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Insight
経営研レポート

企業間決済DX化の波は地方からの預金流出を加速させるのか?

大手銀行の取り組みと狙い、地域金融機関への影響と処方箋
2025.08.07
金融政策コンサルティングユニット
シニアマネージャー  菊重 琢
マネージャー     戸田 幸宏
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はじめに

昨年8月に「企業間決済市場のDX化が日本企業の生産性向上を加速させる」と題したレポートを掲載してから約1年が経過した。この間、株式会社三井住友銀行(以下、三井住友銀行)が法人向け総合金融サービス「Trunk(トランク)」を開始するなど、企業間決済市場への大手銀行の参入も本格化している。

同時に、こうした動きは、法人分野での預金流出につながる可能性もあり、既に相続などを背景とした個人分野の預金流出懸念に直面する地域金融機関にとっては新たな脅威といえよう。

本稿では、昨年のレポートの続編として、大手銀行による企業間決済市場での動向やその背景を整理するとともに、それらの動きが金融業界に与える影響、地域金融機関がとるべき対策について解説する。

1. 大手銀行が中小企業向け決済サービスに次々進出

昨今、企業間決済のDX化を訴求した、大手銀行による中小企業開拓が本格化している。2025年4月15日、三井住友銀行は同年5月より法人向け総合金融サービス「Trunk(トランク)」の提供を開始すると発表した。本サービスは中小企業をターゲットとしており、ネット口座を開設すると、決済、ファイナンスに関する多様なサービスを利用できるというものだ。企業間決済のDX化という面では、受領した請求書を撮影するだけで自動的にデータ化・振込予約を行える機能や、同じアプリ上で支払期日を繰り延べ可能にするカード決済連携機能などを搭載するとしている 1

 

その他、大手銀行が先行して展開している決済支援サービスとして、株式会社りそな銀行と株式会社NTTデータ(以下、NTTデータ)が提供する「りそな支払ワンストップ」2 サービスがある。本サービスは、AI-OCRの技術を活用し請求書の情報を読み取り支払データを作成し、インターネットバンキングにシームレスに連携して振り込みを行うなど、支払業務の自動化を実現するものといえる。また、NTTデータは中小企業の支払い処理自動化を実現する「TetraBRiDGE™(テトラブリッジ)」というサービスを提供しており、当該サービスの協業先には株式会社三菱UFJ銀行や株式会社みずほ銀行が名を連ねている 3

1 株式会社三井住友ファイナンシャルグループ、株式会社三井住友銀行、三井住友カード株式会社ニュースリリース「法人向けデジタル総合金融サービス『Trunk』2025年5月より提供開始」(2025年4月15日)

2 株式会社りそな銀行Webサイト:「りそな支払ワンストップ

3 株式会社NTTデータニュースリリース「請求書受領から決済までをシームレスにデジタル完結できる『TetraBRiDGE™』を10月より提供」(2023年9月14日)

2. 「金利のある世界」と「サービス提供の低コスト化」

前回のレポートにおいても、企業間決済のDX化が中小企業の生産性向上のカギになると共に、大手クレジットカード会社をはじめとした決済関連企業が新規顧客の取り込みに躍起になっていることについて触れた。本稿では、これまで大企業をメインターゲットとしてきたはずの大手銀行が、中小企業を対象とした企業間決済のDX化関連サービスに注力し始めた背景について、大きく2つの側面から解説する。

(1)金利のある世界の到来

一つは、「金利」だ。2024年3月、日本銀行は2016年から続いていたマイナス金利政策を解除した。これにより、金融機関は貸付と調達の両面において大きな影響を受けている。ここでは、調達面での影響として、定期預金残高の動きをみてみよう。

定期性預金残高の前年同月比(%)の推移を見ると、2016年から2022年頃まで前年同月比でマイナスの状況が続いていたが、直近では特に1年未満の定期預金残高が急増していることがわかる(図1)。

【図表1】定期性預金残高の前年同月比(%)の推移(定期預金期間別)

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出典:「日本銀行時系列統計データ検索サイト(定期預金の残高および新規受入高)」を基にNTTデータ経営研究所が作成

また、法人・個人別での定期預金残高の伸び率を見てみると、特に法人の定期預金残高が増加している(図2)。このことから、前述の1年未満定期預金残高の急増は主に法人預金の増加が寄与していること、また法人は、金利のある世界に戻りつつある中で金利を享受しつつも、さらなる金利上昇時の素早い資金移動に備えて、流動性の高い短期預金への預け入れを増やしている状況がうかがえる。

【図表2】定期性預金残高の前年同月比(%)の推移(法人・個人別)

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【出典】「日本銀行時系列統計データ検索サイト(預金者別預金)」を基にNTTデータ経営研究所が作成

一方で、銀行側から見れば、1年未満の短期預金といえども、調達コストとしての金利は負担になる。金利のある世界において、調達コストを極力抑えつつ預金量を増やす必要性から、大手銀行にとってこれまで未開拓市場であった中小企業の決済性預金の獲得に強いインセンティブが発生している。そして、中小企業の決済性預金の獲得のためには、企業間決済のDX化サービスの展開により中小企業の決済業務を取り込む必要があるというわけだ。

(2)サービス提供の低コスト化

もう一つの背景は、テクノロジーの進化に伴うサービス提供の低コスト化である。一部のメガバンクでは、中小企業向けのインターネットバンキング(IB)サービスのAPI仕様の外部公開や、外部のクラウドサービスとの低コストでの連携を可能としている。これにより、これまで個別対応で手間とコストがかかっていた中小企業向けサービスも、一定程度は標準化・自動化が可能になってきている。

その意味で、これまで稼働に対しての利益は高くなかった中小企業向け対応の利益率は向上し、数が多い中小企業を新たなターゲット顧客と設定しやすい環境が整ってきた。

3. 地域金融機関から預金が流出する?

大手銀行による中小企業向け企業間決済DX化サービスの提供は、金融業界にどのような影響を与えるだろうか。以下に、日本の金融業界がたどる可能性のある簡単なシナリオ仮説について考察する。

第1段階:大手銀行への決済口座の集約化

現状は地域金融機関をメインバンクとしている中小企業であっても、大手銀行が提供する企業間決済のDX化ソリューションを利用する場合、決済口座を大手銀行に集約するインセンティブが働く。例えば、大手銀行から提供されている支払自動化機能を利用する場合、決済用資金を当該大手銀行の口座に集約させる方が、単純に考えても送金手続きなどの手間が省け、効率化のメリットを最大限享受できるだろう。

結果として、これまで地域金融機関に分散していた(あるいは地域金融機関をメインとしていた)企業の支払関連資金の一定部分が、決済効率化ソリューションを提供する大手銀行の口座に移動することになる。

第2段階:大手銀行へのメインバンク機能の一部移行

決済口座としての利用頻度が高まると、中小企業と大手銀行間の関係深化につながる。またテクノロジーの進化に伴う銀行からのサービス提供の低コスト化もあり、決済ソリューションを起点とした、資金繰り相談、融資、その他の金融サービス(外為、M&Aなど)など大手銀行の総合力を活用したサービス提供が活発化する。決済口座のみならず、運転資金や設備資金などの大きな預金の一部も大手銀行に流出し、地域金融機関はこれまでメインバンクとして保持していた法人預金を失い、融資機会も減少することになる。

おわりに:中小企業の決済口座を死守するために

上記シナリオはあくまで仮説である。地域金融機関からの融資が経営上の生命線となっている中小企業がメインバンクを簡単に切り替えることは考えにくい。とはいえ、大手銀行による中小企業向けの企業間決済DX化サービスの提供が、地方からの預金流出を加速させる効果があることは間違いないだろう。それでは、地域金融機関は法人預金流出懸念にどのように対応すべきだろうか。

特に「第一段階:大手銀行への決済口座の集約化」が起こると、その後の流れを止めることは難しい。なぜなら、企業間決済のDX化ソリューションは一度導入すると他行ソリューションへの乗り換えの手間が大きく、銀行にとって囲い込み効果が大きいと想定されるからだ。その意味で、地域金融機関はいち早く同様の価値を提供するソリューションを導入することが最も重要であろう。そのためには、フィンテック企業や大手IT企業との連携・協業を進めるのが現実的ではないか。

もう一つ重要なのは、地域金融機関として「顔の見える」きめ細かなサービスを提供することだと考える。大手銀行が中小企業向けサービスを展開できるようになった要因の一つは、テクノロジーによって稼働を最小限に抑えたサービス提供が可能になった点にある。逆に言えば、地域金融機関としての差別化要素はデジタルだけではない「顔の見える」サービスのはずだ。中小企業の経営者や担当者との信頼関係を深め、きめ細かなニーズを汲み取る従来の活動はより重要な意味を持つようになるのではないか。

単なる資金の置き場所ではない、真のメインバンクとしての地位を確立すること。これこそが、地域金融機関が預金流出を防ぐ上で最も効果的な対抗策となるだろう。

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