本対談は、昨年12月に「第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術」を出版されたコペンハーゲン在住の井上陽子氏と当社メンバーが、デンマーク企業はどのようにして「経済的な成功」と「人生の豊かさ」を両立させているかを議論しました。
はじめに
本日はお忙しい中ありがとうございます。あらためまして、このたびは「第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間」のご出版、おめでとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくお願いします。
早速ですが、まずはこの本を書かれたきっかけ、そしてどのような問題意識から執筆されたのかをお聞かせいただけますでしょうか。

はい。きっかけを一言で言うと、「長時間労働=経済的な豊かさ」という、日本ではかなり当たり前になっている考え方に、疑問を持つようになったことでした。私自身、日本で新聞記者として長時間労働を経験してきた人間ですし、周囲を見ても、多くの方が同じ感覚を持っていると思います。
一方で、デンマークという社会に身を置いたとき、その前提がまったく違っていたんですね。長く働いているからといって評価されるわけでもないし、むしろ「その時間でどれだけ価値を生み出したのか」が問われる。そのギャップに最初はかなり戸惑いました。
確かに、日本では「忙しそうにしている=頑張っている」という評価が根強いですよね。
そうなんです。だから最初の入り口としては、「デンマークは午後4時に帰れる国」といった分かりやすいイメージから入ってもいいと思うんですけど、実際に見ていくと、長時間労働と豊かさは必ずしも結びついていない。そのことに、自分自身がどう腑に落ちていったのか、そのプロセス自体を描くことに意味があるんじゃないかと思いました。

その問題意識が、今回の書籍全体の軸になっているわけですね。
はい。これは「これが正解です」と提示する本ではなくて、私が見てきたデンマークという一つの視点を提示する本なんです。その視点を通して、読者の方が自分の置かれている環境や組織を見直すきっかけになればいいな、という思いで執筆しました。
人材の自律性はどこから生まれるのか
本の中では、人材の「自律性」という言葉が繰り返し出てきます。この点について、もう少し詳しくお聞かせください。
自律性というのは、いきなり社会人になってから身につくものではないと思っています。もっとさかのぼって、子ども時代の経験が非常に大きい。デンマークでは、幼い頃から「自分で考えて、自分で判断する」ことを求められます。
例えば、高い木に子どもが登ろうとしている場面でも、日本だと「危ないから降りなさい」と言われがちですよね。でもデンマークでは、まずやらせてみる。落ちるかもしれないし、途中で「これは危ないな」と自分で判断してやめるかもしれない。その体感を通じて学ぶほうが、結果的に学びが早いという考え方なんです。

なるほど。かなり根本的な教育観の違いですね。
そうですね。先生のこともファーストネームで呼びますし、子どもに対しても「違うと思うことがあれば言いなさい」と日常的に言われています。そういう環境で育つと、意見を言うこと自体が特別なことではなくなるんですよね。
一方で、日本の教育はどうしても「正解に早くたどり着く」訓練が中心になりがちです。
そう思います。小学校一年生の最初から、AかBか、どれが正解でしょう、という問いに慣れていく。その訓練をずっと受けてきた人に、いきなり会社に入って「自律した人材になってください」と言っても、それはなかなか難しいですよね。
企業組織の中で自律性を育てる
教育を変えるには百年単位で時間がかかりますが、企業の中でできることとしてはどんなことがあるでしょうか。
はい。教育制度の改革を待たずとも、企業の中で少しずつでも環境をつくっていくこともできると思います。その一つが、チームを小さくすることです。
小さなチームだと、一人ひとりのアウトプットが見えやすいですし、若い人が意見を言う余地も生まれます。そのときに重要なのが、シニア層が「聞く耳を持つ」ことです。
聞く耳を持つ、というのは具体的にはどういうことでしょうか。
例えば、大学を卒業したばかりの若手が意見を言ったとき、日本だと「それは理想論だ」「現場を知らない」と一蹴されてしまうことが少なくありません。でも、デンマークでは「大学を出たばかりということは、最新の理論を知っているはずだ」と考えます。
それを取り込まないほうが、むしろもったいない、という発想なんですね。

人数が少ないチームだからこそ、それぞれの強みを最大化しようとするわけですね。
おっしゃる通りです。若い人には若い人なりの強みがある。それを年齢だけで切り捨てない文化が、結果的に組織全体の力を高めていると思います。
年功序列と若い人材の評価
著書の中で、「39歳が職業能力のピーク」という指摘がありました。この点は、かなり刺激的に受け取られる方も多いのではないかと思います。
そうですよね。ここは誤解されやすいところでもあって…。しかし私が言いたいのは、「年を取ると価値がなくなる」という話ではないんです。
流動性知能、つまり瞬時に考えたり、新しいことを学んだりする力は、統計的には若い時期がピークになります。一方で、年齢を重ねることで蓄積されていく経験知や専門知識、判断力といったものも確実にある。だから本来は、その両方をどう組み合わせるか、という話なんですよね。
なるほど。年齢そのものではなく、役割の設計の問題だと。

そうです。デンマークや北欧を見ていると、若い政治リーダーや経営者が出てくること自体に、あまり違和感がないんですよ。例えばフィンランドでは、三十代の女性首相が誕生しましたよね。
そうですね。でも日本だと、どうしても「経験が足りないんじゃないか」という議論が先にあがりがちですよね。
そうなんです。でも、頭がフレッシュで、体力もあって、柔軟に動けるというのも立派な能力です。そこをフラットに見る感覚が社会にあるかどうかは、すごく大きな違いだと思います。
歴史・文化としての背景──バイキングの気質
もう少し根本的なところでお聞きしたいのですが、デンマークを含む北欧のこうした価値観には、歴史的・文化的な背景も関係しているのでしょうか。
私もそこは伺いたかったところです。例えばデンマークは、もともとバイキングの国ですよね。そのあたりの影響もあるのでしょうか。
それは、かなりあると思います。バイキングって、中央集権的な組織というよりも、小さな集団で海に出て、自分たちで判断して動いていく人たちだったわけですよね。
誰かが細かく指示を出すというよりも、その場その場で自分たちがどう動くかを決
める。そういう自律性や自己責任の感覚が、長い時間をかけて文化として残っているん
じゃないかと感じています。
なるほど。組織のあり方の違いも、かなり昔までさかのぼれるわけですね。
はい。だから、年齢や肩書きよりも、「今、その人が何をできるのか」という視点が自然に根付いている。そこは、日本とはかなり違うところだと思います。
フラットな組織とマネジメントの難しさ
次に、フラットな組織運営について伺いたいと思います。本の中でも、階層の少ない組織の重要性が強調されていました。
はい。ただ、これは簡単ではありません。今まで階層型の組織に慣れてきた人にとって、「フラットにやってください」と言われても、どう振る舞えばいいのか分からない、ということが起こりがちです。

新人の方が「上司とどう話せばいいのか分からない」というケースもありそうですね。
ありますね。その背景には、日本特有の責任の取り方があると思います。日本では、部下が失敗すると上司が責任を取る文化がありますよね。
不祥事が起きると、上司が謝罪会見をする、というのもその象徴かもしれません。
デンマークでは、基本的に失敗は「その仕事をした人の責任」です。原因は確認しますし、改善も求めますが、最終的には個人の責任として整理されます。だから上司が過度にリスクを恐れる必要がなく、細かく管理する必要もない。
逆に日本では、「自分が責任を取らされるのは嫌だ」という心理が働いて、マイクロマネジメントになりがちです。その結果、スピードが落ちてしまう。
完璧よりスピードを重視する文化
DXやイノベーションの現場では、「完璧よりスピード」という考え方が重要だと感じます。ただ、現実にはなかなか実践できないという声も多いです。失敗は前提、という意識がどこまで共有されているかだと思います。デンマークのデジタル庁の方も、「もちろん失敗はする。ただ、その後どうリカバリーするかが重要だ」と話していました。

ミスをしても挑戦する。その姿勢を組織としてどう支えるかが、マネジメントの役割なんだと思います。完璧を目指して止まってしまうより、動きながら修正する。そのスピード感が、結果的に信頼につながっていきます。
働くことの価値とモチベーション
最後に、働くことそのものの価値についても触れていただけますか。
よく「デンマーク人は早く帰るから働かない」と言われますが、これは誤解です。決められた週37時間労働の中で、非常に高いモチベーションで働いています。IMDの競争力ランキングでも、デンマークの労働者のモチベーションは常に上位です。私は、仕事と
いうのは、本来楽しいものだと思っています。人と協力して、チームで何かを成し遂げることには、大きなやりがいがある。そう思いませんか?デンマークには「働く喜び」を表す言葉もありますが、その感覚が社会全体に共有されているんですね。
単に「早く帰る国」という理解では足りない、ということですね。
はい。長時間働かなくても、高い集中力と責任感を持って働くことはできる。そのことを、もう少し丁寧に伝えていく必要があると感じています。
日本企業への示唆
最後に、日本の企業や経営者に向けて、あらためてメッセージをお願いします。
この本で示しているのは、あくまで一つの視点です。これが正解かどうかは分かりません。ただ、私自身が長時間労働の世界から別の価値観に触れたとき、どうやって腑に落ちていったのか、そのプロセスを共有することで、読んだ方が自分なりの行動につなげやすくなればいいなと思っています。
本日はありがとうございました。経営や人材育成を考える上で、多くの示唆をいた
だけた対談だったと思います。






