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Insight
経営研レポート

金融機関が備えるべき次の大規模震災

BCP/BCM
2025.06.10
金融政策コンサルティングユニット
ユニット長/パートナー  大野 博堂
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はじめに

令和6年1月1日16時10分頃に石川県の能登地方を震源に発生した能登地震では、最大震度7、地震の規模を示すマグニチュードは7.6を記録した。北海道から九州地方に至る広域で震度6強~1を観測し、北陸地方を中心に津波や火災、ビルや家屋の倒壊など各地で被害が続出。地震直後から石川、富山、新潟県など広範囲で停電が発生したほか、断水や道路の地割れなどが相次いだことでライフラインも途絶。そのうえ山間部を中心に被災地に向かう道路が断絶したことで、救助に向かう消防や警察、自衛隊の活動にも影響が生じたことが知られている。航空や鉄道など公共交通機関も運休を余儀なくされ、政府は1月1日の夜間に新潟、富山、石川、福井県の35市11町1村を対象に災害救助法の適用を決定するに至っている。

本稿では、今後いつ起こるかもしれない新たな大規模震災に備える意味で、能登半島地震における地域金融機関の実際の対応を振り返ることで、今後の新たな大規模震災への金融機関における準備動作をBCP上の対応措置として考察したい。

あの日、金融機関で起きたこと

個々の金融機関の発災直後の令和6年1月4日時点における営業状況を当時の各金融機関のプレスリリースなどの公表情報などからまとめてみよう。

能登地震を受け、被災直後から北陸を中心に金融機関の初動活動が展開された。

実際に被災地に営業基盤を有する各金融機関がホームページなどで公表した被災直後の顧客向け提供情報などをみると、次のような対応が実施されていたことが確認できる。なお、ここでは被災直後にホームページなどで公表情報が確認された代表的な金融機関を取り上げており、被災した全ての金融機関を網羅したものではない。

① 被災直後の営業店とATMの稼動状況

(ア)地方銀行

北陸銀行は、令和6年1月4日から輪島支店を臨時休業。さらに、珠洲支店はATMのみ稼動させ、他の業務は休業。ほか、5カ所の店舗外ATMを臨時休業。

北国銀行は令和6年1月4日から、珠洲、穴水、松波、輪島、門前の5店舗について窓口とATMを臨時休業。同じく石川県内の宇出津、七尾、和倉、羽咋など11店舗ではATMのみ稼動。また、富山県の伏木支店の窓口業務、ATMを臨時休業。

富山第一銀行は1月4日から建物損壊で営業継続が困難となった富山県内の北の森支店と立山支店の営業機能(営業場所)を、岩瀬支店と上市支店に移管し営業を継続。

(イ)信用金庫

のと共栄信用金庫は、輪島支店の窓口業務とATMについて、設備被害や電力などインフラの混乱とともに顧客や職員の安全確保から1月4日および5日の臨時休業を決定。

興能信用金庫は珠洲、松波、輪島、門前など8店舗と出張所3カ所について窓口とATMを臨時休業。

はくさん信用金庫は、地震直後に鳴和支店の建物の一部損壊があったため、ATMを臨時休業。

(ウ)労働金庫

北陸労働金庫は、1月4日から輪島支店を休業し、珠洲市役所内のATMを停止。

(エ)郵便局

石川県の七尾市、輪島市、珠洲市、志賀町、中能登町、穴水町及び能登町に所在する簡易郵便局を含む全局について、1月4日及び5日の窓口業務を休止。

② 石川県内で営業継続を決定した営業店における顧客対応例

(ア)地方銀行の石川県内での被災直後の顧客対応

  • A地方銀行は、営業可能店舗での本人確認証跡を利用した預金の払い出し加え、各種相談窓口を設置して被災者の資金ニーズに対応。
  • B地方銀行は、各営業店で被災者への特別な取扱いとして、住宅ローン新規実行手数料、消費者ローンや事業性融資の条件変更手数料、の免除を決定。

(イ)信用金庫の石川県内での被災直後の顧客対応

  • C信用金庫は、預金の払い出しや応急資金の手当て、融資返済猶予など相談窓口を開設。
  • D信用金庫では、預金払い出しのほか地震被害に関する特別相談窓口を設置し、取引の有無を問わず事業者や個人の相談対応を実施。

また、富山県では、北陸銀行や富山銀行、富山第一銀行、富山信用金庫などが相談窓口を設置したうえで、事業資金や個人のリフォームローンなどを対象に優遇金利での特別融資に対応していたことが確認できる。

なお、令和6年12月23日の時点でも、被災などにより休業中の店舗は郵便局で22局、利用不可のATMは3金融機関の12カ所にのぼるなど、発災から一年が経過しようとする中でも一部の金融機関の営業店や設備の復旧が未だ途上にあることがわかる。

こうした被災地の金融機関における対応は、かねて金融当局が要請してきた緊急時の対応要件を踏まえ、個々の金融機関がBCPを発動したことにより実践されたものである。

なお、金融庁、財務局、日本銀行も発災の翌日となる令和6年1月2日付けで、北陸財務局、関東財務局、日本銀行金沢支店、同新潟支店の連名により、能登半島地震により災害救助法が適用された石川、富山、福井、新潟県の被災者らを対象に、発災後初の営業日となる令和6年1月4日から金融上の措置を適切に講ずるよう金融機関へ要請している。対象は、預貯金取扱金融機関と証券会社、生命保険・損害保険会社、少額短期保険、電子債権記録機関である。

例えば、預貯金取扱金融機関には、預金証書や通帳を紛失した場合の払出しを実施することを求めたほか、届出印のない場合は拇印で応じるなどの具体的な手法にも言及している。さらに、証券会社に対しては、顧客が有価証券を紛失した場合を想定した再発行手続きのほか、預かり有価証券の売却と解約代金の即日払いへの対応が要請された。

同様に生命保険会社、損害保険会社に対しては、契約自体の存在と契約内容が確認できることを前提に、保険証券や届出印を喪失した場合でも速やかなる受取人への保険金支払いが要請されたことに加え、保険料払い込みの猶予措置などを講ずることも併せて要請された。

なお、これを含め、発災直後から金融庁は金融機関に対する様々な金融措置の実行を要請している。そこで、以下では金融当局が発災直後から金融機関に発出した通達を参照しつつ、時系列で要請事項を確認してみたい。

直下型地震となった能登半島地震における金融当局からの個別通達事項

かねて金融当局は、大規模震災に際して金融上の様々な措置を講じており、令和6年の能登半島地震に際しても、発災当日以降、金融庁は棄損した被災者の生活基盤やインフラ機能の不全を念頭においた緊急的な措置を決定し、金融機関向けに発出している。なお、ここでは金融庁における対応を中心に列挙しているものの、経済産業省では1月3日付けで、政府系金融機関のうち、日本政策金融公庫、商工組合中央金庫、信用保証協会を対象に、被災企業や中小規模事業者向けの貸付業務の対応を要請している。具体的には、個々の被災企業や事業者の実情を踏まえた適時適切な貸出の実行のほか、担保として徴求する資産の弾力的な運用が挙げられる。また、既存債務の返済猶予や融資条件の変更対応など、柔軟な対応も求めたことも忘れてはならない。

まず発災当日の令和6年1月1日、金融庁は被災者の信用情報に関する特別措置の実施を決定。具体的には(株)日本信用情報機構及び(株)シー・アイ・シーが以下の特別措置を実施するとした。また、これらは災害救助法の適用を以て実施するとされた。なお、この能登半島地震で災害救助法が適用されたのは石川、富山、福井、新潟の4県である。

< 金融庁による令和6年1月1日の通知・通達 >

  • 被災者が自己の信用情報の開示等を求める際の手数料を無料化
  • 被災地域の居住者である旨を信用情報に追記し、貸金業者等に被災者への配慮を促す
  • 自然災害債務整理ガイドラインに基づき債務整理が行われた個人債務者の信用情報については、同ガイドラインに基づいて対応すること等を会員に周知

従来、預金取扱金融機関に対して金融庁は、大規模震災などの発生時には、緊急事態として預貯金の円滑な払い出し業務と約定済融資の実行を要請してきた。あえて言えば、それ以外の業務は劣後して良い、との理解だ。これを念頭に、1月2日には金融庁より預金の払い出しに関して次の通達が金融機関に対して発出された。

< 金融庁による令和6年1月2日の通達 >

  • 各金融機関は、通帳等紛失時の預金払い戻しに係る本人確認の便宜扱いや定期預金等の期限前払戻し等に応じるための態勢をとること

これについては、より具体的な要請事項が、同じく1月2日付けで北陸財務局及び関東財務局が日本銀行との連名により「令和6年能登半島地震にかかる災害等に対する金融上の措置について」と題した文書により発出されている。対象は、災害救助法が適用された4県を営業エリアとする預貯金取扱金融機関、証券会社等、生命保険会社、損害保険会社、少額短期保険業者及び電子債権記録機関である。預金取扱金融機関向けの具体的な要件としては次が挙げられる。

< 北陸財務局・関東財務局・日本銀行の連名による令和6年1月2日の通達 >

  • 預金証書、通帳を紛失した場合でも、被災者当の被災状況等を踏まえた確認方法をもって預金であることを確認して払戻しに応じること
  • 届出の印鑑のない場合には、拇印にて応ずること
  • 事情によっては、定期預金、定期積金等の期限前払戻しに応ずること
  • 当該預金等を担保とする貸付にも応ずること
  • 今回の災害等による障害のため、支払期日が経過した手形については関係金融機関と適宜話し合いのうえ取立ができることとすること
  • 今回の災害等のため支払いができない手形・小切手について、不渡報告への掲載及び取引停止処分に対する配慮を行うこと。
  • 電子記録債権の取引停止処分又は利用契約の解除等についても同様に配慮すること
  • 損傷した紙幣や貨幣の引換えに応ずること
  • 国債を扮しした場合の相談に応ずること
  • 災害等の状況、応急資金の需要等を勘案して、融資相談所の開設、融資審査に際して提出書類を必要最小限にする等の手続きの簡便化、融資の迅速化、既存融資にかかる返済猶予等の貸付条件の変更等、災害等の影響を受けている顧客の便宜を考慮した適時適格な措置を講ずること
  • 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」の手続き、利用による効果等の説明を含め、同ガイドラインの利用にかかる相談に適切に応ずること
  • 罹災証明書を求めている手続きでも、市町村における交付状況等を勘案し、現況の写真の提出など他の手段による被災状況の確認や罹災証明書の後日提出を認める等、被災者等の便宜を考慮した取扱いとすること
  • 休日営業又は平常時間外の営業について適宜配慮すること。

窓口における営業が出来ない場合であっても、顧客及び従業員の安全に十分配慮した上で現金自動預払機等において預金の払戻しを行う等、被災者等の便宜を考慮した措置を講ずること。

北陸財務局、関東財務局並びに日本銀行は、上記にかかるそれぞれの措置を、金融機関ごとに実施店舗にて店頭掲示するだけでなく、可能な限り顧客に対し広く周知することに努めるよう要請している。さらに、営業停止等の措置を講じた営業店舗名等、及び継続して現金自動預払機等を稼動させる営業店舗名等を、速やかにポスターの店頭掲示等の手段を用いて告示するとともに、その旨を新聞やインターネットのホームページに掲載し、顧客に周知徹底することも求めている。

平時において金融庁は、法の定める当人確認(一般的には本人確認という)措置の厳格化を要請している。ただし、大規模震災などにおいては、被災者は通帳、印鑑、運転免許証やマイナンバーカードなど、身元確認書類を喪失していることが想定される。そのため、緊急避難的措置として一時的にこの規制を緩め、円滑な現金流通を実現しようとしている。ただし、東日本大震災において、この払い出し上限が黙示的に示された経緯がある。被災直後、情報システムの運用に支障をきたした一部の金融機関が暫定的に一律10万円を上限とする本人確認措置を劣後した払い出しに応じたことが契機となり、以後、BCPで定義する緊急時の預貯金の払い出しを10万円までとする金融機関が一般的になった経緯がある。したがって、この10万円に法的制約は課せられていないこともありあくまで目安である。上限額の目安を引き上げても引き下げても支障ないものとされる。なお、最近は顧客との対面取引をインターネット取引に誘導する機運が醸成されたことに加え、店頭での取扱いでもキャッシュレス化が進展している。また、営業店も金庫レス化するなど、そもそも店頭での現金ハンドリング機会が少なくなりつつあることから、営業店に貯蔵される現金はかつてより少額にとどまる傾向にある。そのため、平均的な日中現金残高などを勘案のうえ、自行庫が払い出せる上限額を個々に設定する必要があることは言うまでもない。

なお、預金の払い出しに関しては、1月15日に全国銀行協会が、被災者の状況等を踏まえた預金の払出しの柔軟な対応に関して、「不測の事態における預金の払出しに関する考え方」(2022年5月16日公表)を再周知・公表するに至っている。当該文書はそもそも2021年8月31日に公表された金融庁の金融行政方針を踏まえて発出されたものである。預貯金の払出しに当たっては、顧客の財産保護の観点から、原則として預金者本人の意思確認が必要とされてきた。しかしながら、高齢化するわが国の金融機関においては、認知判断能力の低下した高齢顧客への対応に苦慮している事情がある。そこで、高齢顧客の様々な課題やニーズに対応し、顧客本位の業務運営に取り組んでいくことが期待されてきた。こうした状況の下、2020年8月5日に金融審議会の市場ワーキング・グループで、「高齢顧客との取引および高齢顧客との取引における代理取引に関する指針策定」が言及されたこともあり、全銀協では、2021年2月に「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方」が取りまとめられている。この文書は、主に預金者本人が高齢顧客であり、認知判断能力がないまたは一部低下しているケースを前提に、取引に際しての考え方が整理されたものである。しかしながら、全銀協では、「預金者本人の認知判断能力に問題はないと想定されるものの、いずれかの事由により、親族等が取引を申し出る場合における代理等に関する考え方は、必ずしも明らかとはされていない」として問題を提起していた事情がある。ただし、震災等における現実的な発生事案をみると、「預金者本人に突然の病気や事故等の不測の事態が生じた結果、意識不明の状態となり、親族等が預金者本人の口座から医療費・介護費等を払い出したいと申し出るケースは日常的に生じている」(全銀協)との理解のもと、全銀協としては成年後見制度の利用を個々の金融機関から対象顧客に案内することが原則として考えらえる一方、「申請には時間を要するため、人道的観点から、払出しに応じることも想定される」としていた経緯がある。

そこで、こうした金融界での問題提起を受ける格好で、金融庁が公表した「2021 事務年度金融行政方針」では、「不測の事態が生じた際における預貯金の払出しについて、対応の着眼点等の整理や周知が進むよう、引き続き業界の取組みを後押しする」とされた。金融行政方針では、全銀協の考え方をより具現化することを念頭に、金融機関に取引口座を有する顧客が突然の病気や事故等の不測の事態が生じた場合の利便性の供与について示された。具体的には、口座保有者本人が店頭に足を運ぶことが出来ない場合であっても、代理人を介して預貯金の払い出しを可能とするうえでの考え方が明示されたのである。こうした経緯も踏まえ、能登半島地震では、代理人であっても預貯金の払い出しが可能である旨、改めて周知徹底を図ることで、円滑な資金供給の実現へと官民挙げた態勢が指向されたのである。

また、令和6年1月3日には保険の取扱いについて重要な取扱指針が公表された。

<金融庁による令和6年1月3日の通知・通達>

■ 保険料の払込、保険契約手続の猶予

  • 保険料の払い込み及び保険契約の更新手続(継続)を猶予(最長6カ月)

■ 被災者における契約保険会社の照会制度の案内

  • 災害救助法が適用された地域で、家屋等の損壊等により保険会社との保険契約に関する手がかりを失った顧客に対する契約照会の受付について案内

これまでも金融庁は大規模な災害発生の都度、災害にかかる保険金の速やかなる支払いを保険会社に要請してきたが、中には被災者自身がいかなる保険契約を有しているか失念しているケースのほか、具体的な保障内容を確認しきれないものが存在したことで、被災者のいける速やかなる保険請求に支障をきたした例が確認されている。それもあり、今次地震ではあらためて保険会社への通知を行ったものだ。

また、翌1月4日には、銀行界としての被災者対応の徹底をはじめ、4点が追加で通知・通達された。

< 金融庁による令和6年1月4日の通知・通達 >

■ 銀行界としての被災者対応の徹底

全国銀行協会を通じて「令和6年能登半島地震にかかる災害等への対応」を通達

  • 手形交換に関する特別措置
  • 個人信用情報の取扱い
  • 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」への対応

■ 被災者の信用情報について特別措置を実施

全国銀行個人信用情報センターが以下の特別措置を実施。

  • 個人信用情報の取扱いについて、今次災害を起因とした貸出金の返済猶予等については、当センターへの登録内容と齟齬が生じないよう十分留意すること

自然災害債務整理ガイドラインにもとづき債務整理が行われた個人債務者の個人信用情報については、同ガイドラインにもとづいて対応すること

■ 金融機関による相談対応

各金融機関で相談窓口を設置(休日対応含む)すること

■ 生命保険にかかる保険金の支払いの柔軟化

全ての生命保険会社において、今回の災害で被災された顧客との保険契約に対して、約款上の地震による免責条項等を適用せず、災害関係保険金・給付金を全額支払うことを決定

おわりに

直近の直下型地震となった能登半島地震におけるこうした当局からの具体的な要請事項は、金融機関が被災直後に行うべき非常時優先業務そのものとなる。自行庫の大規模震災を想定したBCPの初動対応態勢を整備、点検するうえで、また、個々の非常時優先業務を見直す際の拠り所としても有用な情報となるので、ぜひ参考にしてほしい。

本件に関するお問い合わせ先

株式会社NTTデータ経営研究所

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