群馬、佐賀県等の場合は、大都市近郊農業(野菜)による生産額が大きい。

 近居や同居が成り立つには、やはり十分な一家族当たりの所得が必要だ。鹿児島や宮崎の場合には、――もちろん農業だけが理由ではないだろうが、――農業(畜産)所得の高さが近居可能な環境をつくり出しているようにみえる。

農業の生産力向上、あるいは都市部での近居の確立

 以上を踏まえると、次のようなことが言えるのではないか。

 第1に、期待されるのは何世代かが循環する社会だ。保育から介護までのすべてを、国や自治体で対応することは現実的には難しい。一家族が近居し、保育から介護まで循環する関係は社会的にみて貴重である。

 第2に、その観点からいえば、地方部で必要なのは、2世代、3世代(あるいは4世代)の近居を可能にするだけの生産力だ。農業でいえば、一戸当たり所得の向上であり、農地の大規模化や付加価値の高い生産物へのシフトが不可欠となる。

 第3に、さはさりながら、すべての地域で、2世代、3世代が近居できるだけの所得を、短期間に実現することは難しいだろう。

 この場合、もし実家が60歳代で引退するのであれば、早期に子どもや孫の住む都市部に移り住んでもらい、孫育てや、近隣住民の子育て支援、介護の手助けをしてもらうことが一つの選択肢になる。その場合は、将来本人が老齢となれば、近居する子どもたちや近隣の住民に面倒をみてもらうことになる。

 循環的な社会づくりは、都市部、地方部双方における「近居」の実現が鍵を握っている。

以 上

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